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ヤン百合勇者がせめてきたぞ!  作者: しりょうおとこ
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死にゆく男

初めての投稿です

「はぁ~…またこのシチュですかぁ?」

 俺の書き上げた原稿を見下し、作り笑いを浮かべている女性は、ライトノベル作家である俺『素敵文王(すてきぶんおう)』の編集担当者だ。

 齢は30台間近といったところか。22になったばかりの俺からすると、年上のちょっと性格キツめのお姉さんな感じだ。

「素敵さん、あのね?…『チト百合』の読者感想文、目を通した事、あります?」

「あ、はい…読者様からの感想はいつも励みにしております。」

 俺は嘘をついた。ここ最近読者からの感想文は九割がた適当に流している。

『またか』『もう飽きたよ』『早くたたんだ方が良い』

 そんなのは自分でよくわかっている。何しろライトノベル『チート百合勇者は異世界ハーレムがお好き(通称『チト百合』)』の原作者である俺自身が、書いていて同じ感想なのだから。いわゆる「マンネリ」というやつだ。

「は~い♡ここで、割といい方の知らせと、悪い知らせがありま~す♡」

「どっちも聞きたくないです」

 俺の切実な訴え空しく、担当編集者はねちっこい作り笑みのまま、俺のメンタルを潰しにかかった。

「まず、“悪い知らせ”からです」

「せめていい知らせからにしてください」

「『チト百合』のコミカライズ化、アニメ化の案件はお流れになりました。まぁ当然ですよね」

「あ、はい」

 覚悟はしていたが、こうも明確に告げられると本気で凹む。『チト百合』が話題になり始め、メディア化の話が軌道に乗り始めた頃は有頂天になったものだが……当初俺が想定していた「2巻以内での完結」では、とてもではないがアニメ化に必要な話数が足らなかった。だから予定外の蛇足シナリオをねじ込んで引き延ばしに引き延ばしを続けた。結果、似たようなエピソードが続き、前途の通り作者である俺自身ですら、くべるべき情熱の薪は途切れ、嫌気がさす程のワンパターンにハマってしまったのだ。読者の視点から見れば、それはもう酷い有様だったのだろう。

「はぁい、そして、『割といい方の知らせ』…というか、編集部からの提案です♡」

 編集担当はホクロのアクセントが妖しく光る口元を歪に歪め、まるで魔女のような口ぶりで続けた。

「いっそ、次の作品に、着手してみては、いかがでしょうか??」

「あぁぁぁ~~~~~」

 曲がりなりにも、俺が真心こめた小世界『チト百合』への死刑宣告であった。俺が幼少期に愛読してきた少年漫画誌、その中で幾百の作品が同じような結末を迎えたか……


『俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!』『この無限に広がる青空の向こうへ!』『先生の次回作にご期待ください!』


「もう少し続けられませんか」

「いやもう皆飽きてるって言いましたよね素敵さんも実際冷めてるでしょ私も暇じゃないんですそろそろ腹くくってください」

 凡そ55文字分のセリフを4秒弱で吐きながらも、担当編集者は例の作り笑みを一切崩さなかった。彼女のキャリアにおいて、こういった事はもうテンプレートと化していたのだろう。だが、ラノベ作家として駆け出しもいいところの俺にとって、それはどうだったろうか。

「わかりました、次の巻で畳みます」

 胃の中身をすべて吐き出すような…否、胃袋そのものを吐き出すかのようなエゲつい声を絞り出し、応える。

 こうして俺の物語…ではなく、俺の作り上げてきた物語は終わる事になった。『チト百合』こと『チート百合勇者は異世界ハーレムがお好き』の最終巻は、主役である異世界転生勇者「ミザリィ」を除く主要ヒロイン5人が、巻末20ページで怒涛の連続死をかますという滅茶苦茶な展開となった。もちろん、各キャラクターにそれなりのファンが(マンネリ化が指摘される前までは)ついていたし、俺だって本当は……


『でたww皆殺し急展開www』『カプ厨涙目、誰得だよ~~』『どうしてローランドディア(主要ヒロインの一人)が死ななきゃいけないんですかアレ地雷ですロラミザ激推しです先生ローランディア生き返りますよね!??』


 最終巻の読者感想は予想通りだった。俺の描いた物語は……俺が丹精込めて作り上げた小世界は……終わりを告げたのだ。そしてそれは、俺の新たな人生?の始まりでもあった。


「あの!……素…敵……先生です、よね?」

「んむぅう?」

 俺のペンネームを呼ぶ声に、頬張ったベーグルを吐き出しそうになる。砂糖たっぷりのアメリカンコーヒーをギトギトに浸した小麦の塊が一部、鼻を逆流して“死ぬほど”むせる。

「私あの……素敵先生の……というか、『チト百合』の……あの……」

 最終巻販売から2週間後、次の作品のプロットを練る為にカフェでカフェインと炭水化物をキメていた俺の前に現れた少女…歳は15?16?。

 平日正午に喫茶店を、しかも私服でうろつくにしては少々若すぎる気もするが、彼女の服装からして相当裕福な家系なのだろうか…とすると、近所にある名門女子大に飛び級で入学した超のつくエリートか。

 何より可憐だ。黒髪は窓から差し込む日光をテラテラと反射し、先端まで乱れが見えない。相当に手入れされている。うっすらと涙を湛えるように見える眼は、花咲き乱れるギャルゲやアニメの世界から舞い出た蝶の如く。

 全身から漂うオーラがそもそも、俺のようなダメンズとは「レベル差」がありすぎる。RPGでいうなら、始まりの町の周辺でスライムをワンパンできるようになった主人公が次のイベントでぶち当たる「負けイベント」の如くだ。

 そして、そんな彼女の持つアンバランスさもまた良い……サイドヘアに飾る青い×印のヘアピンが「そんな異次元の美少女が、俺の本の読者である」事を証明していたのだ。『チート百合勇者は異世界ハーレムがお好き』の主役、女勇者ミザリィがつけている髪飾りであった。

 だから俺は、この時本来抱くべき違和感に気づかなかった。


『なんでこの子は、俺が原作者「素敵文王」だと知っているのだろうか?なぜ俺が、この時間ここにいることを知っていたのだろうか?』


「あ、うんーー、ファンの子…だよね?」

「はい、チト百合のファン……でした」

「あぁ…ぅぅー、サインとか?握手?」


 一閃、俺が軽率に差し出した腕は、ひじから上が完全に脱力し役立たずとなった。筋を切り裂かれたのだ。

 先ほどまでもじもじ可憐な有様だった少女は、今は瞳孔の開ききったアブナイ目で俺を見下ろしていた。右手にはいつのまにかエグい形の軍用ナイフを握っている。いつぞや資料で見かけたが、ガチで特殊部隊とかが使ってるやつだ。


「せんせ…私、アレ“地雷だ”って言いましたよね?」

「????!?!??」


 思考が追いつかない。豹変した少女、いつのまにか横一文字された右腕。声も出ない、というか……喉も声帯ごとやられている。ノーモーションで二か所、全然見えなかった……これ、次回作に使えるか?

 次第に希薄になる意識の遠くで、店員のひきつった悲鳴と、スマホのシャッター音が鳴り響いた。

異世界転生と恋愛ジャンルがセットなのはどうにかならないんですか

誤字脱字とうありましたらご報告ください

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