1-5 普通のお出迎え
バルバトーズ公爵領で一夜明かしたディール達。
空が白み始めたばかりの、早朝。
「はっ……、はっ……、はっ……。」
両手で握る、白銀に輝く剣。
真っ直ぐ構え、息を短く吸う。
そして勢いよく吐き出すと同時に、剣を揮う。
規則正しく、そして一縷の隙も無く、一心不乱に剣を振り続ける。
その回数は、すでに二千回を超えた。
「はぁ~。良く飽きもしないね。」
剣を振り続けるディールに、呆れ顔で伝えるホムラ。
龍神の特性、世界に溢れる【DEAR】を取り込み続ける身のため、食事も睡眠も必要としない身体であるため、昨夜、ユウネとの “ガールズトーク” を終えた後に、一人夜空を眺めて過ごしていた。
もう間もなく明け方という頃、ディールが高級宿の庭に出てきて日課である素振りを始めたので、今度はそちらを眺めていたのだ。
素振りを眺めるのはこれが初めてではない。
むしろ、出会ってから【ディアの悪魔】を斃し、一旦別れるまでの間ずっと身近で、それどころか素振りに使われる剣そのものが魔剣状態のホムラであったため、彼女にとっては慣れ親しんだ光景である。
そういう意味では、ユウネより身近なのがホムラだ。
もちろん、そんな事を今のユウネに告げたら烈火の如く怒られる。
ホムラだけでなく、何故かディールも巻き込まれて、だ。
「飽きる、とか。……はぁっ。飽きない、とか。そういう、……はぁ。じゃ、無いから、な!」
素振りの腕を止めることなく、ディールが笑みを浮かべて答える。
じわりと滲む汗が、彼の魅力をさらに高める。
「はぁ~。私、記憶を取り戻す前はディール一筋だったのになー。」
突然告げられる、ホムラの告白。
「はい?」
思わず、素振りを止めてしまうディール。
ホムラは笑みを浮かべて、手をぱたぱたと振りながら答える。
「ほら、私をあの暗闇から抜いてくれたのが、ディールだったし。しかも良い男でしょ? 自分が何だか分からなかったけど、内心、よっしゃー! って思っていたんだよ。」
あはは、と笑うディール。
「そりゃありがとな。むしろオレの方が感謝だよ。あの時、ホムラに出会ってなかったら確実にオレは死んでいたからな。」
「その話、何度も聞かされた! 今更良いってば!」
“むしろ、私が助けてもらった”
記憶を取り戻す旅の途中、【ディアの悪魔】の策略で、一度は精神を壊されかけたホムラ。
そのホムラの正体と、過去と、全てを受け入れて救い出してくれたのは、外でも無いディールとユウネなのだから。
「……ありがとね、ディール。」
「は? 何が?」
再度素振りをしようとしたディールが、また手を止めた。
「私を、救ってくれて。」
「……それこそ、もう聞いたよ。」
照れ隠しのように、ディールは素振りを再開させた。
“素直になろう”
それが、今のホムラの本心だ。
恥ずかしい、照れるからと言って、本心を隠すのは止めよう。
“黒白の神殿” で全てを救い出してくれたディールやユウネに、大好き、という気持ちは隠さず、さらけ出してきた。
感謝の気持ちをきちんと伝えよう、と。
そして、それだけでない。
ホムラは、昨夜、決心したのだ。
「あ、いたいた。ディール、ホムラさん。おはよう。」
山間から日の光が昇り始めた頃、ユウネがタオルを持ってやってきた。
「おはよう、ユウネ。」
「おはよー!」
汗に包まれるディールと、その近くでちょこんと座るホムラが笑顔で応えた。
ユウネはトトト、とディールの傍に駆け寄り、タオルを手渡す。
「昨日は結構遅くまでホムラと話し込んでいたんだろ? 眠くないか?」
「うん、大丈夫! むしろ、清々しいよ。」
ニコニコ笑うユウネは、ちらりとホムラを見た。
顔を赤らめたホムラは一瞬躊躇したが……。
