巧技
幾度となる鍛錬を積み重ねても、俺はグリゼルダさん相手に勝ち星をあげることは出来なかった。
幾ら向かおうと先手を取られる。
洞窟の時みたいな奇襲を使わないと俺はグリゼルダさんに傷すら与えられない。
「ぐっ……ま、負けた」
俺は剣を支えに膝をつく。
今俺の腕には二本剣がある。武器屋で買ったファッブロのよりも劣る代物だが、それでも隙をつけると思っていただけに手も足も出なかったのは酷く悔しい。
「にいちゃんは十分強いぜ。俺ぁ相手にここまで食い下がる奴にあったのは久々だ。他の『武術家』でありゃ、勝てるだろう。だが、俺ぁ相手には
ま、今のままでも鍛える前よりかは強くなってるぜ。だから、そろそろ良いんじゃねぇか?」
「いいや。まだだ……。俺はまだまだグリゼルダさんの強さを物に出来ていない」
「おいおい、ちったぁ自分の身体を労われよ。人生長いんだ。そんな生き急ぐ必要はないはずだぜ?」
そんな暇はない。
今尚魔王軍は人々を虐げている。
ならその時が来た時に人々を救う為に必要な強さを得るのに、休んでなんかいられない。
「俺は……弱い」
「そんなことぁ」
「弱いんだ……! 俺はッ!!」
俺はただの力の無い人だ。無力な人間だ。
救世主を目指すといってどれだけの命が俺の手からこぼれ落ちた?
全ては俺が弱いせいだ。
「弱いのは嫌だ、悔しいんだ。守りたい人を守れない。助けたい人を助けられない。何かを失って自らの弱さを嘆くような事はしたくないッ……!」
俺にはもう聖剣も、技能もない。
だから頑張るんだ。だから努力するんだ。
後悔しないように。
これは俺の意地だ。
「……護るなぁ」
ポツリとグリゼルダさんが呟く。
何か共感したような声色だった。
「本来なら俺ぁ、にいちゃんにコレを教えるつもりなんてなかった。だけどよぉ、にいちゃんの姿を見ていたら生半可な気持ちで付き合っていたのは俺ぁの方だと気付かされてな。だからこれは俺ぁからの謝罪と受け取ってくれ」
グリゼルダさんは語り始めた。
「『武術家』はなぁ、他のどの職業と比べて一切何の道具も使わない、自らの身体だけが武器だ。そうなると一々技能を使ってたらどうしても追っつかねぇ部分がある。だから俺ぁはそれを無くすことにした」
「無くす? それは一体」
「技能に頼る事のない動き。これを俺ぁ"巧技"と呼んでいる」
「"巧技"……」
俺の"絶技"のようなものだろうか?
「"巧技"には意識の隙間を縫って相手との距離を一瞬で詰める"無拍子"独特の足捌きで死角に回り込む"陽狼"、身体の一部を一時的に強化して鉄くらいの強度を誇る"鉄硬"、相手の気配をより強固に感じる"感知"。まぁ、他にもあるがこんな所か」
グリゼルダさんは四つ指を立てる。
「特に"感知"については、誰でもねぇにいちゃんが俺ぁに相手によくしてやられただろう? 洞窟の戦いで特に俺ぁがにいちゃんややっくんの攻撃を捌いていたからな」
「……まさか!?」
「そうさ。"感知"は相手の存在をより強く感じられる。例えば相手が自分に向けて何をしようとしているのかの気配もな。だから俺ぁには一切の不意打ちが通用しねぇ。やっくん、アンタが背後から槍を投げた時もそうさ」
あの時のカラクリはそれか!
