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動く心

 一方その頃。

 街の中央のある広場にてアイリス達が、フードを被り姿を隠したイフィゲニアに相手をしていた。


「ほらほら、イフィゲニアさん! 此処がこの街で有名な噴水ですよ!

「……」

「ねぇ、貴方。この手を見ててご覧なさい。ほら、あっという間に氷の華が出来たわ。すごいでしょ」

「……」


 アイリスとキキョウはイフィゲニアに話しかける。

 何の反応もないと窺えると、引きつった笑みを浮かべたまま二人揃って後ろを向く。


(ま、まずいですよ! どうするんですか、あの娘さっきから睨んできますよ!)

(こ、此方が知る訳ないでしょ!? 貴方こそ、自信満々に引き受けたんだから何とかしなさいよ!)


 コソコソと二人して話し合う。

 アヤメがグリゼルダに用があって、その間イフィゲニアを見ておいて欲しいと言う頼みをアイリスは一も二もなく頷いた。

 だが結果は見ての通り、アイリス達の提案にうんともすんとも言わずに睨んでくる。


(そんな事言っても、貴方だって拒否しなかったじゃないですか! わたしだけに責任を押し付けないでください!)

(うっ、そ、それはそうだけど!)


 その間もどうするのか騒ぐ二人を尻目にイフィゲニアは周囲を見渡した。


 楽しそうに歩く人々。

 笑顔の親子、遊ぶ子ども、幸せそうなカップル、散歩する老夫婦。


 ここは平和そのものだ。

 だが彼らもイフィゲニアの正体を知れば怯え、恐怖し、躊躇なく悪意を向けるだろう。


(……敵、敵。どいつも敵。なんでとうちゃんはこんな人達と一緒に行動しようとしたの? 訳わかんない)


 イフィゲニアにとって、信頼できるのはグリゼルダのみだった。

 とは言え彼女の特殊な事情を顧みると責めることは出来ないだろう。今までの人生、イフィゲニアには敵しかいなかったのだから。


 だからこそ、グリゼルダは誰か一人でも良い、自分以外の信頼できる人を作りたかった。それ故にアヤメ達と暫しの間行動しようとしたのだ。


 やがて平行線だと悟ったのかアイリスが、溜め息を吐く。


「ふぅ……仕方ありません。此処は一つ、わたしがお姉さんとしての余裕を見せてあげます」

「すっごくムカつくけど、そこまで言うのなら何か手があるのよね?」

「当然です。見ていてください」


 何やら考えがあるアイリスは自信満々にイフィゲニアに近付く。


「イフィゲニアちゃん!」

「……なに。てか、ちゃんって辞めて」

「あまり不貞腐れてはいけません。貴方はこの街に来たのは初めてですよね。

帰ってきたグリゼルダさんに伝えてあげるのです。


「わたしのような素晴らしい大人のれでぃ(・・・・・・)になれると言うものです」

(何を言っているのかしら、あの娘)


 キキョウの目が冷ややかなものになっている事にアイリスは気付かない。


「……大人」


 ボソッと呟き、イフィゲニアはアイリスの張っている胸を鷲掴んだ。


「……ふぁ?」


 何が起こったのか分からず、呆気に取られる。

 さわさわ、もみもみ。


「ちっさ」


 イフィゲニアは嘲笑する。

 そこ言葉に固まっていたアイリスが動き出す。


「むきゃー!!」

「ちょ、やめなさいよちみっ娘!」

「何がちいさいっですってぇ!!?」

「貴方いつもならもう気にしてなかったじゃない! 痛いっ、胸を叩かないでよっ!?」

「なんでですか! あの娘より、わた、わたしの方がと、年上なのに! お姉さんなのにっ! なんでわたしよりも大きいのですかっ! 不公平です、不平等です、不義理です!! 神は死んだぁっ!」

