第21話 メイドさん、脂ぎったお茶会を開く
「……」
「……」
「……」
「ん~おいひぃですぅ~」
学園内にいくつか存在する学生食堂の1つにて。
気まずい沈黙の中、カラメル・プールプルだけが能天気な笑顔で人間の頭ほどもある大きさのハンバーガーをパクついている。
「夢だったんですよ。アンタレス食堂名物、恒星サイズバーガー!」
見ただけで胸やけがしそうな肉とチーズが幾重にも積み重なった巨大ハンバーガー。培養肉特有の黄色い肉汁が滝のように滴り落ち、臭み消しの合成香料がさらなる臭みを上乗せする。
他企業の者たちはこの食べ物を一様にこう評する。
豚のエサ、と。
私も同感だ。
初めてコレを食べた時は、その後しばらくの間体が野菜しか受け付けなくなってしまった。
「気に入ってもらえてよかったわ」
エイミーお嬢様も、淡々とハンバーガーを口に運ぶ。お嬢様もかなりの健啖家だ。恒星サイズバーガーくらいは軽く平らげる。
「……」
そんな中で1人、藍浩然はひと口食べただけで完全に手が止まっていた。
「そのお気持ちはよくわかります、浩然様。初めての方にはこの脂や臭いは耐えがたいでしょう」
「いや……まあ、その通りなんだが……その、シエラ、あんたの食べているそれは何だ?」
「超新星サイズバーガーですが?」
「『ですが?』じゃねぇよ。その前に『お気持ちわかります』じゃねぇよ! それは人間の腹に入る大きさじゃないだろう!?」
「それがお腹に入ってしまうのが宇宙の神秘です。浩然様もいつか解ります」
最初は人間の食べ物ではないと感じるこのドぎつい脂と強烈な臭みが、なぜかまた食べてもいいかと考えるようになり、また食べたいと思い、もっと食べたいと感じ、やがて食べ足りないと欲し、そしてついには……
「浩然様、私は思うのです。人類にとって、真の食料とはこのアンタレスのハンバーガーではないかと。むしろ他企業の方々が食しているものこそ豚のエサだったのです」
胸やけや嘔吐感といった体の拒否反応を制圧し、容量の限界を訴えて悲鳴を上げる胃袋にあえてさらなる負荷をかける。その先に感じる法悦を知ってしまったら、もうやめられない止まらない。
「あんたは少し休め! 頭ハッピージャンキーじゃねぇか!」
失礼な。
「貴方に気に入ってもらおうとは思っていないわ、藍浩然。私はカラメルに用があるの」
「ふん、わかっている。だが、アンタレスはメルにとって敵地みたいなもんだ。単身で行かせるわけにはいかねぇよ」
顔の半分を覆い隠すほど長い茶髪の隙間から、鋭い視線を射込んでくる浩然。ゆったりとした服で体を覆っていてもなお、シャープに鍛え上げ、引き締められた筋肉の存在がわかる。
「メル様と浩然様はどのようなご関係で?」
「関係って、それは……」
「幼馴染なんですよ!」
頬をかすかに赤らめて目をそらす浩然に対し、カラメルはあっけらかんと笑みを浮かべた。
「たしか、カラメルの実家は木星方面の開拓宙域だったわね」
今、その場所は後発企業であるアンタレスとユージンが支配領域拡大のためにしのぎを削っている。技術と人員が惜しみなく投入されている一方、開拓済み宙域の生活水準の発展はおざなりだ。
両社とも、「腰を落ちつける暇があったら前へ進め」とばかりにインフラ設備などへの投資を渋りに渋っている感がある。
まとめると、カラメルの故郷は『労働環境劣悪のド辺境』である。
彼女の実家は大企業の系列には属さないフリーランスということだが、藍浩然と親しいということはユージンの依頼が多いのかもしれない。
「浩然とは物心ついた時から一緒で、私が危ない目に遭うと必ず助けてくれるお兄ちゃんみたいな感じです」
「あんま、べらべらしゃべんなよ」
複雑な表情を浮かべる浩然。きまりの悪さを紛らわそうというのか、黄色い脂でギトギトになったハンバーガーをひと口食べ、さらに表情を複雑化させる。
「私が聞きたいのは、貴女がどうしてこの学園に来たかということ」
きょとんと首を傾げるカラメル。対する浩然は眼光をさらに鋭いものにする。
「こう言っては悪いけど、このアラーニア学園に入学できるのはそれなりの企業のトップか、大企業の重役クラスの子女だけよ。貴女はどうやってここに入ったの?」
「メル様、どうか気を悪くしないでください。お嬢様は単純にメル様のことをもっとお知りになりたいだけですので」
「それが、私にも何が何だか……」
カラメルは困り顔を浮かべながらハンバーガーを食べ終え、洗面器ほどもある器に盛られたチョコレートサンデーにさじを付ける。
「いきなりうちに学園の合格通知が届いたんです。メタルレイスの操縦技術に関して、私を推薦する人がいたとか。そしたら浩然が一緒に行くって言い出して……」
「だからそういうことを言いふらすなって!」
「……で、誰が推薦を?」
ふるふると首を振るカラメル。
「学園長に聞いても「君は知らなくていい」って言われてしまって……」
「この学園に口を利けるのだから、それなりの人物よね。アンタレスに心当たりがない以上、考えられるのは……」
お嬢様が浩然を見る。だが、彼は不満げにそっぽを向いた。どうやら、彼も預かり知らない話だったしい。
「時にメル様、フォーマルハウト・コスモプールゥという名前に心当たりはありませんか?」
どんな食べ方をしたらそうなるのか、頬にチョコレートソースを付けながらきょとんと首を傾げるカラメル。
そんな彼女の頬をさりげなく拭いてやりながら、浩然も「知らねぇ」と首を振る。
「もしかして、その人が私をここに?」
「さあ、それは――」
その時だった、食堂の扉が乱暴に開けられ、十数人もの若者がずかずかと入り込んできた。
そこかしこで「ひっ」「きゃっ」と悲鳴が上がる。
「学生じゃないわね」
お嬢様の言う通り、彼らは見るからに学問とは無縁の世界に生きていることを本能的に感じさせる凶暴性を漲らせ、真っ直ぐにこちらへ向かって来た。
「……」
「……」
私は反射的にお嬢様の前に立ち、浩然は同様にカラメルの前に立つ。
「やあ、食事の邪魔をしてすまないね」
そんな彼らの背後から、よく通る少女の声が聞こえた。
一斉に背筋を伸ばし、統率の取れた動きで道を開けるならず者の一団。
そして現れたのはもちろん、雷光のように輝く狼眼をしたあの人である。
「価格表に注意しなさい、藍静雷。この食堂は礼儀知らずには割高になるから」
「驚いた。君たちは金を払って豚のエサを食べていたのか」
視線のつばぜり合いは一瞬で終わった。
静雷嬢はその激しい視線を浩然に向ける。
「私は言ったはずだよ。アラーニアから出て行けと」
「俺は是と答えたつもりはない」
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