トウモロコシ畑のポンコツたち 前編
異世界魔王軍のトイレ事情について小学生並みの思考でこねくり回してたら8000文字を超えたので前後編で別けました。トイレ回です。
異世界転生最初のお楽しみと言ったら、何を想像するだろうか。未知の食材の美食に舌鼓を打つ……見たこともない星図の広がる夜空の下、可愛い冒険者の少女たちとキャンプをする……
あるいは……現代の進んだ技術と知識を披露して、中世レベルの文明しか持たない現地人たちからチヤホヤされる!
ライトノベル『チト百合』だってもちろん、現代知識による文明チート要素はてんこ盛りだ。そのために俺はこの世界の文化設定を、かなりハードなものにしていた。文明レベルの低い異世界を、コツコツと開拓して成長させていくミザリィの姿は、ファンの間でもかなり人気を博した。
そして俺は今、その事を深く深く後悔している……
ここは魔王城の大ホール。かつてこの城が高潔な英雄王のモノだった頃、各大臣や将軍らを集め、国の行く末について意見を出し合い、議論を交わし、国家の為臣民の為に最良の手をと何日もかけて策を案じた…
今、その円卓に我が物顔で腰かけるは、世界を混沌と破滅へと導かんとする魔王、そしてその側近らである。
「『第一回、魔王軍総会議』を始めたいと思いまーーす!パチパチどんどんどーん!」
異世界生活三日目。主君『深紅王』覚醒の報を受け各戦線から集結した四天王らの前で、魔王らしい威厳のこもった表情と声色で俺はそう言った。ではここで、我が忠実なる配下らの紹介をしておこう!俺の席から時計まわりにね☆
先鋒!いつもしゃぶっているのは何の骨なんだ!女性読者不人気ワースト1位は譲れない!ふとっちょピエロ!『道化魔 ペニー』!
「深紅王様がお目覚めになったと聞いて、侵略途中で飛んできたんですよ?ちっちゃい子がいっぱいで美味しそうな街だったのに……」
次鋒!その図体でよくぞ狭い扉を通り抜けた!斧を持てば100人力!働きものだが頭は悪い!顔が怖いぞ!『断殺巨人 レッドラム・ジャック』!
「くっくくくっ深紅王さまぁ~~!!は、早くおれに殺戮許可をくださいぃぃっ!生意気な小娘をわからせてやりてえ~!」
中堅!人狼でも予防接種義務は絶対だぞ!実は複雑な過去を持つが結局原作では総カット!影は薄いが忠誠心は断トツ魔王親衛隊!『狂狼 クジョ』!
「ついに念願の時……我ら魔王軍の力の前に人間共やエルフ共は屍を晒すのみでしょうなぁ……」
ちなみにその後ろに立っている、赤い鎧の凛とした女騎士はクジョの部下の『クリスティーナ』って子だよ。紹介はまた後程。
そして副将!性格の悪さはモデルゆずり!呼び名が多すぎて本人も時々忘れるぞ!千の名を持つ魅惑の賢将!『黒衣の魔女』!
「我ら四天王、深紅王様への忠誠の為、ここに集いました……なんなりと、ご命令を♡」
皆久しぶり、そして、初めまして。本気でそう思った。俺の頭の中には確かに存在したのだ。もし俺の『チト百合』が打ち切りにならず、コミカライズ化され、声優まで付いちゃってアニメ化大ヒットしちゃったり劇場版作れたりなんかしちゃったら、ひょっとしたら俺はこの目でこいつらを見ることができたかもしれないのだ。だからこの時だけは俺ちょっとだけ……
「じゃあ魔王からひと言、オマエラ俺が寝てる間何してやがったですかーー#?!!」
……これっぽっちも感慨深い気にはならなかった。
「ぼ、ぼくは……深紅王様のためにちっちゃいこがいる街を襲ったり焼いたり……」
と、ちゅぱちゅぱ骨をしゃぶりながらピエロ。
「うんわかった!二度としないで!」
「四肢を叩き切った捕虜共を投石器で奴らの城内に投げ入れてやりましたよぉぉっ!!黒死病にかかった毒玉ですぜぇえ!」
と、怖い顔。
「うん、ご苦労さん!以後禁止ね!!」
「我が身、我が命は深紅王様への忠誠の為、魔王城に人間どもは一歩たりとも踏み入る事叶いませぬ……あの満月の夜を除けば……」
と、原作でほとんど出番のなかった忠犬ポチ。
「そんな重たそうなセリフ吐いても出番ねえよ!いいから城内で大人しくしててね?!」
「城塞都市ロックでの攪乱工作は滞りなく……欲深き人間共の何と御し易い事か……♡」
と、原作通りのトリックスターぶりを発揮してくれる唯一の知能犯。脳内部下のはずなのにどーーしてもこの人(人じゃないけど)苦手だ。
「あ、はい…やり過ぎずバレない程度に様子見続けてください」
違う、そうじゃない。俺が聞きたいのはそういう事じゃなくもっと基本的でとても重要な事……それは……
「あのね魔王ね、三日前目を覚ましたばかりなんですよね300年ぶりにね、こっちの世界ではそういう事になってましたね?それでね、先日の朝アレしようと思ったんですよ……『アイドルがしないやつ』」
魔王は『アイドルがしないやつ』しないなんて誰が言った。魔王だって、する、催す、我慢できなくなる。だから必要なのだ……
