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1-6 恋愛模様

「敬礼っ!」


『ザッ!!!』


「「「…………。」」」



グレバディス教国 “大聖堂” 入口。

ディール達を乗せた馬車が停まると同時に、一斉に敬礼する聖騎士団たち。

街道に立っていた者たちとは違う、精鋭の中の精鋭だ。


余りの仰々しい出迎えに、言葉を失うディール達だ。

正直 “お腹いっぱい ” である。


「ようこそお出でくださいました~~。」


その空気をぶち破ったのは、グレバディス教国最高位神官 “四天王” の一人、【土の神子】サリアだ。

四天王の中で最も背が低く、長く緩いウェーブがかった茶色の髪と細目が特徴の女性。

尤も、一番の特徴は、ユウネどころかあの(・・)碧海龍ステインをも凌駕する、たわわに実った胸。


世界中で信仰されるグレバディス教において教皇に次いで格式の高い、由緒正しき “四天王” の一人に数えられ、しかも伝説の【神子】の加護まで授かる身にも関わらず、不特定多数の男性と関係があると噂される女性だ。


ちなみに独身。

彼女に年齢を尋ねるのはグレバディス教国内で最大のタブーとされている。


「サリア様。ご無沙汰しております。」

「あ、相変わらずお元気そうで……。」


益々、若々しく髪と肌艶のよく、異様なフェロモンを迸らせるサリアを前に、ディールもユウネも目のやり場に困ってしまう。


うふふー、と笑うサリア。


「さぁ~、中へお入りください~。姉君もお待ちですよ~?」


そう言い、サリアは大聖堂の扉を手のひらで指し示す。

大きな観音開きの扉がギギギ、と開き、荘厳な大聖堂の内部が露わになった。


さらに、その通路に並ぶ聖騎士たちに、高位神官たち。


“ここもか……”

食傷気味のディールとユウネの前に、馬車から降りた教皇アナタシスと【雷の神子】レナが立ち、二人を「さぁどうぞ」と招く。


目のコントラストが完全に落ちたディールとユウネとは裏腹に、満面の笑みで手を振って歩くホムラ。

その図太さや胆力は、どこからくるのだろうか。

さらに顔を引きつらせて、ディール達は中へと入るのであった。





「待っていたわ。ディール、ユウネ。そしてご機嫌麗しゅう、ホムラ様。」


大聖堂内の貴賓室。

その入口に立つのは、ディールの姉、【水の神子】アデルであった。


「姉さん!」

「義姉さんー!」


ディールとユウネは心底ホッとした表情で、どちらかと言えば泣き出しそうな顔でアデルの許へ駆け寄る。

その様子に、全てを察したアデル。


「うん……言いたい事は色々あるかもしれないけど。とりあえず、お疲れ様。」


ちなみに、今回のグレバディス教国の “お出迎え” に唯一異を唱えたのが、アデルであった。

弟や義妹が、そんな出迎えをされれば逆に心が荒むことが分かり切っていたからだ。


しかし、レナもサリアも、そしてあまりこういうことに興味の無い【火の神子】ティエナまでも “盛大にお持て成しをしよう!” と言って、頑なにアデルの言い分を聞かなかった。

特に、最高権力者である教皇アナタシスがノリノリであった。


――本当に良い性格している。

うんざりしても、口に出せないアデルであった。


「疲れたでしょう? 今夜の饗宴の儀まではまだ時間があるから、ゆっくり過ごすといいわ。」

「「きょ、饗宴の儀??」」


アデルから告げられた、不穏な言葉。

思わず声を揃える二人であった。


「……そりゃあ。救世の大英雄、それも教皇猊下の御名で世界中に【剣神】と【女神】の名を轟かす貴方たちよ? 来るとわかれば、どれほど盛大に持て成すか、それこそ教国の威信に賭けてやるに決まっているじゃない。」


あはは、と乾いた笑いを浮かべて事実を告げる。

そのアデルの言葉に、石のように硬直するディールとユウネであった。


「ってことは! 今日も美味しい料理が食べられる!?」

「もちろんですよ、ホムラ様。」


目を輝かせるホムラ。

昨日のバルバトーズ公爵国での会食もそれは非常に美味なる料理が出てきたが、女王マーサ始めエリスやエリスの婚約者マイスターから散々、ライデンの事を茶化されて、せっかくの美味しい料理の味も良く分からなかったのだ!


