未だに夜は開かず
俺はグリゼルダを衛兵には突き出さなかった。
元々はイフィゲニアーー娘を守るために、奴等に従属していただけらしい。
彼女が厳重に捕らえられていた事はアイリスちゃんとキキョウから聞いた。だから嘘ではない。
だけど、グリゼルダは人を害した。本来ならば許されざる行為だ。
でも、俺に彼を糾弾する資格など無いのだ。
俺も勇者としての名を騙って多くの人を騙した。
仲間のせいで死地へと向かわされる人々を助ける事が出来なかった。
その点で言えば、俺も彼も自分の為に他人を見捨てた。どちらも罪深い。
論点が違うかもしれない。
でも、それでも俺には彼を責める事は出来なかった。
グリゼルダの事情も大いに理解出来た。
それと……もし人の手に捕まればイフィゲニアがどうなるかは考えるまでもない。
魔王軍は敵だ。それは間違いない。
だが魔族全てが敵だとは思ってはいない。それはもしかしなくてもキキョウの存在だろう。彼女とて、元は魔王軍だが今はかけがえのない仲間だ。
甘いかもしれない。無責任かもしれない。
だが俺は選んだ。
「……意外だなぁ」
「どうしました?」
「いんや? 俺ぁ、てっきりあのまま戦闘になると思ってたからな。だから、正直あのまま見逃してくれるとは思いもしなかった」
場所は森の外。
この場に居るのは俺と彼ら親子だけだ。だが実は上空からキキョウが俺達を監視している。
アイリスちゃんにはまだ予断を許さないエドアルドを見てもらっていた。
「確かにその可能性もあった。けど、貴方の事情も分かったなら情状酌量の余地もあると思った。……最も、これは俺が判断して良いことではないんだけど。グリゼルダ、一つ頼みがある」
「おう、何だ? 投降以外だったら聞いてやるぜ」
グリゼルダが真剣な顔になる。
「グリゼルダ、貴方が彼らに利用された事によって商売が台無しになった人がいる。そして、売られた魔獣もいる。その事に対して責任を感じてください」
「とおちゃんは悪くない! 悪いのは」
「やめろ、イフィゲニア。……あァ、そうさなぁ。確かに俺ぁは、イフィゲニアを守る為に、いやそれ以前にも腕試しから数多くのならず者も殺してきた。だが、俺ぁ自身がカタギに迷惑かけたのは違いねぇ。保護されるべき魔獣もない。わかった、それで許されるとは思ってもねぇが、肝に命じておく。同じ轍は踏まねぇ」
神妙に頷くグリゼルダ。
「だけどにいちゃん、俺ぁもしイフィゲニアの正体がバレで誰かが襲って来た時、きっとイフィゲニアを守る為に誰であろうと叩き潰す。それが例え、善人を再び殺す事になろうと躊躇なんぞしねぇ。それも分かってるんだろ? ならばこそ、なんで俺ぁを見逃す?」
「誰かを守る為にその力を振るうことを俺は否定しません。力が無ければ守りたいものも守れない。それでも時には他者を傷つけるでしょう。けど、次からはきっとそんな事になる前に、キチンと守れるだろうと思います。それに大切な人を守りたいと思うのは誰でも同じです」
「ーーそれは、にいちゃん自身の事でもあるのか?」
グリゼルダの言葉に俺は一瞬詰まった。
俺の手から多くの人の命が零れ落ちた。
それは俺が『偽りの勇者』だったから。俺が、『真の勇者』ならもっと多くの人を救えただろうか。……ユウとメイちゃんを悲しませる事なんてなかっただろうか。
結局俺は二人を守りたいと思っていても傷つけてしまった。思いがあっても、できなかった。
「……さぁ、どうなんでしょうかね? 俺にも、わかりません」
泣き笑いみたいな表情を浮かべる。
「だから、俺に言えるのは次は油断せずにちゃんと貴方の娘を守ってあげてくれ。それだけだ」
「……。あぁ、承った。その約束俺ぁ守ろう」
