ニードレス・シングス 前編
世界観の解説等を作中で語ると長くなることに今更気づきました
ゴロゴロと、岩の転がるような雷鳴……肌寒くも湿っぽく、枕を害する魔王城の夜。やっと都合させた人間用のベッドも、これでは形無しだ。魔王として転生してからはとにかく昼間が眠い。夜目が冴える。これはいけない。人としていけない。魔王だけど。
我が眠りを妨げる小癪な環境よ、我が名は『深紅王』!世界を、その、アレだ……なんかすごい事する者ぞ。
羊を数えると目が冴えるタイプの脳みそなのでラノベで使えそうなカッコいいセリフを考えて脳みそを麻痺させようとするも、やはり効果ない。俺は今宵幾度目とも知らぬ寝返りを打つ……
「ん~~」
寝返りを…
「んん…んんっ?!」
……寝返りは打てなかった。俺の両手は荒縄でベッドの柵に拘束され、両足は間に丸太を噛ませて縛り合わされている。ご丁寧に口には猿ぐつわまでされていた。
「ふんぐッ!ふぎぃ--っ!」
全力で縄を引きちぎろうとしてもびくともしない。魔王の筋力は255だってのにこれである。嫌な予感と気配に脂汗が噴出してくる。誰かが俺を見ている。暗闇の中に潜むそいつの荒い吐息が雷鳴に交じって聞こえる。
「ン ンッッ!!!!!」
大窓から一瞬差し込んだ雷光に照らし出された、招かれざる客人の姿に、俺は声にならぬ悲鳴を上げた。
『ミザリィ』が、そこにいた。
白銀の鎧は返り血と肉片で赤黒く染まり、美麗な黒髪は雨に濡れ、頬にまとわりついていた。洞穴の底のように真っ黒な瞳が俺を見下ろすでもなく、虚空を見つめながら、しかしその殺意と悪意はしっかりと俺に向けられているのがわかる。
その姿は普段の彼女の美しさを更に妖艶で恐ろしいものに高め、俺は一目で恐怖のとりことなった。
「んーッ!ンーーーゥッ!んーッ!ンンンーーーッ!!」
『おねがいしますたすけてくださいなんでもしますから』
そう叫びたかった俺の声は、無様な鼻息にしかならない。ミザリィは唇に髪を幾本か絡ませたまま、まるで呻くような声で応えた。
「この世界に来てからドブネズミの臭いがするので追ってきました……やっぱり先生だったんですね」
「---ッッ!!!」
魔王の正体が素敵文王だとすっかりにバレていた。完全に“詰み”だ。っていうかドブネズミってなんだよそこら中にいるだろなんでピンポイントでここに来るんだよ四天王なにやってたの全滅したの?魔王軍チョロすぎんだろ!
