第12話 メイドさん、デートをする
――ジャンル崩壊。
SF学園恋愛ADV『アラーニアの園』のシナリオは第2段階に入った。
学園ものの看板を下げておきながら、本作では学園もののお約束とも言える部活動や学園祭などのイベントは存在しない。
それどころか、座学の授業風景も見られない。
あるのは『フィールド演習』と言う名の巨大ロボバトルである。
このゲームの世界観では、下層階級である労働者は新たな肉体労働の形として、上層階級の者たちは嗜みの一種として巨大ロボット、メタルレイスを操縦する。
そしてアラーニア学園は、主人公などの一部例外を除き、学生は上層階級の子女という名門校である。
つまり、ここの学生にとってメタルレイスの操縦は高尚な趣味に過ぎない。そんなものにカリキュラムのほとんどを費やす学園の方針に、後継者を入学させる大企業の経営者たちは何も思わないのだろうか?
とにもかくにも、乙女ゲームに悪役令嬢と巨大ロボをぶち込んだ製作者陣営の暴走とアラーニア学園の混沌は加速の一途を辿っていく……
◇ ◇ ◇
「おや、こんなところで渦中の人に出会うとは」
今日も今日とて、VIP御用達スポーツジムのインストラクターにエイミーお嬢様を引き渡したところで、私は思わぬ人物に出くわした。
「ご機嫌麗しく、ジーク様」
彼女もジムに行くのだろう。いつもの黒い学生服ではなく、ラフなシャツとショートパンツといういでたちだった。
ここまで体のラインを露出し、美しい半球型の胸や艶めかしい腰のくびれを見せてもなお、周囲の女性を無差別に惹き付けるフェロモンを発しているのは流石としか言いようがない。
……というか、片方の腕で2人の女性の肩を抱いている――つまりは4人の女性を侍らせているのは、そこらの映画スターよりも剛毅である。
「エイミーもジムかい? 昨日はメタルレイスに乗っていたようだし、元気だね」
同じセリフをライラー嬢が言うと嫌味に聞こえるが、この人は思ったことをそのまま口に出しているのだと感じる。
表裏の無い方なのだろうが、それだけに質が悪いとも言える。ギラギラとした餓獣の目で私を威嚇する、抱きかかえられた4人の少女たちを見て、彼女に仕えるのも大変そうだと感じた。
「……」
ふと、ジーク嬢の背後に影のように付き従う、大柄な執事と目が合った。
スチュアート・カーネル。黒髪をオールバックになでつけ、しゃれた片眼鏡に黒いタキシードを着こなした巨漢である。
「おや、ボクはお邪魔かな?」
私たちの視線が交差したのはほんの一瞬なのに、ジーク様は見逃さなかった。
スチュアートに向かって「彼女に失礼のないように」とだけ命じると、ジーク様は4人の寵姫を引き連れてジムの中へと消えていった。
「……」
「……」
残された私と執事は、数秒だけ時間を持て余した。
「下の階にバーがあります。一杯おごらせていただけますか?」
この人、本当に私と同い年なのだろうか? 誘い方も誘う店も渋すぎるだろう。
「はい。よろこんで」
私たちはバーカウンターの隅に陣取ると、ノンアルコールのカクテルを頼んだ。
「何かお悩みでも?」
カクテルをひと口飲むなり、スチュアートは静かに切り込んできた。
「人にお話しできるようなことではありません」
「ええ、解ります。我々は主の影ですから」
何故だろう。ほっとする。
悩みを言えない人間同士の空気が、寂しくて、心地よい。
ここには、ひとりぼっちが2人いる。
「もう一杯、いかがです?」
私は頷いた。
「ジーク様は……」
私が2杯めのカクテルに口を付けた時、スチュアートは漏らすように言った。
「ああ見えて結構苦労をされていましてね。今のご自分を確立されたのも割と最近で、それまではシュバルツマギアー家を出奔されていかがわしい集団に身を寄せていたこともございました」
「それは、意外ですね」
一方で、妙に納得もする。
ジーク様が纏うフェロモンの成分の中に、どこか廃退的で危険な香りが混じっていることに思い当たったからだ。
温室育ちの並の御曹司では、決して纏うことのできない香りだ。
「私がジーク様に出会ったのも、そんな頃です」
「さらに意外です」
ということは、スチュアートも元はいかがわしい連中の1人だったということか。
「学校らしい学校に通うのも、このアラーニア学園が初めてです」
「とてもそうは見えませんね」
「ジーク様には、いくら返しても返しきれない恩があります。あの方のためならば、これからもこの手を汚すことでしょう」
貴女はいかがですか? と、片眼鏡の奥から鷹のように鋭くも優しい深みのある瞳が問いかけていた。
「私は……」
これがアルコールだったらよかった。
酔ったふりをして、腸にため込んでいたものをすべて吐き出して、いっそそのまま……
スチュアートの指先が、そっと私の目尻を拭った。
「私は、つまらない人間です。ただ流されるままに、気が付いたらここにいました。生きて何かを為したいわけじゃない。生きたいんじゃなくて、死にたくないだけなんですよ。他にやることが無いから、私が生きている意味なんてどこにも無いから、私はエイミー様の影をやっているんです」
ああ、何をやっているんだ。何をべらべらしゃべっているんだ。緩んだケツの穴じゃあるまいし。
「貴女は立派に生きていますよ、シエラ」
私の手を、大きな温かい手が包み込んだ。
「影は悩んだりなんかしません」
それを言うなら、影はこんな温かい手はしていない。
「そろそろ、お嬢様をお迎えしなくては」
「またお誘いしても?」
私は首を横に振った。
「次は私が誘います」
でも、きっとその時は来ない。
私がやろうとしていることは、彼にとって軽蔑に値するだろうから。
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