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ヤン百合勇者がせめてきたぞ!  作者: しりょうおとこ
8/8

ニードレス・シングス 後編

後編編です

 お目当てはすぐ見つかった。先ほどの買取屋同様、執筆時極力イメージしなかった、この世界(チト百合)で自動的に補完された中世ファンタジーっぽい佇まいの小汚い酒場だ。昼間だからか店内からの喧騒は聞こえないが、ガラスのハマっていない開けっ広げの窓にはニンニクがぶら下げられ、明らかに営業中である事を示す湯気か煙が立ち上っている。木造建築の二階建ては、恐らく宿屋もかねているのだろうか?

「よろしい!この店を我が一夜の城とする!」

 俺がこの店を気に入った理由?すぐにわかる。


「…チッ」

「……他所もんかよ」

「ワイバーンくせぇ」

 入店した俺を早々に出迎えたのはガラの悪い客たち。禿げ頭全体にタトゥーを入れた男は鉄皿の上に盛られたチキンをしゃぶり骨を床に捨てる。つぎはぎだらけの鎧を着た傭兵崩れが、丸い木製のテーブルに酔いつぶれて突っ伏している。前歯の無い顔の赤い親父共が昼間から酔っ払い、賭け事に興じていたりもする。女性がいると思えば不作法にもテーブルの上に足を投げ出し椅子を傾けている。実に下品で品がない。当然だ、ここはチト百合の主役であるミザリィが通う冒険者ギルドのような、お上品な連中が来る場所ではないのだから。そう、チト百合はタイトルの通り女の子同士の百合百合ラブラブが売りのチートハーレム異世界物語。愛読者である岸辺逸子だって、当然こんな男くさい店に興味など抱こうはずがない。つまりここであれば、魔王で現代人である俺が多少チート目立ちしたってミザリィ(岸辺逸子)の耳に届く事はないのだ。

「注文は」

 客どころか店主も不愛想極まりない。カウンターに肘をついた俺は向こうに並ぶ酒樽を見てから店主に尋ねた。

「ラガーはありますかな?」

「ハァ…?」

 店主は多少イラついたような態度を見せたが、俺が金貨2枚(500カテット)カウンターに置くと、大人しくジョッキを取りに行った。ラガーは、ある。俺には確信があった。ファンタジー作品に登場する酒場で嗜まれるのは、大抵がエールやミードだ。しかし俺は連載初期の頃一度だけ『城塞都市ではエールが人気だが、北方山岳地域から輸入されるラガーが少量ながら流通している』と書いた記憶があったのだが、ドンピシャ。この店でも扱っていた。

「クスッ!ラガーだってさぁ~」

「あのションベンをよぉ」

 そして俺がなぜわざわざ不人気なラガーを選んだのか?この店でもやはり他の客はエールを頼んでいる。だが俺はチートがしたくてここに来たのだ!俺は店員がジョッキに注いで持ってきたラガーを一口含み、その温さと残念な喉ごしに顔をしかめた。もちろん知ったうえでだ。

「ワイバーンの小便の方がよかったんじゃねぇかぁ?」

「ラガーなんて飲む馬鹿初めて見たわぁ♡」

 俺の様子を見た魔法使いらしい女が黄色い声で煽り立てる。ほかの客もそれに合わせてげらげら笑い始める。つかみは上々。ここからが異世界転生チート作家の腕の見せ所だ。

「はて、お嬢さん…さぞ高名な魔法使いかとお見受けしますが…一つ私と賭けなどして頂けませんかな?」

「……あ゛ぁ?#」

 俺の言葉に先程まで笑い転げていた魔法使い子が青筋を立てる。挑発と受け取ったのだろう。はい、挑発ですよもちのろんで。

「貴女の冷気魔法で、このジョッキを中身のラガーを凍結させずに、できるだけキンキンに冷やす事はできますかな?」

「あんた、私の事なめてんの?」

「いやぁまさか、私の田舎では駆け出し魔法使いの修練でございます。貴女のような腕利きにはつまらない事でしょう。“できない”はずはございません」

「上等よワイバーンくせえの!オラ賭け金見せな!ケツの毛ムシってやるわ!」

 アルコールも程よく回り完全に頭に血が上った魔法使い子は簡単にノッテきた。彼女のパーティメンバーたちもはやし立て、他の客まで巻き込んで店内の雰囲気は一気ににぎやかになる。

「それでは、貴女がこのラガーをキンッキンに冷やせたら、店の皆様全員の酒代を私がお支払い致しましょう」

「いい度胸ねぇ。もしあんたが勝ったら、今夜一晩あんたのオモチャになってあげる♡」

 それはそれで凄く魅力的だが魔王バレしたらヤバいので勝つ気はさらさらない。魔法使い子は俺の手からジョッキをつかみ取ると、とても俺にはまね出来ない、流暢な古代語で冷気魔法の呪文を詠唱し始める。

『ソロ・ェンディ・ナスタリ!アビセリューナ・ゼラーダ!』

 先ほどまでの熱気はどこへやら、魔法使い子を中心にカンター周囲の気温はぐんぐん下がっていき、ジョッキには霜が降り始める。そう!それ!これがラガーの正しい姿!!これが欲しかったの!!

