第29話 悪役令嬢、反撃する。
ソラテラス・ファーマはその名の通り本職は製薬会社である。
バイオ産業や高分子デザイン、ナノマシン技術に関し、独創性には欠けるものの安定性の高い製品に定評のある職人気質の中堅企業。
というのが彼らの地球時代の企業イメージだった。
やがて、ソラテラスはその技術を生かし、医療器具や実験設備の独自開発に手を広げる。そこで手に入れた精密機械工業のノウハウと、もともと創薬分野で培っていたミクロ技術を融合させ、既製品の小型軽量化を推し進めていくようになる。
この辺りからすでに彼らの変態性が発露しているのだが、それが浮き彫りになるのはアンタレスとの提携により原子炉エンジンの小型化を手がけるようになってからだ。
アンタレスと共に宇宙に進出したソラテラス・ファーマは、名目上はアンタレスの盟友、事実上は傘下として独自の研究に没頭する。
巨大に膨張するアンタレスの影に隠れ、時折アンタレスの資金を吸い取りながら。
コバンザメ、寄生虫などといった影口をものともせず、彼らは独自の路線を突っ走る。
小型軽量化。
彼らはいつしか、その業にとり憑かれていた。
その業を究めんとするあまり、誰にも理解できない領域に足を踏み入れてしまった。
そんなマッドクレイジーエンジニア集団、それがソラテラス・ファーマの正体である。
前述の原子炉エンジンをはじめ粒子加速器などの小型化や、タマモ粒子と呼ばれる新物質の発見など、宇宙開発におけるソラテラス・ファーマの人類に対する貢献は計り知れない。
だがその一方で、倫理的大論争を引き起こした自立思考型小型人形『フェアリィ・ドール』の開発をやらかすなどの問題行動も多々あり、ソラテラスはついに世間から『変態企業』の称号を得るに至る。
しかも厄介なことに、彼らはどうもその称号を完全なる誉め言葉と受け取っている節がある。
ちなみに、フェアリィ・ドールは青少年に対する刺激が強すぎるという理由で18歳未満は購入不可、当然アラーニアへの持ち込みは厳禁である。
さて、決闘に話を戻そう。
「藍静雷。さっき貴女は私のアルピナを最強の盾、自分の一丈青を最強の矛と言ったわね」
誰もが呆気に取られている中、エイミーお嬢様の声が響く。
「教えてあげる。私が考える最強の矛とはどういうものか! さあ行きなさい蘇芳命琴! ヒヒイロカネ!!」
オオオオオ……
無音のはずの宇宙空間で、なぜか命琴嬢の唸り声が聞こえた気がした。
ヒヒイロカネの刀が、装甲が、そしてなぜか髪の毛が禍々しい紅色に発光する。
四肢を広げ、天を仰ぐように咆吼をあげる少女。背中のブースターが大量の光の粒を噴き出し、直後、紅い残像を残しながら彼女は虚空を翔けた。
「何――!?」
刀身を覆う光が何倍にも伸び、ユージンのメタルレイスを真っ二つに切り裂いた。
「……」
何の躊躇いもなく。
「……」
紅蓮の刃による一刀両断の前に、安全装置の有無など意味はない。
「……」
断面から投げ出される操縦者。
「……」
だが、宇宙服を兼ねるパイロットスーツに身を包んだ操縦者の身体には、傷ひとつついていなかった。
「ふー……」
深く息をついたのは誰だろう?
私? エイミーお嬢様? それとも静雷嬢?
少なくとも、命琴嬢でないことだけは確かだった。
オオオオオッ!
