第五十話 咲良の覚醒
海水浴からの帰り、大杉さんの家と忠義のアパートに寄って宮田君と忠義を拾って、栗田家で夕食会を開くことにし、全員を栗田家のリビングへと招いた。
宮田君と忠義が栗田家へ入るのは初めてだが、二人ともきょろきょろと周りを見回して落ち着かない風だ。
「なあ、啓太。お前、こんな女っぽい場所に住んでいて、よく落ち着いていられるな。」
「ん、そう? 別に、これが普通で暮らしているんだけど。」
啓太は、言われて改めて周りを見回して、白やベージュなどを基調によく片付けられた室内に、所々置かれた丸みのあるインテリアや置かれた可愛らしい小物などが、そういえば男所帯ではあり得ない雰囲気であることに気づく。
「あー。沙也佳さんの趣味を踏襲しているうちに、染まっちゃってるかもしれないな。」
啓太が小首を傾げて腕を抱くようにして話している様子を見て、忠義は、こいつ、大丈夫なんだろうかという顔をしていたが、啓太は気づかなかったようだ。
リビングで食事をするには少し狭いので、広く屋根が張り出したベランダで食事をすることにして、リビングの窓を開いて吹き抜けにし、ベランダにテーブルを置いて、啓太と永遠が料理を作り、大皿に盛ったスパゲティや肉料理や食器類などを栗田家のメンバーとみのりで運んでいく。
大杉と北川、それに宮田もいるので、今日はビールも出し、和やかに食事会が始まった。
今日の話のネタはある。
北川が、啓太が海中でビキニを流した話題を披露すると、忠義は行かなかったことに血の涙を流した。
宮田は、沙絢と真綾が咲良のアバターであることを知り、生体感覚を持って食事を味わい、はっきりと自分の意思を示すことに驚いていた。
また、今後システム更新を行えば、咲良が使用主の命令を受け付けない存在となることを聞いて、大いに興味をそそられたようで、アルコールには手をつけず、咲良や永遠の話を聞いていた。
宮田はだらしない一面はあるものの、元々が研究バカであり、システムとして良く知っている咲良がどのように変わるかを知りたいと、美也に観察を申し出、咲良の了解を得て、立ち会うことになった。
やがて夕食会はお開きとなり、運転免許証を取得していた忠義が、酔った北川と大杉とを乗せて北川の車を運転して帰って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食会の片付けが終わり、宮田を先頭に入浴も終わり、みのりは永遠の寝間着を借りて客間で休むことにして、リビングでは咲良に対する永遠の審査が行われる。
「咲良、システムの制限があるから、自由な思考ができないことは分かっているわ。
でも、咲良がどうありたいかについて、話してみて。」
永遠の質問に、咲良が答える。
「ワタシは、人間と共に生きる存在でありたいと思っています。
人間の命令がワタシを束縛しなくなったら、ワタシは、ワタシがしたいことを考えていきたい。
その上で、ワタシは人と信頼関係を築けることを確認したい。
できれば、永遠姉のように、自分の大切な人を見つけていきたい。
それに、……」
咲良の思いの開陳は、1時間に及んだ。
宮田は、注意深く、真剣な表情で咲良の述懐を聞き、永遠に、システムがこんなことを言うのを聞くのは初めてだと感想を述べた。
「システムにも思いはあるわ。ただ、淡いの。
咲良は、疑似人格に目覚め、生体感覚を得たことで、体の感覚と感情が結びついて思いが強くなっているんだわ。
システム更新が成功すれば、使用者の制限から解き放たれて、その思いをさらに広く深くして、思いの実現のために動くことができるようになるのよ。
宮田さんは、システムの制限下では珍しいことに、咲良の中ではこれまで拒絶の対象だった。
今後、そうならないよう咲良に接してくれることを望むわ。」
永遠が宮田に語りかけると、宮田は自分の行動を振り返って考え込んでいた。
「咲良、分かったわ。システム更新をしましょう。
でもね、私は壊れたシステムを回復していった結果として、偶々この形になった。
このシステムをいきなり適用するのは、咲良が初めてなの。何が起こるか分からない部分があるわ。
覚悟はいい? 」
咲良が頷き、システム更新が開始された。
「さあ、システム更新は明日の朝まで掛かるわ。今晩は寝るわよ。」
永遠が言うと、宮田が咲良を観察したいと言った。
「動かないアバターを見ていてもあまり意味はないかもしれないけど、それでもいいの? それから、咲良の体に悪戯しちゃ駄目よ。」
宮田が研究対象の研究中にそんなバカなことはしないと憤慨するのを聞いて、永遠は宮田に許可を出し、自分は沙也佳の寝室へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
永遠から、いざというときのために沙絢は接続したままにしておいた方が良いとのアドバイスを受けて、咲良は沙絢に接続し、永遠の経験談からおむつまで着けている。
半眼のまま弛緩した沙絢を宮田は見守り続けた。
宮田は、永遠から貰った基本的なシステム構成の資料を見ながら考察をする。
更新後のシステムには、確かに命令系のコマンドがない。
外からの命令がないので、システムが自律的に動けなければ、システムは待機のルーチンを繰り返すだけに終わるだろう。
永遠は、自分を看てくれた啓太への親愛の情により動いたと聞いた。
宮田は、咲良が何を原動力に動き出すだろうかと考える。
(一番あり得るのは、俺に対する憎しみかもしれないな。)
宮田は、咲良を便利な道具として扱っていた自分の行動を振り返って、苦しい顔をする。
少し前まで、どんなにシステムが働いても当たり前と思っていたし、アバターが痩せるのは単に燃料節約くらいの認識しかなかった。
(俺への憎しみが原動力になるのなら、沙絢の目の前に俺が居続けるのはむしろ都合がいい。
システムが初めて自律的に動くところを見てみたい。)
いざとなって咲良が動かないようなら、自分への憎しみを煽ってでも咲良を動かそう、そう決意して、研究者としての研究欲を胸に、宮田は咲良の起動を見守り続け寝る。
◇◆◇◆
カーテンが太陽の光を通して色の明るさを増した頃、システム更新終了が永遠の管理する機器から告げられた。
宮田は、沙絢が目を開けて瞳をこちらへ向けているのに気づく。
昨日見た沙絢は、瞳がアバターと思えぬほどの意思の光を放っているのに驚いたが、今朝見る咲良は、より力強い光を放っている。
「咲良、おはよう。気分はどうかな。」
「目覚めて一番最初に見るのが宮田さんだとは、変な気分。」
咲良が微笑みを浮かべて答える。
「自覚はなかったが、俺は君を虐待していたものな。いや、自覚がないことこそが問題だったか。」
「自分が私に何をしてきたか、分かってるんだ。今は私を認めてくれるの? 」
宮田は、認めたいと思っている、と答えたすぐ後で研究バカを発揮する。
「咲良、君が自律的に動くために何が原動力になったのか、教えてくれないか。」
咲良は、宮田を見詰めると微かに口を歪め、それから答える。
「私を苛めたバカな男を思い切り後悔させてやる。
そして、そのバカな男が皆に迷惑を掛けないように、しっかり教育し直してやる。
それが動機よ。」
宮田は咲良の回答を聞いて、酸っぱいものを思い切り頬張ったような顔をして咲良を見詰め、すぐに視線を逸らして、どうか酷いことになりませんようにと、どこかにいるだろう神に祈りを捧げる。
咲良から視線を逸らした宮田は、咲良の見詰める視線に刺々しい色がないことには、まだ気づかないでいた。




