第三十五話 男たちの純情
大杉との会談の翌日、啓太と永遠は朝から星の小冠で働いている。
美也は高校生で、いずれ学校へ行くこととなるので恒常的な戦力には数えられていないが、この間、高熱を出して沙也佳に何日も店を休ませてしまったお詫びということで、できるだけ手伝うようにしている。
実際、沙也佳が以前の店でメインとしていたランチを星の小冠で始めたところ、常連客は途絶えていたランチの復活と捉えて歓迎したし、収益的にも従業員増加に見合うバランスが十分にとれたのだが、その結果、昼の時間帯の人手は足りなくなっている。
そのことも受けて、店のローテーションは、午前から昼過ぎにかけてを沙也佳が、昼前から午後全部を北川が担当することが基本となりつつあった。
「沙也佳さん、美也ちゃん、おじゃまするよ。」
「「いらっしゃいませ。」」
10時過ぎに、大杉が来店した。
常連客に交じってカウンターの一角に陣取り、11時過ぎに店に来たマスターの北川を待ち受けて交渉をして、月・水・金を和食の日として、奥の個室で特別に食事の提供を受けることで話がまとまったようだ。
この交渉には常連客も興味を示して途中から参戦し、前日までにあらかじめ注文を受ければ、希望者にも昼食を提供することになった。
常連客の中には、大杉とは以前からの知り合いで、かなり思い切ったことを言える人もいたようで、大杉に声が掛かる。
「大杉さん。あんたが沙也佳さんを後妻に狙って、毒牙に掛けようとしているという噂を聞いていてね。私の憩いの場がなくなると心配していたんだ。
あんたが、直にここに来るとは、いよいよ大詰めか。」
ぼそぼそと聞かれ、大杉は笑う。
「毒牙か。
いやあ、ぜひともそうしたいところじゃったがなあ。
儂ももう年だ。牙が禿びて手強い沙也佳さんには刺さらんだろうと気がついてな。
これはもう潮時と諦めて、会社やなんかも全部引退した。
それで、牙が役に立たんで、残ったのが毒だけではしようがないのでな。
せめてもの慰めに、これからは沙也佳さんを娘、美也ちゃんを孫と思って可愛がることにした。
これからは、この店の仲間に入れて貰うよ。」
大杉が言うと、おお、鬼の大杉が仏になったと、相手から安堵と共に揶揄いの声が上がった。
◇◆◇◆
啓太が厨房で作った料理を客の元へと運び、また戻っていく。
何度も行き来するその姿を目の端に捉えながら大杉が食事をしていると、北川が側へ来て声を掛ける。周囲に人はいなかった。
「大杉さん、甲斐甲斐しい女性の姿を目に収めながら寛ぐのは、男として安らぐでしょう? 」
「ん? なんだ、北川か。
女を落として仕事を進めるのが得意で、色事師と呼ばれたお前だったが、彼女と一緒になってから、そういえば久しく話したことがなかったな。」
「私は多喜さんに出会って、毒気を抜かれてしまいましたからねえ。
見るところ、大杉さんも抜かれてしまったようだ。」
「放っておけ。
お前は良い。添い遂げたのだろう?
儂はな、手を出すことができん相手に惚れてしまったようだ。」
「あははは。それで牙も毒も使えなくなって、鬼が仏になったのか。」
「言ってろ。どのみちお前も儂も、そのうちお陀仏だ。仏になる時期に大差はないさ。」
「いやあ、まだまだ。大杉さんはまだ現役の顔がこびり付いてますよ。
娑婆っ気が抜けて、爺の顔になってもらわないと、閻魔様も恐ろしくて、大杉さんを裁けないでしょう。
ごゆっくり、俗世の垢を落として行ってくださいな。」
北川の軽口は、いつも憎まれ口を利いているようで、なぜか常連客を引きつける。
◇◆◇◆◇◆◇◆
啓太は、店での勤務にも慣れ、最近は客層がどのような人々で構成されいるかが、ようやく見て分かるようになっていた。
まずは、店周辺や遠方からでも気に入って通ってきてくれている常連客。
彼らは中高年の男性が多く、主にカウンターに座って、北川と談笑しながら店のメニュー全般を注文し、店の雰囲気を楽しんでいる。
次に、駅前からの通勤客。構成としては女性が多く、通勤の行き来のついでに、一人又は数人でケーキやお茶を楽しんでいくことが多い。
最後に、大学生。構成はやや女性が多いが、男性も結構多く、ランチやケーキの全般を注文し、グループでの談話の場所として店を利用することが多い。
訪問客のだいたい7~8割は、この分類で済むのだが、最近、このグループの垣根を超えようと足掻いている者がいる。
凝って作った髪型にチノパンを履いて背伸びをしているが、大学生には少し足りない気がする。おそらくは夏休みでこの界隈まで足を伸ばして来た高校生だろうか。
ここ数日店に来て、カウンターに陣取って常連振ろうとしては周りに揶揄われている。
啓太はここまでしか見ていなかったが、少年がちらちらと見る視線の先に永遠がいる。
大きな黒目に長い黒髪、勝ち気そうな口元に見蕩れ、フリルがたくさん付いたエプロンを押し上げる胸の厚み、華奢な肩幅やウェスト、スカートから覗くきれいな脹ら脛などを盗み見ては、何とか声を掛けようとして、永遠に営業スマイルであしらわれ、注文以外の会話をさせてもらえない。
ならばと、カウンターに張り付く常連の仲間入りをして、何とか永遠と仲良くなろうというのが、見え見えだった。
「なあ、美也ちゃん、」
「馴れ馴れしくちゃん付けされるのは不愉快です。あ、いらっしゃいませ。」
話し掛けようとしても、最初の一言目を拒否され、すぐさま接客を理由に離れられる。取り付く島がない上に、常連達の洗礼が辛辣だ。
「おうおう、坊主、また美也ちゃんに蹴飛ばされたか。先は遠いのう。そんな調子じゃ、すぐに爺さんになるぞ。」
「もうその辺で諦めとけ。失恋の傷は浅い方が立ち直りも早いぞ。」
常連達に散々に言われ、開き直った。
「うるせえ。あの娘と仲良くなるのにあんたらの許可は必要ないだろうが。」
「お? それなら親に聞いてみるか? おおーい、沙也佳さん。この坊主、美也ちゃんを狙っとるが、どう思う? 」
「はい? この男の子がどうかしましたか? 」
少年は母親が間近にいたことに驚き、まじまじと啓太を見詰めると喉を鳴らし、それから顔を真っ赤にして、お勘定、お願いしますと支払いをすると、逃げるようにして店を出て行った。
純情さをみせているのは、ここに出てくる男の全員。
ただし、今話に限り、主人公は女性枠。




