第七十四話 忠義の参加
次郎が提案した、敵が情報収集のために送信する指向性電波の到達地点を調査する案に対して、場所の確認から始める。
場所がここから10キロほど離れた山中と聞いて薊は溜め息を吐いた。
「ここ、行っただけでバレるね。」
「いや、そうでもないですよ。すぐ側はムリですが、このちょっと手前、8キロほどのところに温泉の出る健康ランドがあるんです。
利用客が結構来るみたいですから、そこまでなら行っても大丈夫じゃないですか。」
「いくら人がいても1日2千人とかだろう?
毎分当たり数人の密度じゃ人に紛れるのはムリだよ。それに、その健康ランドとやらに接触型の回線を設置されていたら、すぐにアバターなのがバレてしまう。」
薊は近寄るのは拙いと説明したが、啓太が提案する。
「忠義を起こして行かせたらどうですか。あいつの脳にリンクの施術をして、周囲の安全を確保した上で必要なときだけリンクするようにして、状況を確認したらすぐに接続を切れば、接触型の回線でも人間としか分からないんじゃないですかね。」
啓太の提案に、遠藤君が協力してくれるなら、と条件付きで薊が同意した。
「次郎君、忠義を起こしても問題ないよね。」
「ないと思いますが、一応、搭載艇の周囲と脳の検査はしておきます。」
次郎の搭載艇と忠義の脳の安全性が確認され、啓太と永遠がアパートから説明に向かうことになった。
◇◆◇◆
啓太がアパートのドアを開けると、先ほど啓太に絡んできた男が待ち構えていて、いきなりバットを突き出して襲ってきた。
腹部に向けて突き出されたバットを啓太が両手で覆い、後ろへ飛んで威力を殺す。
永遠は大杉へ返すために掃除機を片付けていて、啓太の後ろにいなかったのが幸いした。
玄関の狭い空間でバットを振り回せず、そのまま上がり込もうとした男へ啓太が距離を詰め、男が前に出した右足の踵を啓太の方へ払うと、男は体重移動途中の力が抜けかけた軸足では体を支えられずに、突き出した右脚から頭までが後方に傾いたまま一直線に伸びる。
啓太は真正面に突き出された男の金的を蹴り上げた。
サブシステムの動作補助があったから何とかなったものの、啓太はいきなりの襲撃に激高していた。
股間を押さえて悶絶している男の襟首を掴むとアパートの外まで引き摺り出し、襟首とズボンのベルト穴を両手で握って、一息にガードレールの上から表の川へ放り込んでしまった。
啓太は、水深が数センチしかない川底で泥に塗れて、呻きながら罵っている男を川岸から見下ろす。
「今の襲撃も記録してあるし、何かあればすぐに警察へ報告します。
ああ、それからここの人、私より強いんで、仕返しするなら今度は大事なものが潰れる覚悟をしといてくださいね。」
そう言い捨てると、永遠を連れてアパートを後にした。
「わあ、手がちょっと赤くなってる。大丈夫? 」
永遠が心配してくれたが、啓太は感情に走ってしまったことを反省しながら、たいしたことはないと笑ってみせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
忠義は気がつくと、見知らぬ部屋で全裸だった。
光源がどこにあるのか分からない不思議な部屋の天井から、男性の声でシャワールームへ向かうようアナウンスがあり、声に従ってシャワールームで体を清め、置いてあった衣類に着替えると同じく光源の分からない白い部屋へ案内された。
ここはどこだろうと見回していると、忠義が入ってきたのと反対側にドアが開いて美少女が2人現れる。
(ああ、これは小説で定番のあれか。俺、死んじゃったのかな。)
忠義が、ここは異世界ですか、と問うと、背の高い方の少女から回答があった。
「残念ながら現実だよ、忠義。」
「……はあ。チートをくれる女神様かと思ったら、啓太かよ。」
忠義は不可解な出来事が連続して起こり、ありがちな小説の世界が自分にも来たかと、これからの冒険に希望を抱いたのだが、親友が性転換しているという、思い切り見たくない非現実的な現実に引き戻されて、がっくりと項垂れた。
「きっと異世界へ行っても、熟女のヒロインやハーレムは出てこないぞ。
それより、相談がある。」
啓太は最近の状況──自分たちの技術を狙って2組の敵が襲ってきており、忠義が1組目の敵に掠われていたこと──をかいつまんで話した。
「……何だ、それ。異世界じゃなくても、生きる死ぬの話になってるじゃねえか。
それに俺も巻き込むって? 」
「敵に掠われてここの水槽に放り込まれてたんだから、もう巻き込まれてるよ。
悪いが、もうちょっとだけ付き合ってくれ。」
忠義は溜め息を吐くと、啓太を見ながら尋ねる。
「どの程度だ。いくら腐れ縁といっても、地獄まで付き合う気はねえぞ。」
啓太は目的とその手段としてリンクを施術したいことを話す。
「俺は3日後に健康ランドへ行って、温泉に入って帰ってくれば、必要なことはそちらでやってくれるってことで良いんだな?
