彼の舞台は幕を閉じる
時が流れる。
辛くもあの場から逃げ出した俺だがあの後、各国を挙げての俺の捜索と討伐が発令された。
追っ手として迫る騎士と兵士達。
更にそこで勇者という名目で虐げてきた民達から復讐を受けたのだ。憎しみと怒りを宿した民に追われる俺たち。
グラディウスとメアリーとは途中で散り散りになった。彼女らの最後の言葉は「嘘つきめ!」だった。
彼らの末路は風の噂で聞いたが酷いものだった。
グラディウスは魔王の八戦将との戦いで片手を失い、本来の力を発揮できないまま数の暴力で拘束され、最期には彼自身よりも弱い人々に殺された。その多くが彼によって家族を奪われたものの恨みだった。
メアリーは、貴族ということで一時期は保護されたが、尚も民を顧みない生活に民への蔑みを隠そうともせず、更には貧しい親子が馬車に轢かれた際に言った一言で民衆からの怒りを買い、反乱。流石に庇いきれず彼女の家は取り潰し、彼女自身断頭台に送られ、処された。
まぁ、そんなものだろう。勇者パーティは人々の希望。
民からの支持を失えば、瓦解する。そんな単純な事にあの二人は気付かなかったのだ。俺も結局あの二人の価値観を変えることが出来なかった。それだけが心残りだ。
元々段々と聖剣の力を失いつつあった俺はただの魔獣ですら苦戦するようになり、国や民からの信頼が失われつつあった。
だがそれでも自分達の横暴が許されていたのはひとえに勇者パーティという肩書きがあったからだ。だがそれももはや過去のこと。
今回の『偽りの勇者』であるという暴露で完全に俺たちの評判は地に堕ちた。だからこの結果は当然なことなのだ。そしてその報いは俺にも必ず来る。
「はぁ…はぁ…、ははは。堕ちる所まで落ちたね、これは」
もはや真っ黒に黒ずんだ聖剣を片手に、追っ手の兵士を誰一人殺さずに撃退した俺は膝をつきたい衝動に駆られながらも必死に立つ。
どれだけ戦い続けただろうか? 半月? 一ヶ月? もはや時間の認識が曖昧だ。
俺はずっと戦い続けた。教会からの刺客と。国からの追っ手と。聖剣を狙う魔族と。その全てを撃退した。
だがそれももう限界だ。倒れそうになる俺だがそれを見た時、止まった。
「あぁ、やっと来たのかよ。ったくおせぇんだよ。全くな。…はは」
膝をつかない理由は遠くからこちらに向かう影が見えたからだ。
最もフォイル自身が望んだ人物ーーユウが。
「…ユウ」
「…フォイルくん」
一年ぶりの幼馴染みとの再会。後ろには一年前よりも綺麗になったメイと自分も知らない数人の男女がいた。恐らくユウの仲間だろう。
本来なら会えたことを喜びたかった。だが互いに大きく状況が変わってしまった。そのせいか名前を呼んだだけで暫し、無言になってしまう。
「…驚いた、会わない間に随分と立派になったじゃないか。衣装も、筋肉のつき方も、雰囲気も見違えるように立派になった」
「そう、だね。あれから色々あったよ。フォイルくんからパーティを追い出された後、引きこもったりもした。だけどメイちゃんが檄を飛ばしてくれて、クリスティナちゃんが僕を勇者だって言ってくれて、仲間が僕を支えてくれた。僕一人だったらあの後村に帰っていたと思う」
笑うユウには昔の面影はあるが、その目からは強い意志が見られた。
「フォイルくん、僕は勇者らしいんだ。僕は、人々を救わなければいけない。だから聖剣を渡してくれないか? そうすれば、君を倒さなきゃならない理由がなくなる」
その事に俺は驚いた。ユウは返せ、ではなく渡してくれと、対話で解決しようとしているのだ。
「確かに君の仲間…グラディウスさんとメアリーさんは残念だった。僕でもどうしようもなかった。でもフォイルくん。君の悪い噂はあまりないんだ。だからこそ、投降してくれ。僕からも神殿に懇願する。決して悪いようにはしない! だからっ、だから…!」
「………はは、変わらないな君は」
「え? 」
ポツリと呟いた言葉はユウには聞こえていないようだった。
ユウは全く変わらないあの頃と同じ優しい男のままだ。
だがそれじゃだめなのだ。
ユウには、実力で聖剣を取り返してもらわなければならない。
そうだ、俺は悪役。勇者の前に立ち塞がる敵だ。敵は倒されねばならない。
さぁ、最後の芝居だ。
「ははは! 断る。何故なら僕が勇者だ! 何故お前みたいな雑魚に聖剣を渡さなければならない。女神から選ばれたのは誰でもないこの僕さ!」
