事は進む
ネット小説大賞ダメでした。悔しいけど、仕方ありません。書籍化の決まった方々はおめでとうございます!
あと1ヶ月ほど投稿せずに申し訳ありませんでした。これからも不定期になります。
今回も自作のイラストがありますので、ご了承下さい。
出発して、2日。
「アヤメさんアヤメさん見えてきましたよ!」
「本当か?」
アイリスちゃんの報せに、馬車から顔を出す。
見れば確かに村が見えてきた。
村に着いた俺たちの前に、先に到着し村を守護していたリンネさんの私兵達がいた。
リンネさんが馬車から降りると、彼らは一斉に礼をとる。
「リンネお嬢様、お待ちしておりました」
「ご苦労様でした。貴方達は一度休憩を取りなさい。その後、この村で即応できるようにしつつ待機しておきなさい」
「はっ! しかし護衛はよろしいのですか?」
「わたくしにはリンクルがいます。それにランドルフとヒノハもいます。わたくしよりも、この村の住人を守る事を貴方達に命じます。よろしくお願いしますわ」
「了解致しました!」
リンネさんの部下達は敬礼し、その場を後にする。
「さて、目的地に着きましたが既に夕方、今から探索しても効率が悪いでしょう。明日から本格的に調査を開始したいと思います。明日からは忙しくなりますわ。貴方達も今のうちに英気を養っておくとよろしいです」
「それならばお嬢様、温泉に入ってはいかがでしょう?」
ヒノハさんが提案する。
「温泉? あるのそんなの?」
「温泉! 良いですね! 是非とも入りたいです!!」
アイリスちゃんが目をキラキラさせる。
「まぁ、確かに到着するまでに日数がかかり、その間は湯に入れませんでしたからね。よろしいでしょう。ヒノハ、ランドルフ、村の長にその事も含めて話に行きますわよ。貴方達も少し待っていてください」
「ふぁ〜、あったかくて気持ちいい〜」
<クゥ〜ン>
蕩けたような声を出し、へにゃっとだらしない顔をするのはアイリスだ。
彼女は髪の毛を束ね、身体中の疲れが取れていき、じんわりと温まる感覚を味わい温泉を満喫する。
ジャママも寄り添うように頭にちょこんとタオルを乗せて入っていた。
一方でキキョウは岩に寄りかかりながらバテていた。
「熱い……熱すぎるわ……」
「えぇ? まだ入って五分も経ってませんよ?」
「此方は熱いのは苦手なのよ……あぁ、熱いぃ……」
パタパタと手で扇ぐ。その姿をじっと観察するアイリス。
キキョウの仕草は妙に色っぽい。何よりも目立つのは二つの山。温泉に浸かっている時も浮き、存在感抜群だった双丘だ。
「わたしだって、あれくらいに成長するはず……!」
なお、エルフの成長は遅いので身を結ぶにはかなりの年月がかかる。アイリスの夢が叶うのはかなり先の話である。
「流石はオススメするだけの温泉ですわ。浸かれば疲労回復や美肌効果は勿論の事、恐らくは飲んでもある程度の効能はあるでしょうね」
一同が温泉に入る中、リンネだけが衣服を着用したままで足だけを湯につけていた。
「あれ、リンネさんは入らないのですか?」
「いっ!? わ、わたくしは遠慮しますわ。貴族たるもの、例え同性であっても肌を晒すことははしたないことですわ」
「そうですか。なら仕方ないです。こんなに気持ちいいのに」
疑問に思いながらも無理強いをする事はない。
残念だなと思いながらもアイリスはそれ以上追求しなかった。
そのまま視線をズラし、堪能しているヒノハを見る。
「貴方は入るんですか?」
「当然です。折角の露天風呂なのですから入らねばそんでございます。この湯には美肌効果もありますから」
