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第13話 主人公、悪役令嬢と決闘する。(前編)

 アラーニア学園に入学して、最初のフィールド演習はつつがなく終わった。

 演習はアラーニア周辺の宙域で、安全確保のため4隻の巡回警備船に取り囲まれた中で行われた。


 今回の演習の内容は、メタルレイスの操縦における注意事項や基本操作の確認にとどまったため、大半の者にとってはきわめて退屈な時間となった。


 演習には、それまでドゥアトに保護されていたカラメル嬢も参加していたが、事前にエイミーお嬢様が「手出し無用」を通達していたため、さすがにこの期に及んで妨害や嫌がらせの類が行われることはなかった。


「本日の演習は以上。以降は各自、自主訓練とする」


 教官の言葉に、学生たちは「待ってました」とばかりに自主訓練そっちのけで輸送船に帰艦していく。

 もちろん、これから始まる決闘を観戦するためだ。


「『アルピナ』の準備は!?」


 統一規格の訓練用メタルレイスから降りるや否や、エイミーお嬢様は叫んだ。

 大きな空色の瞳が生き生きと輝いている。


「完了しております」


 私は今日の演習は欠席していた。

 エイミーお嬢様専用メタルレイス、『アルピナ』の整備監督と警護が優先だった。


「そう」


 差し出した栄養補給ドリンクをひったくり、お嬢様は相変わらず礼も(ねぎら)いもせず、アルピナの胸部にある操縦席へと滑り込んでいった。


 アルピナの頭部にあるカメラアイがエメラルドグリーンに発光するのを見計らい、私は格納庫全体にアナウンスを開始した。


『アルピナが出撃します。総員退避、総員退避。ブースター点火まで残り2分です』


 レッドランプが明滅し、耳ざわりな警告音が鳴り響く。

 慌てるそぶりも見せず、整然と退避していく整備員。




 ……この瞬間、私を見ている者は誰もいない。




 輸送船の展望デッキは見物の学生たちでごった返していた。


「で、デカい……」

「何だ、あの岩みたいな装甲……」

「あんなのとどう戦うってんだ?」


 アルピナの全高は平均的なメタルレイスの2倍、重量にいたっては10倍にもなる。

 余計なデザイン性は一切無視し、実用性のみを追求したその姿はまさに鋼鉄の巨山である。


 ざわめく観衆の中、戦場を見渡すのに最も適した特等席に陣取った静雷(ジンレイ)嬢は出撃するアルピナの雄姿を前に嘆息した。


「あれがアンタレスの最新鋭機か……」

流石(さすが)、筋肉至上主義のアンタレスらしい機体やねぇ」


 ライラー嬢がクスリと笑う。


「主義主張もここまで貫けば求道(ぐどう)だよ」


 ジーク嬢の言葉に、静雷嬢も頷いた。


「やはりエヴァ―グリーンのお嬢ちゃんは侮れない」

「わかってます。私とて、あの()は怖いわ」


 5大企業の令嬢たるもの、見るべきところはしっかりと見ている。


 そう、アルピナの真価は、そのすさまじい重量を超高出力ブースターで強引にかっ飛ばし、他のメタルレイスに勝とも劣らない高機動を実現しているところにある。


「あれはとんでもないじゃじゃ馬――いや、じゃじゃマンモスだね」


 当然、操縦者(パイロット)には他のメタルレイスを操縦するのとは比較にならない技量と、肉体的、精神的強靭さを求められる。


「『鋼の筋肉を、己の筋肉をもって制する』か。単純、ゆえに強力。まったくかなわんなぁ」


 皮肉交じりの称賛を浴びながら、エイミーお嬢様は戦場として設定された宙域のど真ん中に陣取る。


「さあ、貴女(あなた)の挑戦を受けて立ったわよカラメル・プールプル!」


 鋼鉄の巨山の中から、お嬢様は叫んだ。


『お、お待たせしました!』


 お嬢様の宣告に応え、周辺宙域を巡行する警備船の1つから、1機のメタルレイスが姿を現した。


「おい、何だアレ……」

「あんな機体であのアルピナと戦うつもりかよ」


 観戦する学生たちがどよめく。


 それは、威風堂々としたアルピナに比べると、あまりに貧相な外見をしていた。

 そしてあまりにアンバランスだった。


「私も、アレを最初に見た時は自分の目をうたごうたわ」


 ライラー嬢が口元を抑えて「くっくっ」と笑う。


 その姿を端的に述べるなら、『右腕にドデカい筒をくっつけた棒人間』。いや、むしろ『棒人間をへばりつけたドデカい筒』と言った方が適切か。


 装甲がほとんど無い代わりにやたら骨太なフレームで構成されたメタルレイス……らしき黒鉄(くろがね)色の人型(ひとがた)

 頭部パーツも、正方形に近い箱に一眼レンズを嵌め込んだような簡素なものだ。


 その右ひじから先に、一面を目がちかちかするような蛍光ピンクに塗装し、可愛らしい栗鼠(りす)のキャラクターがペイントされた、自身と同じくらいの大きさの円筒が装着されている。


 『異形』。それ以外の言葉が思い浮かばない。


「ハァ、ハァ、ハァッ!」

「姉上!? 危ないです姉上!」


 蘇芳(すおう)命琴(みこと)が紅い瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、激しく興奮していた。


「確かに、あれはソラテラス製の変態機に通じるものあるかもね……」

「だとしたら厄介だねぇ。いったい何をしでかすやら。刃物を持った無敵貧民じゃないか」


 暴れる姉を押さえ込みながら、蘇芳常世(とこよ)が「失礼な!」と遺憾の意を表明するが、聞き入れる者はいない。


「ほな、確認しよか」


 今回の決闘の立会人を名乗り出たライラー嬢が無線に向かって話しかける。


「カラメルはんが提示したんは『メタルレイス同士の一騎打ち』ゆうことやったけど、それやと大事故につながりかねんから、立会人から追加条件を提示します。戦闘のルールは『メタルレスリング』に(のっと)るのはどうやろか?」


 メタルレスリングとは、宇宙空間でメタルレイス同士がぶつかり合う格闘技である。

 大まかに言えば、

 ①先に頭部を破壊した者が勝利

 ②操縦席(コックピット)への攻撃は禁止

 ③銃器類は使用不可

 ④近接武器はあらかじめ戦場(リング)に用意されていた1種類のみ使用を認める


 というものである。


『かまわないわよ』

『はい、大丈夫です!』


「ほな! 挑戦者、カラメル・プールプル! 搭乗機、えっと……」

『トゥールビヨンです!』


 トゥールビヨン。旧フランス語で『渦』。胸の奥がざわつくような、嫌な予感がする。


「防衛者、エイミー・エヴァーグリーン! 搭乗機、アルピナ!」


 アルピナの超重量ボディの背面にずらりと並ぶ超高出力ブースターから、美しい青白い炎が噴出する。


「決闘、開始!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ついに始まった女の戦い!雰囲気的に超兵器ジオング=エイミーお嬢様で動く棺桶ボール=カラメルさんって感じなのに行間に漂う不穏な気配(-_-;)これは好勝負になる予感!? [気になる点]  …
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