第20話 メイドさん、洗いざらい白状する。
「すぐに休暇をとりなさい」
エイミーお嬢様の言葉に、「まあそうなるよな」と自分でも思う。
むしろ、お嬢様にしてはよく真面目に聞いてくれたと感謝の念さえ感じなくもない。
私たちの生きている世界が「アラーニアの園」というゲーム世界で、突然私の思考に『私』の記憶が混線するようになった……なんて、私が聞く立場だったら休暇どころか入院をおすすめする。
「で、私はあの辺境娘と恋のさや当てで対立し、敗北しまくった挙句やぶれかぶれになって汚い手段に手を染めて露見して失脚、実家も勘当されて野垂れ地ぬ、と」
「ヤバいっすよ、とうとう頭ヤバいっすよセンパイ!」と口では私を心配しながら好奇心で瞳をキラキラさせているケイティ。
「私たちも下手したらああなるの?」と恐怖と憐みの眼差しで私をチラ見するレイチェル。
「――で、ですね、私としては乙女ゲームというものは、主人公は主人公として攻略キャラとの恋愛模様を友人のような視点で見守る形でプレイするスタイルをおすすめするわけでして」とか何とかしゃべり続けるモルガン。
何だろう、この、ちょっとしたカオスは?
「悪役令嬢って、何?」
うっかり口を滑らせてしまった私のうかつさを、エイミーお嬢様は聞き逃さなかった。
この方は部下の失言には異様に耳聡いうえに、一度疑問を抱くと自分が納得するまでとことん追求してくる。
お嬢様の疑問に答えるためには、主人公との対立という構図を説明せねばならず、主人公とは何かを説明するにはゲーム世界を説明せねばならず……と、結局私は最近自分の身に起きたことを洗いざらい告白させられる羽目に陥っていた。
そしてお嬢様が「そもそも乙女ゲームって何?」と疑問を呈した瞬間、「それはですね!」とモルガンが乱入し、彼女を止める形であと2人が乱入したというのが現在の状況である。
「私の破滅ってそれ、シエラの願望じゃないの?」
ジトッとした目が私を見る。
「確かに、その可能性はありますが……」
「そこは否定しなさいよ。形だけでも」
お嬢様の指がわきわきと動いている。私の首を絞めたくて仕方ないらしい。
「シナリオに狂いが生じているっていうのも、微妙よね。貴女の妄想にとって都合がいい」
「おっしゃる通りです」
あまり真剣に考察されると、かえっていたたまれない。
「やっぱり休暇をとりなさい。1週間くらい。リゾート区の企業幹部クラスの施設を使わせてあげるから」
「お嬢様……」
不意に目頭が熱くなった。この方に仕えて十数年、こんなことを言われたのは初めてだ。
「ご乱心ですか?」
「今の貴女にだけは言われたくないわ!」
お嬢様の背後では、ケイティとレイチェルがブンブンと首を振っている。「私たちだけで1週間も猛獣のお世話をするのは無理ですぅ!」と口パクで訴えている。……休暇を2週間とってやろうか。
「でもセンパイ、こういうゲーム転生系ってアレですよね」
そしてまだしゃべり足りないらしいモルガン。
「アレとは?」
「どんなにあがいてもシナリオの強制力が働いて、結局元の木阿弥なっちゃうってのが定石ですよね」
ですよね、と言われても困る。
「つまり、シナリオはまだ狂っているとは言い切れない、と」
もしかして、我が主は意外と柔軟な思考ができる方なのだろうか?
「何か証明できるものはないの?」
「私はカラメル・プールプルに出会う前から彼女の存在を知っていました」
「貴女にとってはそうでしょうけど、それを今言われてもね」
分かっている。これでは所詮、後出しじゃんけんのニセ予言者と変わらない。
「そもそも、お嬢様とカラメルは誰を巡って争うんです? 先日はセンパイを巡って決闘しましたけど」
「別にシエラを取り合ったわけじゃないわ。勘違いしないで」
確かにそうだ。今のところ、エイミーお嬢様が興味を示している異性はいない。異性は。
「まさか転入生とか? あはは、今どき犬も食わないベタベタ展開ですねぇ」
――転入生。
その言葉に触発されたのか、久々に『私』の記憶がよみがえった。
「それです」
「は?」
「近々、アラーニア学園に転入生が来ます」
「ふぅん、何か思い出したってわけ?」
「はい」
面白い、とお嬢様は笑った。空色の瞳に鮮烈な光が宿る。
「言ってみなさい。私を破滅に導く運命の王子様の名前は?」
――フォーマルハウト。フォーマルハウト・コスモプールゥ。
「コスモプールゥ……。聞いたことがあるわね……」
「はい。確か、ドゥアトに所属する科学者にコスモプールゥの名前が」
人類が宇宙に進出する際、ドゥアトは宇宙服の新素材を開発することで頭角を現した。ハピルスと名づけられたその布地の製造法は今もドゥアトの企業秘密であり、他企業がどんなに解析してもその組成は謎に包まれている。
その開発者と言われているのが、コスモプールゥという名の科学者である。
「フォーマルハウトという名は?」
「少なくとも、私の知っている紳士録にはありません。後は恒星の名前だということくらいしか」
「面白いわね」
フォーマルハウト。私たちの運命を握る2つ目の鍵となる者の名を、お嬢様は何度も口にした。
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