1-4 憧れの二人
少し肌寒い、北側の大地。
そこに生い茂る森の中に、ふわりと降りるホムラ。
辺りの様子を確認しながらホムラの背を降りるディールとユウネ。
「よし、今度は大丈夫だな。」
「もう罪人扱いは懲り懲りだから……。」
安堵の息を吐き出すディールとユウネ。
ポワッと柔らかい光と共に、人化するホムラが顔を真っ赤にして伏せる。
「わ、私だって! わざとじゃなかったんだから!」
「分かっている、分かっているって!」
ラーグ公爵王の離宮の壁をブチ壊したホムラ。
危うく罪人として裁かれるところだったが、公爵令嬢ユフィナの “温情” で不問とされた。
本来なら、大英雄と呼ばれるディールとユウネであっても処罰は免れなかったのだろう。
だが、結婚式を、それも自国であるラーグ公爵国のレリック侯爵の宮殿で執り行い、しかも列席するのは各国の代表者たち。
さらに、式自体を取り仕切るのはグレバディス教国の教皇アナタシス自らという前代未聞の状況だ。
そんな二人を『ちょっとお騒がせした程度』『たかだか歴史的建造物をちょこっと壊した程度』で通常通りの処罰を進めたとなると、国際問題、それこそ全世界を巻き込んだ騒ぎになりかねない。
ユフィナは父ラーグ公爵国王ゲイル達へ何も告げず、自身の立場と責任で揉み消した形となった。
その意味を、深く告げられたディールとユウネ、そしてホムラは心底反省したのだ。
特にホムラは、当初、一連の事でユフィナを毛嫌いしていたが「実は結構話せる」「何となく親近感が湧く」と、それなりに気に入った様子だ。
だが、それはラーグ公爵国だったから、相手がユフィナだったからこそ免れた。
別の国、別の相手だと、どうなったか不明だ。
「次にお会いするのは……わかっているよな?」
「も、もちろんだよ!」
何故か、圧を籠めてホムラに告げるディールに、思わず敬礼ポーズをして姿勢を正すホムラ。
そんな二人のやり取りを、特にディールをジト目で睨むのはユウネだ。
「……エリス様に会うのが、そんなに楽しみなんだ。」
「え、いや! そうじゃない!!」
慌てて否定するディールだが、説得力がない。
あー、と何かを察するホムラ。
「そう言えばー。前会ったときに “天使さん” って言っていたもんねー。」
「ちょ、待て! ホムラ!!」
ニヤニヤ笑って告げるホムラの追撃もあり、たじたじのディール。
そんなディールに、笑顔だが悍ましい気配を放つユウネであった。
ディールの兄、ゴードンが15歳の成人で【剣聖】を得た時。
当時、連合軍の軍団長であったユフィナとエリスが、ゴードンのスカウトのため故郷スタビア村まで遥々訪れた。
両眼を常に閉じる美女。
輝く朱色のロングヘアに、凛とした佇まい。
そのミステリアスな風貌と美貌が相まって、絵画から現れたかのような、完璧という言葉すら生ぬるい正真正銘の令嬢。
それが、バルバトーズ公爵国次期国王、現十二将末席【闇の神子】エリスだった。
その美しさと佇まいで、当時、8歳だったディールはエリスに淡い気持ち……、初恋をした。
兄ゴードンが伴だって連合軍本部へ向かった後日、姉アデルと共に “天使さん” という呼称で、大いに盛り上がったのだ。
それから7年後。
連合軍本部フォーミッド中心部で、総統マリィと会うために訪れた総統官邸で、再会した。
その時に、思わず口ずさんでしまった言葉こそ、“天使さん”
以降、度々その言葉を出してしまい、ユウネから顰蹙を買うのであった。
「本当、楽しみよね~~。エリス様、お綺麗だし!」
笑顔、だけど明らかに嫌味を言うユウネであった。
言い返そう、とも思ったが、その失態はディールから始まっている。
グッ、と噛みしめ、ユウネに向かって頭を下げる。
「ごめん、ユウネ。」
「……そこは、ごめん、って言われたくなかったな。」
背を向けて告げる、ユウネ。
その手を取り、ディールはユウネを抱きしめ、
「オレはユウネだけだよ。」
と、告げる。
ユウネは顔を真っ赤にさせて「私こそ、ごめん」と紡ぐ。
そして二人はそのまま、顔を見合わせ、自然に唇を、
「はーい、そこまで! 久々にそれを見せつけられると、イラァってするっていうか、殴りたくなってくるっていうか、マジでやめて♪」
笑顔の怖いホムラ。
さすがに自重する、二人であった。
――――
