第五十四話 意識転移騒動
啓太は、胸に温かさを感じてふと目が覚めた。胸に誰かが埋もれている。
体の感触がいつもと違うが、すぐに永遠と分かり、啓太は身を寄せた。
永遠の微かな寝息に自分の呼吸を合わせるうちに再び微睡み、睡眠が一気に深くなる。
啓太は眠りに落ちる直前に、昼間に思い出した自宅の自分の部屋にあるペンダントのことに気がつき、あれを永遠にあげなきゃ、と思った。
啓太が目覚めると、見慣れているが少し違和感のある部屋にいた。
手には細長い箱を持っている。
周りを見回して、違和感の正体に気が付いた。ここは、自宅の客間だ。見慣れないアングルからだったので、すぐに分からなかったのだ。
あれ、何で自宅に、と気がついて、自分が沙也佳ではないことに気づく。この寝間着は美也のものだ。
がばりと起き上がって時計を見る。6時半。いつもの起床時間だ。
訳が分からずにスマホを取り出して、沙也佳のスマホに電話をする。
「もしもし、永遠? 啓太だけど、俺、何で美也になっているんだろう。」
スマホの向こうから、驚きの悲鳴が上がる。
永遠がやったのでないとしたら、何故自分はここにいるのだろう。本当に訳が分からない。
「ママ、今、原因を調べるから、取りあえず鎮静剤を用意して元に……ああ、朝ご飯の支度が間に合わない。ママ、お願い、私の振りをして朝ご飯を作って。」
啓太は、顔をしかめる。
自分の親に彼女、いや永遠のことだからきっと嫁候補、の振りをして朝食の準備? 難易度が高い。
だが、どうしようもないので了解してスマホを切ると、着替えてみのりを起こしに行く。みのりを巻き込まないと、そもそも父と母にどんな風に接していたのかも分からない。
みのりの部屋をノックして、寝ぼけ声が返ってきたところで構わずに入室する。
「みのり、何かの手違いで、俺が美也に入っちゃった。永遠は朝ご飯を作れって言ってるんで、助けて。」
隙のある格好をしていたみのりは、目の前にいるのが兄だと知って美也を一度部屋から出て行かせ、着替えてから入室の許可を出す。
昨日、永遠は肩の力が抜けてからは父母をお父さん、お母さんと呼んでいたという情報と、朝ご飯は特に決めていなかったことを聞き、朝ご飯を作るというのも永遠の思い込みかと分かりつつも、台所へ向かう。
今日は日曜日なので、両親もそんなに早く起きてこないはずだ。
冷蔵庫にあるものを確認して、だし巻き卵と鮭の焼き魚ともやしのナムルと味噌汁と浅漬けくらいにしておく。
途中で母が起きてきたので、お母さん、おはようございますと笑顔で愛想を振りまいたのは、永遠のためだ。
やがて父も起きてきて食事が始まり、だし巻き卵を食べた父が、美也さんは本当に料理が上手だな、と褒めてくれたのを、みのりと視線を交わして面白がる。和やかに食事が進んだ。
この後。みのりが永遠を地元の名所へ案内して行く予定になっていて、啓太が妹と行っても仕方が無いのだが、父母の目がある。
啓太は、出かける準備をしながら、永遠が早く元へ戻してくれることを願った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
永遠は、なぜ啓太が沙也佳から美也へ移ってしまったのかを調べていた。
自分や咲良の仕業でないことは確認している。
しかし、沙也佳を調べ、意識の転移装置を調べしていると、永遠経由で操作されたことが分かった。だが永遠にその操作をした記録がない。
では、永遠のどこかを経由して操作されたのかと調べていくと、これがよく分からない。
永遠に異物と認識されないで永遠のシステム内で活動をしている何者かがいる。
永遠は、自分にセキュリティホールがあるとの認識に焦った。すぐに美也に連絡を取り、調査を継続する。
美也からは宮田の協力を仰ぐよう指示があり、咲良が宮田を迎えに行った。
北川には、少し遅れる旨を連絡して店を開けてもらい、宮田が沙也佳の調査を終え次第、永遠が操作して沙也佳を行かせることにした。