「ユウネのおかげよ。私、頑張ってみる。」
静かに、噛みしめるように宣言した。
「私。ライデンに、気持ちを伝える。」
◇
「今度来てくれる時は、もっとゆっくりしていってね~。」
領門前。
グレバディス教国へと向かうディール達を見送る、女王マーサと、公爵令嬢エリス、エリスの婚約者のマイスター。
「ええ、また寄らせていただきます。女王陛下。」
「今度はきちんと、連絡をしてから伺います……。」
少し後ろめたいディールとユウネ。
ラーグ公爵領といい、バルバトーズ公爵領といい、騒ぎを起こしてしまったからだ。
「昨夜もお伝えしましたが、私もマイスターさんも今夜にはフォーミッドへ戻ります。行き違いでなければ、そちらでもぜひお会いしましょう。」
「よろしくお願いします。」
エリスの言葉に、にこやかに応えるディール。
隣のユウネも笑顔だが、ディールに向かってドス黒いオーラを放つ。
『さ、そろそろ行くよー。』
すでに龍化したホムラがズシリ、と地面に伏せて待つ。
「ああ、行こう。」
「よろしくね、ホムラさん。」
まずディールがホムラの背に乗り、ユウネの手を引いて乗せる。
「それでは、お世話になりました!」
「挙式もよろしくお願いします!」
徐々に浮かび上がるホムラの背から、告げる二人。
手を振って見送るマーサ達であった。
「さぁて。あの二人もいよいよ式を挙げるわけだし、エリス達もそっちの話を詰めていきましょうか。」
手を振り終えたマーサは、笑顔で告げる。
「で、ですが母上……。まだ早いのでは?」
焦るエリス。
隣のマイスターも首を縦に振る。
「何を言うのよ。世界情勢は日に日に落ち着いてきているし、西側との交流もこれから活発になってくるのよ。そうなると、ハンターギルドの仕事も増えてくるの。いい加減、女王とグランドマスターなんて二足の草鞋は厳しいのよ。もう年だし。」
マーサはわざとらしく、肩に手を置いて疲れた様子を見せる。
はぁ、と溜息を吐き出すエリス。
「……そう言って、奥様方とのお茶会ばかり開くつもりではないのですか? 母上?」
「あら? それも退位後の立派な公務ですよ? エリス次期女王陛下♪」
さらに、深いため息を吐き出すエリス。
そんなエリスを見て、ますます悪戯な表情を浮かべる。
「そう言えば、マイスター君も “SS” ランクのハンターよね?」
「“よね?” って……陛下が何の相談も無く、授与されたのではありませんか。」
呆れるマイスター。
元々 “S” ランクのハンターライセンスを保持していたが、エリスとの婚約と同時に “SS” ランクをマーサ直々に授与させたのだ。
世界中の男子が憧れる “白夜の英雄”、邪神戦争でも獅子奮迅の活躍をした将軍としての実績も申し分なく、むしろ、これで “S” というのは過小評価だとして、“SS” に認定したのだ。
もちろん、これには訳があった。
嫌な予感のする、エリス。
「母上……まさか!?」
「まさかも何も! 次期女王陛下の夫であり、世界に名立たる英雄のマイスター様よ! ハンターランクも最高峰の “SS” とあれば、誰も文句は言わないわよー。」
その言葉で、脳筋のマイスターも流石に気が付いた。
「へ、陛下!? それはどうかと!!」
だが、マーサの気持ちは変わらない。
厭らしい笑顔を二人に向けて、伝えた。
「そんなわけで、次のハンターギルドのグランドマスターは、マイスター君に決定! これは女王とグランドマスターの権限による専決事項だから、異論は認めないわー。」
一度に、女王の座とグランドマスターの座を明け渡す意向。
その決断に、青ざめ、ガタガタ震えるエリスとマイスター。
“さっさと引退して、後は遊びまくる!”