「私は先生の作ったこの世界を誰よりも愛しています…先生なんかより、ずっとこの世界を愛しているんです」
上下水道工事の現場でくすねたのだろうか、少女の細腕には不釣り合いな大きさのスレッジハンマーを手に、ミザリィは熱病に浮かされるような声で続け、丸太に拘束された俺の足元の方へと向かう。魔王が不死の呪いにより通常の方法では殺しきれない事を彼女は知っている。だから彼女がそれで何をしようとしているのか、俺にはすぐに理解できたし、それが全く救いにもならない事をも即座に理解した。
「ミザリィを愛しています、ローランディアを愛しています、キャリーをチャーリーを、ウェンディをクリスティーナを愛しています。でも、この世界に魔王はいりません……ましてやそれが…あんな低俗で下劣な結末を描いた素敵文王だなんて、一秒だって我慢なりません」
ミザリィの視線が丸太でしっかり固定された俺の足に向かう。そして、手にしたスレッジハンマーを二度三度左足に当て、位置調整を始めた。目的は言わずもがな。
『殺せないのであれば、何もできぬよう身体を“加工”してしまえ』
こけ脅しだろう?16歳の小娘にそんなイカれたマネができるわけがない?いや、この岸辺逸子は、やる。俺はそれを現代で身をもって知ったのだから。
「二度と、私の世界を汚さないでください…素敵先生!」
スイングされるスレッジハンマー。最大効率を発揮する遠心力と質量の暴力が、丸太に固定された俺の左足を粉s
「ほんぎゃぁ~~~~!!!」
といったところで俺はグロ肉ベッドから跳ね起きた。お約束の悪夢オープニングである。俺の下半身から離れた肉塊が寂しげに泡音をたてるが、そんな声で泣いてくれるな。俺とお前は生さぬ仲だ……あ、夢の中で俺が寝てた普通のベッドも夢だったんだね畜生。
「うっぅうぅぐぅぅぅ……なんで、この世界つくったの俺なのに……」
怖い夢見て泣きじゃくる魔王こと俺のチート?異世界転生々活、第六日目の始まり始まり。
「深紅王様…黒衣の魔女、ただいま戻りました♡」
「あ、はい、おつかれさまです」
フード付きの黒いケープをカラスの翼のように広げながら、黒衣の魔女が会釈する。ポンコツ揃いの四天王の中で唯一デリケートな行動が取れるのは彼女だけだ。三日前彼女を城塞都市ロックに派遣し、チート勇者『ミザリィ』こと異世界転生者『岸辺逸子』の動向と、あと水洗トイレ設置についてのノウハウをパクr…参考とするための情報収集を命じたのだが、この様子からして結果は上々だったようだ。
「小娘めは城塞都市の利水ギルドを排除の後、矢継ぎ早に各水路の改築を実施。この際南区画の貧民層を労働力として雇い入れるよう、関連施工ギルドに根回しを行ったようでございます」
「なにそれこわい、チート16歳女子コワイ」
『チト百合』の狂信的読者である岸辺逸子は、作中の登場人物や出来事を原作者である俺以上に知り尽くしている。俺が忘れてしまった連載初期の出来事すら完全に暗記しているほどの病気レベルのファンであるから、城塞都市ロック内部事情がどのようなものなのか、当然網羅しているはずだ。おまけに彼女が転生前から持っていた技能もぶっ飛んでいる。確か『測量士』だの『解体工事施工技師』だの『配管工技師』だの持ってたようだが、この世界の女神『エントラジア』が用意した資料に書かれていたアレは氷山の一角じゃなかろうか。
技術屋というのは小難しい性格の人間が多いイメージから、俺も『チト百合』作中に登場する彼らの性格をそのように設定した。特に門外漢の部外者に対しては、はじめは排他的な態度をとるので、原作でのミザリィは彼らの求める何かを解決する為に細々とした冒険をする事になる。お使いクエストというやつだな。
ところが、こっちのミザリィは初めから職人顔負けの知識と技術を持ち合わせている。また城塞都市ロックの各技術屋共の欲しがるものを知っているという事は、逆に言えば彼らの弱みも知っているという事なのだ。利水ギルド排除の際に見せた、あのヤクザまがいの手腕と、技術と知識に裏打ちされた信頼性があれば、俺如きが創作した技術屋達を篭絡するのは容易い事という事か……『作者は自分より利口なキャラクターを創作できない』……今やこの言葉は俺にとって、皮肉を通り越した質の悪い呪いのアイテムと化した。原作者以上に利口な愛読者が物語の主役になってしまったのだから。
それにしても、アレだけの才能を持っていながら……まっとうな生き方をすれば政治家にだってなれたかもしれないものを、なんだって俺を殺して異世界転生までしたんだか。まったく理解に苦しむ。
何はともあれ、ミザリィが施工ギルドとの調整に入ったという知らせは俺を喜ばせた。俺にはある計画があったのだ。
「石工ギルドの長からの依頼で、石切り場に巣くうトロール三兄弟の討伐を行うため、本日は朝から遠征中であるとの事……」
「キターーーッ!」
俺は両腕でガッツポーズをキメながら飛び跳ねた。黒衣の魔女はあっけに取られているようだが構うものか。ついに俺のターンが来たのだ。
「ちょっと出かけてきますねえーー!」
善は急げである。俺は冒険者の捕虜らから接収した行商人の皮服(サイズが合わなかったが黒衣の魔女さんに直してもらいました☆)を着込み、頭の目立つ角を隠す広めのフードを被ってバルコニーに立った。そしてバイコーンの黒い角で作った角笛を吹くと……
「来た!ワイバーン来た!本当にきたよー!」
まるで子供のような無邪気さではしゃいでしまったが、無理もないだろ。ワイバーンの背中に乗ってお空飛ぶなんて男の子すぎる!後ろ二足と長い尾に蝙蝠のような翼。ファンタジー作品に登場するドラゴンの亜種、ワイバーンが正に目の前に降り立った。こいつは『チト百合』で深紅王が幾度となく搭乗した、まさに俺様専用のワイバーン!