宮田が駆け付けて調べ始め、永遠が沙也佳を出勤させて1時間の後に分かったのは、啓太が自分で転移したということだった。
啓太の脳には、永遠のデータが蓄積されている。そのデータを使ったので、永遠のシステムは啓太を異物と認識していない。厳密には刻々と変わるコードがあるのだが、啓太がそれを使いこなしている。
人間の脳にはシステムに接続するにもシステムを利用するにもその能力がないが、今、啓太には生命維持と記憶転移のために様々な機器が接続されている。
啓太は接続された機器のうちの一つ、生命維持装置の脳の状況確認をモニターするための回線が双方向となっていたのを利用して永遠のシステムに侵入して、自分でシステムに指示を出して沙也佳から美也へ意識を転移している。
常識ではあり得ないことを啓太が行っている。
そこまで分かって、モニターの回線の双方向設定を解除して初めて、永遠は啓太と交代することにした。
◇◆◇◆
啓太のリンクは今解除されている。
なので永遠から啓太へと電話があり、準備ができたので今から脳に鎮静剤を入れるとの連絡を受けて、啓太はみのりに告げて最寄りの喫茶店に入り、注文はみのりに任せてトイレへと駆け込んだ。
数分の後、星の小冠のトイレで沙也佳の体で目覚めた啓太は、トイレから出ると仕事へと戻る。
詳しい事情説明は帰ってからと聞いている。まずは仕事を終えるのが先決なので、啓太は仕事に専念することにした。
◇◆◇◆
永遠は、喫茶店のトイレで美也に戻ると、みのりに戻ったことを告げて、今日の騒動を謝罪し、調査結果を告げた。
「昨晩、家に戻ってママと寝ていたの。空きになった美也の体にママが自分で転移したのよ。」
「え? お兄ちゃん、そんなこともできるの? 」
「できちゃ拙いの。なのにできちゃったのよ。」
永遠が困った顔をして言う。何で家に帰ろうとしたのかな、そう呟く永遠に、みのりが悪戯っぽく微笑んで教えてあげる。
「あのね。お兄ちゃん、今朝、ペンダントの箱を持ってたよ。
あれ、前にアクセサリーのお店の人に恋人が絶対に喜ぶとか煽てられて、見栄を張って成り行きで買っちゃった物のはずだから、永遠ちゃんにあげようと思ったんじゃないかな。」
みのりの話を聞くなり永遠の瞳がキラキラと輝き、嬉しげな笑顔になった。
◇◆◇◆
宮田は、真綾を操作する永遠がいきなり機嫌が良くなったのを見て、何があったのかを聞いてみた。
「ママが私にプレゼントを用意してくれてた。」
にこにこと笑う永遠を見て、へえ、と咲良が羨む。
「宮田さん。ほら、永遠姉の嬉しそうなこと。プレゼントは人間関係の潤滑剤ですよ。」
宮田は、そうなんだねえ、と呟く。他人事だ。
咲良は、あまりせっつくのも嫌われるかもしれないと、それ以上言うのを止め、溜め息を吐く。
だが、意外なことに、宮田はポケットから可愛らしい髪飾りを取り出した。
「咲良さんのアバターは、今、中学生だから、指輪とかできないしさ。
似合いそうかな、と思って買ったんだ。こんな物で悪いけど……」
咲良は、顔を紅潮させて、うんうん、と頷き、花咲くような笑みを浮かべた。
◇◆◇◆
啓太が星の小冠から帰り、美也も来て、何があったかの説明が行われた。
「え、俺、そんなことができるんですか。」
啓太の問いに、美也が答える。
「できるらしいよ。でも、それを無意識でやったところに問題がある。
制御の仕方が分からないなら、むしろ使ってもらったら困る。
今回ケータが使った回路は塞いで、もうできないようにしておいたから。」
啓太は、美也の話を了解した。
「で、ここからが重要な話なんだけど。」
美也の発言に、啓太が頷く。
「そのペンダント、永遠にだけあげて、私にはないのかな。」
「あ、あれは高校の時に見栄で買った安物なので、二人にはちゃんとしたのをプレゼントします。」
啓太は狼狽え、改めて二人にプレゼントを贈ることを約束をさせられた。




