第二話 勇者たちの戦いの序幕
乱痴気騒ぎが最高潮の海豚亭のウェスタンドアが開き汚いフードマントを被った男が入ってくる。
「いらっしゃーい。空いてる席へどうぞ〜」
入り口付近をジョッキを下げながら歩くミーヤが声をかける。
不衛生、と呼べるほどのフードであったがミーヤも客も気に留めた様子はない。この店にはよくある風態だ。
すでに出来上がった酔っぱらいの群れをスルスルと誰にも当たることなく人混みを抜け奥の4人の座る席へと一直線に向かう。
自分の皿の上の食べ物に専念している3人、盛り皿の残りカスをかき集めている一人を前にフードの男は進み出る。
4人は食事の手を止めずにフードの男に視線を送る。
身丈は程よく長身。フードのせいで体格は定かではないががっしりしていると思われる。
剥き出しの二の腕は逞しく鍛え抜かれたものだと誰がみてもわかる。
「やぁ、ヘタレくん。久しぶりだな。元気そうでなによりだ。」
小太りの男は食べるのをやめ、目を細めていやらしい笑みを浮かべてフードの男に話しかける。
「僕の名前はヘンリー・タレットだ。へんなあだ名にしないでもらいたいな。」
体格に似つかわしくない少し高音の声で男がまだ若いことを示している。
男はフードをまくり上げ語気を荒げながら答えた。
伸び放題でパサパサになった髪は赤に近い茶髪。いかにも誠実そうな顔立ち。優しさを感じられる目元は今は少し怒りでぎらついている。長旅だったのか顔は日焼けなのか汚れなのかわからないくらい黒ずんでいた。
カリスマ性という言葉を纏ったその雰囲気は「勇者」、その言葉が思わず口にでてくる風貌だった。
「僕の神聖剣、返してもらおうか。あれは君らには必要ないものだろう?」
ヘンリーは男たちに詰め寄る。
小太りの男はニヤニヤ顔のまま大げさに両手を広げ身体を反らし
「はっはっはっ!返す条件は言っただろう?
同等の剣を持ってこい。と
そしたらまた「賭け」に乗ってやる。とね」
芝居がかった喋り方で男は楽しそうに答える。
ヘンリーは手を腰の後ろに回し一本の剣を取り出し男たちの前に掲げる。
「魔神剣ハヴォールだ。神聖剣にはやや劣るが
ブランディナ迷宮の最深部に安置されてた一本だ。これなら問題ないだろう」
ヘンリーは鞘から剣を抜いた。抜かれたその剣身は真っ黒でまるで光を吸収してるかのようだった。さらにユラユラと揺らめく陽炎のように周りの空気が湾曲している感がある。
4人はそれを見てテーブルの上で顔を近づけヒソヒソ話を始める。
サマジ「おい、あれ見たか?なんかやばそげな剣じゃね?強そうだぞ?」
コマシ「いやー。あれはすごいね。妖気っていうの?ああいうの。出てるよ。なんか出てる。」
小太り「あれ、売れるのか?持ったら呪われそーだぞ!!」
メガネ「仮にも勇者様の装備だぞ。呪いはないだろう。苦労して持ってきたみたいだし高値はつくんじゃねーの?」
チラチラヘンリーの方を見ながら男たちはコソコソと話続ける。
それを少しイライラしながら見ていたヘンリーは
「早く決めてくれないか。僕は神聖剣をかえしてもらえるならなんでもいい・・っうがっ!!」
ゴスッといい音がしてヘンリーの頭に何かが突き刺さる。そのままヘンリーはへんな声を上げて蹲る。
持っていた剣が手から落ちる。
ヘンリーの後ろには高身長のスラリとした女性
、アルフィナがお盆を縦に持って立っていた。
長い赤い髪のポニーテールを揺らし、切れ長の鋭い眼、愛想のないぶっきらぼうな表情、すらりとした顔立ちの女性。目を引くのはやはり給仕の少し短めのスカートから出ている脚線美。その手の趣味のものなら「一度は踏んで欲しい」と望みたくなる逸品である。
「お客さーん、当店では得物の抜刀は硬く禁止しておりまーす。気楽に抜かないでくださいねー?」
アルフィナは淡々とドスの効いた喋り方でうずくまるヘンリーを見下ろす。
その視線はその手の〜(以下略
彼女はふと落ちた剣に目をやる。
「お、こりゃなかなかの業物じゃん。」
彼女は魔剣をおもむろに拾い上げ剣を眺める。
「ホゥ。その剣は呪われたりはしないのかね?」
いつのまにかアルフィナの後ろに移動した小太りが両手をワキワキしながらにじり寄っていく。
「まぁ魔剣のようだが呪いはなさそうだな」
彼女は剣を値踏みしながら近づいてくる小太りの足先をハイヒールで踏みつけ、グリグリする。声にならない悲鳴を上げて悶絶する小太り。
「うん。いいものだな。こりゃ。なんでも殺れそうだ。」
一通り剣を愛でるとうずくまるヘンリーの足元に落ちた鞘を拾うと剣を鞘に納める。
「いいかー。店に無許可で剣を抜くなよー。あとオメェは不用意に後ろから近づくなと何度も言ってんだろ!」
納めた剣の柄で後ろの小太りのみぞおちに突きをくらわしてからヘンリーに剣を渡す。もう一度踏んでる足に体重を乗せるとアルフィナは仕事へ戻っていった。
「ありがどゔございましだぁ」
へんな声を小太りは出す。至福。
そこにビールを持ってきたミーヤが現れテーブルに置いてコマシを避けるようにそそくさと戻っていった。
コマシは声をかけそこねうなだれる。
「さて、アルのお墨付きなら大丈夫だな」
メガネの男は眼鏡を押し上げニヤリと笑った。
痛みでのたうちまわっていた小太りがゴホゴホと咳き込みながら立ち上がりふらふらと席に着く。
「いいだろう。ゴホッ、そいつで掛け金は手を打とうじゃないか。さて何での勝負とするかね?」
性格の悪そうな笑みを浮かべながらテーブルの上で腕を組む。
「あっち向いてほい、とか?」
何も考えなしにコマシが呟く。
「それはつまらんだろう。あ、あれだ。「さいしょはグー」でどーよ?」
サマジが閃いたという感じで言う。
「それだ!!シンプルでいいじゃあないか!!」
小太りはテーブルを叩いてサマジを指さす。