「主人放っておいて良いの……って聞きたかったけど、あのぶさかわ犬も入ってるし今更よね」
キキョウの言う通り、リンクルも頭にタオルを乗せながら湯に浸かっていた。
「やっぱり貴族って大変ですね。こうしてみんなでワイワイ温泉に入る事も出来ないだなんて。肌を見せて良いのは殿方だけってやつですか?」
「確かにそのような考えもありますが、使用人が一緒に入り髪の毛を洗う事もあるので一概に言えません。それよりも、大きな理由はお嬢様の胸は特殊ですので」
「特殊? 確かに年齢の割にはかなり大きいわね。ちみっ娘と比べて」
「それは言わなくていいじゃないですか!」
憤慨するアイリス。
実は気にしていたのだ。この中で自分だけが小さいことも、見た目は同世代っぽいリンネには確かな膨らみがあるから余計に。
「いえ、そうではなく。中に」
「ヒノハ! 余計なことは言わなくていいのですわよ!」
咎めるような声が響く。
ヒノハは悪びれる様子も無く、肩を竦め瞳を閉じて湯を堪能する。
「全く……ん? あひぃっ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「な、なんでもないですわ!……ちょっと、どうして急に動くんですのっ? 自分達も入りたい? あとで入れてあげますから今は我慢してくださいましっ」
何かボソボソと自らの胸に向かって語るリンネ。
その様子に二人も追求したら不味そうな雰囲気を感じ、おし黙る。
(フィアも一緒に入れたらよかったんですけど)
アイリスはこの場にはいないイフィゲニアの事を考えていた。彼女は一人、この場から離れて待っている。グリゼルダも残ろうとしたが、イフィゲニアは疲れを癒して欲しいと彼の事は温泉へと見送った。
イフィゲニアも女の子だが、頭に生える角と紫の瞳の所為で魔族だとバレてしまう。せめて角がもっと別のであれば瞳を閉じる事で獣人であると誤魔化す事も出来たのだろうに。
はぁ、と今度は堪能の息ではなく憂鬱な息を吐く。
「アヤメさん覗きに来てくれませんかねぇ」
「ちみっ娘、何言ってるのよ……」
一方その頃、男湯。
「はぁ、はぁ。やるじゃねぇか、獣人のあんちゃんよぉ」
「そっちこそ、オレに匹敵する奴なんて初めて見たぜ」
「はっはっはっ! 匹敵だと? 冗談キツイぜ、俺ぁの方が上だろ?」
「がっはっはっ! そっちこそ、嘯いてるんじゃねぇ。オレの方が上だ」
「二人とも、折角の温泉なんだからもっとゆっくりつかろうじゃないか。な?」
今、グリゼルダさんとランドルフは互いに睨み合っていた。
始まりは単純だ。
誰が一番筋肉があるかを比べようとグリゼルダが言ったのだ。それに乗ったのはランドルフ。アヤメもそれに巻き込まれた。
やがては筋肉讃美から、互いに己の肉体が一番といい剣呑になったのだ。
「風呂とは体を、心を安らげるもの。あのように騒ぎながら入るとは風情がございませんね。ふぅ、良い月です。風情があってとてもーー」
「うわぁぁっ!?」
一人ひっそりと湯に浸かりながら、注がれた酒を飲んでいたエドアルド。彼は醜い、もといしょうもない争いに参加せず悠々と温泉を堪能していた。
そこへ飛ばされたアヤメが着水した。
発生した波に全ての酒がひっくり返り、エドアルド自身も盛大に生じたお湯を頭からぶっかかる。
「……………………」
「ふはははっ! まだまだだなぁ、にいちゃん!! ……あん? お、おいやっくん何槍持ち出しているんだ!?」