途中途中あった俺の動きを先読みしたような動きもそれだったのか。
「にいちゃん。アンタ『魔法使い』についてどう思う?」
「え? それは、やはり他の職業と比べて様々な事を出来るという印象だ。やはり、火、水、風、土といった万物の属性を操れるという事は汎用性に優れている」
「まぁ、その認識にゃあ間違いはねぇな」
グリゼルダさんの言葉は外れでもないが当たりでもないといった感じだった。
「人間にやぁ、魔力がある。だが魔力を使って何か出来るのは火・風・土・水の『魔法使い』か『白の魔術師』『黒の魔術師』、魔法国ペンタグラムの規定する6つだけだな。となると、おぉ見てみろよ! 世の中の職業の殆どが魔力なんて関係ないわなぁ! けど、須らくして人間っつー生き物には魔力がある。大なり小なりあるが、それでもある。だが、『魔法使い』ら以外の奴らはこの魔力を持っているだけだ。なら、その他の職業、その使われない魔力はどこに行った?」
「技能で使われているんじゃないのか?」
「おいおい、だったら【魔力操作】を覚えられてなきゃおかしいだろ」
「あ……そうか」
【魔力操作】は魔法使うのに前提となる技能だ。『魔法使い』と『白の魔術師』と『黒の魔術師』しか覚えられないのなら、他の職業が技能を扱えるのは矛盾することとなる。
「"巧技"を扱う事で重要なのは、前提として全ての生物は魔力を持っていると感じて、それを扱えるようになることだ。先程の"感知"の存在を強く感じるっつーのも言っちまえば相手の魔力を感じでるってことだ」
「なら、【魔力操作】がないにも関わらず魔力を扱えるようになるのか……。すごいな」
「因みにこれは俺ぁが開発した」
「なっ!?」
「あそこで生き抜くにはこれらを覚えねぇとヤバかったからな。まぁ、これは重要じゃねぇ。重要なのは此処からだ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」
グリゼルダさんが話を続ける。
「"巧技"と基本、土台となるもの。それが"闘気錬成"だ。言っちまえば『魔法使い』の《魔力操作》を、技能無しで扱うようなもんだ。身体中に満ち溢れさせ、強化する。さっき言った4つの"巧技"もその延長線上、派生したに過ぎねぇ。細かく分類なんてものは出来ず、多分型は無限になる」
「少々お待ちを。それは矛盾では? 【魔力操作】無くして魔力を練るとは」
エドアルドの質問にグリゼルダさんは頭をかく。
「んー、ここがややこしい所でな。魔力操作を使わなくとも人間ってのは魔力を消費しているんだよ。傷を治したりする時にな。確か嬢ちゃんは『治癒師』だよなぁ? あれも相手の魔力を使って細胞を活性化させて傷を塞いでいるだろ?"闘気錬成"の場合はそれを筋肉や骨に注ぐ事で活性化させ、一時的に力を上げるっつーことだ。多分、『白の魔術師』の他人にかける【能力向上】に近い」
『白の魔術師』は他者に対して向上効果を得意とする職業だ。 つまり、当人の持つ魔力を解放して、強くしていると言うのか。
「さて、簡単に言ったが"闘気練成"は並大抵の努力じゃ身につけることはできねぇ。だが、身につければこれまでと比較にならない程に戦いやすくなる。殺気とか覇気っつー言葉があるだろ? それがより鮮明に感じやすくなり、またこちらからも威圧といったもので相手を萎縮させられる」
「威圧? それは一体」
「"闘気錬成"を極めれば相手に悟られないことも逆により存在感を肥大化させて威圧することが出来る。練られた闘気によって漏れ出す魔力は圧倒的な圧となって対峙する奴に襲いくる。そうなると、まぁ弱い奴はそれだけで戦意喪失してしまうわなぁ」
「……!」
その言葉に俺は思い当たる事があった。
ベシュトレーベン。
奴から感じた、何倍も大きく見えた異様な、異形な、圧倒的なオーラ。
もしかしなくても奴もそれが使えていたのか?
