第14話 主人公、悪役令嬢と決闘する。(後編)
――おかしい。
私の中で、『私』がささやく。
――カラメルとエイミーの戦いはもっと先のはず。
どういうことだ?
この世界は『アラーニアの園』というクソゲーで、私たちの未来は『シナリオ』という運命によって定められているのではないのか?
――おかしい。
――これは私の知っている『アラーニアの園』とは何かが違う。
結構なことだ。
クソ創造主に破滅を宣告された身としては、シナリオの改変は願ったりだ。
――狂いの元は、おそらくあの時。
私の頭の中に、あの時の光景が浮かぶ。
都市部の裏路地。藍静雷が率いる不良グループに絡まれていたカラメルと、ハオランと呼ばれていた少年。
――本来ならば、あの場に現れて2人を助けるのはスチュアートだった。
……。
――そもそも、カラメル・プールプルがシエラ・ジェードと会話するテキスト自体、存在しないはず。
どうやら、『アラーニアの園』におけるシエラ・ジェードは随分と軽く扱われた存在だったようだ。
――シエラ・ジェードはエイミーの腰巾着。エイミーに代わってカラメルに様々な嫌がらせをする実行犯。
「ふふっ……」
クソ野郎。
◇ ◇ ◇
「ちまちました小細工など、このアルピナの圧倒的質量で圧し潰してあげるわ!」
背面にずらりと並ぶブースターから青白い焔を彗星の尾のように長く噴き上げ、その超重装甲からは想像もつかない機動力をもって、アルピナは一瞬で相手に肉薄した。
「ひぇぇぇぇッ!?」
通信回線からカラメルの悲鳴が聞こえてくる。
巨大隕石の衝突にも似た、アルピナの凄まじいショルダータックルがカラメルの愛機、トゥールビヨンを襲った。
決闘を観戦している学生たちからも悲鳴が上がる。
「初っ端からぶちかますねぇ、エヴァ―グリーンのお嬢ちゃんは」
声を弾ませる静雷嬢。
「あれがアンタレスのパワーか。データは取っているな、スチュアート?」
「無論です。ですが、エイミー様もそれを見越して最大出力での稼働は控えるでしょう」
「だろうね」とつぶやくジーク嬢の声には、いつもの甘い低音の中にかすかに冷徹な響きが隠れていた。
「どうやろ。存外、最初からフルスロットルかも知れへんよ?」
ライラー嬢がクスクスと笑う。
「……と言うか、力を出し惜しみしている場合ちゃうかもよ、エイミーはん」
戦場では、アルピナの突撃をかろうじてしのいだトゥールビヨンが、全身から小さな火花を散らしていた。
「ひぇぇ、かすっただけでこのダメージぃ!?」
決闘開始数秒で、すでにカラメルの声には涙が混じっている。
「意外と頑丈なフレームね。でも、次の一撃には耐えられそうにないんじゃない?」
アルピナの巨体が、相手の機体を中心にして大きく旋回する。
「……大丈夫です! 今のでだいたい分かりました」
「何ですって?」
トゥールビヨンが右腕の巨筒を水平に構える。
「行くよ、トゥールビヨン!」
ドぎついピンク色の巨筒が、わずかに震えた。刹那、筒の尻が火を噴いた。
「「「なッ!?」」」
誰もが声を失った。
トゥールビヨンに何が起きているのか、いや、何をしたいのか、まるで解らない。
「はぁぁぁぁぁ!」
巨大な円筒にはロケットエンジンが内蔵されていたのだ。
水平に構えた不格好な右腕がロケットエンジンによって得る推進力により、トゥールビヨンは人型の本体部分を軸にして独楽のように高速で回転し始めた。
「何だあの動きは!? あれじゃ操縦席は! パイロットは!?」
摩擦の無い宇宙空間でトゥールビヨンの回転速度は際限なく増大し、巨大な光の輪と化す。
「ハァッ!!!」
カラメルの気合と共に、光輪はアルピナの旋回先を正確に捉え、突撃した。
「小賢しいッ!」
敵を威嚇する灰色熊のごとく、両腕を上げて迎え撃つアルピナ。
2機のメタルレイスが激突する。
直後、凄まじい衝撃波が周辺宙域を薙ぎ払った。
スクリーンが網膜や灼くような閃光に覆われ、音声通信が耳骨に響くようなノイズを発する。
次の瞬間、すべては暗闇と無音に包まれた。
無機質な合成音が響く。
『深刻なシステム障害発生。原因不明のエラーにより、全外部センサーを強制終了。再起動まで、10、9、8……』
スクリーンに光が戻った。
「「「え……」」」