「ちょっ。その言葉はかなりまずいから控えなさいよ!?」


 かなりやけっぱちになっているアイリスはとんでもない事を口にする。

 当然ながら女神に対してそのような事を言えば周囲から咎められかねない。キキョウは口を塞ぐ。


 その際、イフィゲニアはというとアイリスの様子を見てオロオロしているジャママの方を見ていた。


「……」

<ガゥ?>


 思わず撫でようとした手を引っ込める。

 そしてまだキキョウに抑えられているアイリスを見て、ため息を吐いた。


「いいよ。別にあたしに構わなくても。だって貴方はあたしに対して怖れがあるでしょ?」

「そ、そんなことは」

「隠しても無駄だよ。あたしだってとうちゃんほどじゃないけど人がどんな風に思っているかある程度わかるもん」


 イフィゲニアの言葉は確信に満ちていた。

 そしてアイリスはその言葉を否定出来なかった。


 そう、アイリスは確かに内心イフィゲニアに対して恐れがあった。

 彼女がこれまで出会った魔族と言う存在。


 直近ではシュテルングによって危うくその身を連れ去られる寸前であった。

 それ以外の魔族も全て、人を傷つけてばかりであった。アヤメが大丈夫だと信じたと言っても、それでも難しかった。


(……無理もないわ。ちみっ娘がこれまで出会った魔族はどいつもこいつもロクでもない奴ばっかりだっただろうし)


 かつて八戦将として比較的統率のきく魔族を率いたキキョウでも、魔族が持つ残虐性そのものはコントロール出来なかった。明らかにやり過ぎと判断して凍り付けにした奴の数も数えきれない。


「どうせ、あたしの居場所場とうちゃんしかないもん。だから、あたしに無理に構うのはやめて。鬱陶しいし、嫌」

「でも、わたしは」

「あたしに同情するのも憐れむのもやめて!!」


 明確な拒絶の言葉。

 イフィゲニアは立ち上がり、アイリスの手を弾く。


 痛みに手を抑えるが、その時こちらを払ったイフィゲニアの手が微かに震えているのに気付いた。


(震えてる……?)