「どーーうよワイバーン臭いの!お望み通りキンッキンに冷やしてやったわ!賭けはあたしの勝ちだなぁ!」

「いやはや、お見事にございます。約束通り本日の酒代は持ちましょう。私は一人寂しくラガーを啜るばかりでございます」

 そうおどけて見せながら、俺は魔法使い子の手からキンッキンに冷えたジョッキを奪い返し、おおよそ3℃前後のラガーを一気に喉に流し込む。

「ぷひゃーーー!!」

 昼間から飲むこの一杯!人間として最低な快楽に俺は身をゆだね奇声をあげた。その様子を見ていた魔法使い子や彼女の仲間たちは、怪訝な面持ちで俺を見つめている。そうだろうそうだろう、なんせ賭けに負けて全員分の酒代持った上にションベンラガーを嬉しそうに一気飲みしやがるんだからなぁ?ふしぎだなあ?なんでだろうなぁ?

「どうされましたかな?エールでもミードでもワインでも、お好きなだけお召し上がりください…それとも…この“キンッキンに冷えたラガー”に興味がおありで?」

「だ、だれがそんなもん……」

「あそうですかー?じゃ私はもう一杯ラガーいただきますねさっきの冷却魔法もう一回お願いできますかお金は払いますんでー♡」

 不可解極まる俺の言動を遠目に見ていた別のグループが、好奇心に折れたのか事を起こす。

「…こっちにもラガーくれ……お前冷却魔法使えたよな」

「俺にもくれ、姉ちゃん俺のも冷やしてくれねえか」

 そこから先はもう、とんとん拍子だった。

「アビセリューナ・ゼラーダ!」

「な、なんだこれ…本当にラガーか?!」

「アビセリューナ・ゼラーダ!」

「あのションベンが…この喉ごし?!」

「ばかな…いったい何をした?!」

 こういう時はなんて言うんだっけ?そう……


「あれ?何かしてしまいましたかな?ただラガーをキンッキンに冷やして飲んだだけですが?」


 エールと違い、ラガーは本来冷やして飲むものなのだが、年中比較的温暖なこの城塞都市で冷えたラガーを口にするには、産地である寒冷地まで足を運ぶか、はたまたこのように冷却魔法を使うほかない。常温で飲むエールしか口にしたことのない彼らにとって、俺のやった事は現代知識を使ったチートでしかないのだ。

「ラガーがこんなに旨いなんてな!」

「見直したよワイバーン臭いの!あんたおもしろいやつだねぇ♡」

 ようやく俺は現代人としてチート主人公っぽい事をやれた。みんなが俺をチヤホヤしてくれる!どうだ、見たかミザリィ(岸辺逸子)!やっぱり見ないで…俺だってチートできるのだ!16歳の小娘にキンキンに冷えたビールの美味さなどわかるものか!今この瞬間、この狭い酒場の中だけは、俺こそが勝利者なのだ!支配者なのだ!

「樽ごと持ってこい!ワイバーン臭い兄ちゃんのおごりだ!つぶれるまで飲んでやるぜ!」

「ワイバーン臭ぇのに乾杯!」

 呼び名がワイバーン臭いのはどうにもならなかった。まぁ本当に臭いし。とにかく、その日は夜まで飲んで食べてウェイトレスにセクハラしてひっぱたかれて騒いで本当に楽しかった。魔王城で酒といえば捕虜の生き血を絞れだの食事といえばピエロが生きた赤ん坊を鍋に放り込むだのと最悪極まりなかった。もちろん全部未然に防ぎましたよ?