だが、吹っ切れたホムラ。

“今夜は食べて飲むぞー!” と意気込む。


そんなホムラをジト目で睨むディールとユウネであった。

そこに。


「お久し振りです、ディール様、ユウネ様。」


水色の長髪。

涼し気な目元に、スラッとした長身。

“英雄” を絵画に描けば、このような出で立ちになるだろうという、完璧な姿。


ソエリス帝国十傑衆2位、【氷の貴公子】ミロクであった。


「ミロクさん!」

「貴方もこちらにいらっしゃったのですね。」


驚くディールに、笑みを浮かべてミロク、そしてアデルへ目線を送るユウネ。

ユウネの目線から、その意図をくみ取り真っ赤になって顔を俯かせるアデルであった。


ミロクはディールとユウネの前に立ち、膝を着いて最敬礼する。


「はい。本日は当国のウルフェルと共に、我らが犯した罪を償うこと、そして二度とあのような過ちを犯さぬよう、教皇猊下はじめ、グレバディス教国の皆様への謝罪に馳せ参じた次第です。」


“相変わらずの生真面目さ”


邪神戦争が集結して1年。

一月に一度は、ウルフェルと共にグレバディス教国へ訪れては謝罪と懺悔を繰り返しているというのだ。

ソエリス帝国だけでなく、大陸東側の復興と発展のために、それこそ寝る間を惜しんで働くミロク達だが、合間で生み出した貴重な時間を遣って、こうしてグレバディス教国へ訪れているというのだ。


この行動力と精神力。

どんなに敬虔なグレバディス教徒でも出来ないだろう。


「……教皇猊下、それに私が貴方たちに罪は無い、とお伝えしたのですが。」

「ユウネ様。……それでは、納得されない者もいるのです。」


元々、ミロクは “死ぬ” つもりでいた。

【顕現の女神アシュリ】の依代として、身体を奪われた元十傑衆【円環姫】アーシェこと、“邪神” アーシェの策略によって帝国は、グレバディス教国に牙を剥いた。

その時、帝国兵を率いた将軍が、ミロクとウルフェル、そしてディールの親友となったアクセラートであった。


その時の罪を全て背負い、どんな責め苦、辱めを受けて死のうとも、罪なき帝国の民への糾弾を止めて欲しいと嘆願したミロク。

自らが犠牲になることを厭わない代わりに、ソエリス帝国の仕出かした様々な罪をなるべく軽くしようとしたのだ。


だが、その問題はそもそも “邪神” もとい、【ディアの悪魔】が扇動したから、ではない。

“西高東低” と謂われる経済格差、地域格差、貧富の差など、根深い問題があった。


遅かれ早かれ、ソエリス帝国含め、大陸東側は、西側にある四大公爵国へ侵略戦争を仕掛けたのであろう。

そうでなければ、行く末が無かったからだ。


しかしながら、その状況を放置していたのは四大公爵国である。


東西を阻む “紫電霊峰” の存在もあったが、それでもまともに交易を図ろうと思えば、出来たことだ。

単に東側の情勢が不安定だ、という事を理由に、積極的に関わろうとしなかった。


伝説の【五聖】によって作り出された、肥沃な西側。

それに胡坐をかき、自分たちさえ豊かであれば東側などどうでもよい。

交易などせずとも、特段困ることも無かったからだ。


それが、四大公爵国の本音。


しかし、邪神戦争勃発の切っ掛け、そして邪神戦争後の世界規模の不安定な情勢を受け、初めて四大公爵国とグレバディス教国は、大陸東側に目を向けた。


まず、東側のボゼ諸島連合国とモーゼス王国のトップ不在によるグレバディス教国への庇護下による国家運営。

世界中に影響力を持つグレバディス教国だが、国力とすると “小国” である。

グレバディス教国よりも遥か大国である2国を庇護下に置いた国家運営を行うなど、無理な話であった。


だが、世界に向けて約束をしたグレバディス教国。

当然、その恩恵に預かってきた四大公爵国がそのサポートに入らねば、グレバディス教国どころか国内外から非難轟々だ。


そこで、グレバディス教国先導の元、四大公爵国は総出で大陸東側への支援に名乗り出た。

尤も、伝説の “龍神” が関与すること、救世の大英雄ディールとユウネが支援に入ることが決定した中、支援を名乗り出なければ未来永劫、“非道な国々” として語り継がれてしまう。

それこそ、建国主である五聖の顔に泥を塗る行為だ。


それほど、邪神戦争や救世の大英雄、そして龍神の影響力は大きかった。


復興策に全面的な支援をすると宣言した手前、そしてソエリス帝国による最大の被害国であるグレバディス教国が積極的な支援を行うとした現状で、ソエリス帝国の将軍位に対して罪を咎め、処刑するような真似が出来なかった。