 なんで、と思ってすぐわかった。


 何のことはない。

 彼女はまだ子どもなのだ。


 生まれのせいで、目につく人誰もが敵に見え、信じられない。

 だから、イフィゲニアは他者を否定し、威嚇し、近寄らせない。それは怖い(・・)から。


 確かにあの力は魔族(・・)と言って良いのかもしれない。

 だが心はそうじゃない。イフィゲニアは年相応の人の子(・・・)なのだ。


 そう思うとアイリスの中の恐怖心など綺麗さっぱり無くなった。

 それと同時に彼女に対する申し訳なさも感じた。けど、イフィゲニアは同情はやめてと言った。


 なら、すべきことは一つだ。


「仕方ないですね! 此処はわたしが直々にいーっぱい人の世界を教えてあげます!」

「ちょっ、ちょっと!?」

「大丈夫ですよ! ちゃーんと手を握っててあげますから!」


 イフィゲニアの手を握ってアイリスは駆け出す。

 イフィゲニアは困惑しているが、アイリスがにこりと敵意なく笑顔になると俯いて大人しくなった。


 そのまま二人は噴水の方へと向かっていった。


「やれやれね。まぁ、付き合ってあげますか。子どもに付き合ってあげるのもオトナの女って言うものよ」

<カ、カゥゥ……>


 先程のアイリスと似たような事を言うキキョウを、ジャママはなんとも言えない表情で見ていた。



 その後、アヤメ達が戻って来る。

 何やら疲れたような顔をしており、アイリスは労わりながらアヤメ達は宿へと戻っていった。


 その時、グリゼルダはイフィゲニアの様子に気付く。


「どうした? 何か楽しそうだな」

「! そ、そんな事ないよっ!」

「そうか? ま、良いか。帰るぞ」

「う、うん」


 グリゼルダに撫でられ、イフィゲニアは一緒に帰路に着く。


『ーーイフィゲニアちゃん、わたしはもっと貴方を知りたいです。だから、友達になりましょう?』

「…………友達」


 最後、アイリスにかけられた事を思い出しながら。








 所代わり、とある森の奥地。

 街から離れ、人が訪れない所に建造されたこの施設は設置された魔法具により隠蔽されていた。

 それは全て"暗闇に潜む闇鯨"の団員達だが彼らが送られたのは監獄などではなかった。


「おい!? 何処だよ此処は!!? 俺達は監獄に連れていかれるんじゃなかったのか!!?」


 仰向けに拘束された団員の一人が吼える。衣類は全て脱がされ、全裸で拘束されていた。 隣にはバラバラにされた魔獣が沢山並んでいた。

 その内の一体、死んだ魔獣の瞳がこっちを向いていて団員は絵もいわれぬ恐怖が湧いた。嫌な予感がする。


「おい! 聞いてんのかテメェら! すぐに解放しやがれ!!」

「うぅむ、静かにしたまえ。此処は神聖な場所なのだよ」


 扉が開き、部下を引き連れ現れたのはヨゼフであった。


「あ、アンタは。おい! どういう事だ! 俺達はアンタの話(・・・・・)に乗って魔獣を捕獲していたのに! 捕まっても直ぐに釈放されるように掛け合ってくれるんじゃなかったのか!」

「むぅぅん? まだそんなたわ言を信じていたのかね? 嘘に決まっているじゃないか。まったく頭が悪いねぇ」

「なっ!?」


 呆れた様子のヨゼフに対し、"暗闇に潜む闇鯨"の団員は驚いた顔をする。


「君達は最早表を歩く事も出来ない。後に待つのは死刑だけだ。なら、そうなる前に君の身体を有効活用しようと思ってね。喜び給え。君達は科学の進歩の礎となれるのだよ」

「な、なにをするつもりだ?」

「実験だよ。人と魔獣を組み合わせれば、どうなるかというもののね」

「……は?」

「分からないのかね? ならば教えてあげよう!」


 ヨゼフは両手を天に突き上げる。


「魔獣とはその名の通り、()()()()()()だ! その力は我々人間とは比べ物にならない。だがしかし! しかししかししかし! 今この世で繁栄しているのは我々人だ! 強さや能力で劣る我々が繁栄出来た理由は何か? それは頭脳、つまりは知能だ。我々は知恵によって繁栄した。しからば、肉体に優れる魔獣と知能に優れる人を融合させるとどうなるのか? 私は思う! それは両方の良い所のみを受け継いだ新たな生命が誕生するのではと!! 長所と長所が融合し、昇華し、新たな新人類が生まれるのだと!!!」


 聞いてるだけで頭がおかしいとしか評価できない事をのたまうヨゼフ。

 指を戦慄かせ、目は血走り、感情を露わにそれがどれほどの偉業かをつらつらと語り続ける。


「とはいえ……未だ完璧には程遠い。やはり新たな試みにはそれなりの苦労と犠牲がいる。だからより多くの検体が必要だ。村を襲ってでもね(・・・・・・・・)。君もまたその偉大な研究の礎となれるのだ。光栄だろう? ……ふぅ、長く語り過ぎたね」


 一通り語った後、ヨゼフは落ち着く為に深呼吸する。そして、注射器を手に取った。


「さて、始めようか。皆、準備したまえ」

「ま、待て! 良い情報を持っているんだ!! 他の奴らは知らずリーダー達が存在を秘匿していたけど、俺は偶々聞いたんだ!! 俺を実験体にするなんかよりよっぽど向いてる奴がいる!!」

「うぅん、うるさいね。口を塞いでしまいたまえ」

「待て! 待ってくれ! 本当なんだ!! 裏切りやがったが俺たちの仲間の中に魔族の娘(・・・・)が居たんだ!!」

「……ほぅ?」


 明らかに口からでまかせとしか言えない内容。

 しかし、幸か不幸かほんの僅かに興味が湧いたヨゼフは注射器を置いた。


「詳しく話しなさい。紅茶でも淹れてあげよう」


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