第一話 深淵の海豚亭に巣食う勇者たち
ソルディアム
誰がそう呼んだのかは誰も知らない。
だが誰もがその世界を「ソルディアム」だと知っている。
そんなソルディアムの8つある大陸の一つ
「ミリガン大陸」
北方3分の2を魔王率いる魔人軍が支配する大地。
そして大陸の南側には正義と愛を司る女神、アニセアを崇める騎士団が治める「ミリニアナ公国」
1年前、ミリニアナ公国は魔王軍の侵攻を受けて戦争状態となり国境線は防戦一方だった。
だが数ヶ月前に何故か魔王軍の侵攻が止まり沈黙を守っており現在は両軍睨み合いが続いている。
そんな主戦場から少し離れたミリニアナの首都たるミリガンディアにある冒険者たちの憩いの場、酒場兼娼館を兼ねる冒険者宿「深淵の海豚亭」
いくつかある冒険者宿の中では中堅の宿だが
食事と酒、娼婦の質のよさで酒場としては繁盛していた。
喧騒と怒号飛び交う夜の酒場は毎日がお祭りのような目まぐるしさだ。
左を見れば歴戦の冒険者がひよっこ冒険者を捕まえて自らの勇猛の軌跡を声高らかに語っている。
右を見れば忙しそうに仕事をしている女給を捕まえて口説こうとしてる酔っ払いがいる。
カウンターではビールの入ったジョッキを一気飲み対決する酒豪を賭けの種に騒ぐ男たち。
厨房を行き来する女給たちはものすごい勢いで行き来しモリモリに盛った皿、ビールの入ったジョッキをこともなげに運んで行っては空になった皿やジョッキを下げて戻ってくる。
今こそ祭りも最高潮のようなこの酒場の中の奥の一角。他と区切られたそのテーブルだけはお通夜の様相で静かに4人の男たちが座っていた。
テーブルの一番奥に座る小太りの男が卓の中心にゆっくり右手を伸ばし積んである牌山から牌を取り、親指で舐めるように引いた牌に触れる。
険しい顔。光る眼光。刹那、
男の右手が頭上へ跳ね上がり稲妻のような勢いで振り下ろされる。
「これは通るっっっ!!」
ダンッ!!
叩きつけるように置かれた牌はなにも書いてない真っ白な牌「白」
小太りの男はニンマリと意地の悪い笑いをうかべながら下から覗き込むように
対面の面長の顔の男に「どうだ?」と言わんばかりの視線を送る。
面長の男は少し強張った表情で小太りの男を見返し己の手牌に視線を落とす。口元に手をやり少し考えているようだ。冷汗が垂れる。
沈黙
一瞬の間
次の瞬間、面長の男の目が鋭く細くなり口元の手の奥で口元が歪んだのがわかる。
「残念!!そいつだ。ロン!!ホンイツ、ドラ1、満貫だ。」
男は卓の上の自分の牌をすべて倒す。
「ぎゃははははは、やはり出ると思ったわ!!
愚か者めー!!これで俺の勝ちだなー!!」
面長の男は立ち上がり天を仰ぎながら高笑いしている。
「ぐっ!チクショウ!!うそだろぅ・・・」
椅子から崩れ落ちる小太り。
そんな2人のやり取りを緊張感なく見ていた勝ち誇る男の左の席に座るフニャフニャした感じのイケメンの男が
「うわー、ピンポイントだねー。白単騎まちかー」
倒された牌を気だるげに眺める。
そのむかいに座る眼鏡をかけた男も
「ふっ。あぶない。あぶない。次にそれを切ろうと思ってたところだ。運がいい。」
と自分の手牌から白を倒す。
その瞬間、勝ち誇り大笑いをしていた男がピタリと止まり、床で項垂れていた負けた男の肩がピクリと動く。
瞬間の静寂
「・・・・オイ」
ドスの効いた声が首を垂れる男の口から発せられる。
「・・・・・・ハイ、ナンデショウ?」
ややうわずった声が勝者の口から漏れる。
ゆっくりと立ち上がる小太りの男
後ずさる面長
「ンフフフフ。どうして皆の捨てた河に2枚、きさまのアタリ、頭の対子に2枚。以上で4枚。しかしなぜリーの手元に白が1枚あるのだね?説明してもらおうかサァマァジィィくぅぅぅん。」
地に響きそうな声をあげながらゆらゆらと歩く小太り
「おやぁ?ドウシテデショウネー?