民の精神的な支えでもある、国の英雄たち。

特に、自らその罪を全て背負うと豪語したミロク・アイスバーンはソエリス帝国だけでなく、大陸東側の大英雄なのだ。

彼に十字架を背負わせようものなら、永遠に禍根を残す。


四大公爵国、そしてグレバディス教国。

過去、そして現在の様々な混乱に関わってきた重鎮たちが議論に議論を重ねた結果、一つ、無茶な頼みをすることとしたのだ。


それは。



「私が、生き恥を晒しながらも命を繋げて、こうして罪の懺悔に参じられるのも……全てはディール様とユウネ様のおかげです。」


再度、頭を下げるミロク。


「もういいです! いいですよ、ミロクさん!」


“無茶な頼み”

昨年、大陸東側の復興協力のためにソエリス帝国へ訪れていたディールとユウネに、「【ディアの悪魔】たちに唆され、邪神戦争に関わってしまったソエリス帝国は被害国であり、そこに名を連ねる将たちは、国のため、民のために最善を尽くしてきた忠臣。そんな彼らや民を咎めるのは、大英雄の名において認めるわけにはいかない」と宣言してもらうことであった。


提案したのは、四大公爵国。

もちろん、ソエリス帝国の皇帝代行のオフェリアも絡んでいる。


この宣言。

ディールとユウネの “慈悲” を受けソエリス帝国は国を挙げて汚名を雪ぐことを誓い、四大公爵国も、大英雄がそう宣言するなら留飲を下げざるを得ない、と無条件で賠償放棄を決定した。


要は、国家間による盛大な茶番であったのだ。


だが、効果は絶大。

大陸西側は “慈悲深い大英雄”、“その宣言に追随した四大公爵国の決定は、未来永劫語られる英断である” と美談化され、大陸東側も “大英雄の慈悲により赦された”、“その赦しに報いるためにも皆は全員で手を取り合い、豊かな世界を目指す” と、復興に向けての士気を高めることに成功した。


もちろんその意味も、茶番であったことも十分理解しているミロク。

だが、自身だけでなく大陸東側の士気が高まったこと、ソエリス帝国の罪なき民にこれ以上の負担を強いる事が無くなったのは事実なのだ。


目の前の大英雄に、感謝の念しか無いミロクであった。



「立ち話も何です。お二人様、そしてホムラ様。お部屋へ御案内するのも私も役目。さぁ、こちらへどうぞ。」


柔らかな笑みのまま、ミロクは一つお辞儀をして伝えた。

そのミロクの隣にアデルが立つ。


「大浴場も解放するから、ゆっくりと休むといいわ。さぁ、行きましょう。」


ミロクとアデルが隣に並んで、3人を案内する。

その後ろ姿を眺め、ユウネは満面の笑みを浮かべる。


ビクッ、と身体を一つ震わせ、後ろを振り向くアデル。


「な、なぁに、ユウネ?」

「何ですか、義姉さん?」


にこやかなユウネの目が、語っている。


“ミロクさんと、どこまで進展しましたか?”


