第26話 悪役令嬢、悪役令嬢との戦いに備える。
表向きはカラメル・プールプルと藍静雷の個人的決闘、実態はアンタレスとユージンの格付け闘争。
その戦いは1週間後、場所は第3演習宙域と決まった。
第3演習宙域は、メタルレイスによる中隊戦を想定した広大なバトルフィールドであり、人工小惑星やスペースデブリが配置されている。
「事故がぱったりとなくなったわね」
数日ぶりにエイミーお嬢様は屋外テラスでコーラを飲んでいる。
「ジーク様が動いてくださったのでしょう」
「貴女まさか、アール・トリニティに借りを作ったんじゃないでしょうね?」
「まさか。あくまで私の個人的なコネクションを使用しました」
それはそれで気に入らないと言いたげに、お嬢様はふんと鼻を鳴らす。
「それで、動員する人数はいかがいたしましょう?」
「向こうの数は?」
「表向きは200。演習場が想定する最大数ですが……」
「相手が相手だものね……」
他企業に技術力に劣るユージンの最大の武器。それは人海戦術である。
『他企業技術の安いところ取り』『劣化コピーのユージン』などと揶揄されるが、それゆえに安価な素材と最小の生産工程で製品を大量に作り出し、圧倒的物量でシェアを制圧するのが彼らのやり方である。
ユージンにとっては人間もまた安価な消耗品に過ぎない。
「おそらく200というのは、まともなメタルレイスの数に過ぎません。製品検査を通過していない機体をも総動員して来る可能性は非常に高いです」
おそらく、敵の数は3倍の600を想定しても大げさではないだろう。
「よくもまあ、運で作動する安全装置や自然発火するバッテリーを積んだ機体で宇宙に出られるものね」
「恐れるべきは、そんな機体に乗ることを社民が逆らわない、藍静雷の統率力かと」
恐怖支配、情報統制、もちろんそれもあるだろうが、彼女の何が何でも勝利を得るのだという決意が末端の社民にまで伝播している点は侮れない。
「で、こちらが動員できる最大数は?」
「頭数だけなら300。ですがまともな戦力では150がせいぜいでしょうか」
「意外と少ないのね」
「向こうが異常なのです」
メタルレイスは戦争を経験していない。
もちろん、各企業とも戦闘用メタルレイスの開発はほぼ公然の秘密となってはいるが、現状はとてつもなく高額なタダ飯ぐらい以外の何物でもない。
戦闘用を1機作る金と技術があるのなら、居住船を50隻作った方がよほど建設的である。
「必然的に、こちらは『質』で勝負するしかないでしょう。すでにアルピナの新データをもとにシミュレーション訓練を開始しています」
「期限は1週間。ド素人を手取り足取りしている暇はないわ。こちらは150で行く。彼らの練度を上げられるだけ上げなさい」
「かしこまりました」
「できれば実際の訓練もしておきたいわね」
「あちらに我々の手の内をさらすことになりますが?」
「基礎の動作を叩き込む。それだけなら問題ないでしょ」
確かに、この短期間では高度な戦術の訓練をしても無駄だろう。しかも相手は何をしてくるかわからない、ラフプレー上等のならず者である。ならば鍛えるべきはどんな状況に陥っても対処できる基礎能力と冷静な精神力。お嬢様の方針は正しいと私も思う。
「後は不確定要素ですね……」
カラメル・プールプルの『トゥールビヨン』。先日、ようやく操縦席に安全装置が取り付けられ、外部装甲も追加された。アンタレス製なのでデザインは無骨だが、性能は実直だ。
右腕に搭載された――と言うか、こちらが本体のようなものだが――小惑星破壊ドリルも改修強化されている。
もう1つは藍浩然の専用メタルレイス『青面獣』。こちらもジャンクパーツから組み上げられたハンドメイドだが、全体的に高いバランスでまとまっており、特に巨大な青龍刀を使った動きはまるで生身の人間の様で、製作者の技術力と浩然の操縦センスが伺える。
「問題は、お二方とも団体行動には全くの不向きであることです」
カラメルは基本的に人の話を聞いていないし、浩然はそんなカラメルに振り回される役どころである。
「浩然様は、ご自分ではカラメル様の手綱を取っているつもりでしょうが……」
私にはカラメルの暴走を助長しているようにしか見えない。
浩然が「やるな」と言ったことはカラメルは基本的に「やる」。そして彼はそんなカラメルを結局許してしまうのだ。
「シエラ」
「はい」
「あの子たちはよろしく」
「はい!?」
「私は自軍の指揮で手一杯よ」
私に主人公を制御しろと?
「あの子猿、シエラには妙に懐いているみたいだし」
……別に、懐かれたかったわけではない。
「肝心なところで邪魔をさせなければそれでいいわ。私たちの切り札の、ね……」
そして1週間後。
かつてない規模の決闘が、ついに幕を開けた。
正方形に近い広大なフィールドの両角に2つの陣営が軍を広げて対峙する。
「あれが、藍静雷様の専用機……」
粗悪な量産機軍の前に立つ、青い細身のシルエット。
「ああ、表舞台に立つのは初めてだったね。これが私のメタルレイス、『一丈青』だ」
通信機を通して、藍静雷の誇らしげな声が聞こえてくる。
刺突剣を思わせる細いフレームに、胸部前面と関節周りのみを守る最小限の装甲。手には長い柄の先に巨大な刃のついた大刀を携えている。
『……ユージンの技術を甘く見ていたかもしれないわね』
一丈青は、明らかに他のユージン製メタルレイスとは一線を画していた。
背面に搭載された2基のメインブースターの他、機体の各所に小型スラスターやバーニアが配置されている。潔いまでの高速近接戦特化機だ。それを支えるフレームがあそこまで細いのは、強度に富んだレアメタルをふんだんに使用しているのが伺える。
安物の粗悪品というユージンのイメージからはかけ離れた、技術者たちの誇りがそこにはあった。
「シエラ、見てあの装甲。どんな塗装をしたらあんな色合いになるのかしら」
見る場所はそこか。だがたしかに、えも言われぬ深みと光沢のある青色だ。それに金銀に彩られた縁取りには複雑な文様が彫り込まれ、ところどころには宝石に見立てた人工クリスタルが埋め込まれている。
成金趣味のエイミーお嬢様の琴線に触れまくるのも解る気がする。
……願わくば、お嬢様が余計な対抗心を燃やしませんように。
『では始めよう。お互い悔いが残らぬよう、全力でぶつかろうじゃないか!』
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