で、俺のメリットは? 」
「武術と料理の技術のどちらか好きな方を脳に書き込んで教えてやる。それでどうだ。」
「えー、そこは両方じゃないのかよ。もうちょっと深入りしたら、両方教えてくれるのか。」
「いや、深入りすると、マジで命が危ないから。」
啓太の台詞を聞いて、ああ、これは本当に心配があるときのこいつの言い方だと、忠義の目の光が強くなり顔つきが真剣になった。
「アバター、だっけ? それ以外に人間の手も要るってことだろ?
必要なときだけの補助要員でもいい、俺も仲間に入れろ。駄目か? 」
啓太は、永遠に目配せして薊に相談させ、任せる、との回答をもらい、経緯を詳細に話した。
「……ということでだ、いいか、俺たちは1組目の敵に2回襲われて5人ずつ殺されている。なのに、今回は敵のグループが2組に増えて、2組目の方が手強い。
無事に済む保証がないから、ムリはして欲しくないんだ。」
「それ、いままで俺に内緒でやってたのかよ。
事情と今までの俺の立場が分かったからどうしようもねえけど、知ったら放っておけるか。
俺が自分の命を大切にして活動することが、相手にバレない最上の策だっていうんならなおさらだ。
何でも言ってくれ。だから、武術と料理、両方だからな。」
忠義がにやりと笑う。善い奴なんだよな、癖はあるけど、と啓太は内心で嬉しく思いながら、溜め息を吐く。
「分かった。永遠がこれからリンクの施術を手配して、この搭載艇の次郎君が明後日の午前中までに武術と料理の技術を書き込んでくれるそうだ。
出発は3日後の午前中、それまでに連絡する。
で、悪いんだけど3日後まで、ここの水槽に戻っていてくれないか。」
え、と驚く忠義に、次郎が声を掛ける。
「今はワタシが忠義様のアバターを操作していますが、基本、忠義様に操作して頂かないと、2組目に接触した場合にすぐにバレてしまいますので、お願いします。」
え、おい、そんな、と慌てる忠義に、頼むな、と啓太が微笑んでみせると、
「啓太、てめ、急に女の振りしてぶりっこで誤魔化すな。」
と忠義から見当違いの非難が飛んできた。
啓太は、ああ、その手があったかと、小首を傾げて精一杯の笑顔で、ばいばい、頑張ってね、と可愛らしく手を振って搭載艇を後にし、後ろから響く呪いの叫び声は聞こえないふりをした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「永遠ちゃん、ケータに教えてあげなかったの? 」
薊は、栗田家に帰ってきた啓太を見るなり永遠に問い、永遠が視線を逸らすのを見て溜め息を吐いた。
啓太には溜め息の意味が分からない。
「あのね、その顔、私の本当の顔に似てるのよ。
美也ちゃんが私の成り代わる対象に選ばれた主な理由の一つに、本来の私に似ていて、顔や体型が成長やプチ整形なんかの説明で誤魔化せることがあったの。
ケータが永遠ちゃんの今の姿をアレンジした顔が、偶然私に似てるなんて、びっくりだわ。」
薊が永遠に見せてあげてと指示すると、永遠が薊の姿をホログラフを投影した。
体格は美也に似ていて、顔は永遠の顔を美也に近づけたような顔立ちだが、確かに今の啓太の顔に雰囲気がよく似ている。
「ご免なさい。啓太さんが自分で顔を変更して、これはこれで良い、とか言ってるのを聞いたら、ついカッとしちゃって、言いそびれてしまったの。」
へえ、これが薊さんか、と見入る啓太の様子と、その側で行われた永遠の釈明に、薊が気恥ずかしくなりながら指示を出す。
「そういう訳で、敵がその顔を見ると、あらぬ反応をするかもしれないので、止めてね。」
啓太は了解し、次はどうしたものかと自分の顔に悩み始めた。
◇◆◇◆
地下に戻ると、宮田と咲良達が作業を続けていた。
宮田は啓太を見るなり、満面の笑みで話す。
「意志の強さの問題に関しては、何とかなりそうだよ。
やはり、何度も書き込むことで補強されている。咲良の各感情や意志の強さとの相関も分かって、どう書き込めば良いかの試案もできた。
今、割り出された書き込み回数の50パーセントで書き込んで、理論値と実際が整合しているかを検証しているところなんだ。
ここが何とかなれば、性格がきちんと引き継がれるということだからね、まあ研究は半分近く進んだようなもんだ。」
側では咲良がにまにまと宮田を見ていたが、咲良が何かを言う前に、宮田は咲良の方に振り返り断言した。
「比較検証は今日はやらない。絶対だ。いいね。」
気圧されて咲良が、あ、はい、と返事をしたのを聞いて、宮田が会心の笑みを浮かべる。
宮田の後ろで、咲良もまた宮田に寄りかかりながら会心の笑みを浮かべているところを見ると、宮田が毅然とリーダーシップを取っていることが嬉しいのだろう。
咲良と桜にとっては、宮田が咲良達の圧力に負けても勝っても嬉しいのだから、全く損のない取引をしていることになる。
啓太は、咲良さんって策士だなあ、あんな奥さんをもらったら、知らず知らず、喜んで馬車馬のように働いていそうだなあと思い、こっそりと永遠の様子を窺ってしまったのは、誰にも告げることなく、啓太だけの秘密にした。