「ようこそ、バルバトーズ公爵領へ。」
時刻はすでに夕方。
さすがにこの時間になると、領門への入場者もまばらであり、殆ど待たずにディール達の順番となった。
「公爵領へはどういう御用で?」
ディール達をジロジロと眺める門番の二人。
方や、背の高いイケメン剣士。
方や、信じられないくらい美貌とスタイルの魔導士。
そしてもう一人。
ハンターや旅人としてはあり得ないほど豪勢なドレスを纏った、背の低い少女。
何ともチグハグなパーティーである。
「あ、えっと。マーサ様とエリス様に用があって。」
「「は??」」
ディールが平然と告げると、一辺して空気が変わった。
険しい表情を浮かべる門番に、奥の詰め所からぞろぞろと3人、全身鎧に身を包んだ屈強そうな兵が現れたのだ。
それもそのはず。
装備品は最高級のものと分かっても、一介のハンターにしか見えない若い男が、突然自国の女王陛下とその令嬢に会いに来た、などと告げられれば最高レベルの警戒態勢となるのは当たり前のことである。
ディールとユウネが以前バルバトーズ公爵領へ訪問した時は、グレバディス教国の聖騎士団長が同行し、さらに教皇親書まで携えていたため国賓級対応になったが、今は違う。
若い男女のハンターに、ハンターに見えない場違いな風貌の少女、突然告げられる女王と公爵令嬢の名に、領門は騒然となった。
ディール達を囲む、門番や兵隊たち。
それを遠巻きに見る、ハンター達や商人達。
「ちょっと、どういうこと!?」
その様子に憤慨するのは、ホムラ。
少女のあり得ない態度に、領門の兵の一人が怒鳴る。
「どういう事かは、こちらのセリフだ! 貴様ら、一体何の用件で来た!?」
腰に下げる剣の柄を掴み、睨む。
その兵士、さらに殺気立つ周囲の門番たちに憤りを隠さないホムラに、怪訝そうな表情のディール。
「ちょ、っと。一体なんなんだ? オレ達はただ……。」
「怪しい奴等め! 目的を話せ!」
兵士がさらに怒鳴る。
その時、ドドドド、という音と共に、領内から騎馬隊がやってきた。
どうやら、門番が領内を守護する近衛兵に連絡をしたようだ。
騒然となる、領門。
「騎馬隊長! 不審者でございます!」
兵士はディール達から目線を外さず、叫ぶように伝える。
ふむ、と頷く近衛兵の騎馬隊長。
そして。
白い馬の上から、ディール達を見て。
「あ…、あ…、あ…。」
目と口を限界まで開き、ガタガタと震え出した。
「さぁ! 目的を話せ怪しい奴め! 偉大なる女王陛下と、敬愛する殿下への狼藉を、企てたのか!?」
続ける兵士。
その言葉に合わせて門番たちはさらに取り囲むが。
「や、や、やめんか馬鹿者どもがーーーー!!!」
騎馬隊長が怒声を上げて、兵士たちを諫める。
ギョッとして硬直する兵士たちを尻目に、慌てて馬から降りて膝を着ける隊長。
そして、続く言葉に一同驚愕することとなった。
「大っ変!! 失礼いたしました!! 【剣神】ディール様に、【女神】ユウネ様! それに、紅灼龍ホムラ様もご一緒にも関わらずこのような狼藉を働き、申し開きもございません! この者たちの不始末は、この私が責任もって対処します故、何卒、お怒りを、お収めください!!」
老齢の騎馬隊長が遜る様子。
そして、地面スレスレまで頭を下げる。
静寂が一瞬、流れた瞬間……。
「「「「申し訳ございませんでしたー!」」」」」
近衛兵たち、そして兵士に門番たちも、一斉に頭を下げた。
まさか、バルバトーズ公爵領まで徒歩で訪れたハンター達が、かの “救世の大英雄” など夢にも思わなかった。
そして一緒に居た場違いドレス娘が最強の “龍神” 、大英雄たちのパートナーである紅灼龍ホムラ本人であったのだ。
国賓級どころか、本来、この場に女王と公爵令嬢を呼びつけなければならない程の有名人を前に、狼藉を働いた門番、兵士、この場に居たもの全員が汗だくで頭を下げる光景。
相変わらず、こうした大の大人たちが自分たちに頭を垂れるような遜る様子に慣れず、焦るディールとユウネであった。
「あ、いや……。ちゃんと名前、告げなかったオレ達も、悪かった、ですので……。その、頭、上げてください。」
「ほ、本当にやめてください! もう分かりましたから!!」
耐え難いのは、二人だけ。
ただ、ホムラだけは仁王立ち。
踏ん反り返って、偉そうに告げる!