「何を言っていますの! 真の勇者はユウさんです! 貴方みたいな偽物とは違います!」
「へぇ、何故ユウが勇者だって言われているのか気になっていたのだけど…君か」
睨みつけると神官の女の子はか細い悲鳴をあげる。そんな彼女の前に立つのはメイちゃんだった。
「クリスちゃんを傷つけようとするのは許さないわ、フォイル」
「あぁ、メイちゃんか。一年前と比べてまた一段と綺麗になったな」
「お世辞は結構。それよりも早く聖剣をユウくんに渡しなさい。それはユウくんの物よ」
「断る。だがどうしても言うのなら、ユウ、一騎打ちだ。お前と僕との。どちらが勇者に相応しいかこれで決めようじゃないか」
黒ずんだ聖剣を向け、一方的な宣言。受ける必要性など皆無。だが必ずユウは乗ると確信していた。
「わかった」
「ユウさん!」
「ユウくん!」
「ゆうにぃ!」
「旦那っ!」
ユウの仲間達が一斉に心配する声を上げる。
思わず笑みを浮かべそうになる。
良い仲間に恵まれたみたいじゃないか。俺と違って。少しばかり羨ましい。
ユウは仲間たちに大丈夫と言った後、視線をこちらに向ける。準備は万端ということか。
俺とユウは互いに距離を取り、構え、そして激突する。
スピード、力、技術。ユウは以前と比べ物にならないほど成長していた。
「懐かしいなぁ! 昔もこうやって木の棒で打ち合ったよな!」
「そう…だね!」
「覚えているか!? お前は何時も僕には勝てずに負けていたよな? その度に泣いてはメイちゃんに慰められていたな!」
「そうだよ…! 僕は一度たりともフォイルくんに勝てなかった…!」
「だったら、大人しく敗北しろ! そして、勇者などという名を撤回しろ!」
「いやだ!!」
ユウが俺の聖剣の一撃を弾き返す。
自分でも分かるほどに今の聖剣を振るう自分はかつての精錬さがないほどに衰えている。疲労も酷く、実の所ユウの姿もぼやけている。しかしユウは追撃をしてこない。
ここに来て俺を斬ることにまだ迷っているのだ。
「っ! ふざけるな!」
「なっ!? ぐはっ!」
接近し、持てる限りの力で聖剣を振るう。それを寸前で受け止めたユウだが大きく態勢を崩した。そこへ腹に向かって蹴りを入れる。
「が、がはっ」
「全く。甘いんだよ、お前は」
そうさユウ。お前は優しいさ。
だがその甘さはこれから魔王と戦う勇者としては不合格だ。俺を本気で倒せないようで、魔王なんかが倒せるはずがない。魔族の恐ろしさは俺が誰より知っている。
だからこそ、ユウには非情になることも覚えて欲しい。だけど、同時にそれが難しいことも付き合いの長い俺にはわかった。ユウは優しい、優し過ぎるんだ。それがユウの良さだと俺もわかっている。
しかしこのままじゃ…。そう思った俺はユウを勇者だと分かった神官を見つける。これだ。俺は発破をかける。
「所でユウ、お前が勇者だと分かったのはもしかしてあの神官のお陰か?」
「なに?」
「クリスティナとか言ったっけな。あの若さで神託を任せられるなんて大した者だ。つまりそれだけの発言力もあるということ。だからさぁ、僕が貰ってあげるよ! そうすれば僕の名声も取り戻すことが出来るしなぁッ!」
「フォイルッ! お前…!」
「怒るか? 怒ったか? ならば来いッ! 俺にその怒りをぶつけてみせろォッ!」
ユウの目に明確な怒りが宿る。
ユウは俺目掛けて剣を振るった。
その速さは今までで一番であった。それでもユウ自身はそれを俺が受け止めると思っているのだろう。
だからこそ俺はーー
「な、んで。笑って…フォイルくん…」
「かふっ」
聖剣で受けること無く、その身に受けた。
その事にユウは唖然とし、メイちゃんが悲鳴の如く声を上げる。
「フォイルくん!」
「あぁ…強くなったよな、ユウ。本当にさ」
「い、今すぐ傷を!」
「やめろ! これは報いだ。全てを偽って来た俺自身の」
「い、偽った? 何の話だよ、わかんないよ。ク、クリスティナ。お願いだっ。フォイルくんを、たすけてっ」
「これは…傷が深すぎますっ。『聖女』でもない私では」
「そ、そんなっ。フォイルくん、フォイルくんっ」
ユウの声が遠くに聞こえる。何度も俺を呼ぶ声が。
俺はもう助からない。人々を偽り続けた罪を背負い此処で死ぬ。
…ならもう良いよな?