「ちょっ!? 湯に武器を持ち込むなよ! やべぇ、あいつの逸物でオレらが貫かれる!」
「ま、待ってくれエドアルド!?」
「喧しい。この風情に相応しくない輩は叩き出します」
男湯の喧騒は女湯まで聞こえ、合流した際何故か男達は尻を押さえていたという。
次の日から本格的な調査が始まった。
未だこの村は無事だが、もし襲われるとすれば何かしら兆候があるはず。森を調査する俺達だがそこで予想外の事態に陥った。
「最近森が騒がしいとは聞いていたが、此処まで人里近くにまで来るだなんてなッ!」
「はははははッ! 随分と熱烈歓迎だな!」
俺とグリゼルダさんが襲い来る魔獣を片っ端から倒していく。
そう、俺たちは魔獣の群れに襲われていた。それも連続でだ。
「我が盾を貫けると思わない事ですな」
「悪りぃが此処から先は近付けさせる訳にはいかねぇなぁ。お嬢様の前なんでな」
幸いにも戦力としては此方が上だ。
元勇者の俺に、元騎士団長のエドアルド。
『鬼武刀』と名高いグリゼルダさんに、リンネさんの護衛の獣人のランドルフ。
この戦力ならば例え魔族相手でも優勢を取れるだろう。
しかし、襲い来る魔獣に終わりは見えない。
<ガウッ!>
ジャママが警告するように吠える。
木々の上から新たな魔獣が降り立って来た。
<ウホッ、ウホホッ!>
「まさか'剛腕大猿"までもがこの場に現れるだなんてっ。……リンネさん!?」
アイリスちゃんの視線の先には一人で前で進むリンネさんの姿があった。
<ウホホゥッ!>
「おやめなさい。貴方ではこの場にいる方々には誰にも勝てません」
<ウホッ!!>
振りかざされる"剛腕大猿"の拳。
リンネさんにぶつかると思った時、横合いから飛び出たリンクルに"剛腕大猿"は組み伏せられた。
「帰りなさい。此処は貴方達のいるべき場所ではありません」
<バゥゥッ>
リンネさんの語りとリンクルの凄み。
魔獣達は瞬く間にその場から逃げ出した。
「お嬢様、無茶し過ぎです。幾らリンクルの力を信じているとはいえ不本意に身を危険に晒すのは愚策かと」
「『魔獣使い』はわたくしだけです。ならばわたくしが最も説得に適していると判断したまでですわ」
ヒノハさんの苦言に対してもリンネさんはもっともな言葉を返す。
「態々説得しなくても倒せばよかったんじゃねぇのか? あの程度なら俺ぁ達の敵でもないだろ」
「無駄に命を奪う必要などありません。特に勝敗がわかっているのが明確ならば尚更。それが魔獣であれ、命は尊重すべきです」
グリゼルダさんの問いにリンネさんは毅然と答える。
「"剛腕大猿"は本来であれば森の奥地に棲む魔猿。性格も温厚で滅多に人を襲う事もない。にも関わらず、殺気だってこちらを襲ってくるだなんて」
「殺気、ていうより焦燥の感情だな。貴族の嬢ちゃん」
「焦燥?」
「グリゼルダさん、わかるんですか?」
「まぁな。俺ぁ"感知"が使えるしある程度の相手の感情はわかる。で、だ。貴族の嬢ちゃんの話を踏まえると普段襲う事のない魔獣が人を襲った。それも普段の縄張りとは異なる場所でだ。となると、見えて来ないか?」
「何か異変が起きているって事ね」
キキョウが逃げ出した"剛腕大猿"の方向の森を睨む。
アイリスちゃんが一歩進みでて木に触れた。
「その考え間違ってはないと思うのです。草も木も怯えています。怯えさせる何かが、この森にはいます。まだそれが何かまではまだわかりません。けど」
「けど?」
「精霊が言っているのです。アレは歪だ、と」
「歪……」
どういう事だろう。
歪、即ちあってはならないものと言うことか?
