第22話 悪役令嬢、悪役令嬢の喧嘩を買う。
「私は言ったはずだよ。アラーニアから出て行けと」
「俺は是と答えたつもりはない」
5大企業の1つ、ユージンの社長令嬢である藍静雷と、同じ姓を持つ少年、藍浩然。
2人の間に、ジリジリと灼けつくような空気が生まれる。
「年長者の言うことは素直に聞くのが徳というものではないかね、浩然?」
「たかが3日早く生まれた程度で姉貴面するな」
「まだ殴られ足りないか? 彼女の前で恰好をつけたい気持ちは解るが、引くべきところで引くのは恥ではないよ?」
「あんたはいつもそうだ。何でもかんでも数の暴力で自分の道理を押し通そうとしやがる」
静雷は苦笑しながら肩をすくめた。
「数は力、力は数だよ。ここに居ても良い思い出は何もできないよ浩然。そこの彼女への心配なら無用だ。可愛い弟の友人だ。私が責任をもって護ってあげよう。だが……」
雷光を凝縮したような狼眼が強烈な光を帯びる。
「お前が私に逆らうと言うなら話は別だ。反抗的な弟の友人を守る道理はない。このアラーニアは美しいところだが、それを支えているのは地下で働く労働階級だ。彼らの中には、上層階級に妬みを持つ者もいるだろうね。ましてや、本来労働階級でありながら上層階級と同じ生活をする者には……」
「テメェッ!」
浩然が静雷の胸倉を掴む。
その瞬間、背後の不良たちが一斉に身構えた。
「カラメルに手を出してみろ。オレは絶対にあんたを許さねぇ」
「彼女を傷つけるのはお前の頑固さだよ。お前さえ分をわきまえてくれれば、すべては丸く収まるんだ」
「分、だと?」
浩然の身体が激しい怒気を帯びた。
「それはあんたが俺より3日早く生まれたことか? それとも母の話か?」
対する静雷は心底バカにしたような笑みを浮かべる。
「母? ああ、忘れていたよ、そんなくだらない話は。お前は何か? 女に縛られる趣味でもあるのかね?」
その時、ダン! とテーブルにコーラの瓶が叩きつけられた。
「ここは学生食堂よ。あなたたちは往来で身内の恥をさらし合う趣味でもあるのかしら?」
「以前、お宅の侍女にも言われたな。私にその気は無いんだが、どうも不肖の弟は人前で己の不幸を自慢したがる性癖があるようでね」
その時、ダン! とテーブルにチョコレートサンデーの器が叩きつけられた。
「もうやめてください!」
大きなアジサイ色の瞳が、きっと静雷を見据える。
「どうしてそうやって浩然をいじめるんですか? 浩然は一生懸命猛勉強してこの学園に入ったんです! なのに、そんな一方的に出ていけなんてあんまりです!」
「君には関係のない話だ」
「関係あります!」
カラメルは立ち上がった。浩然が慌てて「バカ、やめろ」と制するが、彼女はそこで止まるような主人公ではないだろう。
「浩然はずっと兄妹同然に暮らしてきた大切な家族です! 大切な人が理不尽な目に遭っているのに、放ってなんかおけない!」
藍静雷の口元に、牙を剥く獣じみた笑みが浮かぶ。
「だったら、どうする?」
その笑みに、チョコレートソースで汚れたハンカチが叩きつけられた。
「決闘を申込みます。メタルレイスの一騎打ちで!」
「私に決闘を拒否する権利はない。だが、勝負の内容にはひとつ言わせてほしい」
「何ですか?」
「当事者である浩然が戦いに不参加なのはどうなのだろうね? ここは浩然も参戦するのが道理だろう」
「でも、それでは……」
「気遣い無用だ。私も部下を伴う」
「わかりまし――」
「お待ちください」
私は慌てて口を挟む。
まったく、この子は私との戦いで何も学んでいないのか。
「静雷様はお連れになる手勢の数をおっしゃっていません」
数は力。彼女は公平にも事前にそのことを明言している。
「やっぱりダメだ」
浩然がカラメルを抑えるように肩に手を置いた。
「これは、俺とあいつの問題だ。メルは関係ない」
「関係なくない!」
「残念だが……」
静雷嬢は投げつけられたハンカチをひらひらと振って見せる。
「覆水は盆に返らんよ、浩然」
「いいわ」
エイミーお嬢様が口を開く。
「アンタレスがカラメルの側につく。互いが納得するまでとことんやるわよ」
「エイミーさん!」
ぱぁっと顔を輝かせるカラメル。
「勘違いしないで。敵の敵は味方だっていうだけよ」
「嫌われたものだ」
「好かれる努力をしてから言いなさい」
いつの間にか、お嬢様の背後には食堂にいた学生たちが集まり、不良の一団を牽制していた。
敗北を経験したとはいえ、今だエヴァーグリーンの求心力は健在だ。
「整理しましょう。決闘はメタルレイスによる総力戦。参戦する機体数に制限はなし。それ以外はメタルレスリングの規定に則るということでよろしいでしょうか?」
「わかりました!」
「くっ……わかった……」
「問題ないわ」
「知道了」
軽やかに身を翻し、颯爽と去っていく静雷嬢。
食堂を出る間際、1度だけ振り返り、にやりと壮絶な笑みを浮かべ、私たちの視界から消えていった。
「……すまない。巻き込んでしまって」
「静雷様は初めから、浩然様をダシにしてアンタレスに戦争を仕掛けるのが目的だったのでしょう。わざわざエイミーお嬢様の縄張りでお嬢様の目の前で決闘を仕組めば、お嬢様は少なくとも立会人として関わらざるを得ません」
大企業の令嬢ともなれば、決闘をグダグダに終わらせてしまうと立会人としての沽券に関わる。
静雷嬢が圧倒的多勢を引き連れてきた場合、こちらもカラメル側の数を揃える羽目になる。
「お嬢様もそれを承知で受けて立ったのです。浩然様がお気に病むことはございません」
「え? そうなの?」
その時、呆けた空色の瞳が私を見た。
「……はい?」
まさか売り言葉に買い言葉だけでこの戦争を買ったわけではないだろうなこのお転婆令嬢。
「……そう! 私も前から、静雷とはいずれ白黒つけなければならないと思っていたから、好都合だったわ」
持ち直した。
どうやら、私が長期休暇をとるのはもう少し先になりそうだ。
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