第24話 メイドさん、ご休憩する?
これは私の持論だが、暴力とはとどのつまりチキンレースである。
暴力の世界の勝敗は、『自分がいかにイカれているか』をどちらがより効果的にアピールできるかで決まる。
「まさか、ここまでしないだろう」
「こんなこと、いつまでも続くわけがない」
そんな常識や先入観のギリギリを責め、いかに相手に
「こいつ、どこまでやる気だ? いつまで続ける気だ?」
と思わせ、恐怖させるのかが暴力の妙味である。
しばしば、マフィア同士の抗争が泥沼化し、無様で滑稽な共倒れに至るのはブレーキのかけどころを完全に見失ったチキンレースそのものだと言えないだろうか?
もしかしたら、暴力の世界に生きる者たちにとってはそれで本望なのかもしれない。相手に一生舐められるくらいなら死んだ方がマシなのかもしれない。
……私には理解できないが。
「ちょっと! 普通ここまでする!? 何考えてるのよ静雷! シエラ! 何とかしなさいよ! こんなのがいつまでも続くなんて耐えられないわよ!」
煙を上げるトラックを前に喚き散らすお嬢様。
だが、こういう時のお嬢様にはとっておきの特効薬がある。
「お静かにお嬢様。恐らく、静雷様はこちらの様子を観ています」
正直、その可能性は五分五分だ。これはあくまで事故。静雷嬢につながるような証拠は無いだろう。
だがエイミーお嬢様の動きはピタリと止まった。
「ふん、何を仕掛けて来るかと思えば、こんな子供だましとはね。藍静雷の底が知れたわね」
顎を上げてトラックを見下しながらコーヒーをすすり始めるお嬢様。まったく、この方の見栄と虚飾だけは尊敬と信頼に値する。
「こちらのことは警備部に任せて、我々は決闘に注力するとしましょう」
「そうね。どこから始めようかしら」
「まずはお嬢様、いつものように私の前を歩きましょう。それから私の服の裾を掴むのはやめてください」
「は? まるで私が侍女の後ろに隠れているような言い草ね。私はいつも通りよ。シエラの歩くのが早いの。シエラの方がビビってるんでしょ? 私はいつも通りよ。いつも通りなんだから!」
「失礼しました。お嬢様はいつも通りです」
……。
「まずは早々に決闘の日程を決めましょう」
艱難辛苦にも期限があれば、人は意外と耐え忍ぶことができる。
「こちらから多少挑発的に告知すれば、向こうは飲まざるを得ません」
『そうね』
「お嬢様の引きこもり生活も、そう長くはならないでしょう」
『引きこもってないわ』
アンタレス専用のメタルレイス格納庫。
宇宙最強の防御力を誇ると言っても過言ではない、超重量級メタルレイス『アルピナ』の操縦席からお嬢様が通信して来る。
「失礼しました。機体調整でしたね」
『シエラ貴女、この件が終わったらすっごいお仕置きしてあげるから覚悟なさい』
「ところで、アルピナの改修ですが、本当にこれでよろしいのですか?」
先の戦いにおいて、小惑星破壊ドリルで腕部を吹き飛ばされたアルピナは修理と改修を完了させつつある……のだが。
「腕部の大型化に伴う出力の増強、装甲の強化……。前回浮き彫りになった欠点が何一つ改善されていないのですが……」
アルピナは通常のメタルレイスの10倍におよぶ超重量を、超高出力エンジンで強引に機動性を確保する暴れ馬である。その代償はカラメルに指摘されたとおり巧緻性の低下、つまり小回りがきかないことにある。
「短所がより短くなっている気がするのですが?」
これまでよりも遥かに大型化した腕部。そのシルエットはもはやマウンテンゴリラである。
『短所を克服する余裕があるなら長所を伸ばす。アンタレスはそうやって進歩してきたの』
(脳細胞の筋線維化は進歩と言えるのでしょうか?)
