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ヤン百合勇者がせめてきたぞ!  作者: しりょうおとこ
5/8

トウモロコシ畑のポンコツたち 後編

トイレ回後編です。異世界なのでトイレ事情は外せません。


「そ…それは、ほら…あれだよ……ちょっと、調べるから待って……」

 そういって俺は内ポケットに手を突っ込む動作を仕かけて思い出す。

「…………」

 ないよwwスマートフォンないよぉwww『チト百合』そういう世界観じゃないよーwwww

「い か が い た し ま し ょ う 深 紅 王(クリムゾンキング) 様 ♡」

 羞恥に震え黙り込んでいる俺に黒衣の魔女が追い打ちをかける。この人わかっててやってない?残りの三馬鹿もなんか期待した目でこっち見てるけど、ちゃんとした水洗トイレの設置とか工事の工程きなんて知るかよぉ?たとえスマホで調べて知識だけあったって技術おっつかないっつの!ナニコレ、何なのこの異世界転生。まだ三日目なのにすんごいつらいんですけど……初日に全裸でショック死したばっかりなんですけど俺のハートまたストライキ起こしちゃうよ。


「これは、わたくしとした事が…些末な事に深紅王(クリムゾンキング)様のお手を煩わせようなどと思い上がりも甚だしい……この始末、わが命をとして償いまs」

「イヤイヤイヤ?!そこまでしなくていいよそんなこと?!」

 自身の喉に得物であるカーズドボルトを突き付ける『黒衣の魔女』を慌てて静止する。なんで原作者が登場人物に気使わなきゃいけないの。次回作ぜったい異世界転生モノやんないかんね馬杭(編集担当)さん!

「あ、そういえば」

 ここで俺はようやく、この世界にはもう一人、俺と同じ境遇の現代人がいる事を思い出す。チート勇者『ミザリィ(岸辺逸子)』である。


 今日の『魔王軍(ポンコツ)総会議』は一端お開きとした。というのも、俺には『チト百合』のトイレ事情と『ミザリィ』について気になる点があったからだ。バルコニーに出た俺は例の遠眼鏡を覗くと、恐る恐る『ミザリィ(岸辺逸子)』の姿を探した。正直覗き魔になった気分だ。

「あぁ~…居た、やっぱりやってるわ。行動力の塊だねまったく」

 ミザリィ(岸辺逸子)の姿はすぐに見つかった。衛兵を連れて城下町を歩く彼女の周りには、常に無数の人だかりができている。彼女は転生してすぐに人気者となる設定なのだ。

 ここで、我が宿敵たるチート勇者『ミザリィ』の設定について少し紹介しておこうと思う。『チト百合』のヒロインであるミザリィは、現代からこの異世界に転生してきたごく普通の少女だった。彼女が目覚めたのは『城塞都市ロック』王宮の中庭で、ちょうど10年に一度開かれる祭の最中だった。成り行きと祭の熱気に押され、訳も分からず催しに参加する事となるミザリィ。花壇に突き刺さった聖花剣『マダーローズ』を腕自慢の参加者たちが引き抜こうとして敗れ去る中、彼女はそれを見事に引き抜いてしまった。『マダーローズ』を引き抜くことのできたものは、その正当な所有者として、魔王を倒す英雄となる運命をたくされる。今まさに俺が覗き見しているミザリィ(岸辺逸子)が、町中の住民からチヤホヤされているのはそういうわけだ。

 意外にも、今ミザリィ(岸辺逸子)の表情は原作での俺の想像と同じく、いやそれ以上に可愛らしく明るい、ごく普通の少女だった。しかし俺は彼女の正体を知っている…あの可憐な少女は、白昼堂々俺を惨殺したサイコパスなのだ。

 話を戻そう…ミザリィ(岸辺逸子)は今、観光目的で町を練り歩いているわけではない。原作では()()()()()そういう動機だったが……あの岸辺逸子は絶対に違う。町のあちこちを走る水路の位置を確認しているのだ。ずっと上の方で述べたが『城塞都市ロック』の衣食住環境は、俺の住む魔王城に比べれば遥かにマシとはいえ、かなりアレなレベルである。上下水道は整備されておらず、生活排水は基本的に垂れ流し。特に水路の末端部分であり、貧民街でもある南部の衛生状態は劣悪の一言だ。現代人であるミザリィはすぐにこの問題に気づき、国王に『魔王討伐の前に城塞都市の水路を再整備するべき』と進言する。ミザリィは『マダーローズ』を抜いた英雄であるから、国王とて無下にはできない。『マダーローズ』は、物語上のご都合展開をご都合よく都合するチートご都合アイテムというわけだ。

 という経緯でミザリィは町中の水路の状態を確認して回るのだが、あの岸辺逸子(サイコパス)とてやはり少女という事か…いや、俺だって嫌だよあんな汚いどぶ川の傍で生活するの……魔王城はオマルだけど。

