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第30話 最後の1人、降臨する。

 雲霞(うんか)のごとく群がっていたユージン陣営に、鋭い(くさび)が打ち込まれているようだった。


 その定義を脅かすほどに小型軽量化されたメタルレイス、ヒヒイロカネを駆る蘇芳(すおう)命琴(みこと)嬢によって敵陣に亀裂が入り、その亀裂を超重装甲機体アルピナによって押し広げられる。


「いました! 『一丈青』です!」


 モルガンが指し示す方向。虚空に青い機体が浮かんでいる。


「……何をしているの? (ラン)静雷(ジンレイ)?」


 一丈青の胸部ハッチが開いていた。

 そして、機体の前にはパイロットスーツを纏った静雷嬢が単身で虚空に佇んでいた。


「ユージンは宇宙の覇者だ。君たちごとき、メタルレイスに乗るまでもない」

「やめなさい静雷! 意地を張るべきところはそこじゃないでしょう!?」

「黙れ! 私は命を賭けてこの戦いに挑んでいる! それを示さずして兵に命を賭けろなどと言えるか!」


 いつの間にか、静雷嬢の手には一丈青が持つ物と同じ形状をした大薙刀が握られていた。


 オオオオッ!


 そんな静雷嬢に触発されたのか、先陣を切る命琴嬢の身体から黒い瘴気が立ち上る。タマモ粒子では決してない、何かだ。


「この妖怪変化(ようかいへんげ)は私がやる! 全軍はあのデカブツを数で圧殺しろ!」


 命じるが早いか、静雷嬢は背後の愛機を蹴って命琴嬢へ突進した。


「さあ、この宇宙でどちらがより『狂』にして『恐』か、決めようじゃないか!」


 刃が美しい弧を描く。


(無謀な)


 ヒヒイロカネの防御の要は、あの真朱色に輝く申し訳程度の装甲ではなく、磁場によって制御され、周囲を高速で還流するタマモ粒子によるバリアーである。

 この技術の詳細は不明だが、少女が宇宙空間に素肌をさらし、60~90ミリの弾丸を受け止める程度の防御力を備えている。

 当然、刃は紅の光を放つ障壁に弾かれ――

 ……なかった。


「え?」


 突然、ヒヒイロカネを包む禍々しい深紅の光が、ふっとかき消えた。


「いけない!」


 通信ウィンドウの向こうから、蘇芳常世(とこよ)が叫ぶ。


(活動限界!?)


 生身で数百機のメタルレイスを相手にするという、バカげた戦いをしていたのだから無理もない。想定よりも早くヒヒイロカネのエネルギーが尽きたのだ。


「姉上!」


 だが――




 オオオオオッ!




 命琴の体勢には一切のブレが無かった。まるで初めからタマモ粒子など意に介していなかったかのように。


 宇宙空間に素肌をさらしながら命琴は刀を振るう。


 大薙刀と、ただの刀となったヒヒイロカネの兵装がぶつかり合う。


「それで武勇を(うた)うつもりか!」


 距離を取った藍静雷は自らスーツを脱ぎ捨て、ごくありきたりなショーツ1枚の姿となる。


(バカですか!?)