 ミザリィ《岸辺逸子》がトロールを殲滅し城塞都市に帰ってくるのは、おそらく明日の夜。今夜はこの店の二階の宿に泊まる事にする。俺は久方ぶりに『人間用ベッド』に潜り込んだ。じゃっかんのかび臭さはこの際目をつぶる。というか俺のワイバーン臭さの方がよほど問題だ。

 さて、明日はどんなチートでチヤホヤされてやろうか……俺はその時の詰めの甘さを、身をもって思い知る羽目になった。


 異世界転生から記念すべき一週間目。初めて魔王城以外の人間らしい朝を迎える事ができた。魔王なんですけどね?俺の眼を覚まさせたのは先日のような悪夢ではなく、昨晩のどんちゃん騒ぎで散々迷惑をかけた酒場の店主だった。

「ワイバーン臭い旦那、旦那にはちゃんと礼をしなきゃなりません。店はまだ開きませんが、朝飯だけでも召し上がってください」

 例の一件で店の持て余し気味だったラガーが物の見事に品切れとなり、その礼としてサービスするという店主の申し入れだ。不愛想な割に商売人としての気質はしっかりしている。チェックアウトの身支度をして一階の酒場に降りると、既にテーブルの上には黒パンと産みたて卵の両面焼き、それと玉ねぎのスープという雑な朝食が並んでいた。だが、それでいい。それでいいのだ。魔王城では俺が目覚めた後、それまで行われていた猟奇的食生を禁止され、それ以外に食べられるものと言ったらネズミやらミミズやら蝙蝠やらの丸焼きくらいだった。思い出すだけでも反吐が出る。四天王の連中も不満気味だったが、だったら最初からパン作ったり農作業しようぜ、楽して食べ物は手に入りません!俺は魔王で原作者だから楽してチートするけど。

「いやぁ、なんだかもうしわけありません。昨晩はいささか騒ぎすぎましたからねぇ」

「なに、おかげさんでラガーの美味い売り方が分かったんです。もうそこらじゅうで話題になってますよ。ションベンラガーをキンキンに冷やして飲むワイバーン臭いのって」

「その呼び方はご勘弁を」

 硬い黒パンを一かけ千切り、タマネギのスープに浮かべてふやかせる。ラノベ執筆中何度も書いた表現だが、実際に自分でやる時が来ようとは。木のスプーンでまずは一口と俺が口を開けた時、店の戸口を開いて入ってきたのは昨晩俺と賭けをした魔法使い子とそのパーティだった。ひょっとして俺に惚れたかぁ?

「はぁい♡ワイバーン臭いのもう起きてる?」

「おい店はまだ開けてねえぞ、酒なら昼からにしろ」

 店主の不愛想な応対も意に介さず朝食中の俺の周りに集まるパーティたち。もし俺が主役で勇者として転生していたら、彼らは大切な仲間として俺の周りに集まっていただろうに。運命とは実に残酷である。

「よーよー、ワイバーン臭いの、おめえさんちっとばかし有名人だぜ?」

「いやーははは、おおげさですねー私はただ」


「今朝帰られたミザリィ様も、是非会って話がしたいってさぁ。トロール退治終えたばっかりだっていうのにねぇ」


「はい?」


 魔法使い子の言葉に俺の頭は真っ白になった。


『な ん で ミ ザ リ ィ(岸辺逸子) も う 帰 っ て き て る の ?』


「しっかしとんでもねえよなぁミザリィ様……トロール相手に『シャイアーネダ・ランタ・グレイデン』ぶっぱなして瞬殺しちまったそうだぜ」

「あたしだってなかなか上手く詠唱できないのにねぇ。憧れちゃうわぁ♡」


 はい、もちろん俺もできません。『シャイアーネダ・ランタ・グレイデン』はアンデッドやトロール相手に特効の上位光属性魔法だ。当然詠唱の複雑さ長さ含めて難易度が高い。この魔法はチト百合(原作)でミザリィが4か月かけて習得し、以後彼女の必殺技の一つとして頻繁に使うようになるのだが……

 いくら何でも習得早すぎませんかねえまだ一週間ですよ?!俺なんか未だに水虫と格闘してんのになんでもう上位魔法使えるようになってんのあの子?!

「そういえば岸辺さん7か国語習得とか言ってましたよね異世界の古代言語も余裕ですかそういう事ですかこれだから生チートはよぉお?!」

「あん?どうしたんだい?顔色わるいよワイバーン臭いの」

 当然だ、今回の遠征における『ミザリィ《岸辺逸子》はまだ魔法が使えない』という大前提はとっくに崩壊していた。その事実は即ち『超再生力を持つトロール退治には、まる一晩以上時間がかかる』という俺の予想が完全に的外れであった事を意味する。そしてトロールを瞬殺し一日で帰ってきたミザリィ《岸辺逸子》は、そうとも知らず異世界で冷えたラガー(現代知識)を披露し悪目立ちしたアホ()の元へ向かっているのだ……


    今まさに!


         猛ダッシュで!

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