 さて、そうは問屋が卸さないのが『チト百合』である。同じ人間とて、一枚岩ではありえないのだから。


「そろそろアレが……ほぉらぁ来た来た……」

 ミザリィを取り巻く見物人らの環から少し離れた位置に、似つかわしくないリッチな服装をしたオッサンが5人並んでいる。『利水ギルド』の皆さんである。彼らは苦々しい表情でミザリィ(岸辺逸子)を睨んでいたが、やがてそのうちの一人が、近くにいたフードを深く被った若者に目配せして合図する。はい、暗殺者イベント始まりデース。(刺客)の名前なんて言ったっけ忘れたごめんね刺客君。新参者のミザリィが水路を整備して清潔な生活用水を全住民が平等に使えるようしてしまったら、それまで『水』で甘い汁すすっていた『利水ギルド』の皆さんは大変面白くない。だからこのように暗殺者を差し向けてミザリィあぶなーーい!どうなるんだろうドキドキという展開は連載当時読者にまーーったく受けず、原作者である俺自身()()()()()()()()()くらいである。

 さて、ミザリィ(岸辺逸子)はどうだ?まだ刺客君には気づいていない?いや、奴の事だもう気づいてる。というか知っててこの場に来たんだろそうなんだろ。なんせ彼女は俺と同じ現代人で『チト百合』読者なのに、わざわざ俺の書いた原作の通りの仕草で噴水の前で立ち止まり、水に手を入れて水質を確認するふりをし始めたのだから。

 間違いない、奴は俺と同じように、この場で今から起きる事を知っていて、わざとそうしている。何も知らないのは、俺が書いた原作の通りにしか行動できない哀れな刺客君と、憎まれ役の『利水ギルド』の皆さん……。

 ミザリィ(岸辺逸子)がスキを見せたと勘違いした刺客君、ダガーを抜き一気に距離を詰める!しかし原作では運悪くというか都合よく小物入れが外れて落ち、それに振り返ったミザリィに気づかれてしま……落としても気づかないー?!違うこれは…もっと距離を詰めさせる作戦だーー!!刺客君にげろーー!!どうなっても知らんぞーー!!

 ミザリィ(岸辺逸子)のすぐ背後に迫った刺客は、次の瞬間彼女が四白眼ガン開きで振り返り鼻先の触れる距離でメンチ切ってきた事で完全に硬直してしまった。誰だってそうなる。およそ二秒間ガン見した後、ミザリィ(岸辺逸子)は『処理』を開始した。

 小突くような爪先蹴りでの脛一撃これは痛い。完全に意識の外だった足元に走る激痛に思わず下を向くが、そこはミザリィ(岸辺逸子)の肩の高さ。すかさず人中!ミザリィ(岸辺逸子)既に一歩下がって徒手格闘の間合い。鼻を砕かれ天を仰ぐ刺客君ガラ空きのボディに貫手で水月-!流れるような急所連撃!岸辺さんあなた鉄靴と篭手で指先ガチガチなのわかっててやってる?!相手生身よ生身?!

「うげぇ……」

 格闘技経験どころか喧嘩の経験もろくにないモヤシの俺にすら、そのえげつなさが伝わってきた。すべての動作に一切無駄はなく躊躇もない。相手が襲ってくるタイミングを知っていたとはいえ、ここまで鮮やかにキマるものなのか。どんな人生送ったらあんな16歳になるんですかねえご両親。

「オマルに集るハエの羽ばたきすら見切る魔王の俺でなければ見逃しちゃうね……」

 ちょっと格好つけてみたが、すぐに俺は思い知った。ミザリィ(岸辺逸子)の本当の恐ろしさを……

「え?!ちょっとまってなにそれ……ええええ?!!!」

 路面に転がり悶絶する刺客君にミザリィ(岸辺逸子)がしゃがみ込み、耳元で何かを囁く。すると刺客君は一度ビクリと震え、よろよろと立ち上がる。そして、突然の大立ち回りにどよめく群衆に紛れ、彼らの様子を伺っていた『利水ギルド』らを指さして……

 顔面蒼白となる『利水ギルド』。騒ぎ立てる群衆をかき分け、彼らを拘束する衛兵たち。『利水ギルド』らは何事かを喚き散らしてはいるがこれは……完全に詰んだ悪役の顔だ。

「まさか…し…ショートカット?!」

 原作での展開では、ミザリィ暗殺に失敗した刺客君は逃走するも、騒ぎに気付いた衛兵にクロスボウで撃たれあえなく死亡。原作ミザリィちゃんはこっちの(岸辺逸子)と違ってイイ子なので、死んでしまった刺客君の素性を調べる事にする。刺客君が南側貧民街の住民で、病弱な弟がいる事を知ったミザリィは…弟君の名前も忘れたわこれ…水路整備と同時に貧困問題の解決をも決意するのだ!がんばれミザリィ!二巻に続く!!原作ではその後も『利水ギルド』の妨害は続き、ミザリィが彼らの正体にたどり着き証拠をそろえ成敗するのは、二巻の最終章を待つことになる。それは作中時間にして二か月程後の事なのだが……今俺が遠眼鏡ごしに目撃したのは、ミザリィ(岸辺逸子)転生からたった三日目にして『利水ギルド』が完全に排除される瞬間だった。