「この城ね……無いんですよ……トイレが」
「?_?」「??」「!!」「……」
四天王一同、各々キャラに応じた表情を見せるが、一様にして『何言ってんだこいつ?』という疑問符が付いた有様だった。そう、俺の居城であるこの魔王城には、まともなトイレがないのだ。
「まぁある意味…この城作ったのも俺だし?トイレが無いのも俺の所為だと思うよ?思うよ本当に心から……でもさ……300年君ら…どうしてたの?」
ライトノベル『チト百合』の主人公、勇者ミザリィの出発地点である『城塞都市ロック』は、現代から見ればとても衛生的とは言えないが、中世ヨーロッパをベースとした世界観に合わせた衣食住が設定されており、それを転生者ミザリィが現代の価値観と知識で改革していく、という筋書きだった。だから俺はロックでの生活については少々拘りを持って作ったし、それは読者からも割と好評だった。では、今俺が住んでいるこの魔王城はどうか……
昨日の朝早くグロ肉ベッドから這い出して、異世界転生後初めて『アイドルがしないやつ』を催した俺は、その辺を歩いていたゴブリンとっ捕まえてどこでするのか聞いてみた。すると部屋の隅っこに転がってるバケツ…というか、オマルを指さされたのだから堪ったものではない…我慢できなかったからしたけど、なんか人として終わった気分。魔王だけど。
「いやー産まれてから久しぶりにオマルでしたけどさ…見えるのよ、ハエの羽ばたきが。魔王アイの魔王動体視力スゲーって思ったね。さすが魔王!でもさ、オマルなんだ…ハエが集まってたの……で、もう一度聞くね?……君たちこのトイレのない魔王城で300年も、どうしてたの?」
「ぼくはいつもそのへんでs」
うるせえピエロ聞きたくねえ。
「『アイドルがしないやつ』って何ですかい?」
お前に聞いた俺が馬鹿だった。
「ふ…我ら精強魔王軍親衛隊、いついかなる場所でも戦い続けられるよう鍛え上げられております…」
ポチの生態的にお外でした後砂かけて埋めるよね。
「敵城に忍び込んだ時に済ませます故♡」
ずっるいよなーー!そういう役職ほんっとずっるいよなーー!
「はい、じゃあ統括します!君たち四天王、上司が300年間スヤってる間トイレも設置せず、その辺で『アイドルがしないやつ』垂れ流したりそもそも『アイドルがしないやつ』がなんだかわからなかったりお外で穴掘ってしたり敵城でトイレ借りたりしてたって事ですね?!涙が出ちゃうよほんと……特にクジョさん?!あなたの後ろにいる子、女の子ですよ?!ほんとドン引きですよ?!」
「くっ……!」
俺の言葉にクジョの部下である女騎士『クリスティーナ』が顔をしかめる。すげえ、本物のくっ殺初めて見たちょっと感動……じゃなくて本当にごめんなさい。四天王にパワハラかましてみたものの、一番悪いのは結局魔王城のトイレ事情を一切設定していなかった俺である。だって普通魔王城のトイレについて気にする読者いないだろ?ラスダン攻略中のパーティが『アイドルがしないやつしたくなった』って理由でトイレ探すエピソード必要?!こんな事態想像すらしてなかったよ!
…この世界、俺が創造し足りない部分は、ラノベファンタジー水準からみても最低限度のモノが強制的に割り当てられているようだ。作家としてこれは純粋にキツい…自身の想像力の限界を叩きつけられたのだから。
「はい!とにかく!魔王復活最初の目標が決まりました!みんなよく聞いてくださいね!清潔な水洗式トイレを設置して『アイドルがしないやつ』を幸せな気分でできるように魔王軍全力をもってあたってください!各地でヒャッハーしてる悪い子たちもそれまでヒャッハー禁止です!魔王命令です!」
我ながら良い手だとその時は思った。トイレ設置の為に人出を裂くことで魔王軍としての悪逆非道を禁じられるし、何よりオマルで人間止め続けるのは俺の精神衛生上よろしくない。一刻も早く手を打つ必要があった。
「魔王様のご命令とあれば何なりと……その、『水洗式トイレ』でございましたか?」
四天王の三馬鹿がゴネ始める前にさっさと会議をお開きにしたかった俺を、あの『黒衣の魔女』が凍えるような声で呼び止めた……。
「その名から察するに水で洗浄可能な厠であると存じますがその為には給水と排水を行うための水路が必要になりますね如何様にして城内に行きわたらせましょう水はどの様に汲み上げればよろしいのでしょうか如何せん我ら魔族は破壊と略奪に長けた者らでございます故そういった人間的創意工夫の才を持ち合わせているモノは多く御座いません工程や人員の詳細な計画と管理が必要になりますがいかがいたしましょう深紅王様♡」
凡そ200文字を25秒…一言も噛むことなく、その卑猥に歪む口元からねっちょりと唱えられた呪いの言葉は、簡単に言えばこうだ。
『作ってやるから作り方教えろよ、本当に知ってるならな』
後半に続きます。