少し顔を顰め、アデルは再び前を向いて歩く。

長い黒髪を靡かせるアデルだが、後ろから見ても分かる程、耳まで真っ赤であった。





「饗宴の儀は、夕方6の刻から……。胃が痛い。」


清めの大浴場から上がり、礼服に着替えたディール。

その隣にはちょこんと座るホムラだ。


ホムラもいつもの赤いドレスでなく、白を基調とした落ち着いたイブニングドレスを纏う。

真っ赤な髪も、ドレスに合わせていつものツインテールでなく、編み込んでアップに纏めている。


「私もこんな格好するの、久々だからなー。落ち着かない。」


ホムラもそわそわしている。

特に、アップに纏めあげた髪形が気になるのだろう。

絶えず触っては鏡を見て、ニヘラ、と笑っている。

それなりにお気に召したようだ。


そこに。


「お待たせ、ディール。ホムラさん……。」


ホムラ同様、イブニングドレスに着替え終わったユウネがやってきた。

淡く水色に輝くシルバーのドレスは、上半身がスラリと身体にフィットする反面、スカートはふわりと広がり、後ろは踵まで長さがあるが、前は膝上が露わになっている。

肩と鎖骨の部分は透けているが、上品な刺繍が施され、刺繍は胸から腰回り、そしてスカートと丁寧に描かれていて、ドレスの一体感を演出している。


ユウネの魅力を引き立てるが、決して下品でなく、むしろ可憐な貴族令嬢のように落ち着いた装いである。


そして茶色の髪をサイドから編み込み、それを耳の後ろで纏め上げてハーフアップにしている。

その髪には、レリック侯爵家次女のソマリからいただいた銀の髪留めをサイドに付ける。

またキラキラと輝く花びらを十数枚、髪に挟み込むことでアクセントをつけていた。


その美しさ、可憐さに息を飲むディール。

ふらっ、と立ち上がり、ユウネの前へ。


「ど、どう、ディール?」

「……ユウネ、綺麗だ。」


ポーッとユウネを眺めるディールが、呟くように評価を述べた。

ボン、と顔を真っ赤に染め上げて目を逸らすユウネ。


「はいはいはいはい! そこまで! てかディール、酷くない!? 私だってバッチリ決めたのに、その一言が無いんですけどー!?」


怪しい雰囲気になる前に、ホムラが制する。

慌ててディールはホムラへと振り向き、


「ホムラも綺麗だよ!」


と勢いで告げるが、逆効果だ。


「取って付けたように言われても嬉しくないっ!」


憤慨するホムラの腕に、ユウネが腕を絡める。


「えへへ、ホムラさん、すっごく可愛い。ねぇ、こうやって会場へ行きましょう!」


えっ、と思わず声を漏らすディール。

本来、ユウネと腕を組んでエスコートするのはディールの役割だ。


「そうねー! 女心がちっとも分からないディールは放っておいて、私とユウネで行こうかー!」


厭らしい笑みを浮かべ、ディールに “ベーッ” と舌を出すホムラ。

ディールは頭を掻いて、楽しそうな女性二人を眺める。


「ったく。二人とも、似合っているって。」

「今更遅いからね、ディール!」


笑いながら、三人は会場へ向かうのであった。

ディールも胃の痛みは、いつの間にか消えていた。





「改めて、ようこそお出でくださいました。」



大聖堂の饗宴の間。

100畳はある荘厳な広間。

天井には、巨大なシャンデリア。

四方には様々なステンドグラスが並ぶ。

さらに、その四つ角には聖女の彫刻が持つ水瓶からサァァと上品な音を立てて水が流れ出し、足元に池を作り出している。


“教皇の間” に次ぐ、大聖堂の美の空間。


その中心にある、円卓テーブルの上座。

教皇アナタシスが笑顔で三人を迎えた。


アナタシスの隣に案内される、ディール達。

その対面に、四天王が並ぶ。


中心の円卓テーブルにこの8人が座ると、ぞろぞろと、料理や飲み物、色とりどりのフルーツなどを抱えた給仕係の神官長たちが姿を現した。


(マジかよ……。)

(ここまでなの!?)


