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月光の下で


 グリゼルダさんに言われ、南に進んでいた俺だが直ぐに何のことかわかった。


「あれはジャママとリンクルか? 二匹とも何でここに」


 二匹が月光の下で戦っていた。






<ガゥッ!>

<……バゥン>

<ギャンッ!?>


 勇猛果敢(ゆうもうかかん)に攻め立てるジャママの攻撃を容易く躱すリンクル。

 そのまま後ろ脚で蹴り飛ばす。体はジャママの方が大きいのに、リンクルの力はジャママを上回っていた。


 木にぶつかり、倒れ伏す。


 それでも顔をあげようとした時、次いで頭を真上から踏まれた。


<……バゥ>

<ガゥゥッ……!>


 リンクルがジャママの頭を踏んづけていた。

 ジャママは唸り返す事しか出来ない。やがてリンクルが脚を退けてもジャママは悔しげに頭を上げようとはしなかった。


 そう、ジャママはリンクルに頼み鍛えて貰っていた。昼の時にも感じたが、リンクルの強さは遥かにジャママを上回る。犬と狼という、近い種族であれば何かしら強くなるきっかけが掴めると思ったのだ。


 しかし結果は惨敗。

 圧倒的な実力差で敗北した。ジャママにとってこれは幾度も経験したことだ。



 オニュクスの時は自らの力の差を明確に感じた。

 だから戦えなかった。戦っても負けると分かっていたから。


 スウェイの時は油断はしていなかった。

 でも、容易く突破されアイリスを連れ去られた。


 シュテルングの時は、食い下がるも痛みを感じない相手になんの痛痒も与えず、加えてあと一歩の所で死ぬ所だった。



 情けない。不甲斐ない。


 そして何より悔しかった。


 力不足は何の免罪符にもなりはしない。

 ジャママは獣の世界で育った。だからこそ、理不尽さ、弱肉強食の世界についてある意味人間以上に理解している。


 親も、弱かったからオニュクスにいたぶられ、弱い人間を襲い、強い人間(アヤメ)に狩られた。

 それが摂理だ。


 力が無ければ何も守れない。


 強くなると。

 強くなってアイリスを守ると。

 そしてゆくゆくはアヤメにーー自身を認めさせると。



 リンクルもまた、ジャママのその心に気付いていた。


 リンクルはリンネを守ると誓い、此処までの力を身につけた。猟犬とは言え、その力はより上位の魔獣には及ばない。


 だからこそ、それを倒す為に牙を磨いた。研ぎ、磨き、鋭くした。その牙は自らより上の魔獣相手の首へ届くまでに鋭利に鍛えあげられた。


 リンクルから見れば今のジャママは昔の自分の写し鏡だ。


 だからこそ、徹底的に鍛えてやろう。

 獰猛な、野生を露わにリンクルが笑う。

 それを見てジャママも応えるように笑った。


<ガルルゥゥウゥゥ!!!>

<バウゥゥゥウゥゥ!!!>


 二頭の応酬は絶え間なく続いた。









「心配になって見に来たけど、これは俺は見ない方が良いな」


 何か譲れないものがあるのはわかった。


 だから音も無く、アヤメは立ち去った。












「イフィゲニア!!? イフィゲニア何処だ!!?」


 それは俺が眠りにつき、その後エドアルドとグリゼルダさんが交代してすぐの事だった。

 血相を変えたグリゼルダさんが、大声で自らの娘の名を呼んでいた。


「ふわぁ……なんですか?」

「大声出さないでよ。近所迷惑だわ」

<ガゥゥ……>


 寝ていたアイリスちゃん達が起き上がって来る。いつ戻ったのかジャママもそこに居た。しれっと最初から居たように戻っていた。

 そこに元騎士団の団長だからか油断なく武装し、神妙な顔をしたエドアルドも現れる。


「何事ですか? 不測の事態でも起きたのですか?」

「イフィゲニアがいない! 辺りにも気配を感じない!」

「何だって?」


 のっぴきならない事態に俺も焦りを感じた。


「えっ。で、でもわたし達も近くで寝てましたけど気付きませんでしたよっ。ジャママだって」

<クゥン、クゥゥン>


 首を振るジャママ。

 ジャママの索敵能力は並外れている。幾らリンクルと修行していたとはいえ何かしら異変があれば気付くはずだ。


「攫われたって事? でもそんなのあり得るの? ここにいる全員が気付かないなんて」

「いや、攫われる可能性はない。恐らくイフィゲニアは自らいなくなったんだ。イフィゲニアは"消命しょうめい"を扱える!! 意図的に自らの存在を希薄にさせる技で、付近ならともかく、遠く離れた所でそれを使われたら俺ぁの"感知"でも察知できねぇ!!」