どこかの卓からまぎれこんだのかなぁ?」
サマジと呼ばれた男は後ずさりながらわざとらしく額に手をあて周りを見渡す。
「この世界に卓も牌もこの一組のみ!なぜ『5枚目の白』が存在している?」
そう詰め寄ると突然、小太りの男がその体格に似つかわしくないほど俊敏な動きでサマジの手牌の白をもぎ取る。
「あっ、まって!!」
サマジは狼狽しながら牌を取り戻そうと手を伸ばすが時すでに遅し。タネはバレる。
「・・・おやおや、真っ白なシール」
小太りが牌の表面に付いたシールを剥がすと下からリャンソーが顔を出す。
「ぁぁ、こないだ召喚に失敗した時に出てきた奴かぁ。」
メガネの男は思い出したといった感じでつぶやく。
「へー。こんなの召喚したんだー?。本当は何を喚ぼうとしたのー?」
イケメンはメガネに問いかける。
メガネを押し上げながら
「PS5」
その答えを聞いてイケメンがケタケタと笑い出す。
「そんな無茶なー。とりあえず4呼び出そうよー。バイオ2やりかけなんだよねー」
イケメンは椅子にもたれかかり器用に後部の脚だけでバランスを取り始める。
ワナワナと震える小太りの男。
サマジと呼ばれた面長の男が恐る恐る声をかける。
「あのー、いやぁ。ちょっとした出来心でね。ほらこんなシール見たら誰でも思いつくじゃない?やってみたくなるじゃない?」
そう焦りながら弁明をはじめると
「くぅおのやろぉぉぉー。つまんねーイカサマしてんじゃねーよ!!もっとファンタジックに魔法で幻術とか盛大なトリックでどーとか、可愛いおねいちゃんとムフフとかあんだろー!!」
小太りの男は青筋を立てながら地団駄踏みながら喚き出す。
「いや、まじでしょっぱくてスンマセン」
サマジは小さくなって謝る。
「はいはーい。騒ぐの終わりー。台の上片してねー。注文の料理、持ってきたよー!」
両手に山盛りの料理の乗った皿を持った愛らしい給仕の衣装に身を包んだ少女がくるりと軽やかに席に現れる。
明るい茶色の短めの髪は少しくせ毛でぴょんぴょん跳ねており大きな瞳は少しつり目、ネコのようなイメージの少女の一番のチャームポイントは小柄な体に似つかわしくない胸部の膨らみ。それを強調するかのような衣装により一段とボリュームアップした胸元に一瞬で男たちの行動を止め、視線を集める。
次の瞬間
「ミィィィィヤァァァァア!!いつもいつもエロい格好しやがってぇぇぇ!!とりあえずその乳揉ませろヤァァァァ!!」
一瞬動きの止まった時間を小太りの男の轟くような声で動き出す。そして小太りは給仕の少女に突撃していく。
「ちょっと!!料理ひっくり返すよ!!さっさとテーブル片付けて!」
少女は動じることなく逆に詰め寄る男を叱責、睨みつけて一喝する。
すると
「あ、ハイ」
小太りを含めて男たちは借りてきた猫のようになり一斉に卓の上の牌を自動卓へ流し込み、卓の上にお手製のテーブルのアタッチメントを付けてテーブルクロスをかける。
各々席につくと少女は慣れた手つきでテーブルに持ってきた皿を並べる。
「本日はフォルトナ直送リロナダイ焼き、野菜盛り合わせにテイルーのもも肉をハーブを詰めてオーブン焼きしたものねー。後からパンも持ってくるけどお酒はー?」
少女は先ほどの威嚇とはうって変わった優しい声で聞くと
「ミーヤちゃんいつもありがとう。ビールを4つお願いできるかな?」
スルリとスマートにイケメンが立ち上がり少女の手を握り少女を見つめる。甘く優しい声、誰もが視線を放せなくなりそうな端正な顔立ち。優しい表情でミーヤを直視して微笑む。
少女は突然のことで少し呆気に取られるがイケメンを見上げると顔を真っ赤にしながら
「わっわわわわわわ(汗)
わかりましたぁぁ。てっ、手を離してくださいぃぃ」
ミーヤは慌てて手を振り払い倒れそうな勢いで酒場の喧騒の中へと消えていった。
「・・・かわいい」
そんな姿を微笑みながらうっとりと見送るイケメン。
「はい、出た出たコマシのタラシ術」
「ろくなもんじゃねぇ」
「もげちまえ」
口々に文句を言われるコマシ。
「ひどいなぁ。ちょっと労をねぎらっただけなのに」
コマシは座りなおし料理に向かおうとする。
「・・・・・・あれ?ぼくの分は?」
皿の上はすでに荒らされた後、ほとんど残っていない。食べ物は他の3人の取り皿の上に移動していた。
「ひどいよー。少しは残しといてよー」
コマシは半べそを掻いている。
それより少し離れた席でその様子を見ていた
屈強な髭面の戦士がジョッキを煽りながら
「なんだぁ。あの席のひょろっこいやつら。冒険者には見えねぇな。」
面白くなさそうにつぶやく。
ミーヤにちょっかい出してたのが気に入らないのだった。
「ん?ぁぁ、あいつらか。関わるなよ。この店で関わっちゃいけない集団の3本の指に入る連中だ。
なんでも別世界から喚びだされた勇者様御一行様なんだそうだぜ。頭がイカれてるよな。」
隣で呑んでいた眼帯の男が嫌なものをみたという顔をした後、フンと鼻で笑った。
「ただ聞いた ところによるとこの国の王と対等に渡り合った、とかあの「ヘンリー・タレット」に土を付けたとか、猛攻続きだった魔王軍が止まったのもあいつらが暗躍したせいだって噂だ」
屈強な男はびっくりして口に含んだ酒を吹き出す。
「ぶほっ。まじかよ!あのヘンリー・タレットか?!!一番【勇者】に近いと言われた?」
「らしいぞ。実際ヘンリーの持ってた神聖剣をあのでぶが持ってるのを俺は見たしな」
「・・・まじかよ。そんなにつえーのか。あいつら」
屈強な男は驚愕の眼差しを奥のテーブルへ向ける。
「とてもそんな風にはみえねぇ・・・・・」
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