第九十一話 薊の見る夢
昨日、作った話の投稿を見送ってこれを作り始めたので、昨日は投稿できませんでした。
期待した方々、申し訳ないです。
「おや、今朝も2人で散歩? あなたたち、本当に仲が良いのねえ。」
老婦人がにこにこと笑い、自分の小型犬に近寄るわんこを見詰める。
啓太は永遠とともにわんこの散歩をしていて、最近、大学の側で出会うようになった女性だ。
「そりゃ、婚約者ですから、仲良くなければ問題ですよ。」
永遠がにこにこと笑いながら説明する。
おや、それはおめでとう、と言う老婦人と少し雑談をして分かれる。人通りの少ない裏道だが、だからこそ、散歩を通じてペット繋がりの知り合いも少しずつ増えてきている。
「んふふーっ。毎日、少しずつ知り合いが増えて、その人達は、当たり前に私を人間として扱ってくれるの。すごく嬉しい。」
永遠はわんこの散歩がお気に入りだ。
啓太と2人で大学を通り越して、大杉の屋敷前まで行って帰ってくるのが最近の日課になった。
大杉の屋敷では、最近、杖を突いて歩けるようになった香子と薫子が待っていて、冷たいお茶をご馳走になって、少しおしゃべりをしてから帰る。
「それで、あの、芦田さんはお散歩にはご一緒しないのですか。」
「芦田さんはね、たまに勉強のために栗田家に泊まっているけど、いつもは山の下にあるアパートに住んでいるの。
だから、さすがに朝の散歩で山の上まで来られないかなあ。
でも、毎日、学校には通っているはずだから、自転車の時は、この家の前を通っていると思うよ。」
永遠が薫子に説明すると、薫子が、自転車、と呟く。
薫子の部屋からは道が見えないらしい。
「んー。じゃあ、今度、大杉さんに何か用事があれば、次ろ……芦田さんに頼んでおくから。」
啓太が言うと、薫子は頬を微かに紅潮させて、にっこりと微笑む。
香子は妹が次郎に関心を寄せているのを知っているのだろうが、自らは関心がないようだった。
◇◆◇◆
この日、啓太は授業を終えて昼からは宮田Aの脳の研究に協力していた。
「なあ、啓太君。君は先日、隠蔽シールドを展開して見せたんだろう?
ちょっとやって見せてくれないか。」
啓太が宮田Aの言葉に従ってシールドを展開する。
「この強度は、どの程度まで出せる? 」
「うーん。自分だけでシールドを張るなら、そんなに強いのは出せないです。
強度を上げようと思ったら、近くの搭載艇にアクセスしてエネルギーをそこから供給する形にしますね。」
「ああ、外からエネルギーを取り入れるのか。
だから、ちょっとしたことなら自分でやっても、パワーが必要なときには永遠ちゃんに頼んだりしてたんだな。」
「そうですね。別に永遠に断らなくても搭載艇からエネルギーを取れましたけど、目の前に永遠がいるなら、無断でやる意味がないですから。」
「……で、今は搭載艇がTOWUA-SAMに戻ったから、永遠ちゃんに遠慮しないで、勝手にエネルギーを取っている、と。」
啓太は頷き、宮田Aは考え込む。
「それ、攻撃にはどうなんだい。」
いや、やったことがないです、と啓太が渋い顔をした。
「嫌かもしれないけど、いずれ敵と戦わなきゃいけないときがやってくる。
その時に初めてじゃ拙いだろう。
それに、啓太君ができるなら、俺たちもそのうちにできるってことだ。
現状、俺たちには武器がない。
自分たちが何ができるようになるかを知っておくことは重要だよ。」
宮田Aに説得されて、啓太も攻撃用のプログラムを使用することに同意した。
まず、アダル連合の武器である自動照準光線銃から、まずは光線銃の機能を再現しようとする。目の焦点が合ったところから光線を出そうとするが、ごく薄い範囲の広い光線が出るだけで、効果らしきものが認められない。
「うーん。収束が弱いですね。たぶん、出力も足りないかな。」
「両目から出すのは便利かもしれないけど、収束がしにくいだろ。
ほかの方法を考えた方が良くないか。」
宮田Aの意見を参考に、人差し指と中指を立てて外を握ってやってみると、収束が格段に良くなった。
子どもの頃に鉄砲の形として、人差し指を立てて遊んだことがない地球人はいないだろう。地球人はこの形が体に馴染んでいるらしい。
「ちゃんと出るようになったけど、光線が細いですね。搭載艇からエネルギーをもらえば大丈夫だけど、出力が上がるまでに時間が掛かって、実用的じゃないですね。」