今まで、色んな会食や宴に呼ばれては参加してきたディール達。

規模の大小はあっても、どこも豪勢で息が詰まるような想いをしてきたが。


グレバディス教国の “饗宴の宴” は別格だった。

出された料理も一級品。

そもそも、それらを給仕するのは、グレバディス教国でも位の高い神官長たちなのだ。


料理を並べ、円卓テーブルの脇にお酒を並べたところで神官長たちは退席した。

このだだっ広い空間に、ポツンと置かれた円卓テーブルの8人だけとなった。



「さて。お越しくださった大英雄のお二人の御息災と益々の御健勝を祈念し、饗宴の儀を始めます。」


神酒(ソーマ)” とよばれる最高級酒の入ったグラスを掲げ、静かに、同時に唇を付けた。

甘く、それでいて痺れるような旨味が口いっぱい広がる。


「……うまっ!?」


思わず声を上げるディール。

顔を顰めるのは、正面に座る姉のアデルだ。


だが。


「でしょでしょ! この神酒は、グレバディス教国のサリック村で作られている最高級酒なんですよ! ボトル一本で、大金貨1枚!」


突然、フランクに語り出す教皇アナタシス。

色んな意味でギョッとするディールとユウネ。


「え、これ、一本で大金貨1枚!?」

「そんなお酒をっ!? そ、そんな高価なお酒……。」


フランクな教皇には極力突っ込みは入れず、とりあえずお酒に驚く。

うふふー、と笑うアナタシス。


「心配しなくて大丈夫ですよ。この饗宴の儀は、私の私財で開いておりますから。さすがに国や教会のお金でこんな私腹を肥やす真似は出来ませんからね。」


そう言い、立ち上がって神酒のボトルを掴んでディールに注ぐ。


「げ、猊下!?」

「ここには私達しか居ません。猊下なんて他人行儀な呼び方でなく、この場では本名のメリティースって呼んでください。共に戦った仲じゃないですか。」


異様なほどフランクに話しかける教皇アナタシス、もとい、メリティースにたじたじのディールに、あわわ、と焦るユウネ。


その様子に、はぁ、と溜息を吐き出すレナ。


「全く。メリティースはお酒の席だとすぐ頭のネジが外れるからねぇ。」

「普段、真面目なくせしてな。ジジィが生きていた時は散々、俺の言葉遣いやら態度が悪いだ何だ言っていたけど、お前が言うな、って三千回は思ったぜ?」


酒の席で、このメンバーだからか、レナは以前 “部下” であったメリティースを呼び捨てにした。


そしてレナ同様に呆れる【火の神子】ティエナ。

そんなティエナにうわぁ、という顔で睨むアデル。


「三千回って……先代の口癖じゃないですか、ティエナ様。」

「うわ、そうじゃねぇか! 俺、あのジジィに三千回は破門されていたんだっけな。心の中で! あはははは!」


一本、大金貨1枚する神酒のコルクを開けて周囲に注ぎまくるティエナ。

もちろん、自分のグラスにもなみなみと注いでは飲み干している。


その光景に、さらに目を回すディールとユウネ。


「ティエナ様~。いくら猊下の私財だからといって、飲み過ぎは良くありませんよ~?」

「いいじゃねぇかサリア! お前も飲め!」


どぼどぼとサリアのグラスに注ぐ。

サリアは、うふふ~、と笑い、豪快に飲み干した。


「サリア様まで……。」


頭を抱えるアデル。


「ちょっと! 貴女たち! 人のお金だと思って貴重な神酒を水のように飲まないでください! ディール様とユウネ様の分が無くなるでしょうが!」


流石に怒るメリティース。

しかし、平然とするティエナとサリア。


「神酒って、旨いし悪酔いしないし、本当に水みたいなもんだからなー。」

「私はティエナ様に合わせただけですよ~。」


まぁまぁ、と宥めるレナ。


「いいじゃない。どうせまたアホみたいに仕入れてきたのでしょ?」

「レナ様!? アホとは失礼ですね! この神酒は、原料となるシーブポップ麦を大陸東側のモーゼス王国から仕入れて、初めて作った記念すべき第一号なのですよ。飲めば飲むほど、サリック村だけじゃなく、モーゼス王国にも富をもたらすのです! ……あ、ちなみにこっち(・・・)は飲み比べ用です、ディール様。」


レナに文句を言ったかと思いきや、今度は色の違うボトルを開けだした。

それを新たなグラスへ注ぎ、ディールへ渡す。


「い、いただきます……。」


恐る恐る飲むディール。

今度は甘みが強いが、痺れるような旨味は薄い。

代わりに酸味があり、どちらかと言えばディールの好みは、この酒だ。


「美味しい……。」

「あ、私も飲んでみたい。」


ディールは飲んでいたグラスを、ユウネに手渡した。

ユウネも口付けて「美味しいっ!」と声を上げた。


「うふふー、お気に召していただけて何より。こちらのお酒も “神酒” の一つですが、お値段は、“銀貨1枚” です。」


「「ええっ!?」」


先ほどの神酒の、1,000分の1の値段。


「どういう事ですか?」

「製造方法、あと中身が少し違うだけですよ。」


メリティースは、“安い方” の神酒をグラスに注ぎ、答える。


「原材料にモーゼス王国のシーブポップ麦を使用しているのは変わりませんが、穀物の磨き方や発酵させる期間、そして香り付けの香草が少し違うのです。他、水や基本的な作り方は変わっていません。」


それだけで、どうしてそこまでの値段の差があるのか。


「……これが、私達西側と、東側の違いです。」


グラスに揺らめく酒を眺め、メリティースが呟く。


「基本的なこと、根っこは変わらない。生きる人も、何も、変わらない。ただ違うのは、やり方や捉え方だけ。たかが、一枚の壁(・・・・)が阻むだけで、私たちは彼らに無関心……関わらないようにしていたのです。」


メリティースの言葉に、耳を傾けるディールとユウネ。

グレバディス教国のトップとして、大陸東側の復興支援を通す中で、色々と思うことがあったのだろう。


「材料も同じ。作る場所も人も同じ。わずかに異なる手法で造り上げて、ただ、数が少ない、貴重だからと言って大金貨1枚もせしめるお酒です。それはそれで、貴族相手には十分役割があります。ですが、私は、こちらです。」


