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第二十話 ウォーター!

少し長いです。

「啓太様、いきます。よろしいですか。」

 美也を操作する永遠が啓太に声を掛けて、リンクするための確認をする。

 啓太がオーケーを返すと、永遠はリンクを開始した──のだが。

「啓太様、啓太様! ちょっとストップです! 」

 リンクを始めてすぐに、珍しく永遠が大声を上げた。

「あの、啓太様。接続した瞬間から、何か、データとして処理できないものがたくさん、ワタシを襲い始めました。これは一体、何ですか。」

「データでないものって? 」

「……分かりません。とにかく、経験のしたことのない、何かです。

 ……足や体や指の動きに連動して伝わってくるそれぞれの信号ですが、ワタシがこれまで扱ってきたデータに分類されるものではありません。

 でも、それが来ると無視できなくて、説明がしにくいのですが、ワタシのシステムの安定に干渉してくるような、こないような……」

「……皮膚感覚が伝わっているんじゃないの?」

「感覚? これが、感覚ですか? 」

「………データと比較してみればいいんじゃないかな。」

「ああ、そうですね。もう一度、リンクします。」

 永遠がリンクを再開してしばらくして、永遠の操作する美也が声を上げた。

「本当です!

 風の流れや布や指の接触面の位置や面積のデータと、伝わってくるものが一致しています。

 これが、生物の感覚なんですね。」

 美也から、呆然とした声が漏れてきて、沙也佳の指を開いたり握ったりして感触を確かめている。

 啓太は、それではとテーブルの水差しを取り、手を皿の上に差し出して手の上に水を流し、次にコップへ水を入れて飲んでみる。

「永遠さん、どんな感じ?」

「これ。これが水に触れる感触に、水を飲む感覚。

 すごい。すごい、すごい。すごいです!」

「永遠さんは、俺とリンクすることで、生き物の感覚を手に入れたんだね。」

「そうだと思います。

 啓太様の脳の各部に回線を張って、啓太様の脳内で認識する信号を取り込んでいますので、啓太様の脳内の各部で処理して感覚として変換された信号を、ワタシも生体感覚として取り込んでいるんだと思います。

 数値化して操作するのでなくて、直感的なインターフェイスとして操作する、それが生き物なんだって、今ならよく分かります。」

 永遠は、感覚というこれまでと異なる新しい分野に触れて、深い感銘を受けているようだった。

「でも、ワタシは、直感的なインターフェイスなんて、使ったことがありませんから、これは慣れるのに少し時間が掛かりそうですね。」

「じゃあさ、永遠さん。まず、永遠さんが感覚を体験するために、今日はできるだけリンクをしたままでいようか。」

「はいっ。ぜひお願いしますっ。」


 この日は、啓太が男性型アバター騒動で2時過ぎまでいじけていたせいで、もう時刻は4時に近い。

 永遠は、感覚という概念を理解したばかりで、実際に、何がどういう感覚を伝えてくるのかも分かっていない。

 今日は、出掛けるよりも家の中でいろんな感覚を一つずつ教えていくのが良いだろうと、啓太は、触覚、温感、冷感などを物質の形状ごとに経験させ、腕を軽くつねって痛みを感じさせたりしてみた。

 また、夕食の時間が近づいたので、台所へ行って、塩、砂糖、酢、醤油、みりんなどを舐めて味覚を教える。

 永遠は、こしょうを舐めて顔をしかめ、粉末が鼻に入ってくしゃみがでるのをびっくりしながら喜んでいた。

 沙也佳と美也で協力して料理を作り、油の匂いや香辛料の匂いに、また香辛料の匂いを嗅いで鳴ったお腹が減るという感覚に、いちいち興奮してきゃあきゃあと騒いだ。


 そして、料理の準備ができ、美也のアバターを本来の使用者へ譲る時間が近づいているのだが……

永遠が美也を操って、沙也佳の腕の中にすっぽりと収まり、抱き付いて離れない。

「人の温もりがこんなに気持ちがいいなんて、経験するまで分かりませんでした。」

「いや、夏だから暑いでしょ。」

「人肌の気持ちよさがよく分かるように、温度調整しました。だから、ほら。」

 永遠は、啓太と共有する感覚で、より気持ちがいいように美也を操って密着させ、耳元で囁くと頬をすり寄せてくる。

 それは、啓太にとっても気持ちがいいのだが、性的な意味では、よろしくはなかった。

 美也が沙也佳の横に座り、体を捻りながら胸と胸を合わせるように抱き合い、沙也佳の首筋に沿って美也の頭が触れて頬と頬が密着している。

「永遠さん? 俺、また暴走するかもよ?」

 啓太はもぞもぞと身を(よじ)って、美也から伝わる体の感触や漂ってくる甘い匂いを我慢しながら懸念をストレートにぶつけてみるが、永遠は、あと少し、もう少しだけと一寸伸ばしにして、なかなか言うことを聞かない。