女神様とやらよ。地獄に落ちるとしても最期くらい…幼馴染に偽らなくていいよな?
「……ユウ。泣くな。これはもう決まっていたことなんだ」
「決まっていた事…? 」
「そうだ。俺の称号は『偽りの勇者』…そして、俺の役割は、『真の勇者』の誕生の踏み台になること」
「踏み…台?」
呆然とするユウに説明する。
「全ては真の勇者が現れる為の布石。真の勇者は、自らに自覚がなく、自信がない。その為に勇者が過去を乗り越え、克服し、次なる進化ステップに進む為の必要な措置。それが俺の役割だ」
「嘘だ…! そんな事フォイルくんがそんなことする必要なんて!」
「言ったじゃないか、ユウ。この世界は称号が全てだって」
女神の言葉は絶対であり、不変の理だ。
だからこそ、俺は真の勇者の踏み台となる。
それが俺の役割。
「何で言ってくれなかったんだよっ。なんで」
「言った所で誰も信じやしないさ。ユウ…お前が気に病むことはない。これは俺自身が決めて行ったことだ。そしてこれは報いさ。人々の希望を偽ってきた俺自身の。だから女神様を恨むなよ。理由はわからねぇけど、あの方がそう定め、俺自身が自らの意思でしたことだからな。…これからはお前がみんなを導くんだ。だろ? 勇者様」
「無理だよっ…、僕は、君みたいにはなれない」
「なれるさ。覚えているか? 小さい頃、探検と称して村の子どもたちと森の奥に大人に内緒で行ったこと」
ユウは涙目になりながらも頷く。
「あの時、森から魔獣が現れたよな。そして友の一人が切り裂かれた。…その時、俺は逃げたんだ。もう死んでるって思って。助かりたくて。大人を呼ぶという名義でその場から逃げ出したんだ。だけどユウ。お前は違った。お前は木の棒片手に立ち向かったんだ」
結局、事態に気付いたメイちゃんが先に呼んで来てくれた兵士達によって魔獣は倒された。切り裂かれた子どもも助かった。
思えばその時にもう本質は現れていたのかもしれない。
「ユウ、お前は立ち向かい、俺は逃げた。それだけだ」
ユウの仲間達も俺の話す内容に聞き入っていた。誰もが二人を凝視し、沈黙する。
そんな中で膝をつく音が聞こえる。メイちゃんだ。彼女は身体を震わせていた。
「あぁ、そんなっ。嘘よ、うそっ。こんなのって。ごめんなさい、フォイル…フィーくん。貴方は…っ、何も変わっていなかった…!」
メイが涙を流す。別れを告げたあの時と同じ。拭ってやりたいが距離が遠いし、そんな力もない。その事が少しだけ残念だった。
最後にやるべきことをやる。
「ユウ、これはお前のだ」
ドンっと聖剣をユウの胸に押し付ける。ユウは俺と聖剣を何度も見比べた後、聖剣を握った。
瞬間、今までに無いほど、聖剣が輝きだした。俺の時はそんなに輝かなかっただろ。…すこし妬ける。
だが同時に確信した。今、この場で『真の勇者』が誕生したと。これで人類は大丈夫だと。
「へへっ、これでやっと肩の荷が下りた」
ユウを突き放しヨロヨロと力なく後ろに下がる。背後にはあるのは…崖。
空は澄んでいる。風が気持ち良い。心も軽く感じる。
「フォイルくん!」
「フィーくん!」
「来るな!」
自分の怒号に二人は動きを止める。
それでいい。
真の勇者の前に、偽の勇者は不要。
役割を終えた悪役は速やかに舞台を去るのみ。
最後の最後にユウには辛い真実を伝えちまったかな。許してくれ。君たちだけには嘘をつきたくなかったんだ。でも、メイちゃんがいるなら大丈夫だろ。
だからさ、二人ともそんな悲しい顔をしないでくれよ。
ユウはまた泣き虫に戻っちまって...今のお前は勇者だぞ? ちゃんとしろよな。
メイちゃんもいつもみたいに笑っていてくれよ。俺が惚れたときみたいにさ。
あぁ、でも。
それでも。
できることなら。
「俺はユウ...メイちゃん…君達二人と並び立つ仲間になりたかったよ…」
ユウとメイちゃんのこちらを呼ぶ声を遠くに聞こえながら、俺はそのまま意識を失い崖から落ちた。
ー。
ーー。
ーーー。
「………絶対に死なせないのです」