「分かったなら、よろしー!」
「やめろ、ホムラー!!」
◇
「ほ、本当に、ディール様とユウネ様だったとは……。大変申し訳ございませんでした。」
再度、謝罪する門番たち。
騒然とする中、ディール達は身分証明である、それも世界に3人しかいない “SSS” ランクのハンター証を見せて “本物” であることを証明した。
「いや……名も用件も告げず、いきなり女王陛下やエリス様にお会いしたいなんて言えば……当然ですよ。」
頭を掻きながら申し訳なさそうに告げるディール。
頷く、ユウネが続ける。
「皆様は、マーサ様やエリス様をお守りするという誇らしい任務を全うされた結果です。悪いのは私達です。」
申し訳なさそうに、それでも柔らかな笑みで門番たちに告げる。
そんなユウネの雰囲気に、全員のハートが鷲掴みにされた。
「ゴホン。」
その空気を払うように、騎士団長が咳払いをした。
「改めて。ディール様、ユウネ様、ホムラ様。この度はバルバトーズ公爵領へようこそお出でくださいました。女王陛下より、皆様をお迎えするささやかな会食の席を設けるとの王命を賜りましたので、まずは本日のご滞在場所へご案内いたします。」
丁寧にお辞儀すると、仰々しい馬車がディール達の目の前で停まった。
即断即決、ディール達一行がバルバトーズ公爵領へ訪れたという報が女王マーサの耳に届くと、すぐさま高級宿の手配に、夜の会食の準備に入らせたのだ。
ただ、相変わらず庶民のディール達。
唖然として、首を横に振る。
「あ、いえ、オレ……いや私達は、ハンターです。ハンターギルド総本山のあるこのバルバトーズ公爵領で、一介のハンターがそこまで迎え入れられるわけには……。」
断ろうとしたが、騎士団長の顔が見る見る青ざめ、今にも泣き出しそうな表情となった。
「そ、そ、そういう訳には、いかぬのです……。」
“大英雄を誠心誠意持て成すこと”
“それは、王命”
断られるなどしたら、それこそ首が飛ぶ。
またもや土下座するような雰囲気を醸し出す団長を前に。
「つ、謹んでお受けします! さ、ディール! ホムラさん! 行きましょう!!」
空気を読んだユウネ。
大英雄と呼ばれるようになって1年、こうしたシーンは何度もあった。
特にソエリス帝国で過ごした期間中、“一介のハンター” という態度と行動で、世話人であった十傑衆3位ラムゼルの胃を何度も何度も何度も痛めることとなったことやら。
『お願いですから! 周囲がそういう態度であれば、遜らず、あくまで自然にお受けください! 貴方たちの態度一つで、一族郎党が縛り首となる場合もあるのですよ!?』
それが、現実であった。
ただ、その現実が許せなかったユウネは、羞恥心と罪悪感を押し殺して『何かの罪で一族郎党が処罰されるなどというのは、女神の名において許されざる行為です。それが真に正しいことか、必ず、公平に、厳格に、見極めること、そして赦すことを考えてください。』など告げる場面もあったが、別の話だ。
ただ、その時のことを思い出したディール。
全く周囲の態度や感情に気を回さず、自分の思ったまま行動した結果、ラムゼルや【風の神子】アメリア、そしてユウネを振り回せてしまった事を反省したにも関わらず、またしても、と学習能力の低い自分を恥じながら、馬車へ乗るのであった。
――――
「やーん! 来てくれるなら、前持って教えてもらいたかったけど、ハンターだから仕方ないわよねー!」
「も、申し訳ございません、女王陛下。」