「お待ちを。何故彼女が自らの意思で貴方から離れたのですか? 彼女のべったり加減は我々が知る所ですよ」

「……恐らくにいちゃんとの会話を聞いたんだ。それしか思いつかねぇ」

「あの時か? だが、それぐらいで……。いやっ、まてよ」


 イフィゲニアはずっとグリゼルダさんに守られていた。良くも悪くも、それは彼女にとってとなっていた

 なら何かしらグリゼリダさんに対して、安心させたいと思うのも無理はない。


 それが自分から居なくなるという行動を起こしたのか? なら彼女が向かった先は……俺達が探している村を襲っては不可解な痕跡を残す魔獣か!


「一体何事ですか?」

「リンネさん」


 騒ぎを聞きつけたのか、リンネさん達もやって来た。

 俺は今にも飛び出そうとしているグリゼルダさんをエドアルドに任せ、リンネさん達に事情を説明する。


「つまり、貴方の娘さんがひとりで村を襲って来るであろう魔獣を討伐しに、勝手にいなくなったという訳ですわね」

「このような場所に連れて来るからではないでしょうか。危機管理能力に驕りがあったと思いますが」

「ヒノハ、あまり言う事ではありませんわ。それに認めたのはわたくし自身です。彼らの戦闘能力も昼間に見たでしょう?」

「申し訳ありません、お嬢様」


 ヒノハさんを咎める。

 グリゼルダさんが頭を下げた。


「悪い。俺ぁの娘の所為で迷惑をかけて」

「物事に全て予定通りに動く事はありませんわ。とはいえ、夜に飛び出すなど浅はかとは言わざるを得ませんが。仕方ありませんわ。ランドルフ、貴方も手伝ってあげてさっさと見つけて差し上げなさい」

「……そうしたい所なんだがなぁお嬢様。それは無理だわ」

「は? なんでですの?」


 上を見るランドルフ。

 俺もつられてみるとポツポツと雨が降り始めて来た。


「雨、降って来ちまったからよ。オレの鼻じゃ無理だわ。パイセンも無理だってよ」

<バゥゥ……>

「はあぁぁぁぁ!? 貴方あれほど自分の鼻に自信を持っていたじゃないですか! それが雨如きで無理と諦めるなんて何の為の獣人の血筋ですか!」

「んな事言われても!?」


 責め立てるリンネさんにたじたじのランドルフ。

 俺は冷静に状況を把握する。


「とにかく、イフィゲニアを探すとしよう。だが、村の方も放っておく訳にはいかない。リンネさん、彼女の事は俺達が自分達でなんとかします」

「いえ、わたくし達もやりましょう。一度やるといったのに何もできませんでしたら、わたくしの家系の恥ですわ」

「だけど、村の方が手薄になっちゃいます」

「村は此方こなたに任せなさい」


 俺の懸念を感じ取ったのかキキョウが進み出た。


「キキョウ。良いのか?」

「えぇ。それにもし仮にこの隙をついて魔獣が現れても此方(こなた)に敵うはずもないわ」


 キキョウの実力は俺が一番よく知っている。

 だから俺は頼む、と彼女に任せることにした。キキョウは胸を張って受け入れた。


「わかった任せる。ならイフィゲニアの捜索だが」

「わたしも行きます! 確かに臭いは流されちゃうでしょうけど、それでも微かでも辿ることができるはずです! それにもし怪我をしていたら治してあげないといけません!」

<ガウッ!>


 アイリスちゃんが手をあげる。

 可愛がっていたイフィゲニアが心配なのだろう。俺はその思いを受け取り頷く。


「悪りぃ、にいちゃん達。そしてお貴族様も」

「困った時はお互い様さ。それにまだ早いですよ。イフィゲニアが見つかってからだ。急ごう」


 イフィゲニア……無事だといいが。





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[一言] キキョウが頼もしい
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