第15話 メイドさん、主人公と対決する。
「……それはいくら何でも横暴が過ぎやしないかい?」
感情を殺したジーク様の声に対し、賛同のささやきが波紋のように広がっていった。
「とりあえず、アンタレスの言い分を聞こうやないの」
立会人としての面子を潰された形となるライラー嬢だが、流石は政治力に長けたドゥアトの令嬢だけあって、温和な態度をいささかも崩さなかった。
「下がりなさいシエラ! 私に恥をかかせるつもり!?」
通信の向こうから、エイミーお嬢様が喚いている。だが、その声は音量こそ大きいが、どこか上ずり、覇気に欠けているように思えた。
「恥は一時のものです。ここはお嬢様の勝利を優先します」
敗北の事実と己のプライドの板挟みにされ、言葉を詰まらせるお嬢様。私はこのチャンスを最大限に利用する。
「私はエイミー様の侍女としてアラーニアにいることを許可されております。私はお嬢様の付属品であり、アンタレスの備品です。したがいまして、この戦場において私はお嬢様の武装の1つに数えられます」
メタルレスリングの公式ルール。近接武器はあらかじめ戦場に用意されていた1種類のみ使用を認める。
「私の機体の行動ログを見ていただければ分かりますが、私は開戦直前からこのフィールドの内側に配備されておりました。エイミー様が私を武装として使用することに問題はないと主張いたします」
「詭弁だね。どれだけ言葉をいじくり回そうと、1対1という前提条件を覆している事実は変わらない」
「過去に私の主張が認められた前例はございます」
ジーク様は「そうなのか?」と後ろに控える執事を見る。
「確かにいくつかの実例がございますが、いずれも後に賛否を呼んでおります。アール・トリニティではメタルレスリングを決闘に持ち込む場合、『近接武器はあらかじめ機体に装着または格納されている1種類のみ使用を認める』とルールを改正しておりますが、それはあくまで我々のみの社則でございます」
「どんな規則も、運用する者の品位しだいということか」
そう吐き捨てるジーク様の言葉に、スチュアートは「御意」と頭を下げた。
……そんな彼の仕草に、胸の奥にチクっと痛みが走った気がした。
「認めるしかあらへんね。どうせ3対2や」
ライラー嬢が視線を向けた先。静雷嬢は不敵に嗤ってそれを肯定した。蘇芳常世は不服そうな表情ながらも頷く。
私の参戦を認めるかどうか。
ジーク様とライラー嬢が反対したところで、エイミー様と実質その子分である蘇芳常世、そして常日頃から勝利のためなら手段を問わないと主張する静雷嬢は賛成に回る。
「私は、かまいません」
そこへ声を上げたのは、ナチュラルに存在を忘却されていたもう1人の当事者だった。
私に剣の切っ先を向けられていた異形のメタルレイスが、応答するようにその巨大な右腕――小惑星破壊ドリルの先端を向けて来る。
「カラメル様……」
「メルでいいですよ。シエラさん、私嬉しいんです!」
メインモニターの片隅で『SOUND ONLY』と表示されたウィンドウ。その向こうに、あのキラキラとしたアジサイ色の瞳があるのだろう。
「私は、シエラさんのことをもっと知りたい。エイミーさんのことも! だから、こうやってお互いの気持ちをぶつけ合うことができて、嬉しいんです! そうすればきっと解り合えると思うから!」
……なんという脳筋。
正直、筋肉至上主義者としても敗けた気がしないでもない。
「もう、好きにしたらええんちゃう?」
ライラー嬢の投げやりな言葉をゴングに、私たちは臨戦態勢に入った。
トリグラウの高電圧ブレードが激しい紫電を纏う。
トゥールビヨンの巨筒の先端が赤熱し、高速で回転を始める。
「「行きます!」」
2機のメタルレイスは、示し合わせたように虚空でステップバックして距離を取り、直後、一直線に激突した。
何の躊躇いもなくトリグラウの頭部を狙う巨大ドリル。
メタルレイスの操縦席は胸部にあるが、メインモニターのカメラは頭部に搭載されている。
メインモニターを埋め尽くし、目の前に迫り来る重金属の塊。生物の根源的な恐怖を呼び覚ます光景に、思わず目を背けそうになる。
(ここで目をそらしたら負けだ!)
初めから解っていた。状況は極めて不利だ。
相手は必殺の一撃にすべてを賭けた特攻戦術なのに対し、要人警護用である私のトリグラウは先制攻撃には不向きである。
しかもあのドリルは、正真正銘この世界で最も硬いアルピナの重装甲をぶち破った変態武装。
対するこの高電圧ブレードは相手のセンサーや関節部分といった『急所』に刃を食い込ませ、放電しなければ効果を発揮しない。
単純なぶつかり合いならば、カラメルの方に2手も3手も分がある。
「ならば!」
初撃から奥の手を使わせてもらう。
私はブレードを持つ腕に目一杯慣性を乗せた上で、腕関節を自爆させて肘から先をパージする。
「なッ!?」
私のトリグラウの頭が吹き飛ぶのが先か、カラメルのトゥールビヨンの目ん玉に刃が突き刺さるのが先か。
「そこまでだ!」
だが、ドリルもブレードも、互いに届くことはなかった。
突然、どこからともなく割り込んできた青いメタルレイス。それは巨大な青龍刀を携え、私とカラメルの間で、舞うように刃を一閃させた。
「ったく、無茶してんじゃねぇよバカ」
青龍刀は私の高電圧ブレードを弾き飛ばし、返す刀で回転するドリル先端のパーツ同士の隙間に刃を食い込ませていた。
激しい火花を噴き出しながら、ドリルの回転がとまる。
「ハオラン?」
カラメルが驚きの声を上げる。
「さっきの一撃でトゥールビヨンはもう限界だ。そもそもお前の操縦席、何の安全装置も付いてねぇだろ」
……は?
ぞっと背中に怖気が走る。
あのまま電気系統に高電圧を流していたら、内部はどうなっていただろうか?
まったく、自分の浅はかさが嫌になる。メタルレイスには安全装置が付いていると思い込んでいた。
相手の機体がフリーランスのハンドメイドと分かった時点で、その可能性を考えられなかったのは失態だ。
「そう言えば、あんたにも借りがあったな」
モニターの隅にサブウィンドウが開く。
そこには、茶色の髪を片目を覆うほどに伸ばした、目つきの鋭い少年の顔が映し出された。
「藍浩然だ。これで借りは返したからな」
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