そう顔に書いてある、マーサであった。
「さぁ早速、あなた達の挙式について詰めましょう♪」
「「ちょっと、待ってぇ!?」」
――――
『グレバディス教国、もう着いちゃうけど、どこに降りる!?』
大空。
次の目的地、グレバディス教国はバルバトーズ公爵領と目と鼻の先であり、馬車でも3日の距離だ。
そんな短距離など、龍化したホムラはどんなにゆっくり飛んでも、30分で着いてしまった。
「あっと言う間だな。」
「私は助かるけどね……。」
分かってはいたが、あまりに短時間で呆れるディールに、多少慣れたとは言え、まだ空の旅が怖いユウネがそれぞれ呟く。
その時。
『何か、来る!!』
ホムラが険しく、叫ぶ。
その声と同時に周囲を探知するディールとユウネ。
「これは……。」
「ウルフェルさん!?」
空中で停止するホムラに向かって、徐々に距離を詰める者。
背に広がる、黒色の蝙蝠の翼。
魔力を通すことで “変体” する、特殊魔剣だ。
世にも珍しい、自身の身体を飛翔させることの出来る【加護】を持つ男、ソエリス帝国十傑衆5位 “空戦鬼” ウルフェル・ビルザードであった。
「お待ちしておりました、ディール様。ユウネ様。ホムラ様。」
停滞するホムラの目の前で留まり、空中で丁寧にお辞儀をするウルフェル。
「お、お久しぶりです。ウルフェル、さん。」
いかにも不信感たっぷりといった声で、ディールが尋ねる。
ソエリス帝国に世話になっていた時、ラムゼルだけでなく十傑衆全員と交流する機会があった。
その中で、最も苦手だったのがこのウルフェルだ。
かつて、ソエリス帝国がグレバディス教国を襲撃した時の将軍の一人で、僅かな隙を突いて逃げ出し、姉アデルを人質に取った男だったからだ。
その後、グレバディス教国に捕虜として長い間捕らえられていたが、邪神戦争の目前、人類軍結束に合わせて恩赦という形で一時釈放され、まるで贖罪のように人類軍の勝利に向けて奮闘したのだ。
むしろ、人類軍勝利の立役者の一人でもあった。
姉アデル、【水の神子】の魔法、相手の思考を暴く “水見”
これをディアの悪魔の一人、【祝福の女神パルシス】の本体へ掛けるため、広げた翼の背にアデルと、護衛役として同じ十傑衆のミロクと【火の神子】ティエナを乗せて、命を賭けて飛び立った。
その作戦は成功したが、分体パルシスの攻撃によって右肩から腕を失った。
死の寸前でもあった中、空中でティエナを掴み、身を挺して彼女を守ろうとした。
作戦成功の立役者、そしてグレバディス教国最高位神官 “四天王” の一人を命懸けで守り抜こうとした姿勢が評価され、罪が免除されたのだった。
その後、ソエリス帝国含め大陸東側の復興と発展に尽力する傍ら、“対外的に罪が赦されたとしても、自分自身が赦せない” として、定期的にグレバディス教国へ赴き、先代教皇へ祈りと懺悔を捧げるほど、敬虔な姿勢を貫いている。
アデルへの行為もあるが、邪神戦争での働きや、そもそも一番の被害者であったアデルが “もう十分、罪を償いました” と赦しを告げたので、本来、弟ディールや義妹ユウネがそれ以上責め立てるのはお門違いになる。
それでも、何となく感情が追い付かない。
見た目は不健康そうで、暗い性格のウルフェル。
しかも、グレバディス教国や姉の一件で、ディールとユウネに対して後ろめたい気持ちもあったのだろう、顔を見合わせれば謝罪の嵐で、ソエリス帝国滞在中でも交流らしい交流が無かったのだ。
「どうして、ウルフェルさんがここに?」
疑念をもってユウネも尋ねる。
深々と頭を下げていたウルフェルは、顔を挙げて、口元だけ笑う。
「最高位神官筆頭のレナ様より賜り、御三方を迎えに馳せ参じた次第です。」
相変わらず、真面目で堅物。
灰色の髪をビシッとオールバックにして、黒い翼と一体のような黒のスーツを身に纏う姿は、まるで出来る執事か、絵本で見た吸血鬼だ。
「あ、ああ。ウルフェルさん、今日はグレバディス教国に来ていたんだね。」
「はい。先日より巡礼で訪れていたのですが、御三方がこちらにお見えになるとのことで、僭越ながらこのウルフェルめが、御案内の任を仰せつかりました。」
堅苦しい。
そうディールとユウネが思った矢先。
『あー! もう堅い! さっさとグレバディス教国へ案内してよ! こちとら、ずっと停滞し続けるのも楽じゃないのよ!?』
大声で文句を吐くホムラだった。
“空気読め!” と思わず叫びそうになるディールであったが。
「大変失礼しました、ホムラ様! では、私めの後についてきてくださいませ!」
焦るウルフェルの後に、はぁー、と溜息を吐き出してホムラはゆっくりとついていくのであった。
◇
「全っっ員ん!! 敬礼ぃぃっ!!!」
『ザッッ!!!』
「ほわああああああ……。」
グレバディス教国。
ウルフェルの案内で、中心部にある大聖堂へ続く大街道の広場へ降り立ったホムラ。
ディールとユウネを降ろし、人化となった瞬間。
街道にズラリと並ぶ、教皇軍と、等間隔で並ぶ聖騎士団が一斉に敬礼を決めた。
その光景は、圧巻であった。
思わず感嘆の声を漏らすホムラであった。
そこに、一台の豪奢な馬車。
馬車の前で三人を待つ人物。
それは。
「お待ちしておりました、【剣神】ディール様、【女神】ユウネ様。そして、我らが神、ホムラ様。」
豪奢なローブ。
金と白の刺繍が施されたズケットを被る、礼儀正しい女性。
教皇アナタシスこと、【聖者】メリティースであった。
「きょ、教皇猊下!」
大慌てで膝を着こうとするディールとユウネ。
すると「待って!」と同じく慌てて制するアナタシス。
(お二人は! 救世の大英雄っ! ここで私に頭を下げちゃダメでしょ!)
