第三十一話 仕切り直し
「ねえ、みの。私、やっぱり明日帰らないと、沙也佳さんたちにご迷惑だよね。」
「うーん。私がここにいるのも、お兄ちゃんの妹だからってだけだからね。
あんまり好意に甘えすぎるのも、お兄ちゃんの負担になるのかも。」
客室で、環がみのりに相談している。
環が、そうか、みのりは将来の親戚枠なんだと言うと、みのりが、まだ分かんないよ、と笑って答える。
「それにしても、美也ちゃんも沙也佳さんも凄いなあ。
美也ちゃんは私たちと同じ高校1年生で、もう彼のアパートの鍵を持っていて、お母さんの沙也佳さんもそれを認めているんだもの。
美也ちゃん、お母さんの人を見る目は確かだって言ってたでしょ。
お兄さん、まだ未成年なのに、沙也佳さんに大事な一人娘を任せてもいいと思われるくらいに見込まれてるんだ。
あーあ。私、3月までに何としてでも、お兄さんに会っておくべきだったなあ。」
「まだ言ってる、何でそんなにお兄ちゃんが気になるの。」
みのりが、啓太に関しては環の暴走が止まらないことを不思議に思って環に聞くと、実は、と環が教えてくれた。
「へえ、男性の匂いかあ。ってことは何?
環がうちに毎日来ていたのは、お兄ちゃんの匂いを嗅ぎに来ていたの。
それ、ヤバい人に聞こえるんだけど。
ひょっとして、匂いフェチ?」
「匂いフェチ言うなっ。」
2人が雑談をしているとノックがあり、お風呂どうぞ、と沙也佳から声が掛かる。
先ほど、お風呂に一人ずつ入ると時間が掛かるので、みのりと環、沙也佳と美也で別れ、入れ替わりで入って欲しいと話があったのだ。
環には、沙也佳と美也が一緒にお風呂に入ると聞いて、みのりが慌てていたのが不思議ではあったのだが。
「ねえ、みのり。ところで、こういうものがあるんだけど。
これ、美也ちゃんに渡しても良いかなあ。」
環がキャリーバッグから着替えを出すついでに、何やら小さい包みを出してきた。
「え、何これ?」
みのりが環の出してきた包みに、不思議そうな顔をすると、環が顔を赤くして目を逸らしながら、避妊器具、と答えた。
「はあ!? なんでそんなものを環が……。
ちょっと待って。
た・ま・き。
これ、どうするつもりだったの。」
「だ、だって、私の中では、お兄さんに捧げることは想定していたことだったし。
でも、デキちゃったら、絶対にまずいじゃん!
だから私、身を守るためにって必死で考えたんだよっ。」
顔を真っ赤にしてオタオタと手を振りながら説明する環を睨みながら、みのりは言う。
「で? これを美也ちゃんにあげて、どうするつもりだったのかな? 」
「だって、美也ちゃん、お兄さんの恋人で家の鍵だって持っているんだから、当然、してるよね。
だから、美也ちゃんに上げたら喜ぶよ、ね? 」
「美也ちゃんの家へ、非常識とふしだらを持ち込むなっ!!
環、それ、美也ちゃんに1コでも渡したら、絶交だからね。
いい? 沙也佳さんは女親だよ。
当然、そこら辺はきっちりと見てるはずよ。
沙也佳さんがお兄ちゃんを認めてるっていうことは、2人は清いお付き合いをしてる、そういうことでしょうがっ。」
環はみのりに叱られてしょんぼりとしている。
みのりは、内心、沙也佳と美也の件で嘘を吐いたことを自覚しながらも、世間の常識を外していないからこれでいいと確信していた。
「だいたい、環。何でそんなにお兄ちゃんと関係を持ちたがるのよ。
そういうキャラじゃないでしょう。」
「だって、本能が教えてくれる運命の人だし、結ばれたらみのりのお義姉さんになって、みのりと一生のお付き合いが確定するし……」
「あのね。そうだとしても、15歳の女の子がテンパって、相手も見ないまますることじゃないでしょ?