命琴嬢は身を翻し、周囲の機体を手当たり次第に斬り刻む。まるでまな板の上の魚のように下ろされていく鉄塊たち。
それはシュールな光景だった。
暗闇を舞う紅い蝶のようなほぼ生身の少女の前に、全長十数メートルの人型ロボットがなすすべもなく切り裂かれてゆくのだ。
中には反撃を試みる者もいるが、鉄塊が命琴嬢の身体に迫る瞬間、彼女は超人的な反射神経で攻撃を躱す。
「囲め! 相手を生身だと思うな! 向こうがアレをメタルレイスだと主張してるんだ!」
我に返った静雷の鼓舞により、敵機が命琴嬢に殺到する。だが命琴嬢にとって、それは獲物が向こうから来てくれたとしか思えなかっただろう。
密集する鉄塊たちの間を、紅の蝶が縫うように飛翔び回る。その紅い残像の周りには、切り裂かれた残骸と無傷のパイロットが漂っている。
少女と刀が加速する。同時に、千を超えていた敵メタルレイスの信号がみるみる減少していく。
「バカ共が何をしている! 死角から○○しろ!」
○○の部分は聞き取れなかった。おそらくユージン内で使用される隠語なのだろう。
「!」
命琴嬢が突然ぐるりとほぼ180度首を回し、虚空に向かって左手をかざした。
刹那、紅く輝く髪が手の平の前に集まって半球状の膜を張り、飛来した何かを受け止めた。
「何!?」
誰もが察しただろう。静雷嬢が命じた○○とは『狙撃』であり、命琴嬢が受け止めたのは弾丸だ。
「いかがですか!? 我がソラテラス・ファーマが開発した人体フレーム機構を採用した超軽量超小型メタルレイス『ヒヒイロカネ』は!」
やや興奮気味の蘇芳常世の声が通信機から響き渡る。
「超小型核融合炉と磁場により制御したタマモ粒子の組み合わせで、宇宙空間における活動と高い防御力を実現しました!」
タマモ粒子は、近年ソラテラスが発見した新物質である。
その安定性は極めて低く、絶対零度の真空である宇宙空間においてすら短時間で光子化してしまう。
その特性はいまだ未知の部分が多いが、触れた物質の運動に干渉したり、エネルギーや重力に影響を及ぼす効果が指摘されている。
また、磁場によって粒子の運動を制御することが容易で、先ほど命琴嬢が弾丸を防いだバリアーはその応用だろう。
今のところ理屈は不明だが、どうやらヒヒイロカネはこのタマモ粒子を推進剤や切断兵装にも転用していると思われる。
「ふざけるな! こんな奇をてらった変態技術で我らに勝てると思うな!」
「そうね」
迫り来る敵機をアルピナの巨大な腕で掴み上げ、エビの頭をもぐように引き千切りながらエイミーお嬢様は答えた。
「すぐに解析されるだろうから言ってしまうけど、ヒヒイロカネは命琴のバカげた身体能力があって初めて扱える超ピーキー仕様よ。しかも活動できるのは磁場の影響が低くエネルギー的に安定した空間に限られ、活動時間もせいぜい5分」
「ちょ! エイミーさん!?」
他企業製品の弱みをべらべらしゃべるお嬢様に、遺憾の意を表明する蘇芳常世。お嬢様は当然無視する。
エイミーお嬢様の視線は、粗製乱造されたメタルレイス群の奥に潜む藍静雷に向けられている。
「これが貴女への回答よ、藍静雷。命を賭けるだけが覚悟じゃない。この過酷な宇宙空間で、ちっぽけでか弱い人の命をいかに守るか、その命題にアンタレスは重装甲主義で、ソラテラスは新物質で取り組んできた」
「綺麗事を……」
「ええそうよ。綺麗事、建前よ。人の命も企業にとっては資源のひとつに過ぎないわ。でも、だからこそ、限りある資源に敬意を払わないモノを私は『技術』とは認めない!」
お嬢様の声がフィールドに響き渡る。
「総員! 武装を破棄! 壁となってお客様を守りなさい! アンタレスの誇りに賭けて!」
私もまた武器を捨てる。
お嬢様を守るのは私を含めた直属の侍女のみ。後の者たちは皆幾重ものスクラムを組んでカラメルと浩然を取り囲む。
「さあ、ヒヒイロカネの活動限界は残り3分。全力でぶつかりましょう、藍静雷!」
索敵能力に特化したモルガンのアイガーが一丈青の場所を特定する。
「ッ!」
ヒヒイロカネが切り込む。そこへお嬢様と私たちが続く。
群れを成して襲い掛かる半造メタルレイスを、文字通り蹴散らしながら進んでいく。
相手には死ぬ覚悟がある。殺す覚悟もある。
だがこちらにも、覚悟はある。
殺さない覚悟と、そのために磨いてきた技術を信じる覚悟が。
「あの、お嬢様?」
「何? こんな時に」
「お嬢様は、初めからご存知だったのですか? 命琴様が決して人を斬らないと」
「……」
気まずい沈黙。
まさかこのクソ女、本当は『心神喪失者の無罪』を狙って命琴嬢をぶつけたのではあるまいな。
「そんなワケないでしょ!」
私の思考を読んだのか、お嬢様は空色の瞳を怒らせた。
「ソラテラス・ファーマは人類が地球を這っていた頃から、人間の命を救うことだけを考えてきたド変態よ。正直言って命琴のことは何ひとつ解らないけど、あの子がソラテラスの娘だってことだけは確かなんだから!」
通信ウィンドウの向こうで、エイミーお嬢様は笑った。
「私はね、シエラ。人を所属企業と地位で判断する。だって……」
それが悪役令嬢ってやつでしょう? と、お嬢様はわざとらしくニヤリと歯を見せた。
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