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第25話 メイドさん、事後の余韻をかみしめる

 アラーニア学園の学生寮に門限は無い。

 校風が自由というより、企業文化がまったく異なる上流階級の子女を1つの建物に詰め込もうとすれば、自然とこうならざるを得ない。その代わり、入寮時には寮の外で何があろうと学園は一切の責任を負わないことを明記した契約書にサインをさせられる。


「……」


 私は寮の正門を通り、玄関の前で今一度、身だしなみをチェックした。

 いくらすべてが自己の責任に帰するとは言っても、流石にエヴァーグリーン家の侍女(メイド)が着衣を乱して朝帰りをするわけにはいかない。


(すごかった……)


 初めての経験。

 それでも、私と彼の相性がこの上なく合っているのは(わか)る。

 どんな位置でも、どんな体勢でも、私たちはぴったりと呼吸を合わせることができた。


「はぁ……」


 深呼吸で、体の奥に残る熱を少しでも排出する。だが、まるで骨の髄が赤熱しているみたいで、身体の火照りはおさまる気配がない。




 ……。




「今夜はもう少しだけ、付き合っていただきますよ?」


 スチュアートのタキシードに覆われた厚い胸板に抱かれながら、私は静かに「はい」と答えた。

 私たちは体を寄せ合いながらバーを出ると、男女の休憩場として知られているホテルに続く裏通りへと足を踏み入れた。


「さて……」

「ここなら、誰も来ませんね」


 私たちの気配が変わったのを感じ取ったのだろう。どうやって潜んでいたのか、物影からぞろぞろと現れる若い男たち。


「まったく。アラーニアの入星審査はどうなっているのやら」


 私たちを取り囲む群れの中から、1人の若い男がアルコールの臭いをわざとらしく振りまきながら進み出て来た。


「よぉ、デケェ兄ちゃん。いい女を連れてんなァ」


 軽薄な笑みを浮かべ、おぼつかない足取りをしていはいるが、その目は決して酔っていない。


「失礼いたします」


 そんな彼の股間に、私は蹴りを叩き込んだ。


「なッ!?」


 男の顔に、苦痛と驚愕が交互に浮かぶ。


「いちいち体面を取り繕うとは、ヤクザも大変ですね」


 長く伸ばした髪を掴み、鼻の下を狙って膝蹴りを見舞う。


「その点、大企業(われわれ)は楽です。()()が違いますから」


 私たちの立つ場所は防犯カメラの死角である。先制攻撃にはうってつけだ。たとえ目撃されていたとしても、2、30人程度なら簡単に口を封じることができる。


「明日も授業があります。前に生えた尻尾を股にはさんで飼い主の所に逃げ帰れば、今なら見逃して差し上げますよ?」

「ちょ、シエラさん……?」


 男たちの身体から怒気が立ち上る。

 (きも)の訓練はあまりしていないのだろう。この程度の挑発で彼らは激昂した。


「この(アマ)ァ!」


 男の1人が伸縮性の棒を振り上げて襲い掛かって来た。


「フンッ!」


 スチュアートの拳が凶器ごと男の顔面にめり込んだ。


「シエラさん、背中をお任せしてもよろしいですか?」

「かまいません」


 無意味な会話だった。すでに私たちは背中合わせで立っていたのだから。


「スカしてんじゃねぇぞコラァ!」


 一斉に襲い掛かって来る男たち。

 スチュアートの巨大な手が、左右一人ずつ男の胸倉を掴み、振り回す。人間凶器である。


「やりますねスチュー。普段は何を?」

「生け花を少々!」


 言いながら、ならず者を数人まとめてポリバケツに()()()見せた。

 私の細腕ではとても真似できないので、手近なゴミの山から凶器を拾って使うことにする。


「シエラさんのご趣味は?」

「お、お菓子作りでしょうか!?」


 ポップコーンを()るくらいしかできないが。

 錆びたフライパンでならず者をぶん殴りながら思った。趣味がほしいと。


「くそ、退()け! 退け!」


 まるで潮が引くように、男たちは消え去った。昏倒した者やゴミの山に突き刺さった者たちを迅速に回収していくあたり、多少は飼い馴らされているようだ。


「おケガはありませんか?」

「問題ありません。おかげ様で」


 スチュアートは乱れた髪を撫でつけ、片眼鏡(モノクル)をかける。


「寮の近くまでお送りします」

「では、お言葉に甘えて」




 ……。




 誰かと共闘するなんて初めての経験だった。どちらも1対多の範囲攻撃を得意としていたにも関わらず、互いを傷つけて(フレンドリー)しまうこと(ファイア)が一切無かった。


 思えば、誰かを信頼するなんて初めてのことかもしれない。

 大抵のことは自分の力だけでやってきた。

 他力は利用するものだと、そうでなければならないと思っていた。


『シエラさんは背負い過ぎなのですよ』


 私にそう言ったスチュアートの背中は、広くて、固くて、安心して身を任せることができた。




 ――スチュアート・カーネルは。




 頭の中で、『私』の記憶が語りかけて来る。

 胸の奥が(ざわ)めく。


 ――『アラーニアの園』の攻略対象の1人。


 夜風が、体を冷やしていく。


 ――彼とジークは主従を超えた固い絆で結ばれている。彼のルートでは、ジークと戦って彼を奪わなければならなくなる。


(そうでした。ジーク様も、この『ゲーム』においては悪役令嬢でしたっけ)


 私は思考を切り替えた。

 今は決闘に集中せねば。

 今回の件が片付いたら、少し休みをもらおう。

 お菓子を作ってみるのもいいかもしれない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点]  ナイス肩透かし!(^∀^)/やったったのかと思ってたら殺ったった♪だったー!! [気になる点]  負傷者をちゃんと回収するぐらい仲間意識あふれる敵のチンピラーズ(´Д` )あんまりクズく…
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