優太の気持ち
「よ、よぉ、優太。あたしに会いに来たの?」
「美依奈さん」
突如背後から声をかけられ、ビクッと振り返ると美依奈さんがいた。
突然やって来てウザがられたのか、視線を斜め下に向け、つまらなさそうに指で毛先をくるくると巻いていた。
「近くまで来たから、ちょっと寄ってみた。迷惑だった?」
「別に……迷惑とかじゃないけど。来るなら連絡してよね。準備とかあるし……」
「そうだよね。ごめん」
「なにしにこの辺りに来たの?」
「この間お見舞いに来たとき、懐かしいなって思って。久し振りに昔遊んだ場所とか見たくなったんだ」
「へぇ。それで、思い出には浸れた?」
「ううん」
首を振りながら答える。
「あれこれ変わっちゃっててさ。僕が住んでいた頃の思い出の場所とかどこにあるのか分からなくなっちゃった。知り合いとも会わなかったし」
「あー……だろうね。この辺はここ数年ですごく変わったし」
なぜだか美依奈さんは申し訳なさそうに眉を下げる。
この町の変貌は僕の記憶を寂しいものに変えた。
それを詫びるかのような美依奈さんの表情だった。
「突然ごめんね。じゃあ」
「え? 帰るの?」
美依奈さんは驚いた顔になる。
「せっかく来たんだし、うち来たら? お、親もまだ帰ってきてないし」
迷惑そうにしたかと思えば引き留められる。
相変わらず読めない人だ。
「ありがとう。でも早く帰らないと夕食とかの準備もあるし」
「ふぅん。そう」
「じゃあまた明日」
立ち去ろうとすると「優太」と呼び掛けられる。
振り返ると美依奈さんは少し固い表情をしていた。
「わざわざ来てくれて、ありがと」
照れたように笑う顔にドキッとした。
時おり美依奈さんはこんな顔をする。
それが見たくて、僕はここに来たのかもしれない。
翌朝、教室に入ると淳之助がニヤニヤしながらやって来る。
「どうだった? 初恋のチバちゃんには会えた?」
「ちょ、声でかいから」
慌てて教室の隅に連れていく。
「会えるわけないだろ。それに久々に行ったらずいぶんと様子が変わってて迷子になりかけたよ」
「あー、あの辺りは再開発でマンション建ったり、古い店がなくなって大型店とか増えたからなー」
「らしいね。あったはずの古い商店とか暇そうにしていたお米屋さんもなくなってたよ」
もちろん記憶が曖昧と言うのもある。
あまりにあちこちへ引っ越した僕はしっかりと町並みを覚えてないうえ、違う街を混同して認識してしまったりもする。
「そのチバちゃんの住んでたアパートは見つかったの?」
「いや。全然分からなかった」
「まあしゃーないよね。それにそんな昔のことならたとえ道ですれ違っても気付かないだろうし」
「いや、それはない」
僕は断言した。
「確かに小五と高二じゃ見た目もずいぶん違っていると思う。けれどチバだったら絶対に分かる自信がある。見た目とかじゃない。心が共鳴するはずだから」
「すごい自信だね。でも優太がそう言うなら、きっとそうだと思う」
魂が共鳴するというやつだ。
映画のラストシーンで記憶をなくしたはずの二人がすれ違い、なにかを感じて振り返る。
僕とチバもそんな関係だと確信していた。
「でも初恋はいいけど、美依奈さんはどうするつもりなの?」
「は? なに言ってるの、淳之助。美依奈さんはウソ告白をして僕の気持ちを弄ぶだけの人だし」
早口で答えながら、心臓はバクバクしていた。
脳裏には昨日の美依奈さんの笑顔が浮かぶ。
「ほんとにそうなのかなぁ。僕は美依奈さんがそんな悪い人だとは思えなくなってきたよ」
ましろさんの一件以来、淳之助の美依奈さんに対する評価は右肩上がりだ。
「確かに美依奈さん自身はそんなに悪くないのかもしれないよ。でもウソ告白を本気にしてチバとの約束を破るほど僕は愚かじゃない」
「うーん……ウソ告白ねぇ……」
「なんだよ?」
「本当にウソなのかな? 本気で告白してきたのかもしれないよ?」
「まさか」
一笑に付すとはまさにこのことだ。
「なんの関わりもなかった人だよ? しかも男子からすごい人気の美少女で、おまけにギャル。本気で告白するわけがないだろ?」
「そんなの分かんないよ。可能性がないわけじゃない」
「そりゃ宝くじだって当たらないわけじゃないのと一緒だよ。なんだって可能性がないわけではない。でも昨日だって美依奈さんに会いに行ったらすごく迷惑そうな顔してたよ」
「会いに行ったんだ?」
「まあ、ついでにね。近くに住んでるし」
「へえ。優太もまんざらでもないんじゃないの?」
「そ、そんなわけないだろ」
慌ててそう言ったのは、否定しきれない気持ちがあったからだった。
美依奈さんはウソ告白だったとしても、僕の気持ちはどうなのか?
その答えは探さないように目を背けている。
「僕はチバ以外興味ないよ」
「ふぅん。そう」
物言いたげな淳之助から顔を背け遠くの席にいる美依奈さんを見る。
羽衣さんとましろさんの三人でなにやら盛り上がっていた。
僕の鞄の中には美依奈さんの分のお弁当が入っている。
彼女の好きな肉巻きゴボウも入れていた。
これを見て喜ぶ美依奈さんの顔を思い描き、少し僕の顔も綻んでいた。