「いいのよー! おばさん、超嬉しい! さあ、せっかくだから食べて飲んで、楽しみましょう!」
バルバトーズ公爵領女王離宮。
豪奢ながらも広くも狭くもない一室。
中心の円卓テーブルに座るのは、バルバトーズ公爵女王にして世界中のハンターを統べるハンターギルドのグランドマスター、女王マーサ。
その隣には、ユフィナの里帰りもあり明日には連合軍本部へ戻る予定であった次期国王、公爵令嬢エリス。
マーサ、エリスの対面に座るのがディール達。
女王マーサの相変わらずのテンションの高さにタジタジとなるが……。
驚いたのは、エリスの隣に座る男性だ。
「まさか、エリス様のご婚約者様が貴方だったとは!」
「わ、悪いかよ!? ディール!」
男が纏う礼装は、恐らく特注品。
身体のサイズに合わせて作られたものだが、腕や胸回りの筋肉によって、弾け飛ぶのではないかと思えるほど、ピチピチだ。
長めの紺髪を後ろで縛り、髪と同じ紺の瞳を細める男性。
力強い風貌は、隣にいる婚約者である閉眼の美しく華奢な公爵令嬢のボディーガードにしか見えない。
それは、大陸全土の男児が憧れる英雄。
“漢の中の、漢”
曰く、“白夜の英雄”
またの別称、“白夜の変態”
ガルランド公爵領ランバルト子爵次期当主、であった男。
連合軍十二将第1席。
【白夜火爆】マイスター・フォン・ランバルトだ。
「うふふー、私も驚いちゃった! エリスが連れてきた人が、マイスター君だったなんて! いつの間に二人は出来ていたのかしらね~~?」
「やめてください、母上!」
「おやめください、陛下!」
ディールの言葉に呼応するように、マーサは隣り合うエリスとマイスターを茶化すように伝える。
常に凛としているが、母であるマーサと、従姉妹でもある連合軍総統マリィには感情を露わにするエリスと、そのエリスとは正反対といった男のマイスターが同じように諫める。
「私もすっごく興味があります!」
目を輝かせるユウネ。
何故なら、エリスはディールの初恋相手。
そして、マイスターは “大英雄” と呼ばれる今ですら、ディールが心底惚れこむ憧れの存在。
愛するディールの、憧れ二人が結ばれた事実。
興味津々となるのは当然であった。
それはディールも同じだ。
“天使さん” と “最高の英雄”
幼少期から憧れた二人がめでたく結ばれたという事実は、驚き以上に、まるで物語の奇跡を目の当たりにしているような感動さえ覚えた。
「それねー、私もまだ馴れ初めを聞いていなかったしー。良い機会じゃない。教えてよ、エリス。マイスター君。」
「「勘弁してください!」」
「いいじゃない~。減るわけでも無いし。ね、ディール君、ユウネさん?」
「「是非!!」」
――――
「で、ホムラ様はまだライデン様と進展がないのですか!?」
「そこはー! ガツンと! 行くべきっすよ、ホムラァ様!」
食事、そして酒も進み、ただの飲み会となり果てた会食の席。
エリスとマイスターの馴れ初め。
戦争終結時に四大公爵国だけでなく、大陸東側への支援も、グレバディス教国と行う確約をしたことで復興や支援策などへの対応は、エリスが音頭を取っていた。
そして、それを支えていたのは十二将、特にマイスターの働きが大きかった。
その合間を縫って、エリスは焦るように、婚約者探しをしていた。
それは邪神戦争の最後に、毛嫌いする従姉妹のマリィによる『婚活頑張る』宣言であったからだ。