 そのうちに時間が来て、あー、残念です、という言葉と共に美也から永遠の接続が解除され、入れ替わりに本来の美也が接続された。

「ふうっ!? え、何、ケータ、まだおかしいままなの? え?、え?、ええっ? 」

 接続していきなりの密着ハグ状態にパニックになった美也が、顔を真っ赤にして暴れるが、啓太は両手をバンザイして落ち着くよう求めた。

「な、な、何事なのっ。」

 美也は顔を真っ赤にしたまま、視線を啓太から外してあちこちへとやりながら、啓太に説明を求める。

 啓太は、実は、とこれまでの経緯を話し、永遠が先ほどまで人肌の感触と温もりに夢中になっていた状況を伝える。

「永遠、あんた、なんて羨まし…、あやや、は、は、恥ずかしいことをやってんのよっ!」

 美也が永遠を叱ると、ホログラフの永遠が現れ、

「すみません。でも、本当に気持ちいいんです。」

と、謝罪とも弁解とも取りがたい言葉を口にする。


「ま、いいわ。ケータ、それよりご飯よ。」

 美也は、食欲を優先することにしたようだ。

 食事の間中、啓太が口へ物を入れる度に伝えられる味覚に感動した永遠が、興奮したテンションのまま、ホログラフでひっきりなしにしゃべり、

「あ。甘くて、しょっぱくて、ピリッとして、バランスがすごいですっ。ご飯は淡泊だけど、噛む度に甘みが出てきて……これが、おいしいっていうことですかっ。」

などと、うるさいことこの上なかった。  


◇◆◇◆


 食後、お茶を飲んで一服しているとき、永遠から美也に提案があった。

「美也様、お願いがあります。

 現状では、ワタシは、啓太様とリンクしないと感覚の経験値が積めません。

 それをカバーするために、美也を使いたいと思います。

 アバターには、人とシステムが使う遠隔操作機能の外に、アバターの脳に人の記憶を移植して、人が直接操作する機能があります。

 アバターの脳に、啓太様に行ったと同様の配線を行えば、啓太様の脳を介してでなく、ワタシが美也を操作することができると思います。

 美也の脳に施術する許可をいただけないでしょうか。」

「アバターの脳は、中身がクリアなんだから、永遠が配線しただけでは使えないんじゃない? 」

 美也が指摘すると、永遠はしばらく考え、躊躇しながら、

「大脳については、クリアな方が良いと思いますが、それ以外については、啓太様の脳の状態をコピーして、自律神経や運動能力などを獲得することができるのではないかと思います。どうでしょうか。」

 美也は、考え込み、

「もし失敗しても、私が美也を使うのに支障は生じないよね。」

と確認した上で、永遠に許可を出し、永遠は、早ければ明後日には稼働できると伝えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「啓太様、用意ができました。」

 夜、永遠が、ゴーグルと板に固定されたジョイスティックのようなものを持って、啓太のところへやってきた。

 聞けば、啓太の不満解消用の装置だという。

 どうするのかと聞くと、永遠が啓太にゴーグルを被せ、詳しく使用方法の説明をしてくれる。

「啓太様が装置の使用中に女性の体を認識してしまうと、その、後々、体のあり方に違和感が残ったり、女装が癖になったりと、いろいろと後で問題が生じる可能性があります。

 ゴーグルを装着することで、啓太様は沙也佳の体の感覚から切り離されて、ゴーグルの中のバーチャルな男性の体しか認識できなくなります。ただ、右手はリンクが解除されていないので……」

 啓太は、使用方法を理解した。

 理解はしたが……

「永遠さん? なぜ、横で見ているの? それに、リンクを解除したって言う話、まだ聞いていないよね? 」

 永遠は動揺しながら啓太から視線を背けると、

「え? そ、そうでしたっけ? あはは、おかしいですねー。」

と誤魔化そうとする。

(生体感覚を覚えてから、永遠さんが急速にポンコツになっていく……)

 啓太は目眩(めまい)を感じて目頭を押さえると、

「永遠さん、夜の間は、沙也佳の部屋へは侵入も接続も観察も、とにかく全部禁止です。

 それから、リンクの有無が俺に分かるように何か方法を考えてください。

 もちろん、今晩、今以降の沙也佳とのリンクは禁止ですからね。」

 啓太が言うと、永遠が、そんなあ、とつまらなそうに言うが、啓太は美也の体を強引に押して、沙也佳の部屋から追い出した。


 ……

 …………

 啓太は、久しぶりに、穏やかな気持ちで眠ることができた。



サブタイトルの意味は、ヘレン・ケラーのお芝居の有名なあれです。

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