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参考書

 デートといっても経験のない僕はどこに誘っていいのかさえ分からなかった。

 とりあえず無難だろうと思い映画に誘う。

 最近公開したアニメ作品があったが、ここはグッと堪えて話題の恋愛映画にしておく。

 人気の若手俳優の共演でテレビで何度も宣伝しているやつだ。


「あー、これ知ってる! テレビで宣伝してた!」

「話題みたいだから観てみたいなって思って」

「いいねー! 行こう!」


 劇場は意外なほど空いていた。

 僕たちは真ん中中段の特等席をキープする。

 一途に恋するヒロインが俺様男子に振り回されるというありきたりな内容だ。

 本編が始まって二十分も経たないうちに美依奈さんは寝てしまった。

 僕なんかと一緒じゃ映画もつまらないのだろう。


 映画の中の健気なヒロインがなんだか自分と重なり、やけに感情移入して観てしまった。


「んー……」


 美依奈さんは熟睡しているらしく頭を僕の肩に乗せてくる。

 ばっちりメイクを施しているが、寝顔はあどけない。

 その顔は当たり前だけどチバによく似ていた。

 はじめからもっとちゃんと美依奈さんを見ておけば気付いていただろう。


「ゆーた……」


 寝言で僕の名前を呼び、ニヤニヤ笑う。

 ウソ告白に騙されて浮かれる僕を見て笑う夢でも見ているのだろうか?

 大丈夫。

 僕はしっかり騙されるからね。

 いや、騙されるんじゃない。

 本気で美依奈さんに恋をしているんだ。

 僕を嘲笑うことで美依奈さんの気が晴れるなら、好きなだけ騙して笑えばいい。



「本ッッ当にごめん!」


 映画館を出て喫茶店に入っても美依奈さんはまだ謝っていた。


「別にいいよ。気にしないで」

「気にするってば! せっかく映画に連れてきてもらったのに速攻で寝落ちとかあり得ないし!」


 美依奈さんは本気で悔いるように謝っていた。


「よっぽど眠かったんだね? そういえば最近よくあくびしてるし。寝不足なの?」

「寝不足っていうか……」

「寝る前にストレッチをすると寝やすくなるよ。僕もしてるんだ。今度教えて上げようか?」

「眠れない訳じゃなくて……」


 なんだか美依奈さんは歯切れが悪い。


「なにか悩み事でもあるの? 僕で良かったら聞くよ?」

「うー……」


 なぜだか美依奈さんはとても恥ずかしそうだ。


「笑わない?」

「笑うわけないだろ」

「実は最近は、夜遅くまで勉強してて……」

「へぇ! えらいね! それで寝不足なんだ?」

「えらくなんてないし。バカだから頑張ってるの」

「努力してるなんて立派だよ。でもなんで突然そんなに猛勉強始めたの?」

「それは、その……」


 美依奈さんは視線をテーブルへと落とし、時おりチラチラと上目遣いで僕を見る。

 なんだかモジモジしていて可愛い。


「い、行きたい大学があるから……」

「そうなんだ。どこ?」


 美依奈さんはアイスティーをチューッと吸ってから僕の志望校の名を挙げた。


「へぇ。僕と同じ大学だね! 偶然だね!」


 奇遇にも同じ大学を目指していると知って驚く。

 するとなぜか美依奈さんはムッとしたように唇を結んだ。

 なんか怒らせること言っちゃったかな?


「ウケるよね? あたしみたいなバカが受かるわけないのに。ごめん、忘れて」

「そんなことない。勉強すればきっと受かるよ。って受かるかどうか分からない僕がいうのも変な話だけど」

「そりゃ優太は頭いいもん。受かるよ」

「じゃあ一緒に頑張ろうよ」

「うん。ありがと」


 幸運にも美依奈さんは同じ大学を目指している。

 うまく行けば高校を卒業してもずっと一緒にいられるかもしれない。

 テンションが上がった。


「たまに勉強も一緒にしようよ!」

「あたしが足引っ張るからイヤ」

「同じ大学受けるんだろ? そんな弱気なこと言わないで」

「じゃあ……優太が教えてくれる?」

「もちろん。僕に出来ることならなんでも!」

「やった。ラッキー」


 にへらと笑う顔は昔と変わらない。

 まるであの日々が帰ってきたみたいだ。

 失った過去を取り戻すように、僕は美依奈さんに夢中になる。



 同じ志望校ということで仲間意識も芽生え、僕たちは書店に参考書を選びにやってきた。


「参考書って正直どれ買えばいいか分かんなかったんだよねー」

「じゃあ僕が選ぼうか?」

「いいの? ありがとー」

「まずはこれと、あとこの辺り……」

「ちょっ、 待ってよ!」

「なに?」

「さっきから優太の選んでるやつって受験用というより基礎の基礎みたいなのばっかじゃん! やっぱあたしが受験なんてあり得ないってバカにしてるんでしょ!」

「してないよ」


 参考書の一つをペラペラと捲って答える。


「確かにこれは応用問題やら受験問題がある訳じゃない。でも基礎が分からない状態で難しい参考書を読んでも意味がないんだ。まずはこれでしっかりと基礎を学ぼう」

「そんなんで間に合うの!? ヤバくない? あと一年半くらいしかないんだよ!」

「間に合うよ」


 同じ参考書をもう一冊手に取る。

 僕も購入して復習を兼ねて美依奈さんに教えるつもりだ。


「それに一年半しかないなんて思って焦る必要なんてない。一年半もあるって考えたらいいし、現役に拘らずその翌年もう一度受けたっていいんだから」

「そんなっ……それじゃ優太と同級生になれないし!」

「僕が現役で合格できる保証なんてどこにもないよ。むしろ僕も二年かかるかも。人生なんて長いんだし、そんなに気負わず伸び伸びとやろう」

「……うん。分かった。ありがと」


 それは自分にも言い聞かせる言葉だった。

 受験というものはどうしても焦るし、心配ばかりが募る。

 孤独だし、終わりが見えない。

 でも美依奈さんと一緒だと思うと少し心強くなるものを感じた。


「でも先に入学しても浮気とかしないでよね!」

「しないよ、そんなの」


 するはずがない。

 僕は小学生のあの頃からずっと美依奈さんのことだけを思って生きてきたのだから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 美依奈さん、頑張ってるね~ 一緒に勉強するといいよ^^ 適度にいちゃつきながらね♪ [気になる点] 適度にねw
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