私たちは、女の本能が目覚めてそんなに時間が経っている訳じゃない。
今後、もっと相性のいい人がいるかもしれないよ。
そのとき、本能がこっちのほうが良いって言ってるって、また騒ぐの?
ないでしょ。
大丈夫。焦らなくても、いい人はいるし、環と私は親友だから。」
環は、黙り込んでいたが、やがて、うん、そうだね、と言って笑った。
「で、環。話は戻るんだけどね。
その包み、明日、きちんと全部、持って帰るのよ。」
みのりの命令に環が悲鳴を上げる。
「そんな! こんなの、1コだって私が持ってたら、家中大騒ぎだよっ!! 」
「うん。だから、それを人に押しつけないで、全部持って帰ろうね。」
みのりのもっともな指示に、環は泣きそうな顔をしながら、この爆弾をどうやって処分しようかと頭を悩ませ始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、環は啓太たち3人に見送られて帰って行った。
環の頭の中では、キャリーバッグの中の爆弾を、古くなったぬいぐるみの中に詰めて処分することで計画が固まりつつあったのは余談だ。
「あーあ、疲れた。環があんなに暴走したの、初めてだったよ。お兄ちゃん、ごめんね。」
啓太が、はいはい、と受け流した後で、大学で忠義に会ったときも大変だったらしいなと話を切り出す。
「そう、酷かったんだから。
でも、忠義さんだっけ、お兄ちゃんのお友達、あんな人だったっけ。」
「ああ、あれなあ。あいつ、年上の女の人が好きなんだよ。
女に免疫がなかった分、もう一直線でしつこくてさ、困ってるんだ。」
みのりが、うわあ、マザコンかあと呻く。
啓太とみのりの間には永遠が立ち、2人の腕を抱いて楽しそうに会話を聞いている。
「えっと、美也ちゃん?
お兄ちゃんの腕に、その、当たってるよ?」
「永遠って呼んで。美也はこのアバターの名前で、今、私が使っているの。
それから、ママの腕に胸が当たるのは、全然問題ないから、気にしないでいいよ。」
みのりが、へえ、そう、永遠ちゃん、よろしく、と挨拶をしながら啓太を見る。
事情説明が欲しそうだ。
「ああ、そうか。この間とは、だいぶ違ってるんだ。
一度、家に帰って話そうか。」
啓太は、前にみのりが来たときとは違ってしまったいろいろを話すために、車へ戻り家へ帰ることにした。
◇◆◇◆
「まず、俺と永遠のリンクのことを話しておかないといけないんだけど──」
啓太が、リンクについて、ひととおり話すと、みのりが驚きながらも納得の表情をする。
「お兄ちゃんが、いきなり料理のプロになってるのって、それが原因かあ。
いいなあ。体で覚えるってよく言うけど、達人に直接体を操作して貰って、微妙な加減なんかを、直に覚えるんでしょ。
しかも、覚えている最中も、ちゃんと仕事になっている訳だし。
あ、車の運転もそうなんだ。
知らなくても何でもできるって、無敵じゃん。」
「仕草を体で覚えるのはそのとおりだけど、真剣に問題意識を持ってやらないと、ただ漫然と動くだけになるの。
ちゃんと覚えて、悪いところを少しずつ改善していけるママが凄いんだよ。」
「ふ、ふーん。ねえ、永遠ちゃん?
さっきも聞いたけど、何でそんなにお兄ちゃんにべったりとくっついているの?
それにママって──」
永遠は、んふふーっ、と満足げに笑うと、説明を始める。
「永遠は、TOWUA-SAMというシステムなんだけど、疑似人格を獲得してママに永遠っていう名前を付けて貰ったの。
でね、疑似人格を深めようとして失敗して、この間、システム崩壊しちゃって、自力で回復できないところまで壊れちゃってた。
たまたま最後に美也にリンクしてて、ぼおっとしてたら、ママが助けてくれたの。
ほら見て──」
永遠のホログラフによる映像再現と詳細な説明が始まり、恥ずかしさに耐えられなくなった啓太が何度も妨害しようとしたが、まず永遠に、それからみのりにも叱られて部屋から追い出された。
リビングはちょっとした映画の上映会のようになって、その上映時間は1時間半に及んだ。