『今、脳筋ゴリラって言わなかった?』
「滅相もございません!」
外聞に対する感度が異常すぎる。そう思うなら短所を克服すればいいものを。
『シエラ。私には欠けているものが多いわ』
「はい?」
いきなり何を言い出すのだろうか。
『貴女が補って。私の側を離れないで。いいわね? 答えは聞いてない』
一方的に通信を切られた。
「まったく。ビビりすぎでしょう」
……。
「最近、お顔の血色がよくなられたように思えます」
「そうでしょうか?」
色々と悩んだ挙句、結局私は前回と同じバーに彼を誘っていた。
シックな片眼鏡の奥から、スチュアート・カーネルの穏やかな眼差しが私を見つめている。
「いつお声をかけていただけるかと、首を長くしてお待ちしておりました」
「……本当は、もうこのような形でお会いすることはないと思っていました。伝統と格式を重んじるアール・トリニティの方は、私のような者を容れることはないだろうと」
「あの決闘の一幕ですか。確かに、我々の社風とは合わない展開ではありましたが……」
大きな黒褐色の手が、私の手にそっと触れる。
「貴女個人の忠誠心には敬意を表します」
「忠誠心、ですか……」
そんな大したものじゃない。
給料分は働かねばならないという義務感と、今後の自分を多方面に売り込むための打算の結果だ。
それを告げると、彼は穏やかに微笑んだ。
「そうですね。忠誠心と言うと、何やら滅私奉公のような響きがありますが、本来は真心という意味だと思っています。あの時、貴女は自分のことを『備品』と表現しましたが、私にはそれが「自分を人間として見てほしい」という心の叫びに聞こえました」
「う……」
急激に恥ずかしさがこみあげて来た。
まさか私の打算はおろか、心の底にある劣等感まで読まれていたとは。
「私は……、大勢の前で丸裸になっていたのですね……」
「ご安心ください。価値の解る者にだけ見える、美しい姿でした」
ジーク嬢といいこの人といい、これはアール・トリニティの社風なのだろうか?
「私は、その、この話はもうやめましょう」
彼は頷いた。
「実は、またうちのお嬢様が決闘をすることになりました」
「聞いています。今回の相手は藍静雷様だそうで。早くも場外乱闘が始まっているとか」
「そんなものに乗るエイミー様ではありません。ですが、あまりに度が過ぎると他企業の方にも迷惑が及びます」
あれからも『不幸な事故』は規模と頻度を増している。
なぜかアンタレスの学生を狙う不審者の存在、アンタレス関連施設に突っ込む乗用車、メタルレイス格納庫では小規模ながら爆発事故まで発生した。
手段も場所もタイミングも、こうもバラバラだとさすがに予測はしきれない。警備部の業務にも支障が生じ、その隙をついてさらなる事故が発生する悪循環である。
「手段の品位をどうこう言うつもりはありません。私が言える口でもありませんし。勝負とはそういうものだとも思っています」
彼の瞳に、少しだけ鋭さが増した。
「あまり全面的には賛成できませんね」
この人はそれでいいと思うし、そう思いたい。
「無法な相手に1対1で対処するのは良策とは言えません。これはお嬢様の意志ではなく、あくまで私個人のお願いなのですが……」
彼の目が、じっと私を見つめている。
何を言っても受け入れてくれるのがわかる、広く深い湖を思わせる眼差しが、あのシスターの瞳に似ている。
何だか、ぐだぐだと言い訳を連ねて予防線を張りまくっている自分が嫌になってきた。
「……」
「シエラさん?
「あの、スチュー……」
「はい」
「……助けてください」
一瞬だけ、スチュアートの顔に驚きの表情がよぎった。
だがすぐに、彼の手が私の肩を掴み、抱き寄せた。
「あ……」
「手強い女性だ。手を掴もうと思えば離れる。そうかと思えばいきなり生身で突っ込んで来る」
「単に支離滅裂なだけです」
頬に、大きな分厚い胸板を感じる。
「シエラさんは背負い過ぎなのですよ。いいでしょう。困った方に頼られるのは紳士の誉です。貴女の力になりましょう」
「ありがとうございます」
「その代わり……」
彼は片眼鏡を外した。撫でつけられていた髪を軽くかき乱す。
「今夜はもう少しだけ、付き合っていただきますよ?」
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