安い方を、手に取る。


「こちらの神酒は、可能性の宝庫です。やり方を変えるだけ、貴重な素材を抜くだけ、もっと言えば使う原材料そのものを変えれば、新たな味や風味を出せるはずなのです。」

「……メリティース、本気なのね?」


静かにメリティースの話を聞いていた、レナが尋ねた。


「ええ。神酒の製造法を、大陸東側へ伝授します。あとは、彼らの気持ち次第で、如何様にでも進化を果たすでしょう。」


ふふふ、と楽しみな様子のメリティース。

彼女なりに、大陸東側の復興支援に乗り出そうとした結果なのであった。


「喜ぶと思いますよ、皆。」


ディールはもう一口、酒を飲んで呟いた。

隣で頷く、ユウネ。


英雄二人の様子に満足し、再度、一口安い方の神酒を飲んでメリティースは続ける。


「そして、出来たお酒を私達が買う。グレバディス教国が認定した、多様性に溢れる神酒。高いとか安いとか、値段ではなく、その味や風味で、色んな儀式や式典で扱いたいわ。」


グラスを傾け、ディールとユウネを眺める。

すでに、この二人と紅灼龍ホムラが何故グレバディス教国に訪れたかは、バルバトーズ公爵国の公爵令嬢エリスから連絡を受けていた。


メリティースなりに、“語るなら今のタイミングですよ” と二人に水を向けた格好だ。


「あ、あの、教皇猊下! そして、四天王の皆様方!」


全員が酔っぱらう前に。

ユウネは右手薬指のアーカイブリングを光らせ、中から結婚式の招待状を取り出した。


そしてもう一つ。

金箔で模様が描かれた白い筒を取り出した。


「これを、教皇猊下に……。」


ユウネからディールに。

そしてディールから、レナに手渡された。


レナはこくりと頷き、筒の中から書状を取り出した。

この世界で最高級の洋紙に、煌びやかに散りばめられた宝石の粉。

キラキラと輝くその紙を広げ、恭しくメリティースに手渡した。


メリティースは書状をジッと読み、そしてディール達へと振り向く。

先ほどのはしゃいでいた “酒の席でのメリティース” の顔でなく、グレバディス教国を統べる教皇アナタシスとしての顔だ。


「……来年の春、ディール・スカイハート様とユウネ・アースライト様の婚姻の儀を、グレバディス教教皇アナタシスが執り行わせていただくこと、謹んでお受けいたします。」


ディールとユウネの婚姻の儀は、教皇が執り行うことで正式に決定した。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします、アナタシス教皇猊下!」


立ち上がり、メリティースに頭を下げるディールとユウネ。

ある意味、今回のディール達の旅にとって、最大の目的が達成された瞬間だ。


ふふ、と笑みを浮かべるメリティース。


「貴方たちお二人の挙式なのです。後世に紡がれる大英雄譚の締めくくりに相応しい、華やかな挙式にいたしましょう。」


メリティースの言葉に「え?」と気の抜けた声を漏らしてしまう二人。

はぁ、と溜息交じりに姉のアデルが補足する。


「二人はホムラ様が出会い、様々な困難を乗り越えて結ばれた【剣神】と【女神】なのよ。かの【赤き悪魔】含む、“ディアの悪魔” を退き、真の意味で世界を救った大英雄が、その後各国の復興と平和のために力を尽くし、いよいよ大団円に結婚式を挙げて物語は完結。恐らく、これを超える英雄譚は未来永劫、生まれないでしょうね。」


再度、「え?」と声を漏らすディールとユウネ。


「あ~。すでにグレバディス教徒が~、貴方たち二人の所縁の地を練り歩いて~、物語の執筆に必用となる情報を仕入れているのです~~。楽しみですよね~~。」


ほんわかと、酒で若干頬を赤らめたサリアが伝えた。

にやにやと笑い、頷くレナ。


「そうねぇ。龍神様たちも喜んでお話しくださっているし。英雄譚としても恋愛譚としても、語り継がれる素敵な物語になりそうよねぇ。」


さーっ、と顔をを青ざめるディールとユウネ。


「で、出来れば……あまり誇張せず、短くまとめていただきたいのですが。」

「わ、私達は、そんなつもりで戦ったわけではありませんし……。」


だが、言うだけ無駄だ。

この1年、散々、周囲から言われてきたことなのだから。


「あ、ちなみに~。執筆者は~。こちらのティエナ様です~。」


今日一番の「ええっ!?」と驚嘆の声を上げる二人。

高い神酒をぐびぐびと飲んでいたティエナが、ギロリ、と二人を睨む。


「んだよ。文句あんのかよ!」

「い、いえ!……何というか、意外と言うか。」


しどろもどろのユウネ。

さらに笑みを深めるレナ。


「ティエナ様はグレバディス教の経典編纂者でもあるのよ。アデル様もそうなんだけど、ほら、身内じゃない? それに経験も力量もティエナ様が上なので、歴史的大役を命じられたってわけなのですよぉ。」


