ドント・スタンド・バイ・ミー
コロナ関係で仕事いけなくなりました。時間ができたのでちょくちょく続けていきます。
「お目覚めの時です…魔王様……お目覚めください……」
暗闇の向こうから響く声。どこか聞き覚えのある女性の……安堵感とは無縁の……一体、誰の声だったか……。
「我らが魔王……『深紅王』」
そうだこの声は…常に俺を追い詰める、聞くだけで心臓を鷲掴みされるような声の主は……
「深紅王様…お目覚めを…」
声は俺の編集担当である『馬杭律』さん。暗いのは俺が居眠りしていたから。そして彼女のセリフは『チト百合』第一巻の魔王初登場シーンで、四天王の一人が使うセリフ。打ち切らせたラノベのセリフで起こしにくるなんて底意地の悪い事をしてくれる。
それにしても随分真に迫った演技だ。声優か女優としてやっていけるのではないだろうか。
「んあぁぁ脱稿あとすこし待って…」
腐りかけのゾンビめいた呻き声をあげながら俺が目を覚ますと、そこは見慣れたようで見慣れない奇妙な感覚を覚える大部屋だった。天井は異様に高く、高級ホテルのエントランスくらいはありそうだ。そのくせ照明は暗い。頭上にぶら下がるシャンデリアには明かりの代わりに蜘蛛の巣がかかっている。まるで吸血鬼映画撮影用のセットか何かのような……
「馬杭さん?ここ、どこ?…っぉぉお?!」
妙に生臭いベッドから半身を起こし、先ほど編集担当者の声が聞こえてきた方に首を回した俺は、そこに立つ彼女の姿を見て思考が宇宙の彼方にぶっ飛んでしまった。
飲み込まれそうな青い肌に妖艶な曲線美、露出の際どいSMチックな衣装から覗く腹部はバランスよく引き締まり、へそ回りにはしっかりと腹筋が浮かんでいる。深く被ったフードの下で、ホクロのアクセントがエロチックな口元が歪に歪む。馬杭さん、こんな趣味あったの?!
「約束の時来たれり。深紅王様の目覚めと、忌むべき異界の聖女『ミザリィ』の転生……全ては予言の通りに……」
『チト百合』のセリフそのまんまを一文字違わず、女優顔負けの流暢さで奏でて見せた美女は、まさに『チト百合』に登場するキャラクターそのままだった。依頼を受けてくださったイラストレーター様には悪いけど、挿絵に使われたデザインは馬杭さんの意向で、俺のイメージしていたものとはだいぶ違っていたのだが、今まさに目の前にいるのは、まるで俺の頭の中を映し出したかと思える再現度だった。
アニメ化コミカライズ化もこけた打ち切りラノベがいきなり実写化?そんな馬鹿な話があるか。何より、この完璧過ぎるデザインはどういうことだ。魔王軍四天王が一人「黒衣の魔女」の脳内デザインを俺がごり押しできなかったのは他でもない、馬杭さんをモデルにしたからだが、目の前の彼女は確かに馬杭さんに声や特徴が似ている。
「……夢か、寝よう」
我ながらベタ過ぎる反応の後、俺は再びベッドに潜り込もうとしたのだが、先ほどまで俺が寝そべっていた寝台には毛布もシーツもクッションも見当たらず、代わりに半身を飲み込んでいたのは、脈打つ血管と膨れ上がった肉塊であった。
「うわキモっ!」
思わず悲鳴を上げながら寝台?らしき肉の塊から飛びのく。体が離れると同時に、足に絡まっていたであろう血管っぽい組織がビチビチと音を立ててちぎれた。足…俺の足…?爪が妙に尖って見えるし、そもそもこんなに長かったか?筋肉質だったか?確か俺の記憶が正しければ、このグロ肉ベッドで起き上がるのは『チト百合』のラスボスである魔王……さっきから隣で美女が何度も口にしている『深紅王』だったはずだが、今そこに寝ていたのは俺で……
「異 世 界 転 生 っ す か ぁ」
曲がりなりにもラノベ作者である。これが手の込んだイタズラであれ、睡眠不足とエナドリの過剰摂取から俺の脳がアレになったのであれ、人気ジャンル『異世界転生』のシチュエーションである事は容易に理解できた。納得はできないが。
「しかも俺が諦めた打ち切りラノベのラスボスっすかぁ?い゛い゛趣゛味゛し゛て゛る゛よ゛ま゛っ゛た゛く゛さ゛ぁ゛~~ッ」
そこらに身を隠し『大 成 功』の看板を握って笑いを堪えている馬杭さんなり、うっかり俺を主役でなく魔王に転生させたボケナスポンコツ女神なり…きっとゲームで死体蹴りとかするサイコパスに違いない。
俺は無力感とやり場のない憤りに手の震えは止まらず、引きつった笑みを浮かべたまま、涙を堪えるのが精一杯だった。
「死体蹴り…そうだ死体だよおれ。殺されてたもんなぁ喉掻っ捌かれてたし血もめっちゃ出てた出てた」
