第28話 深紅の悪役令嬢、出撃する。
それは見事な心理戦と言えた。
藍静雷は、自陣営の機体に安全装置が付いていないなどひと言も言っていない。
「君たちが我がユージンの技術を蔑むのは勝手だが、それで卑怯呼ばわりされるのは極めて不愉快だね」
「ならば明言すればいいわ。自社の機体は全て安全装置が搭載済みだと」
「断る。試みに問うがねエイミー。君が私の立場だったとして、大衆の面前でそんなことが言えるかね?」
「……」
言えないだろう。アラーニアにおいて、5人の令嬢は各企業の看板でもある。他社はもちろん、下請け企業が見ている前で『我が社の製品は安全です』などと当たり前のアピールをあえてさせられるほどの屈辱はない。
だが、その一方でユージンならば――いや、藍静雷ならばやりかねないというイメージもまた色濃い。これまでに行われてきた事故に見せかけた数々の工作も、今にして思えばこの戦況を作り出すための布石だったのだ。
あからさまに急ごしらえな増援を前に、アンタレスは完全に気勢を削がれていた。
当然だ。ここにいる者たちは学生であって軍人ではない。メタルレイスを駆るのは嗜みであって命のやり取りをする覚悟などない。
「マフィアが……」
いきなり命のやり取りを持ち出し、相手を萎縮させる手口はまさしく黒社会。
だがまさか、自分たちの命を人質に戦場を自らの土俵に取り込むとは。
大半がガラクタとは言え、数だけで見れば戦力差は10倍。攻城戦にはじゅうぶんな数と言える。
(ここは私が出るしかないか)
私は深呼吸をひとつすると、高電圧ブレードを構えた。
一撃でメタルレイスを沈黙させるブレードの電圧は、パイロットが安全装置に守られていることが前提である。前回の決闘で浩然が止めてくれなかったら、私はカラメルをウェルダンのステーキにするところだった。
(だが乗るしかない。このチキンレースに!)
トリグラウを発進させようとしたその時――
「シエラ!」
エイミーお嬢様から通信が入った。
「出る必要はないわ」
「しかし……」
「悪いわね藍静雷。私はユージンの技術を信用していない上にバカにしているの。社民に殺人の十字架を背負わせることはできないわ」
思わず叫びそうになる衝動を何とかこらえる。
「……そんな余裕を見せていられる立場かねエイミー?」
通信機から聞こえる静雷嬢の声が明らかに低くなった。
「君はすでにフリーランスに事実上敗れている。この上、君たちが格下と蔑むユージンに敗れたとあっては、エヴァーグリーン家における君の立場はどうなるだろうね?」
私が言いたかったことを、あろうことか静雷嬢が言ってしまった。
「……」
(お嬢様……)
私たちが問答している間にも、アンタレスは1機、また1機と相手の人海戦術の前に加速度的に撃ち減らされていく。
「静雷さん!」
そこへ、小惑星破壊ドリルを構えたトゥールビヨンが割り込んできた。
「この決闘は、元はと言えば私があなたに個人的に挑んだものです! ここは私とあなたの一騎打ちで勝負を――」
「断る。元はともかく、最終的には総力戦ということで私は決闘を受けたのだ」
一丈青の煌びやかな機影がガラクタの群れの中に消えていく。
「私と戦いたければ、我が社民の壁を越えて来たまえ」
「恥知らずもここまでくれば清々しいわ」
もう、静雷嬢からの通信は返って来なかった。
「お嬢様。ここは私が――」
「何度も言わせないでシエラ。勝手に私以外の者の命を背負うなんて許さない」
「お嬢様?」
デレられていると思うのは私の自惚れだろうか?
「私からプライドを取ったら何も残らないと言ったのは貴女よ。相手の恥のかき捨て合戦に付き合うつもりはない。私はあくまで、誇りで戦わせてもらうわ」
☆ ☆ ☆
――その頃、人工天体アラーニアでは、私のあずかり知らないところでこのようなやり取りが行われていた。
「……」
「お嬢様、どちらへ?」
巨大スクリーンが設置されている大講義室から退席しようとするルイーゼ・ジークルーン・フォン・シュバルツマギアーの背中に向けて執事のスチュアート・カーネルが問いかけた。
「こんなものは決闘じゃない。後で結果だけ聞かせてくれ」
「お言葉ですがお嬢様、貴女はこの決闘をこそその目でご覧になるべきです」
「……」
「ご先祖の過ちをご覧になるのは、つらいとは存じますが」
「そうだったね。彼女たちをあそこまで追い詰めたのは、アール・トリニティの罪だ」
席に戻るジーク。
「……」
その姿を、ライラー・アズハル・ドゥアトは密かに憐みと蔑みの目で見つめている。
「し、失礼します!」
そこへ、蘇芳常世が慌てた様子で駆け込んできた。
「どうしました、蘇芳様?」
対応するスチュアート。5大企業の1つソラテラス・ファーマの御曹司である蘇芳常世は、一介の執事を前にしても慇懃な姿勢を崩さなかった。
「ここに姉上はいませんか?」
「命琴様ですか? いえ、ここにはいらっしゃいませんが?」
「参ったな。どこに行っちゃったんだろう?」
「いつから見えないのです?」
「それが……、この決闘の始まる直前から……」
「あら、もしかして……」
その時、ライラーが巨大スクリーンの一画を指差した。
「あそこにおるの、お探しの人ちゃう?」
「「「あっ!?」」」
その場にいた誰もが息をのんだ。
ライラーの指先が差し示すのは、アルピナの肩の上。
「まさか、あれは……」
☆ ☆ ☆
「卑怯とは言わせないわ藍静雷。伏兵を忍ばせていたのは貴女も同じなのだから」
「伏兵だと!? バカな、いや、それは……」
通信機の向こうで静雷嬢がうろたえる。無理もない。
私も初めてアレを見せられた時は、何と言うか、開いた口が塞がらなかった。
「……」
アルピナの肩の上で、それは海中を漂う海藻のようにゆらゆらと体を揺らしている。
「……本人に代わって紹介するわ。これがソラテラス・ファーマの誇る最新型メタルレイス、『ヒヒイロカネ』よ!」
……それをメタルレイスと呼んでよいのだろうか?
そもそも、メタルレイスとは人型をした運搬車両が起源である。
だが、私たちの目の前にいるのは……。
「それ……安全装置はついているのかね……? い、いや、それ以前に……宇宙空間に出て大丈夫なの……か……?」
それは、半裸の少女だった。
今1度言う。半裸の少女である。
身に付けているのはフルフェイスのヘルメット、背中には蝶の翅を思わせる2基のブースター、そして肩とひじ、膝から下に申し訳程度に真朱色に輝く装甲がついた白のボディスーツ。
そのスーツはセパレートタイプであり、鳩尾からへその下までを大きく露出させている。
そして、その右手には本人の身長をゆうに超える、ゆるやかに反った刃をした日本刀が握られていた。
「姉上! ダメですよ! ヒヒイロカネはまだ調整が済んでないんですから!」
「……」
ヘルメットに隠された蘇芳命琴嬢の表情はわからない。
だが、どういう理屈かは不明だが、彼女の普段は床に擦るほどに長い黒髪が、無重力中をゆらゆらと揺蕩いながら毛先が赤く発光している。
それが彼女の秘めた闘志を現しているように思えた。
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