孤児院経営だけでなく、経典編纂者。

普段の言動からはとても想像できない役割に、目を白黒させてしまうのであった。


そこに、空気の読めない爆弾を投下する爆乳女。


「ティエナ様は~。恋愛小説の執筆者としても有名なんですよ~? ご存知かもしれませんが~、“フェルスとエリーゼ” というお話し、聞いたことありませんか~?」

「ええっ! 嘘!? それ、ティエナ様が!?」


ガタンッ! と椅子から立ち上がるユウネ。

“フェルスとエリーゼ” とは、争いの絶えない隣国同士の王子フェルスと姫エリーゼが身分を隠す中で偶然に出会い、そして恋に落ちていくラブストーリーだ。

その過程で互いが敵対国の王子と姫だと判明するが、それでも愛を貫き、最後は戦場のど真ん中で熱い抱擁を繰り広げ両国の刃によって帰らぬ人となる。

しかし、それがきっかけで戦争の愚かさに気付き、そして最期まで純愛を貫いた王子と姫の想いに触れ、両国は二度とこのような愚かで悲しい出来事を繰り返さぬよう、手を取り合うところで幕が閉じられる。


娯楽の少ないこの世界で、特に大陸西側ではベストセラーとなった悲恋小説。

多くの女性たちの涙を誘うものだが、もちろんユウネにとっても愛読書だ。


「な、なんだよユウネ! 文句あるのかよ!」

「違います! わ、私も、あの本、大好きでっ! いつか作者様にお会いしたら、お礼言いたいって思っていて……っ!」


両目からボロボロ涙を零し、ティエナの席の隣に行って手を取るユウネ。

「わかった! わかったから!」と騒ぐティエナだが、ユウネの感謝の言葉は止まらない。


それを、アハハ、と乾いた笑いで眺めるディールとホムラ。


「まぁ、そんな凄い人が書いてくれるならディールも安心じゃない?」

「あ、あぁ……。」


自分が物語になる事に、現実味がないディールだった。


だが、次のディールの発言が、最大級の爆弾であった。



「ティエナ様、そんな素晴らしい恋愛小説を書けるのなら、ご自身や姉さんの事も書いたらどうです?」



ピシリッ、と空気が凍り付いた。


「な、な、なんて言った……? ディール?」

「姉さんも、よぉく、聞こえなかったんだけど?」


目のコントラストを落としたティエナとアデル。

ティエナの後ろで、ユウネが目を見開いて “ダメ! ディール!!” と訴えるが、当然のように察しない。


「え? だってお二人、今まさに、恋愛中じゃなかったっけ? ほら、丁度、来ているじゃないですか。ミロクさんに、ウルフェルさん。」


他人の感情の機微に疎いディール。

最近になって、ティエナはウルフェルに、そして姉のアデルはミロクに、ご執心ということをようやく、ユウネとホムラの会話から察したのだ。

“今頃気付くなんて” と二人に頭を抱えられたのは言うまでもない。


だが、やはりディールはディールであった。


顔を真っ赤にして、プルプルと面白いくらい震えるアデルとティエナ。

流石のディールも、“またやっちまった!?” と気付くが、遅い。


しかし、思わぬ助け舟が!


「そうなの、ディール様! あのお二人方はよく来てくださるのに! わざわざ、お相手をティエナ様とアデル様を宛がっているというのに! こっちの苦労も知らないで全然進展が無いのですよ!」


神酒を相当量飲み干し、若干酔っぱらってきているメリティースが目を座らせながら叫んだ。


「ちょっと、猊下!?」

「おい、メリティースぅ!! よ、余計な事、言うんじゃねぇ!」


さらに顔を赤く染め上げてアデルとティエナが叫ぶ。

だが、“敵” はそれだけではなかった。


「そうですよ~。さっさと結ばれないと、私があの二人を~、パクッと食べちゃいますよ~?」


のほほんと、恐ろしい事をしれっと言うサリア。

ガタガタ震える二人の神子。同時に、


「「それはダメ!!」」


と叫ぶが、気持ちを白状しているようなものだ。

ククク、と笑うレナ。


「いいねぇ。せっかくディール様たちに、あの二人も居るんだ。私らもサポートするから、想いをもう一度しっかり、告げてみるといいねぇ。」


「賛成! そうと決まれば、作戦会議ですねっ! 明日、私から祝福の言葉を授けます、と言ってみましょう。ミロク様もウルフェル様も、喜んで教皇の間に来てくださいますよ。そこで、気持ちを告げてみましょう!」


レナの言葉に悪乗りするメリティース。

赤い顔が、今度は青く変わるアデルとティエナであった。


「ま、待ってください、教皇猊下……。」

「や、やるなんて、言って、ねぇぞ……?」




(ねぇ、どうするのよ。ディール!)

