美依奈さんの強さ
うちの学校は春に球技大会がある。
男子はサッカー、女子はバレーボール。
今日のホームルームはそのことについての話し合いだった。
男子はサッカーなので1チームだが、バレーの女子は2チームに分かれる。
チーム分けはノリのようなテンションで決められていったが、最後の一人、雨宮ましろさんをどちらのチームに入れるかで揉めていた。
「人数的にAチームでしょ!」とBチームのリーダーらしき女子が言う。
「Aは優勝狙うチームなんだからましろはBに決まってるじゃん!」
Aチームのバレー部女子が目を尖らせる。
ようは運動が苦手なましろさんの押しつけあいだ。
議題の本人、ましろさんは可哀想に俯いて固まっていた。
真面目で大人しく、人に従う協調性もある人だから普段は嫌われていない。
しかし球技大会のような行事では疎まれる存在だった。
サッカーと違い、バレーはローテーションで選手が入れ替わるルールを球技大会では採用している。
従ってチームに入れるだけ入れて使わないという作戦は出来なかった。
それにしてもましろさんが文句を言わないのをいいことに、みんな好き勝手言い過ぎだ。
注意すべきだろうか。
そう思っているのは僕だけじゃないはずだ。
しかしそんなことを言えば女子全員から嫌われることは間違いないので誰も言えない。
「AとBで一回試合して勝てそうな方がどっちか決めたら?」
「そういう問題じゃなくない? ちゃんと決めようよ」
好き勝手な意見が飛び交い収拾がつかない。
「Aに来なよ、ましろ。あたしはましろがいてくれた方がまとまりそうで嬉しいし」
みんなの言い争いを無視して発言したのはAチームに所属した美依奈さんだった。
彼女の発言にみんな戸惑っている様子だった。
「ウチも賛成。ましろは頭いいし作戦とか考えてくれそうだし」
追随したのは美依奈さんの親友の羽衣さんだ。もちろん彼女もAチームである。
ギャル二人の思わぬ発言でクラスの空気は一気にそちらへと傾いていった。
結局異議を唱える者はおらず、そのままましろさんはAチーム所属となった。
僕は正直ちょっと美依奈さんを見直した。
重い空気の中、場を読まないあの発言はかなり勇気のいることだ。
しかもみんなを叱ったり、渋々受け入れるとかではなく、自分はましろさんに来て欲しいというスタンスの発言が素晴らしかった。
あれなら角も立たなそうだし、ましろさんも気が楽だろう。
ましろさんは顔を上げ、メガネの奥の潤んだ瞳で美依奈さんを見ていた。
目が合うと美依奈さんはニッコリと微笑みをましろさんに送っていた。
「やっぱり美依奈さんはそんな悪い人じゃないよ」
ましろさんの件から数日後の昼休み、淳之助は熱く僕に語ってきた。
ましろさんを庇ったことに感銘を受けたらしく、あの日からずっと美依奈さんを誉めている。
昼休みは毎日美依奈さん、羽衣さん、ましろさんの三人でバレーの特訓をしているという話だ。
お陰で僕はこうして淳之助とお昼が食べられる。
「確かに球技大会の件は僕も驚いた。少し見直したよ。けどそれとこれとは違うだろ? 美依奈さんはウソ告白で僕のリアクションを楽しんでいるようなヤツだよ?」
「それだって本当かどうか分からないじゃないか」
「証拠は掴んでないけど状況的にそうだって。告白するところをロッカーで見てた仲間がいるし、付き合ってることを他人に言うなと口止めするのもおかしい。僕に妹がいることも調べていたし、観覧車で不自然に隣に座ってハニートラップまで仕掛けて来たんだぞ?」
「まあ、確かに……」
ほかにも色々とあるが、それは割愛した。
そもそもなんの接点もなかったモテギャルが僕に告白するっていう時点で不自然さはマックス。完全に悪意があるとしか思えない。
「もしかしたら次のウソ告白罰ゲームのターゲットをましろさんにするため、接近したのかもよ?」
「まさか!? 考えすぎだよ」
「分からないよ。『騙してみました』のいたずら、僕で味をしめてシリーズ化してるのかも。優しい顔して近づき、美依奈さんの男友だちがウソ告白をするっていう展開だったりして」
言いながらさすがにそれはないかと思っていた。
ちなみに僕を騙す動画をネットにアップしていないか確認もしたが、それらしきものは見当たらなかった。
美依奈さんたちもそこまで悪い奴らじゃないんだろう。
「次のターゲットはましろって本当なの? 男友だちって誰?」
急に淳之助は怖い顔になる。
淳之助とましろさんは幼馴染みらしく、仲がよい。
というか完全に淳之助はましろさんが好きだ。
「い、いや……ただの当てずっぽうだよ」
「騙して、動画にアップして、笑い者にして、更に広告収入得ようっていう考えなの? まさかついでにエッチなことまでしようとしてるとか!?」
「そ、そこまでは言ってないよ。現に僕の動画もアップされてないし」
「そんなの、絶対に許せない!」
「じゅ、淳之助……僕の話、聞いてる?」
鬼気迫るほどの怒りに押される。
「人の気持ちを弄ぶなんて許されることじゃない! 戦おう、優太! 美依奈さんたちに負けたらダメだ!」
「お、おう……」
なんだか余計なことを言って変なスイッチを押してしまったのかもしれない。
そんな後悔をしてしまった。
「ちょっと体育館に行ってくる」
「お、おい、淳之助!」
僕の制止も降りきり、淳之助ほ走り去ってしまった。