公爵令嬢として、そして若くして連合軍の幹部として恋愛沙汰には縁が無かったエリス。
当初は、ユフィナ同様、全くうまくいかなかった。
度重なる縁談の席。
次に会うのは、ガルランド公爵国ランバルト子爵の次男であった。
本来、同盟国の次期国王たるエリスに、爵位では遥か下の子爵家の次男との縁談など、あり得ない。
だが戦争で多くの犠牲が出たこと、エリスだけでなく、ユフィナやマリィ、他の貴族の御令嬢たちも縁談求めて、奪い合いのように動き始めたのだ。
……レリック侯爵家の次女ソマリのような、『嫁や婿を迎えるにはまだ早い』と当主たちに囲まれてしまった令嬢は別として。
ランバルト子爵と言えば、十二将第1席という四大公爵国に住まう者の中では “頂点” の一つに数えられる兵となり、邪神戦争でも活躍した “白夜の英雄” を輩出した名立たる武家貴族。
ガルランド公爵国の新国王リュゲルが正式に妻を娶ったのちの受勲の儀において、子爵から “伯爵” へ陞爵する予定だ。
その立役者が、マイスター。
次期ランバルト “伯爵” の当主という立場もあった。
そのため、次男が勧められたが……。
これに異を唱えたのが、マイスター本人。
そう、彼はエリスに恋をしていたのだ!
自身の活躍で弟が、エリスとの縁談の話が舞い込んだと耳にして、居ても立っても居られなくなった。
そこでマイスターはランバルト子爵である父、そして部下でもあった国王リュゲルに直談判して、次期子爵当主の座を弟に明け渡すこと、その代わりにエリスとの縁談に自分が赴くこと、もし失敗したら子爵から廃嫡される覚悟すらあると、告げた。
父は、泡を吹いて倒れた。
だが、猪突猛進で想いを告げて、愛するナルの心を掴んだリュゲルと、マイスター同様に脳みそ筋肉の弟は、これを二つ返事で了承したのだ。
むしろ弟は、バルバトーズ公爵次期国王エリスとの縁談など何の冗談か! と避けたい一心でもあったから、喜んでくれた。
そうして、エリスとの縁談を強引に掴んだマイスター。
当のエリスは、縁談の席にランバルト子爵の次男が来るとばかり思っていたが、その場に現れたのは、着飾ったマイスター。
戦いの場では上半身裸となり、ぶっきらぼうな彼が、エリスとの縁談を四苦八苦しながら掴んだこと、ずっと密やかな想いがあったが、それが恋慕だと自覚したのは、弟が縁談すると聞かされたからだと、全身全霊で口説きにかかった。
そして、ユフィナとマリィ同様、恋愛音痴のエリス。
相対する相手の感情や気配を察する事に長けた彼女は、マイスターの不器用で真っ直ぐな想いに、コロリと落ちた。
そして、二人は婚約したのだ。
その話を、面白おかしく、マーサが茶化しながら洗いざらい吐かせた。
そして、その話を聞いたディールとユウネに、マイスターが『お前らも馴れ初めを話せ!』と騒いだことで、さらにマーサが面白おかしく、以前聞いたディールとユウネの馴れ初めを若干脚色して告げたことを制しながら、諦めて語るディールとユウネであった。
それをゲタゲタ笑いながら聞いていたホムラ。
ついに、ユウネの逆鱗に触れてしまったのだ。
『ホムラさん? ライデンさんとはどうなのですか?』
そして、今に至る。
若者の恋愛事情や奥様方の噂話が大好物の手練手管な女王マーサと、その血を引く、表裏を使い分ける人心掌握の達人たるエリス、弱いくせにディールと酒飲み大会を始めてベロベロになったマイスターが参戦し、ホムラの近況と恋愛事情を洗いざらい吐かせようとするのだ!