ディール達にだけ聞こえる小声で、何とか伝えた。
そのままツカツカとディール達に近づき、頭を下げた。
「この度は、遠路はるばるお越しいただき光栄でございます。何かと粗末なところですが、精一杯持て成す故、ごゆるりとお寛ぎください。」
唖然とするディールとユウネ。
頭を上げて、再度小声でアナタシスは告げる。
(この場では私に合わせて。いい、ディールさん。「高配、感謝する」と言いなさい。)
((えええええええーーー!?))
そんな尊大な物言いが、出来るわけない!
冷や汗なのか、脂汗なのか、ダラダラと額から垂れ流れるディール。
(早く!)
急かす、アナタシス。
若干、目が怖い。
「こ、こ、こ、高配……感謝、する。」
震えながら、何とか告げた。
「勿体なきお言葉。」
同時に、頭を下げるアナタシスであった。
(良く出来ました。さぁ、馬車に乗りますよ。)
未だ汗を垂れ流しながら、全身が震えるディール。
同じく青ざめるユウネ。
ホムラだけが、最初戸惑っていたが今では整然と並ぶ兵に手を振っている。
馬車。
その御者席には。
「ご無沙汰しております。御息災で何よりです、ディール様、ユウネ様。」
「お、お、お久し振りです、聖騎士団長さん!」
またもや、グレバディス教国聖騎士団の団長であった。
さらに、馬車の扉を開けるのは、
「お待ちしておりました、英雄の皆様。さぁ、どうぞ。」
最高位神官筆頭、【雷の神子】レナであった。
「レ、レナ様……。お久し振りです。」
「ユウネ様、相変わらずお美しい。さぁ、大聖堂まで御案内しますので、どうぞ。」
にこやかに、馬車の中へと促された。
馬車に乗る、ディールとユウネ、ホムラ。
その後ろから、アナタシスが乗る。
レナは御者席の聖騎士団長の隣に座った。
カポカポ、と進み始める馬車。
未だ、敬礼して整然とならぶ兵士たち。
その後ろから、民衆が歓声を挙げる。
「何、これ……。」
あり得ない出迎えで、涙目で震えるユウネだ。
隣のディールも、頭を抱える。
ホムラだけが、窓から顔を出してにこやかに手を振る。
「お気に召していただけましたか? 皆様がお越しになるのです。このくらいは当然でしょう。」
「……出来れば、止めていただきたかった。」
頭を抱えたまま告げるディールに、あら? と意外そうな声を漏らすアナタシス。
「もっとお時間をいただけたなら、子どもたちの聖歌隊演奏にフラワーシャワー、あと花火も打ち上げられたでしょう。この程度のお出迎えで大変心苦しいですわ。」
にこにこ笑いながら、それでも困った表情で告げる。
「……次は、普通に出迎えていただけないと、もう二度と来られなくなります。」
「うふふ。これが普通ですよ?」
“本当に良い性格しているな、この教皇” と思う二人であった。
「さぁ、貴方たちもホムラ様のように、皆に応えてください。貴方たち二人に目を向けられ、手を振り合わせられたなど、末代までの誉れになりますので。」
「「そこまでっ!?」」
どこまで人を持ち上げるつもりなのか、と呆れる二人。
ただ、ホムラだけが「やほー!」「はははー、くるしゅうないー!」など言いながら満面の笑みで手を振り続けるのであった。
二人も、教皇も知る由も無い。
この後、このホムラが大聖堂で大騒動を起こすことになる事を。