状況を理解し始めた頃、曖昧だった記憶もハッキリとし始める。米神を抑えながら(やたら尖った爪が食い込んで痛い)呻いた。
『せんせ…私、アレ“地雷だ”って言いましたよね?』
俺は確かに死んだ。エゲつい軍用ナイフで喉を裂かれ、ハリウッド映画かアニメみたいな見事な手際でもって惨殺されたのだ。ただの駆け出しライトノベル作家が……。
そんな俺を殺したのは、俺が連載を諦めた『チト百合』の愛読者だった…普通殺すか?そこまでのことか?確かにあのたたみ方はおれもクソだと後悔している。最悪だ。だが、それは原作者が白昼喫茶店で喉掻っ捌かれて死ななきゃいけない程の事か?くそ、頭が冷静になってきたぶん腹がたってきた。
「もし俺が大魔王だったら、こんな世の中滅ぼしてやるのに……」
「その意気です、深紅王様♡しかし、300年ぶりの覚醒でございます。今は…まだ…ご自愛ください♡」
「あ、はい」
思わず口に出してしまった。『黒衣の魔女』の言霊は一句一句俺の魂を弄ぶ……声が馬杭さんというだけで、パブロフの犬並みに逆らえない。ほんと俺の設定通りに喋りやがる『黒衣の魔女』。陰湿でねちっこい。俺の弱みをすべて握っているかのような……まぁモデルである馬杭さんまんまなんだけどな!!
「最近流行りの『死亡フラグ回避系』か、このままだと死ぬな、俺」
大事なことなのでもう一度繰り返すが、腐っても俺はラノベ作家だ。これが本当に異世界転生なのだとして、しかもこの異世界が打ち切られた俺の本の通りなのだとしたら……魔王はチート性能と現代知識で完全武装した少女「勇者ミザリィ」の手によって倒されるのだ。
だが、それは俺にとって、あまりにも有利な設定だった。
「ふっ…フハハハ!フッハハハハハ!」
一度本気でやってみたかった悪役高笑い。もうイタズラの線はないだろう。せいぜい病院のベッドで目覚めて家族に冷たい目で見られるだけだ。ノッテきた。ノッテきたよ!
「我が名は深紅王!神にも等しき存在なるぞ!この世の理全ては、我が手中に!」
「さすがで御座います深紅王様♡」
作者である俺に、この世界で分からない事など何一つない。『作者は自分より利口なキャラクターを創造できない』!んん~♡名言だなぁ♡。
そしてそしてぇ~、異世界転生勇者であるミザリィは『現 代 人』!つまり、俺が同じ現代人である事と、この世界の作者であることを伝えさえすれば一件落着。
勝った、勝ったよこれ!
「まずは敵情視察である。勇者ミザリィとかいう小娘の顔を拝んでおくとするか」
俺は全裸のまま大窓に向かい、バルコニーに出た。どこに何があるか手に取るようにわかる。まるで我が家のようだ!
空はいつも薄曇り。魔王城の近くだからな!天気いいわけないよな!ヨシ!
居城の目の前には大河デリー!幅は最小でも4㎞超!流れも速く恐ろしい水棲モンスターがうじゃうじゃいるぞ!ヨシ!
そして大河の向こう、ここから8㎞離れたところに見えるもう一つの城!始まりの街、城塞都市『ロック』!ヨシ!
原作通り…全て原作通りだ!そしてバルコニーに据え付けられているのは、骨で作られた遠眼鏡。魔王は目覚めてすぐ、これを使い転生したての「ミザリィ」を覗き見し、下卑た笑みを浮かべるのだ!
「どれどれぇ?」
そう、おれの見立ては正しかった。ミザリィは、そこにいた。
『ロック城』王の間のバルコニーから、魔王城を遠眼鏡で視察し、そこで魔王と彼女の初遭遇イベント。魔王は全裸だから乙女のミザリィは思わず赤面して目を逸らしてしま…。
神々しく輝く白銀の鎧…
花弁を想わす鍔が美しい聖剣……
花咲き乱れるギャルゲやアニメから舞い出た蝶のような麗しい瞳……
少女っぽさを演出する青い×印の髪飾り……
そして、曇り空の下でもテラテラと光る、先端まで手入れされた黒…髪…?
ミ ザ リ ィ は 赤 毛 だ っ た は ず だ が ?
俺の姿を見つけたミザリィ?は、まるで俺がそうするはずだったように、下卑た笑みを浮かべた。
遠眼鏡から顔を離し、瞳孔が完全に開ききったアブナイ目で……8㎞以上も離れたところにいる俺を正確に……転生前の俺が最後に見た、あの恐ろしい笑顔で睨みつけてきた。
「お前かよおおおお!!!!」
異世界魔王である俺を倒すため、現代から転生してきた『勇者ミザリィ』は、現代で俺を殺した、あの“プッツン読者”だったのだ。
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