第5話 メイドさん、暴虐の青き令嬢に出会う。(前編)
「それでは、18時にお迎えに上がります」
うやうやしく頭を下げる私の方など見もせずに、エイミーお嬢様の後ろ姿はスポーツジムのVIP専用エントランスへと消えていった。
「よし!」
足音が消えてから5秒数え、私は踵を返した。
侍女として常にエイミーお嬢様の側に控えている私だが、実は自由時間が全くないというわけではない。
お嬢様は上流階級の嗜みとしていくつもの習い事をされている。教師やインストラクターがストレスの炎で命を焼かれている間、私は束の間の自由を満喫することができるのだ!
(まずは都市部に出よう)
人工天体アラーニアは、大きく2か所に人口が集中している。
1つはアラーニア学園とその周辺。
もう1つは宇宙港を中心とした商業施設や居住区が密集する都市部である。
『母なる地球の再現』『大自然への回帰』を謳うアラーニアの建造物は、明るい赤色をしたレンガ造り風の外観で統一されている。
もっとも、これは有機スクリーンに投影された映像であり、手を触れてみると伝わって来るのはざらついたレンガの感触ではなく、冷たく滑らかな人工クリスタルのそれである。
青々とした街路樹が並ぶ、平らな石を敷き詰めて舗装された道路(これらは本物だった)。
街はショッピングや観光を楽しむ大勢の人々でにぎわっていた。
私はショッピングモールや歓楽街、景色のよい観光スポットなど、お嬢様が興味を示しそうな場所を片っ端から見て回る。
おおまかな地理や情報は睡眠学習で頭に叩き込まれているが、宙域からの映像を見るのと実際に自分の足でその場所を訪れるのとでは、印象が異なることが多々あるものだ。
有事の際の避難経路を確認しておくことも重要だ。
お嬢様ほどのご身分ともなれば、どんな危険がその身に降りかかってもおかしくない。
特に昨今では、反企業テロリストなんてものも存在する。
お嬢様をエスコートし、お嬢様の身の安全を守り、お嬢様の、お嬢様の、お嬢様の……。
「何が自由だクソが!」
人気のない裏路地に滑り込み、私は叫んだ。
憎い。
文字通りの意味で、寝ても覚めてもあの性悪我がまま高慢ちきの、顔面5か所にケツの穴がついたメスガキのために生きてしまっている私自身が憎くて憎くてしょうがない。
(こんなことをしている場合じゃないでしょう私!)
あるはずのない記憶を思い出す。
エイミー・エヴァーグリーンが驕り高ぶった自らの所業で身を滅ぼすという未来の記憶を。
こんなこと、誰にも相談できずに今まで流されて来てしまったが、ここいらでハッキリさせなければならない。
この世界が本当にゲームの世界で、私の中に『私』という別の魂が宿ってしまったのか、それとも日々のストレスでとうとう私の精神がイカれたのか。
「99.9パーセント後者だろうが!」
現実的に、『私』なる者がゲーム世界に迷い込んだと考えるより、私が蘇芳命琴の世界に片足を突っ込んでいると考える方が自然だ。
何とか今の職を辞して、円満にソラテラス・ファーマに転職する方法を模索するべきだろうか。
(待てよ?)
確かめる方法が1つある。
もし0.01パーセントが正しいとすれば、本来私が知らないはずで、且つここに必ず存在するはずの人間が1人いる。
――主人公、カラメル・プールプル。
彼女を探そう。
今期のアラーニア学園の入学者は約千人。私に与えられてる権限を使えば、見つけ出すのはそう難しいことではない。
もし、カラメル・プールプルなる人物が実在していたら、その時は媚なり恩なり売っておいてよしみを通じておくべきだ。
(私は生き延びる。エイミーお嬢様の首を差し出してでも!)
そう、私が決意を新たにしたその時だった。
「嫌ッ! やめて! 放してったら!」
裏路地のさらに奥から、少女の悲鳴が聞こえて来た。
……正直、面倒だった。
今はオフだし、見知らぬ人間のトラブル解決は私の業務に含まれていない。
それに人助けをしたからと言って、休暇や賞与をもらえるわけでもない。
「誰か! 誰か助けて!」
……どこの誰だか知らないが、バカな女だ。
対価を提示せずに助けを求めるなんて、余程の恥知らずかそれとも存在そのものに価値のあるVIPか、もしくはどこぞの恥知らずのお嬢様か。
『あらあら、お星さまに願い事? 捨て犬の考えることって面白ーい』
『認めなさいよ。アンタは社民ですらない、うちの備品なの。備品は夢なんか見ないでしょ』
『私のために働きなさい。私のために生きなさい。この世界に存在することを許してあげる恩を、私に尽くして返しなさい』
……クソが。
トリュフと間違えて犬のクソにでも鼻を突っ込んでろ駄豚が!
気が付けば、私は路地の奥へを歩を進めていた。
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