(いや、オレも反省している……。)


小声でユウネに怒られるディールであった。


その隣。

美味しい食事とお酒を散々堪能して、満足顔のホムラ。


「私も明日楽しみだなー。アデルとティエナが告るの!」


他人の何とやらは蜜の味と言ったものだ。

満足顔で笑みを浮かべるホムラに、さすがのアデルも頭に来た。


「それなら!!」


ホムラに指をさす。


「一緒に! 猊下から祝福を授かりましょう! ライデン様を呼んで!」


「は、はぁあああああっ!?」


今度はホムラが叫ぶ。

自分は関係ないと思っていた、むしろ、関係ない!

だが。


「それ、いいですね! せっかくなのです、皆で結ばれちゃいましょう!」


パンッ、と手を叩いて告げるメリティースであった。

ガタガタと震えるホムラに、


「龍神様同士は、確かいつでも連絡が取り合えるのですよね? ライデン様はソエリス帝国かしら? あの方なら、一日も経たずこちらに辿り着けるでしょう。さぁ、ホムラ様。呼んでください。」


にっこりと笑う。


「だ、誰が! 呼ぶわけがないでしょ!?」


バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がるホムラ。

いくら想いを告げる覚悟が出来たからといって、2、3日で実行するつもりは無い。

むしろ、ディールとユウネとの長旅の間に、ゆっくりと覚悟と言葉を決めるつもりであったのだ。


それが、突然明日など……。


「ええ~。お呼びくださいませ、ホムラさま~。」


ゆさっ、と胸を揺らしてほほ笑むサリア。

ビキッ、とホムラの額に青筋が走る。


「う、うるさいっ! この乳でか女! 巨乳は敵よ!」

「ええ~?」


その時。



「話は聞かせてもらったぁ!!」



響く、女性の声。

全員が警戒してそちらへと目を向けると……。


「ススス、スイテンッ!!」

「お師匠様!」


深緑の長い髪をアップに纏め上げ、幾重にも重なった浴衣のような着物を纏うが、その胸元は豪快に開かれており、同性でも直視するのが躊躇せざるを得ない姿。


ホムラにとって腐れ縁、メリティース達にとって師匠たる碧海龍スイテンであった。


「何しに来たのよ、このオッパイ星人!」


突然現れたスイテンに口をパクパクさせて驚いたが、我に返り指をビシッ! と指して叫ぶホムラ。

そんなホムラを相変わらずニヤニヤしながら眺めるスイテン。


「いやあ、何か美味しそうな匂いと、どこぞの貧乳小娘に会いにいったら楽しそうだと、女の勘が騒いでねー。来てみたら、ビンゴじゃない。」


スイテンはメリティースの隣に立ち、空のグラスに神酒を注いでゴクリと飲み干す。

その美しさと妖艶さに、メリティースは思わず見惚れてしまった。


「ふふ。アナタシスさん。ライデンは私が呼ぶから、今夜は私もご一緒してもよろしくて?」

「え、あ、はい! もちろんです、お師匠様!」


メリティースはスイテンに弱い。

もちろん、四天王全員も頭が上がらない。


ホムラは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ダメー! 呼んじゃあ、ダメー!!」


「ふっふっふっふー。どうしようかなぁ?」



突然現れたスイテンに、ギャーギャー騒いで追いかけまわすホムラ。


頭を抱えるアデルに、未だ顔を真っ赤にしてパクパクと金魚のように口を開くティエナ。

そんな周囲を眺めてゲタゲタ笑うレナに、あらら~、とほほ笑むサリア。


そして、「さぁ、明日は忙しくなるわよ!」と意気込んでは酒を煽るメリティースであった。



「どうしてこうなった。」

「ディールの所為……とは言い切れないわね。」


唖然とするディールとユウネ。


明日、二組……いや、三組の恋愛模様が花開くのか。

それとも……。


不安と、そして期待を胸に秘めるディール達であった。



そんな二人と、そしてメリティースは知らない。

明日、それが原因でホムラが大暴走することになる。

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[一言] 是非続きを!!!!
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