感情
セルビアという美しい名前の女性がいた。彼女はいつも花のように笑い、私の感情を揺さぶり、明るくする。長く整った黒髪が風に揺らぐとき、私の心はかき乱される。彼女に伝えるべき気持ちがあるのはわかっているが、それを口に出したらきっと、この関係は消えてしまう。彼女はいつも突然現れ、突然消えてゆく人だから。私は彼女に会える時、いつも一番高い香水をつけてから笑顔の練習をするのだ。彼女が私にそうさせた。明るい性格で悩み一つ口にしない彼女には、きっと知りえない過去がある。しかし私はそれを聞き出そうともしないし、彼女もまた言い出そうとはしない。今という時間をふたりで紡ぐことがそれよりも重要で、温かい。
ある寒い秋の日、私たちは昼食を食べに出かけた。セルビアはニットとコートを着て、美しい指をいたわるように手袋をはめている。今日はよく写真を撮る。いつもふたり手をつないで歩くとき、彼女は私たちを幻想的な写真の世界に残す。黒髪をひとつにまとめた私は、写真の中で痩せて見えた。珍しく彼女は笑顔を殺しているようだった。私に理由はわからない。深い話を聞く準備はできているが、彼女はきっと、私に見せたくない顔がある。だから私はそれを受け入れた。外でとる昼食はまるで映画のワンシーンのようで、私は心躍らせている。と思う。彼女の表情さえ変わっていなければ。
セルビアは笑う。その表情はいつもの花のようなものとは違って、どこか戸惑いのある表情だった。風が彼女の煌めく長髪をさらう。表情がわからなくなる。私の心はいつもよりずっと不安定で、得体の知れない雲に覆われているようだ。彼女は昼食を取りながらふと、こちらを見つめた。蒼い瞳に見つめられると、私は気が遠のくような感覚に陥る。きっと私は、彼女にすべてを見透かされていて、すべてを知られている。この感情さえも、もしかしたら、セルビアにはわかっているのかもしれない。しかし私は、口に出せない。
昼食をすませ、足早に向かうあのカフェ。いつもと同じラテを注文し、セルビアはいつもと同じティーを飲む。今日は珍しく冷たいティーを飲んでいる。髪が風になびく。私の心は風に揺られる木の葉のように不安定で、大きく揺れている。別れを告げられるのかもしれない。彼女はまた、どこかへ静かに去って行ってしまうのかもしれない。
セルビアがこちらを向きながら、手袋を外す。そして見えたもの。私には、一瞬、理解ができなかった。
“結婚するの”
彼女はそう言い、蒼い瞳でこちらを見つめる。私はただ、涙を流す。心を見透かしたセルビアは私を抱きしめ、コートの中に私を包み込む。そして熱いキスをした。最後かもしれない温かい彼女の唇を味わうようにしながら、私は嗚咽を漏らす。
私は知っていた。
“これからどうなるかはわからない。でも私は伝えたいことがあるの”
セルビアはゆっくりと、その美しく愛おしい唇から声を漏らす。
私にはわかっている。何を言いたいのか、すべて、わかっている。彼女はこの街を去る。私との思い出を写真の中だけに残して、新しい生活を始める。そして私はここにひとり、残ったまま傷を抱えていく。
“あなたを永遠に愛していた。それだけは、忘れないで”