第11話 メイドさんと巨大ロボット
「これが『アルピナ』……」
その日、私とお嬢様はアラーニア宇宙港の格納庫にいた。
「相変わらず可愛げがないわね、アンタレスのメタルレイスは」
鋼の生霊。
簡単に言えば、パイロットが搭乗して操作する人型巨大ロボットである。
元々は宇宙フロンティア時代に、様々な企業が開発した規格の異なる宇宙船と宇宙船の間を行き来するために開発された運搬車両だった。
形や大きさが全く異なる甲板や格納庫に入るため、また、運転者の訓練期間を短縮するため、柔軟に姿勢を変えることができて且つ直感的に操作できるよう、腕と足を持つ人型車両が開発された。
……というのは建前で、真相は才能を持て余した変態技術者が、たまたま混沌の時代の流れに乗っかってしまった結果生み出された浪漫の産物ではないかという説を私は推している。
宇宙フロンティア時代と言えば聞こえはいいが、実態は過酷な環境で行われた、殺伐とした生存競争の時代である。このくらいの浪漫でもなければやっていられなかったのではないか。
何はともあれ、今やメタルレイスは宇宙空間における物資輸送や資源採掘、要人警護に果ては略奪行為いたるまで、人類の新たな相棒として各地で活動しているのである。
現在、5大企業を始め様々な企業が独自のメタルレイスを生産しており、下層階級が労働のために搭乗するのはもちろんだが、エイミーお嬢様のような超上流階級でも『嗜み』としてメタルレイスを操縦する。
そして今、私たちが見上げているのがエイミーお嬢様のために開発された、超重量型メタルレイス『アルピナ』である。
平均的なメタルレイスの大きさは全高約18メートル、重量約40トンだが、このアルピナは全高約40メートル、重量にいたっては約400トン超の怪物である。
そのごつごつとした直線で構成され、膝下が大きく広がった、切り立った巨山のようなシルエットはお世辞にもスタイリッシュとは言い難い。
これはアンタレス製のメタルレイス全般のコンセプトでもある、『デカい』『重い』『ハイパワー』を極限まで追求した結果であり、まさに同社の象徴と言える機体だった。
したがって、そのカラーリングもエヴァーグリーン家を象徴する緑色をメインとした迷彩色である。
「こんなことだから、他社から『鋼鉄の筋肉』なんて言われるのよ」
憎まれ口をたたきながらも、お嬢様の口元はわずかにほころんでいた。
ちなみに、私にも専用のメタルレイスが配備されている。
機体名は『トリグラウ』。
要人警護用に開発され、重装甲と小回りの利く機動性を両立させた、アンタレス製では比較的スリムな機体である。
……それでも他社製に比べればラガーマンを思わせるマッシヴなシルエットをしているのだが、むしろ警護用として頼りがいのある見た目だと外部からも人気が高い。
「今度の演習に向けて軽く試運転してみるわ。ついていらっしゃい」
しなやかな身体にピタリとフィットしたパイロットスーツに身を包み、エイミーお嬢様はいつもの口調で命じた。
フィールド演習――要は宇宙空間におけるメタルレイス操縦訓練。そしてその日、お嬢様はカラメル・プールプルと決闘による一騎打ちを行う。
私への謝罪とかいう、バカバカしくも深刻なものを賭けて。
「よろしいのですか。何の手も打たなくて」
私の言葉を、お嬢様は鼻で嗤う。
「小細工は無用よ。正面から叩き潰してやるわ。辺境技術者のお手製メタルレイスごとき、アンタレスの技術力の前にはゴミ同然だってことを教えてあげる」
この方が言うから驕り高ぶっているように聞こえるが、この言葉はむしろ全宇宙の共通認識と言っていい。
私だって、突如思い出すようになった『私』の記憶が無ければお嬢様の言葉を信じて疑わなかっただろう。
だが、この世界が『アラーニアの園』というゲーム世界で、カラメル・プールプルがその主人公であるのなら話は違う。
お嬢様の言葉はやはり傲慢の結晶であり、敗北の前兆以外の何ものでもない。
◇ ◇ ◇
お嬢様に付き従って久々にトリグラウを操縦し、シャワールームで汗を流した私は、お嬢様がまだシャワーを浴びているのを確認すると服の襟元に隠された小型通信機のスイッチを入れた。
「シエラです」
『聞いたよシエラ。エイミーお嬢様が決闘を申込まれたそうだね』
「はい」
『わかっていると思うが、お嬢様に敗北は許されんよ。まあ、蘇芳の変態機が相手なら多少は同情の余地もあるが、今回の相手はただのフリーランスなのだろう?』
「はい」
『シエラ。お前の役割は解っているね? お嬢様の勝利のために、為すべきことを為しなさい』
「はい、お義父様」
一方的に通信は切れた。
いちいち念を押されなくても解っている。
「おやおや、ご主人様に隠し事かね?」
「!?」
突然背後から声をかけられ、私は跳び上がりそうになるのを咄嗟に抑え込んだ。
「静雷様……」
青と黒のパイロットスーツを着た少女が、昏い微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「決闘は明後日だったね。いやぁ楽しみだ。実に楽しみだ」
「お嬢様には、静雷様のご声援があったとお伝えしておきます」
彼女の側を素通りしようとする。だが、背後から強引に肩を組まれてしまった。耳元に、静雷嬢の唇が触れる。
「カラメルの居場所、教えてやろうか?」
静かな、それでいて底冷えのするドスの利いた声で、彼女はささやいた。
現在、カラメル・プールプルは決闘の立会人を申し出たライラー嬢によってアラーニアのどこかに匿われている。
何しろ、彼女は事実上アンタレスという企業体に喧嘩を売ってしまったのだ。アンタレスの関係者はアラーニア学園の生徒だけでもおよそ千人。他にも教職員や都市部の労働者を入れれば、その数はあっという間に数十万単位に膨れ上がる。
エイミーお嬢様は正面からカラメルと決戦するつもりだが、これだけの人数になるとさすがに上意下達も徹底しきれず、出世欲に駆られた不届き物が要らぬ忖度をしないとは限らない。
「決闘が始まる直前まで、カラメルの身に何があってもおかしくない。あいつのメタルレイスにも、何か細工をされるかもしれないなぁ」
「そのようなこと、お嬢様は望んでいません」
「はっ」
静雷嬢は嘲笑った。
「それがお前の仕事だろ? 主の勝利のために全力を尽くすのが。なぁ、何をするんだ? 事故に見せかけてカラメルの腕を折るのか? 整備不良に見せかけてメタルレイスの駆動系に細工するか?」
「やめてください」
「おや、恥じているのか? 何を恥じることがある? 負けが許されない戦いに挑むのに、あらゆる手を打っておくのはむしろ真摯だとさえ思うがねぇ」
「そろそろお嬢様がシャワーを終える時間です。失礼します」
絡みつく腕を振りほどく。そんな私の背中を、静雷様の低く静かな声が追ってきた。
「あまり人の友情を無下にするものではないよ、シエラ。私が名前を覚えた者の行く道は2つに1つ。良き友人となるか、私の記憶の中だけの存在となるかだ。あと2回、私は君に声をかけるだろう。よく考えておいてくれ」
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