宮田Aによると、攻撃に対する心理的抵抗感が出力を無意識に抑制している部分も大きいのではないかとのことだった。
そのせいだろうか、星間連合の固有武器である分解銃は、物質の結合力に作用して当たった部分を即座に分解する強力なもので、掩体ごと敵を両断する威力を持つ厄介な武器なのだが、発砲しても物質の結合力に作用することもできなかったのだが、麻痺銃に切り替えると通常の武器と遜色ない威力を発揮した。
「これ、やっぱり、攻撃系は啓太君の心の問題が大きい気がするな。君、戦士には向いてないわ。」
宮田Aが呆れるように言い、啓太は、日本人ってそんな人が多いですって、と言い訳をしたが、生温い視線を向けられるばかりだった。
◇◆◇◆
啓太の能力について、宮田Aが調べた限りでは、啓太はサブシステムを完全にコントロールできている訳ではなく、サブシステムが先導して啓太の中に有用と判断した情報を溜め込んでいるきらいがあった。
そして、サブシステムが自分の判断で動いているときは、選択すべき情報の選別や侵入するシステムの防御プログラムの突破などに関して、啓太が操作するよりも高い判断をしているようだ。
星間連合の拠点に侵入した経路について、啓太は後から思い出すことができたが、その侵入の難度はとても啓太が手が出せるようなものではなく、経路と侵入方法の説明を聞いた薊をして顔色を青くするようなものだった。
「あー、残念だなあ。眠っているケータがダミオス達の基地に侵入して情報を集めてくれたら、今やっている対策の何割もが割愛できて、場合によっては制圧すらできるかもしれないっていうのに。」
無理を承知で薊が啓太に零す。ひょっとしたら、啓太の深層意識が覚えていてくれて、無意識下でサブシステムが何か手助けになるようなことをやってくれるかもしれない、そんな一抹の期待をかけての発言だ。
「薊さん、それよりも現実時間ではもうすぐ時間転移装置がアダル連合の制約を解除した上で独立するんでしょう?
だったら、それを使ったらどうにかできるんじゃないですか。」
「それはね、君の星でも多次元宇宙という概念で知れ渡っているようだが、何かをした場合としなかった場合という風に枝分かれして、多次元的に宇宙が枝分かれしていくという考えがあるんだ。
時間転移装置を難度も使えば、その多次元化を人為的に生み出していって、縺れてしまった場合には、その宇宙が自壊する危険がある。
今、この時間帯へは私達が1回、アラバタ達が2回、ダミオス達が1回、恐らく転移していて、時間の因果関係が相当に縺れてしまっている。
時間転移装置の制限が解除されたからといって、そこへ私達が更に時間転移を繰り返したらすれば、時間の因果関係はますます複雑になっていくからね、ひょっとしたら、私達が気付かない因果関係を生んでしまって、それを閉じられなくなってしまう可能性もある。
時間転移装置のルールはそれを守るためのものだ。回数制限が解除されても、私がそれを侵すことはないよ。」
ふうん、と啓太は頷く。
「なら、宮田さんの過去に行って子どもを作るという案は、かなり危ないところを攻めているんですね。」
「うん。だから、過去に行った宮田君も咲良も私や永遠も、私の現在時間である3年が経過する前に私たちに会うことはないよ。
考えてごらん。計画が上手くいっていれば、もうみんな今この瞬間にいるはずなんだ。だけど接触してこない。
たとえ、そこにどんなに伝えたいことがあったとしても、その情報を伝えてしまえば、時間の矛盾が重複して、時間が縺れる確率が高くなる。
だから、私たちが結果を知るのは、私が脳をコピーして戻った現実時間の3年後になる約束がしてあるのさ。」
啓太が難しい表情をする。
「それ、薊さんだけ、現実時間に戻ったときにノータイムで結果を知るってことですよね。」
「そう。嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、ひょっとしたら破滅が待っていたとしても、私だけがそれを結果として目の当たりにする。
私は事実を知って、どんな気持ちで、どんな表情で結果を受け止めるだろうね。」
薊は渦巻く感情を押し殺して、ポーカーフェイスで応じた。