勿論奴のは魔瘴という魔族が扱う瘴気であって魔力ではないからその差異はあるだろうけど、類似性を感じずにはいられなかった。
「その顔、にいちゃんどうやら思い当たる節があるようだな。それにその表情……かなり強い奴と見た」
「あぁ、強い。グリゼルダさんと同じ拳を扱う武術を使ってくるけど、俺は殆どその攻撃を裁く事も出来なかった」
「ほぉ? ーー俺ぁとどっちが強い?」
ずわぁと息が重くなるほどの殺意、いや、闘気か。グリゼルダさんから放たれた。
木々が騒めき、空気が重くなり、周囲の森からも動物達が一斉に逃げ出している。
これが、グリゼルダさんの本気か。
もしかしたら八戦将のダウンバーストにも匹敵するかもしれない。
だけど
「ーー奴の方が強い」
感じた闘気は、ベシュトレーベンよりも大きかった。だけど、練られた質が異なる。禍々しさに凶悪さは奴の方が上だった。そもそもアイツが本気だったのかすら不明なんだ。
その言葉に一瞬キョトンとした跡、グリゼルダさんは大笑いした。
「世の中広いなぁ。自惚れていた訳じゃないが俺も強い奴として自負してたんだが……。へへっ、成る程。まだまだ強い奴はわんさかいやがる。滾る滾る。俺ぁもにいちゃんと修行すりゃ、新たな道が拓けそうだ。つー訳でにいちゃん。
「グリゼルダさんが長年かけてやっと辿り着けた境地に俺も至るには時間がかかりますね。何せ、体験者がグリゼルダさんしかいないんですから」
「いやぁ、どうだかな。俺ぁ如きでも気付けたんだ。俺ぁが知らないだけで知っている奴はいると思うぜ」
俺、勇者だったけど知らなかったんだが。
無知で恥ずかしくなってきた。
「そうだなぁ。もし知っているとしたら十二年前《獅子王祭》で見たあの近衛騎士か、或いはいると言われている『剣聖』くらいか……まぁ、こっちは眉唾物だから余り宛にしない方が良いわな。一応魔力を使った身体強化という点では獣人の方が天性の感覚で使えてはいるな。あれもまた"闘気練成"っつても良いかもな。まぁ、俺だからすれば赤子も良い所だが。ありゃ、種族によって強化が点でバラバラ過ぎる」
「獣人が人よりも身体で優れているのはそんな理由があったのか……」
確かにランドルフの身体能力は高かった。
獣人が身体能力で優れているのは良く知られていることだ。それが天性のもので魔力を身体の強化に回せていたからだとは。
よくよく考えたら俺は今凄いことを聞いているんじゃないか? 魔法国ペンタグラムの『魔法使い』達もその事を知ってるのだろうか。
「つー訳で、やっくん。これから俺ぁは更に本格的ににいちゃんを鍛える。悪いが気絶したらまた……」
その時、質問の後一言も喋らなかったエドアルドは無心で何やら槍を振っていた。その動きはグリゼルダの動きを真似しようとしていたように見える。俺達が見てるのを気付いたのか、何事もなかったように佇む。
「なぁ……やっくん。今槍を振って」
「振ってなどおりません」
「いや、振ってただろ」
「振っておりません」
振った、振ってないの問答を繰り返す二人をよそに俺は自らの手を見ながら握りこぶしをつくった。
"闘気練成"……そしてそこから派生できる"巧技"。
必ず身につけてみせる。技能でないならば、俺にだって扱える可能性は充分にあるんだ。
やがて押し問答が終わったグリゼルダさんが此方を向く。
「ま、一朝一夕で身につくものじゃねぇ。何たって俺たちにゃ、【魔力操作】の技能がないからな。なら、感覚で覚えるしかねぇ。それは口でいうよりも難しいことだからな」
「グリゼルダさんは、どうやってそれを……?」
「死にそうになって覚えた」
「えっ」
「若い頃、魔界に一人で突入してなぁ。そこに住む魔物と魔獣にフルボッコにされた」
「魔界に!!?」
いや、確かにイフィゲニアがいるのならその妻となった魔族がいるはずだかは、何らおかしくはないけど。
イフィゲニアの歳が10歳、確かグリゼルダさんが消息不明になった時期とも重なるが……その間ずっと魔界にいたのか!?
ひ、非常識過ぎる……。
「にいちゃん、死ぬ気で来な。俺ぁも多少殺す気でやる。結局の所、"闘気練成"を扱う為にはより深く自身の身体を知るしかねぇ。だが、俺ぁの見立てじゃ兄ちゃんなら覚える事が出来ると思っている。俺ぁにここまで言わせたんだ。男なら、言わなくてもわかるだろう?」
「ッ……! 勿論! 俺も強くなりたい! その為には絶対に身につけてみせる!!」
「良い心意気だ。行くぞッ!」
この後めちゃくちゃボコボコにされた。