「どちらにせよ、もう少し探索する必要があるでしょう。先程のような事がないとは限りません。各員警戒を怠らないで下さい」
アイリスちゃんの言葉はへどろのように俺の頭にこびりついていた。
如何に警戒していても、人である以上睡眠は必須となる。俺達は調査の為に森の中で過ごす事になった。代わりばんこに警戒する必要があった。
その際今は俺が夜警の番だった。
「よぉ、にいちゃん」
「! グリゼルダさん」
相変わらず気配を感じずに背後に迫っていた事に軽くびっくりするも、慣れたものだ。
彼はどかっと俺の隣に座る。
「どうして此処に? イフィゲニアはどうしたんだ?」
「あぁ、イフィゲニアなら寝た。それに次の番は俺ぁだろ? なら少しくらい早く来ても良いと思ってな」
「グリゼルダさんこそ、無理せず休んでくださいよ。昼間数多くの魔獣相手に戦ったから疲労しているだろう?」
「いや、伝えたいことがあってな。それもあって早く来たんだ」
「伝えたいこと?」
「あー、まぁ、そうだな」
グリゼルダさんが歯切れ悪そうに頰を掻く。
俺はじっと待っていた。
「……ありがとな」
「どうしたんだ、急に?」
「イフィゲニアのことさ。ここ最近で随分と笑顔が増えた。どれだけ俺ぁがイフィゲニアを守ろうとしても勝てないものがある。寿命だ。どんなに足掻いてもな、俺ぁが先に死ぬ。そしたら、アイツは一人ぼっちだ」
「それは」
二人を分かつものがあるとしたら寿命だ。
恐らく、いや確実にグリゼルダさんの方が先に死ぬ。
「これまた偶然だが、にいちゃん所にはエルフの嬢ちゃん達がいた。なら、少なくともこの先誰か友達は出来たんだ。あいつは一人ぼっちじゃねぇ。それが俺ぁ、嬉しいんだ」
それは親としては当然の感情なのだろう。
娘が笑顔になって喜ばない親はいない。
「だからよ、にいちゃん達には感謝してるんだぜ? なんだかんだでイフィゲニアも楽しんでいる。勿論そんなのはおくびも出さないが。これで少しは俺ぁ以外の人の事、信用出来るようになりゃ良いんだが」
「はははっ、俺はまだ彼女に嫌われていますけどね」
「あー……それについては謝る。すまん」
「いえ、気にしてはいないんで。それに、彼女の気持ちもわかる。俺はいつか彼女が許してくれて仲良くしてくれるのを待つ事にするさ」
あれくらいの娘は複雑なお年頃なのだろう。
だから、待つ事にする。待つ事は慣れてるし、苦でもない。でもグリゼルダさんは別の意味に捉えたようで
「なんだなんだ、悪いがイフィゲニアはやらねぇぞ? どうしても欲しかったら、俺ぁを倒してからにしろよ? 骨をバッキバキに折ってやるからな」
「そんな事一言も言ってないんだが!?」
「はっはっは。冗談だ」
「だったらその拳下げて欲しいんだが」
気迫のある笑顔のままグリゼルダさんは拳を構えていた。思わず冷や汗が流れる。
「……けどよ、いずれはイフィゲニアが信頼できる奴が現れて欲しいってのも事実なんだ。俺ぁが生きてるうちにな」
「……いつか現れるといいですね」
「あぁ」
頷くグリゼルダさん。
焚き火に照らされた顔は、『鬼武刀』として恐れられた男ではなく親としての顔だった。
「そろそろ交代だな」
「あぁ。じゃあわ後は任せます」
「おうよ。あ、そうだにいちゃん。寝る前に一度南の方向へ少し進む事を勧めるぜ。そうすりゃ、面白いものが見れる」
「なんですか、それは?」
「はははッ、まぁ直接見ればわかるさ。強さを求めるのは人だけじゃねぇってことさ」
よくわからないがグリゼルダさんはこれ以上教える気はなさそうだ。
俺は首を傾げながらも彼の言われた通り、南に歩みを進めた。
アヤメ達に気付かれない位置でイフィゲニアは一連の会話を聴いていた。
彼女はグリゼルダにも気付かれぬように気配を消し離れた後、ポツリと呟く。
「あたしは、とうちゃんの重りになんてならない。とうちゃんが安心していられる為にもっともっと強くなる」
イフィゲニアにとって自らがグリゼルダにとって負担になっているのではと常々思っていた。
今回の話を聞いたイフィゲニアはすぐにでもグリゼルダを安心させてあげたいと気持ちがはやってしまう。
「例の変な魔獣、それをあたしが先に倒したらとうちゃんは安心できる! 待っててね!」
決意を胸に秘め誰にも知られる事なく、一人でイフィゲニアは山奥へと進んでいった。