「よし、お前の名前はワー子だ!」
「そやつはオスでございます深紅王様♡」
「ワ…行くぞワー子!いざ!城塞都市ロックへ!」
俺が背中に跨ると、ワー子はバルコニーの淵から半身を乗り出し、前のめりになる。ちょっとまってこれ高すぎないかな?アレ?普通に怖くね?
「あの、心の準備あ゛~~~~~~~~~~~~!!!」
バルコニーの高さはおよそ200m。超高層ビル並みのぶっちゃけ中世ヨーロッパレベルの建築技術的にアレだがカッコいいからという理由でそんな設定にした俺の自業自得である。だって自分がこの高さから飛び降りるなんて思ってなかったもの。
ワー子は高所自由落下に伴う内臓の浮き上がる恐怖を、凡そ4秒弱俺に味わわせた後水平飛行に移行した。当然この際にかかったGは相当だった。ノリや勢いでこういう事やっちゃダメだって思ったね。しかし、それに見合うだけの価値を得る事はできた。
『本当に、生身で空を飛んでいる!』
六日目にしてようやくつかんだ、異世界ファンタジーらしい体験だ。
ミザリィが引き受けたという、石材ギルドの依頼について少し説明しよう。これは『チト百合』作中で勇者『ミザリィ』が最初に受けるモンスター討伐クエストだ。上下水道整備工事には当然大量の石材が必要になるが、石材の調達と流通を取り仕切るギルドは問題を抱えていた。石切り場に住み着いたトロールが邪魔で作業ができない状態だったのだ。ミザリィはギルドの為に討伐に向かうが、初の大物モンスター戦で彼女は苦戦してしまう。たとえチートぶっちぎりのステータスを誇ろうと、トロールの恐るべき再生能力は物理攻撃しかできない転生したてのミザリィにとって、正攻法だけでどうこうできるものではなかった。そこで彼女は知恵を働かせ、トロールの住処である洞窟の入り口にテントを張り、夜であるかのように偽装して日光の元におびき出す作戦を立てた。トロールの弱点である日光を浴びせ石化させるという手段で、これらの鎮圧に成功する。
どうせ岸辺逸子様の事ですから乗馬経験もございましょうが、石切り場までは馬を走らせても片道半日の距離ー!たとえ弱点や倒し方も把握していようと、日が落ちてしまっては倒す事のできないトロール相手ではなぁ~!
「つまりはぁーー!最短でも明晩まではミザリィが城塞都市に戻ってくる事は無ーーいのだーー!ふははははっ!」
最っ高に悪役っぽい高笑いがキマッたけど、やる事がセコ過ぎる気がしないでもない。まぁよいのだ。俺の目的はミザリィをやっつける事じゃないし、ぶっちゃけ無理ゲーなのはわかりきっている。俺の目的はもっと別な事だ。
中編へ続きます