誰もが息をのんだ。
虚空に浮かぶ、不気味な物体。
それは、粘土細工のように捩じられ、引き千切られた、鋼鉄の腕だった。
「う、嘘……嘘よ……」
エイミーお嬢様が声を震わせ、うわ言のようにつぶやき続ける。
「アルピナが……アルピナの装甲が……」
片腕を吹き飛ばされたアルピナが呆然と宇宙空間を漂っている。自慢の超重ボディには、弱々しい紫電が走り、捩り切られた二の腕からは火花が散っている。
「ふぅー」
カラメルが深い息を吐いた。
回転を止めた乗機トゥールビヨンの円筒状の右腕からは、白い煙がもうもうと噴き出している。
「あれは……」
その巨大な筒の先端部分はかすかに赤熱しながら、時計回りに回転していた。
「ははっ! ひゃははははははッ!」
突然、静雷嬢がけたたましく笑い出した。
「トンでもねぇ変態機があったもんだ! 小惑星破壊ドリル搭載とは!」
「……しかも肘に付いているのは小型戦艦用エンジンですよ。あんな旧世代の遺物、どこから掘り出して来たんだ?」
今だ「ハァ、ハァ」と興奮する姉を抱き抱えながら、蘇芳常世が呆れながら評する。
「ありえない……ありえないありえないありえないッ!」
通信回線から、ヒステリーを起こしたエイミーお嬢様の金切り声が響く。
「よくも……よくもアルピナにッ! この私に傷をつけてくれたわねェッ!!」
アルピナの背面ブースターが再び青い炎を噴き始める。
「アンタレスの装甲が! アンタレスの力がッ! 辺境のフリーランスごときのッ! ガラクタの寄せ集めなんかにィィィィッッッ!!!」
超高出力ブースターを爆発させ、アルピナの巨体が獲物に喰らい付く猛獣のごとくトゥールビヨンに掴みかかる。
「無駄です」
だが、トゥールビヨンはわずかにスラスターを吹かしただけで、あっさりと巨獣の突進を躱した。
「確かにアルピナは重くて、強くて、迅い。でも……」
突撃を躱されたアルピナは、再突進すべく旋回を始める。
「パワフルすぎて、小回りが苦手!」
およそ考えられる最短距離を移動し、トゥールビヨンはアルピナの背後をとった。
「ひッ!?」
初めて、エイミーお嬢様の悲鳴を聞いた気がした。
小惑星破壊ドリルの先端が、アルピナの頭部センサーアイの寸前で止められていた。
「これ以上、その子をいじめたくありません。降参してください」
「嫌……嫌よ……」
通信回線の向こうから、洟をすすり上げる音が聞こえた。
「アンタレスは負けない……、私は、負けない……、負けちゃ、いけないの……」
戦いを見守る展望デッキには、冷えた空気が漂っていた。
「聞いていられないな、ライラー。立会人として審判を」
ジーク嬢が冷たい憐みのこもった声でライラー嬢を促す。
「せやね。この勝負、カラメル・プールプルの勝――」
今だ。
私は動いた。
『お待ちください、ライラー様』
私はライラー嬢の宣言を遮ると、目の前のメインモニターに映る画像を切り替えた。
割り込みしていた輸送船の内部カメラ映像から、目の前の戦場の映像へ。
そして、輸送船の船底の影から搭乗機『トリグラウ』を発進させる。
「「えっ!?」」
驚愕の声は、エイミーお嬢様とカラメル嬢の双方から聞こえた。
……私は他の学生たちと一緒に輸送船の中から戦いを見ていたのではない。
アルピナ発進のどさくさに紛れて自分のメタルレイスに乗り込み、密かに自分も機体を出撃させて船の影に身を隠していたのだ。
「失礼いたします!」
トリグラウの武装は、暴徒鎮圧用の対メタルレイス高電圧ブレードである。
私は抜刀し、これ見よがしに刀身を発光させながら2機の間に割り込んだ。
「シエラ……?」
お嬢様の呆けた声。
私はアルピナを、エイミーお嬢様を背後に庇うようにして、異形のメタルレイスと対峙する。
「シエラさん、どうして……?」
カラメル嬢も困惑する。
「申し訳ありません、メル様。貴女のお気持ちはとても嬉しかった。でも……」
私のために、大企業に牙を剥いてくれた人に、私は剣を向ける。
「私はエイミー様の影、エイミー様の侍女。エイミー様の勝利のためなら、友情に泥をかけ恩を仇で返す恥知らずな腐れ外道なのです」
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