「わ、わ、わた、しは、別に、ライデンの事なんか!」
頭から “シュー” という音が聞こえそうな勢いで、湯気を吹き出すホムラ。
否定するが、逆効果である。
「母上、これは重症ですね。」
「そうね、エリス。貴女も心配だったけど、ホムラ様はそれ以上ね。」
言われたい放題であった。
ベロベロのマイスターは絶えず「全力でガツンと行くべきっすよー!」とばかり繰り返している。
リュゲルと言い、ディールの周囲の男はこんなのしか居ないのか、と半ば呆れるユウネではあったが……。
「マイスター様のおっしゃる通りですよ、ホムラさん。ガツンと行きましょう! それとも、ライデンさんのこと、好きじゃないのですか!?」
ビシッ! と指さすユウネ。
ブルリ、と震え、顔を真っ赤に染めて歪めるホムラは「ううう……」と紡ぎ、
「グビッ!!」
瓶ごと、高級酒を飲み干した!
「ホ、ホ、ホムラさん?」
「いい飲みっぷりっすねーーホムラ様ァ!」
グビッ、グビッ、と続けて酒を煽る。
龍神たるホムラは、この程度では酔うことは無いが……。
『ダンッ!』
酒瓶を、豪快にテーブルへ置く。
そして、纏うドレスと同じくらいに顔を真っ赤にして、叫んだ。
それは、魂の宣言であった!
「そうよ!! 私はライデンが大好きよ!! ディールやユウネ、エリスやマイスターみたいに、一緒になりたいよ!!」
沈黙。
唖然として、ホムラを見続ける面々。
涙目となり、
「何よ、文句あるの……?」
と小声で呟く。
そんなホムラを、ガバッ! と抱きしめるユウネ。
「やっと認めた! 認めてくれたぁ! 私、絶対、応援する! ううん! 絶対、二人を結ばせちゃいますからー!」
キャーキャー騒いで、ホムラを抱きしめる。
「やめっ! やめてユウネ! 分かったから!」
「頑張りましょうね! ホムラさぁん!」
“酔っているー!”
グレバディス教国の高級店の悪夢再び。
助けを求めるようにディールを見るが……。
「よっしゃあ! ホムラ様の頑張りを祝して、朝まで飲もうぜ、ディール!」
「ちょ、ちょっと!? 飲み過ぎですよ、マイスターさん!」
同じように、ディールの肩を豪快に組んで酒を煽るマイスターであった。
そんなディール達を、あらあら、と微笑ましく眺めるマーサ。
だが。
『パァン!!』
激しい、クラップ音。
全員、その音の方へ向くと、両眼を閉じながらもにこやかに、だが心底怒っているという様子のエリスであった。
「さぁ皆様、お開きにしましょうか。……特に、あなた?」
ゾワリ、とするマイスター。
恐る恐る、ディールの肩から腕を外し、すごすごとエリスの隣に、座る。
「うふふ、朝まで飲み明かすなど、お戯れを。ディール様、お困りですよ?」
「う、う、す、すみません、エリス様……。」
酔いなど、一瞬で醒めた。
婚約者とは言え、十二将の末席と第1席という関係。
そう、上司と部下の関係だ。
思わず、普段通りの「エリス様」と素で呼んでしまった。
「あ、そう、そうだ!!」
冷たくなる場を変えようと、ユウネは右手薬指のアーカイブリングから、結婚式の招待状を取り出した。
女王マーサに、公爵令嬢エリス。
さらに、連合軍からの代表として元々招待するつもりであるマイスターの分。
合わせて、ドラテッタ侯爵への招待状も取り出した。
「来年の春、私とユウネの、婚姻の儀を執り行います。女王陛下、エリス様。そして婚約者でもあるマイスターさん、どうか、ご参加いただけないでしょうか?」
頭を下げるディールとユウネ。
ついでに、何故かホムラも場の空気から頭を下げた。
「もちろん! 喜んで臨席させていただきますわ。ね、エリス、マイスター君。」
「はい。ご幼少の頃から知るディール様の婚姻の儀です。是が非でも、出席させていただきます。……ですよね、あなた?」
「もちろん! もちろんオレも参加させてもらいます!!」
三者三様、出席すると答えてくれた。
ホッとするディール達。
