第1話 悪役令嬢に仕えるメイドさん、ここがゲーム世界だと気付く。
「シエラ! シエラ!」
甲高い彼女の声に引っ張られるように、私は展望デッキに向かった。
「これは……」
甲板に出たとたん、私は言葉を失った。
広大な闇を照らす星々の煌めき。
見慣れたはずの光景なのに、どうしてこんなに圧倒されるのだろう?
人間の小ささを思い知らされるからだろうか?
色とりどりの星雲が織りなす幻想的な光の奔流に?
それとも、そんな星々の光に彩られてもなお広大で深淵な漆黒の闇に?
「シエラ! あれ!」
そんな暗闇に向かって、彼女は白くほっそりとした指をさした。
「あれが……『アラーニア』……」
澄み切った半球状のクリスタルに覆われた人工の大地が浮かんでいる。
瑠璃色の湖を取り囲むようにそびえる碧の山脈。
無辺の宇宙に比べれば、それはちっぽけな玩具のようだったが、それでも私の頬には一筋の涙が伝っていた。
「私たちの、新しい戦場ね……」
アラーニア――
5大企業が史上初めて、持ちうるすべての叡智を結集させて作り上げた人工天体。
ごつごつとした鋼の土台に、透明な半球のカバーをつけたようなその姿は、他の星々の持つ美しい球体とはほど遠い。だが、その内部では水と空気、そして有機物が内部で完全に循環するビオトープとなっている。
かつて、私たちの先祖が住んでいたという地球という星が何億年、何十億年という時を費やして作り出した奇跡を、人類はついに我が物としたのだ。
「あら、泣いてるの?」
私のすぐそばに、煌めく星々に負けないほどの輝きを発する微笑みがあった。
「いえ……」
彼女の問いに、私はふと気が付いた。
私は今、何に感動しているのだろう?
私はどうして、アラーニアを見て地球なんかに思いを馳せたのだろう?
人類が荒廃した地球を捨てて宇宙に旅立ってから、いわゆる宇宙フロンティア時代を経て現在に至るまですでに300年の月日が経過している。
私たちの言う世界とは、火星を中心とした半径約1億キロの宙域を指し、今も木星方面に向けてゆるやかに拡大中だ。
現代の子供たちの大半は、宇宙を漂う居住船の中で生まれ、星の地表に立った経験がない者も多い。
そんな私たちにとって、地球なんて歴史の教科書半ページほどの存在で、人類の故郷だの母なる星だの言われても、正直ピンとこない。
そもそも、地球が水と緑の星?
ばかな。
私が生まれるずっと前から、地球は灰と砂に覆われた丸い骨壺ではないか。
「――ああっ!」
唐突に、私は思い出した。
人工天体アラーニア!
「?」
彼女は澄んだ空色の瞳で私を見つめ、怪訝な表情で小首を傾げる。
――彼女の名はエイミー。
――エイミー・エヴァーグリーン。
そして、甲板をドームのように覆う巨大なクリスタルスクリーンに映る、白髪の少女――
私、シエラ・ジェード。
今、私の頭の中にはシエラ・ジェードとして生きて来た記憶と、突然流れ込んできたもう1人の『私』の記憶が混在している。
――『私』は地球で暮らしていて、画面を通じてエイミーやシエラを知っている。
――『私』は人工天体アラーニアと、そこで2人を待っている学園生活を知っている。
――『私』はこれから2人が出会う人々のことを知っている。
「ゲームだ……」
そんな言葉が口から洩れそうになり、私は慌ててそれを飲み込んだ。
(ここは私がプレイしていた乙女ゲーム、『アラーニアの園』の世界だ!)
「アラーニア学園……ふふ、楽しみね」
不敵な笑みを浮かべる少女。
薄桃色の肌に蜂蜜色の豪奢な金髪。空色の瞳に宿るのは傲慢で酷薄で獰猛な光。
「はい……お嬢様……」
私はそう答えるのがやっとだった。
私、シエラ・ジェードの立ち位置はエイミーの侍女。
常に彼女の背後に控え、公私にわたって彼女を補佐し、時には体を張って彼女を守る。
『私』は知っている。
アラーニアで私たちを待ち受ける悲惨な転落人生を。
私たちの前に立ちはだかる、悪魔たちの存在を。
学園恋愛ADV『アラーニアの園』。
はっきり言おう。このゲームは――
コンセプト迷走、ジャンル崩壊、ストーリー破綻のクソゲーだ!
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