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第10話 主人公、悪役令嬢に決闘を申込む。

 5大企業は初めから宇宙の覇権を握っていたわけではない。

 宇宙フロンティア時代。無血闘争時代とも言われる無数の企業が繰り広げた過酷な生存競争。

 その果てにあるのが5大企業とその傘下にある企業グループである。


 綺麗事で生き残ることなどできなかった。

 社則からこぼれ落ちる無数の例外に、人徳で対応している余裕などなかった。


 その結果、今の人類を支配している(ことわり)は、厳格な上意下達の階級社会である。


 企業間の上下関係、企業内部における役職の軽重、それが人間ひとりひとりの価値を確定させる。

 ゆえに、上の命令は絶対であり、上の者が下の者に謝罪するなどありえない。あってはならない。


 その企業文化は、伝統と格式を重んじるアール・トリニティや、慈善事業による下層労働者階級の支持を権力の基盤とする『慈愛のドゥアト』も変わらない。




「……私に謝れ、と。それはつまり、『決闘』の申込みということでいいのかしら?」


 エイミーお嬢様の言葉に、ホールは一瞬で帯電した冷気に満たされた。


「決闘……?」


 カラメル・プールプルの大きなアジサイ色の瞳が明らかにうろたえる。

 それは、お嬢様の発した言葉の重みに気圧されたのではなく、言葉の意味を理解していない者の仕草だった。


「メル様、ここはどうか引いてください」


 仕方なく、私はこの何も知らない少女に解説する。


「立場が下の者が上に意見を通すには、相応の力を示さねばなりません。少なくとも、それがアンタレスの社則です」




 それが、『決闘』と呼ばれる制度である。




 それは実際のところアンタレスだけではなく、この世界に存在するすべての企業が採用しているシステムである。

 細かい違いはあるだろうが、おおまかなルールも共通している。


 勝負の内容は申し込む側――つまり下位の階級の者が決めることができる。

 一方、決闘を申し込まれた上位者に拒否権は無い。

 そして両者は、社内における己の権限をすべて行使することができる。




 ()()()()()()である。




 例えば、ある者が上司に『殴り合いによる決闘』を申し込んだとしよう。

 その場合、上司は自分の部下を全員引き連れて相手を袋叩きにすることができるのだ。

 もちろん、そこに『1対1の殴り合い』と条件を付けることもできる。だがそもそも、挑戦者は決闘の場にたどり着くことができるだろうか?


 先刻まで隣で共に汗を流してきた同僚が、突然刺客となって襲い掛かって来るかもしれない。

 上司がセキュリティ権限を持っていたら、彼は部屋の出入りすらままならなくなる。

 さらに上司がその配下が武装権限を持っていたら?


 平等にして圧倒的に不平等なシステム。




 決闘とは、決して弱者のための公正な権利、救済措置などではない。

 むしろ、企業が長い生存競争の中で獲得した、組織の新陳代謝を促すための機能のひとつである。


 生物の遺伝子が長い年月の中で蓄積させた突然変異の中から、たまたま環境に適応した個体が数を増やし、それが結果として進化と呼ばれるように。


 もちろん、長い歴史の中では周到な根回しや心理の盲点を突いた奇策により、決闘による下剋上が成功した例はいくつもある。

 だがその裏では、その10倍の数の失敗と、さらに圧倒的階級格差の前に断念された千倍、万倍もの沈黙があるのだ。


「――つまり、メル様がエイミー様に決闘を申込むとは、貴女(あなた)個人がアンタレスそのものに戦いを挑むことに他なりません」


 それはもはや荒唐無稽(こうとうむけい)を通り越し、ナンセンス、いや、酔狂の領域である。


「お願いしますメル様。ここはどうか……」

「今ならまだ間に合うわ。この場で土下座すれば(ゆる)してあげないこともないわよ」


 お嬢様の余計な言葉に、カラメル嬢の瞳に怒りの炎が灯った。


「結構です。あなたの赦しなんていらない!」


 決闘の正式な申込みは、挑戦者が所有する品物を相手の身体に投げつけることで()される。

 それを伝えたとたん、カラメル嬢がエイミーお嬢様に投げつけたのは、よりによってカスタードとチョコレートとソフトクリームがべっとりとついたハンカチだった。


「!!!!!」


 もはや言葉は無い。

 大きく見開かれたお嬢様の目。怒りの血潮に染まった瞳は、奇しくもカラメル嬢と同じ淡い紫色となっていた。

 額と首筋には青い血管が浮き上がり、歪んだへの字に結ばれた口元からは、きつく食いしばられた歯がのぞいている。


 いつの間にか、お嬢様の背後にはパーティに出席していた学生たちが集結し、カラメル嬢へ静かだがむき出しの敵意を向けていた。


「さすが、アンタレスやねぇ」


 ライラー嬢がはんなりと笑った。

 その数、およそ千人。アラーニア学園に在籍する全学生の3分の1。

 全員がアンタレスとその系列企業の子女である。


「で、勝負の方法は?」


 顎を上げ、嘲笑うエイミーお嬢様。

 だが、大企業令嬢とその配下千人の敵意を前にして、カラメル・プールプルは臆することなく言い放った。


「来週のフィールド演習で。勝負はメタルレイスによる一騎打ち!」

「わかったわ。で、貴女(あなた)が勝ったら、私はシエラに謝罪すればいいのね?」

「メル様! お願いします! 決闘を撤回してください! 貴女は何も解っていない! 大企業の令嬢ともあろう方がいち侍女(メイド)に謝罪するということがどういうことか! 私はそんなもの求めていない!」


 それは、私の本心だった。

 アンタレスやエイミーお嬢様に捧げる忠誠心なんか初めから持っていない。

 ただ、必死に生きていたらいつの間にかこの場所にいただけだ。


 だから、私はこれからも生きる。

 お嬢様がその障害になるのなら裏切りもするだろう。


 だが、これはいったい何だ?

 どうして私のために、お嬢様とカラメル嬢が対立しているんだ?


「嘘!」


 少女の声が私の思考を中断させた。


「シエラさんは泣いてる! 本当は辛いって! 悔しいって! 悲しいって!」


 ……何なんだ、この娘は?

 いったい私の何を知っているというんだ?


 主人公というやつはみんなこうなのか?

 人の話に耳を貸さず、自分の理想を一方的に押し付け、平地に乱を巻き起こすのか?


 それで私が泣いて喜ぶとでも本気で思っているのかクソが(ホーリーシット)




 ……私はただ、生きていたいだけなんだ。




「エイミーさんが勝ったら……」

「はっ、私は別に何も要らないわ」

「え?」

「何も変わらないわ。シエラは私の侍女(メイド)で、貴女は……まあ、私の視界に入らないよう気を付けてくれれば今まで通り暮らしてくれてかまわない」

「つまり……エイミーさんにとってはその程度の存在ってことなんですね。私も、シエラさんも」




 ……たとえ、相手がどんな傲慢なアバズレ(ア〇ホールビッ〇)であったとしても。




「ねぇシエラ。貴女にはこれからも私の側で、私のために生きることを許してあげる」




 ……私は生きていていいんだと、誰かに言ってほしいだけなんだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  勝とうが負けようがシエラの精神的ダメージだけが膨大になる地獄の展開(^◇^;)まさに「どうしてこうなった!」 [気になる点]  (^皿^;)こんだけ話が噛み合わないと実はカラメルさんは出…
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