「ドラテッタ侯爵も、私から臨席するよう、この招待状を携え伝えておきます。ご安心ください。」
「よ、よろしくお願いします!」
こうして、ディール達は2つ目の目的地、バルバトーズ公爵国からの招待者へ、無事に婚姻の儀の招待状を手渡すことが出来た。
安堵の表情となるディールとユウネに、マーサはコーヒーを飲んで尋ねる。
「ラーグ公爵国、バルバトーズ公爵国と来たので、次はグレバディス教国かしら?」
「は、はい! そのつもりです!」
今夜はマーサが用意してくれた最高級宿にお世話となり、明日にはグレバディス教国へと出発する。
婚姻の儀で、最も重要な人物。
挙式を執り行う “最高責任者”
教皇アナタシスこと、【聖者】メリティース・ルイニアナ
そして、教皇が執り行うとなると、それを補佐する人物たち。
“最高位神官” 四天王の、4人。
その内一人こそ、ディールの実姉。
【水の神子】アデルだ。
「ところで、アポイントは取っていますか?」
目を閉じたままエリスが尋ねる。
あ、と声を上げるディールとユウネ。
「取っていませんよね……。ここに来るのも突然でしたので。」
「それを言うなら、ユフィナちゃんの所為じゃない? 連絡があっても良かったと思うの。」
エリスとマーサの言葉に、申し訳なさそうに頭を下げる。
そんなディール達を宥めるように、にこやかにマーサが続ける。
「安心して。怒っているわけじゃないの。ただ、二人は救国の大英雄に、ホムラ様は、偉大な龍神様。それにディール君とユウネさんは、ほら、“SSS” ハンターじゃない! 突然訪問すれば、それだけ影響が大きいってことよー。」
それは、先ほど領門で経験した。
しかし、連絡手段の無いディール達だ。
もちろん、そのことを重々承知しているマーサ達。
「私の方から、レナ様に連絡を入れておきます。あちらにはアデル様もいらっしゃるので、頼られるといいわ。」
「ありがとうございます、女王陛下!」
そして、一つ頷いてエリスが続ける。
「私とマイスターさんも、明日にはフォーミッドへ戻ります。飛翔系召喚の加護を持つ者を頼るのですぐ戻れるはずですが、ホムラ様の方が早く到着するかもしれません。なので、私からも阿呆……じゃなかった、マリィさんに連絡を入れておきます。」
相変わらず、仲の悪そうなエリスとマリィだった。
思わず阿呆と呟いたエリスに「マリィ様に言ってやろー」と呟くマイスター。
その膝をパン、と叩くエリス。
何だかんだ、仲睦まじい婚約者となった二人。
最初は驚きもしたが、こうして見るとお似合いな “天使さん” と “憧れの英雄” だと思うディールであった。
「失恋ね、ディール。」
「初恋は実らない、って言うからな。」
「……私、ディールが初恋の相手なんだけど?」
「う、ぐっ! あ、ユウネ。そういうつもりじゃ無い!」
最高級宿に入った二人。
早速、やらかしてしまったディールであった。
そして。
「私も、ライデンが初恋の相手なんだけど……。」
別室をあてがわれたホムラ。
先ほどぶっちゃけたことで、ユウネから『今夜もガールズトークしましょう!』と誘われ、逆にその別室にはディールが寝ることとなった。
ディールの失言、ユウネとホムラの顰蹙を買う。
「ホムラさん、これは、明日 “お義姉様” に教育してもらう必要がありますね。」
「そうね、ユウネ。アデルもきっと激怒よね。」
青褪めるディール。
「そ、それだけは!」
「どうしようかなー?」
必死の説得の上、二人の麗しい女性に明日、宿の最高級紅茶とケーキを奢ることで何とか機嫌を取る。
ちなみに、“天使さん” と “憧れの英雄” も似たような攻防を繰り広げられていたなど、夢にも思わないディールであった。
尻に敷かれる英雄達。
“下手なことは言わない” ことを誓うのであった。
度々、その誓いは “うっかり失念” でその都度顰蹙を買うことになるが、もちろん知る由も無い。