 暴力とは、一種のチキンレースであると私は考える。

 自分がいかに理性の外にいる(イカれた)存在かを、いかに相手に思い知らせるか。

 逆に言えば、それはどこまで自分の理性と、生物としての生存本能を殺せるかにかかっている。


 暴力の世界に身を置いてきた藍静雷にとって、心の歯車が初めからかみ合っていない蘇芳命琴は、ある意味で相性最悪の相手と言えた。


 いくら己の理性を削ぎ落し、10分の1、100分の1にしたとしても、決してゼロには至らない。


「――!」


 無音の空間に、声はない。

 あるのは愚かしいまでの気迫と狂気。


 宇宙空間で生身をさらした人間が意識を保っていられるのは、せいぜい10秒がいいところだ。


「この……」


 本来、私などの出る幕ではないのはわかっている。

 他企業の令嬢たちの生き様に、私が介入する余地がないのもわかっている。

 藍静雷の覚悟に横やりを入れる無粋も、わかっている。


 わかっているが。




「この(ダム)(シット)(ファッ〇ン)(ステューピッド)バカヤロウ共が(〇ザー〇ァッカー)ァァァ!!!!」




 もつれ合う2人をトリグラウの両手で包むように拘束し、私は機体から飛び出して半裸少女2人の首根っこを掴んでトリグラウの操縦席(コックピット)に放り込んだ。

 ハッチを閉じた瞬間、自動安全装置(オートセーフティ)が働いて内部が空気に満たされていく。


「――魔をするな! 私は敗けるくらいなら死を選ぶ!」

「シャアアアアア!」


黙れ(シャラップ)、クソガキ共」


 …………。

 ……。


「今、何て言った?」

「……お静かに願います、と」

「いや、嘘だろさっき――」

「お静かに。ただいま、その沸騰した(よだれ)を拭いて差し上げますので」

「一介の侍女(メイド)風情が……」

「パンツ一丁で凄まれましても。それに……」


 あえてその方向は見ない。というか、見れない。

 首筋のあたりに、じーっと私を見つめているであろう視線を感じる。

 密閉空間でコレと共存するうすら寒さに比べたら、ヒトの言葉を話せるという点だけでも静雷嬢は恐怖するに値しない。


「ちょっとシエラ!」


 また厄介な人からの通信が入った。


貴女(あなた)何やってるの!? どう収集つけるのよコレ!?」

「申し訳ございません」


 とは言え、他にどうすればよかったのだろう?


「言っておくが、私は助けてほしいと頼んだ覚えはない。これで恩を着せたと思われるなら心外だ」

「うるさいわね! そこの侍女(メイド)が勝手にやったのよ!」

「将ならば側近の1人や2人制御したまえ」

「そう言うなら、貴女もこの状況を何とかしなさいよ!」


 藍静雷という頭領を失いながら、ユージン陣営の士気は今だ健在だった。彼らは飴に群がる蟻のようにお嬢様の機体を覆い尽くし、静雷の命令通り数で圧殺せんとしている。


「言っただろう? 君たちとは戦いに赴く覚悟が違う。たとえ私が囚われようと、ユージン(われわれ)は最後の1兵まで戦うよ」

「はぁ? パンツ1枚で何を偉そうに! 貴女気付いていないでしょうけど、今、メッセージウィンドウには貴女のお尻が大写しよ?」

「何!?」

「あら、よく見たら可愛いおパンティですこと。そこにいらっしゃるのはパンダちゃん?」

「消せェェェェェ!!!!」

「ZZZ……」(←疲れたらしい蘇芳命琴)


 ……ダメだ。

 ダメだこの悪役令嬢(バカガキ)共。

 ゲームだのシナリオだの、そんなモノは関係ない。

 悪役令嬢(こいつ)ら、誰かが何とかしてあげないと、勝手に暴走して勝手に破滅する!




「潔く敗北を認めなさい藍静雷! こっちにはまだトゥールビヨンの小惑星破壊ドリルがあるのよ!?」

「ならばさっさと使うがいい! 数においてはいまだ我が陣営が優勢だ!」

「シエラ! その画像を全宇宙に公開しなさい! 泣く子も黙る藍静雷のパンダちゃんを!」

「やれ! お望みなら生の尻だってさらしてくれるッ!」




 いよいよ、事態の収拾がつかなくなってきたその時だった。


「そこまでだ」


 通信回線を介して、聞き慣れない声が聞こえて来た。


「こ――は!? 通――妨害で――!」


 モルガンからの通信が途絶える。彼女の愛機アイガーには強力な対ECM機構が搭載されていたはずなのだが……。


 すべての通信機器がシャットアウトされ、代わりに新しいメッセージウィンドウが開いた。


「これ以上の戦闘は無益だ。双方、動力を停止して休戦するんだ」


 ウィンドウに現れたのは、私の知らない男性の顔だった。


 ダイヤモンドダストのような煌めきを放つやや癖のある白銀の髪、透き通った新雪のような白い肌。

 彫りが深く、繊細な顔立ちの美青年。だが全体的に淡く儚い雰囲気の中で、両の瞳は色鮮やかな仔猫青(キトンブルー)をしており、そこにあどけなさの残滓がある。


「ふざけるな! 誰だお前は!? 何の権利があって口を出す!?」


 金色の狼眼(ウルフアイ)に怒りを滾らせ、静雷嬢が叫ぶ。


「権利はない。これは僕のお願いだ。こんな戦いはもうやめてくれ」


 ウィンドウを通して、すがるようにこちらを見つめる青い瞳。


「断る! 何が悲しくて勝算のある戦いを止めなければならない!? そもそもお前は誰だ!?」

「僕は……」


 その時、私は気付いた。

 戦場に接近してくる1機の白いメタルレイス。

 背中から巨大な白銀の翼を広げるその姿は、まさに天使。

 無重力の戦場に舞い降りるその様子は、まさに降臨。


「僕の名前はフォーマルハウト。フォーマルハウト・コスモプールゥ」


 鋼の翼が、光を発した。

 温かな黄色にも、冷厳な青色にも見える、不思議な光。

 次の瞬間、トリグラウの動力が停止した。


「え?」


 私だけではない。お嬢様のアルピナも、敵陣営(ユージン)の機体群も、戦場(フィールド)のすべてのメタルレイスが沈黙していた。


「僕は、この宇宙から争いをなくすためにやって来た、転校生だ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

申し訳ございませんが、諸事情により次回の更新は4月20日を予定しております。


前のように別な小説を書いているというわけではなく、プライベート事情による休載でございます。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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