「……一体なにをしたんだ?何を言ったらこうなる……?!」

 魔王に読唇スキルでも盛っておけばよかったと今更後悔している。再びミザリィ(岸辺逸子)に目を向けると、奴はあの冷たい笑みを浮かべて刺客君の肩に手を置き、また何事かを囁いていた。折れた鼻を抑える刺客君はビクリと震えて、完全に怯え切っている様子だ。名前も忘れた刺客君…君は死なないで済んだみたいだけど怖い思いをさせてしまったね。ごめんね刺客君本当に君なんて名m…ようやく俺は理解した。

「ヤ ク ザ の 手 口 だ こ れ」

 俺は刺客君の名前も弟君の名前も、下手すると彼の出番も忘れていたがミザリィ(岸辺逸子)はしっかり覚えていた。きっと刺客君や弟君の名も彼らの住んでいる家も完全に把握しているはずだ。あの時ミザリィ(岸辺逸子)は『利水ギルド』を排除するため、わざと刺客君に襲わせ、逆に弱みにつけこんで脅したに違いない。


『あなたの名前は××、□□という病弱な弟と二人で南部区画に住んでいる。あなたは衛兵に捕まるが、私はいつでもあなたの家に行き弟を可愛がることができる。あなたが誰に雇われたのかここで告発しなければ、とても丁寧にあなたの弟を可愛がってあげられる』


 作者である俺すら忘れてた原作設定を逆手に取り、哀れなmobキャラを利用してまで、目標達成までの日程を二か月も短縮する……しかもそいつの最終目標は、魔王()の排除というわけだ。


「じ…じょ、上等d…だよ……げ、原作者なめんなお?!」

 強がってみたものの脚は生まれたての小鹿のようにプルプルいってるし声も上ずってるようわどうしよう怖すぎて吐きそう。

「ほぅ、あの小娘、なかなか見どころがあるようですが……勇者の身でなければ、是非我が魔王軍に引き入れたい所でございますね♡」

 俺の隣で別の遠眼鏡を使っていた黒衣の魔女が軽口を叩く。冗談でも絶対にやめてほしいが、ここで俺は一つ妙案を思いついた。

「黒衣の魔女よ、そなたに我が命を言い渡す……かの忌々しい城塞都市に潜り込み、小娘めの動向を探るのだ!主にトイレ関係どうしているのか調べてきて」

「御下命のままに……♡」

 トイレ情報のスパイを命じられた黒衣の魔女は妖しく微笑むと、被っていたフードをかきあげる。それと同時に彼女の体には黒い液体のようなモノが這い上がり、肌の色も服装も髪の色も顔立ちも、一般市民(mobキャラ)女性のそれへと変化していった。謎めいた美貌を秘めた女性という点だけは変わらないが、もはや彼女の正体を知るものは俺以外いないだろう。千の名を持つ賢将『黒衣の魔女』の本領発揮である…トイレスパイだけど…彼女はバルコニーから飛び降り、先ほど変化する際に這わせた黒い液体で蝙蝠のような翼を形成すると、大河デリーの上を滑空しながら城塞都市の方へ飛んで行った。

「行ってらっしゃーい」

 彼女は間違いなくやり手である。必ずや水洗トイレの秘技を手に入れるであろう。なんせ城塞都市ロックの上下水道整備を邪魔する『利水ギルド』は指定暴力団岸辺組によって二か月短縮で排除されてしまったのだ。あとはもう地上げも工事もやり放題。ミザリィ(岸辺逸子)のチート改革は原作よりはるかに円滑にすすむだろう。城塞都市ロックにおける水洗トイレ設置もそう時間はかからないはずだ。そのノウハウをパクッて魔王城も水洗トイレ改革を進められるという寸法だ。頭いいぞおれ!

 あとついでにミザリィ(岸辺逸子)の私的情報、特に弱点とかあれば万々歳である。


 西の空を覆う雲の屋根が赤く染まり始め、やがて夜のとばりが下りる。『チト百合』の世界は、いわゆる中世ヨーロッパ風のファンタジーだ。電灯どころかガス灯すらないこの世界は、日が落ちればろくな光源は期待できない。魔王である俺は異常な程に夜目が効くようになった。当然といえば当然である。魔王になってこのかたろくな目に合わなかったが、悪い事ばかりではないはずと自分に言い聞かせ、俺は次回作の執筆をしようと机に向かった。どうせやる事もないのだ。異世界で異世界小説を書く事になるとは何と面妖な事よ。

「次回作のタイトルは……『ラノベ作者が魔王に転生したけど手がゴツすぎてペン持ちにくいしそもそも俺直筆苦手だし何より紙がケツ拭きにも使えないくらい貴重過ぎてラノベなんて書きようがねえ』…かな」


 くそぁぁああ!!

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