俺は踵を返す。上空に潜んでいたキキョウに対しても首に降って帰るよう促した。
「……やれやれ」
「とうちゃん?」
「歳下に説かれるってのは、思いの他堪えたなぁ。それにしてもあのにいちゃん……どんな人生を歩んできたんだ?」
グリゼルダはイフィゲニアを撫でる。
この温もりを手放すものかと改めて引き締めたのだった。
「よかったの?」
「あぁ」
「そう。アヤメが決めた事なら此方は何も言わないわ」
キキョウは何も言わず、俺の横に並ぶ。
帰り道のり俺はずっとある事を考えていた。
グリゼルダの答えには、迷いがなかった。それだけイフィゲニアが大切だという事だろう。
対して俺には一つの悩みがあった。
それを考えていた。
「……ふぅん? それ」
突然キキョウが俺の手を引くと、その豊かな双房に俺の頭を抱き抱えてきた。
「な、なんだ!? キキョウ!?」
「いいからいいから。暴れないの。こう見えて此方はアヤメより歳上よ? 偶にはお姉さんとして、歳下の貴方を癒してあげようかと思ってね。ちみっ娘もいないし、文句を言われる筋合いはないわ」
「だがっ、軽々しくこんな事をするもんじゃ」
「ねぇ、アヤメ。此方は貴方が何を悩んでいるのかは知らないわ。でも、アヤメならきっと大丈夫だって信じているから」
視線をあげる。月光に照らされた銀髪が煌きながらキキョウは真っ直ぐと柔らかい瞳で俺を見ていた。
彼女が決して軽い思いでこんな事をしているのではないとわかった。
「……すまない、キキョウ」
「えぇ、どう致しまして」
暫く俺は彼女に頭を撫でられた。
やがて宿場に着き、部屋に戻る。
「あ、アヤメさん! おかえりなさい! エドアルドさんですが、あれからも治療してもう完全に大丈夫ですよ。それでも安静にはしないといけませんが。それで、どうでした、あの人何か酷いことしてきませんでしたか?」
ベットに横たわるエドアルドを見ていたアイリスちゃんが駆け寄ってくる。
考えなかった。いや、意図的に考えないようにしていた。
アイリスちゃんは『聖女』だ。人類を救う為に必要不可欠なの存在だ。
本来なら『真の勇者』であるユウの側にこそいるべきだ。
『聖女』がいればその力で多くの人を救える。ユウとメイちゃんだって大きな傷を負う事はなくなる。
その事はわかっていた。
人を救いたいと思っているのに、その多くの人を救う為に必要な彼女を俺は人々から奪ってしまっている。
だけど俺は、心配そうに此方を見る彼女に離れて彼らの元へ行ってくれと告げられなかった。
しかし、いつかは彼女の力が必要となる時が来るはずだ。
それなのに。
(俺は、どうしようもない大馬鹿野郎だ)
俺は未だ、その時どうするのか答えを出す事が出来ていなかった。
◆
そこではリンネが機嫌良さそうにランドルフからの報告を受けていた。
「つー訳で、一名死亡を除いて"暗闇に潜む闇鯨"どもは皆捕まったぜ。捕らえられていた魔獣達も今はきちんと保護されて追い追い自然界に返す予定だ」
「これで街道の方も安定化しますし、民達に向けても脅威がなくなったことを公表できます。あの湿原の平穏も取り戻しましたね。彼らには感謝しないと」
嬉しそうにリンネが微笑む。
「そういえば彼らは?」
「一名が重傷らしくて、さっさと宿に戻ったぜ。あの槍使いの奴だ」
「そうなのですか!? なら後日改めて御礼と報奨金の事を話さなければ。治療費もこちらで負担しましょう。ランドルフ、貴方もお疲れ様でしたわ」
「まぁ、殆どやる事なかったけどな」
ぼやくランドルフだが、それでもその後の魔獣の移送などを指示し、的確に倒された"暗闇に潜む闇鯨"団員も捕縛した。
リンネもそれを知っているからこそ、彼を責めたりせずに労う。
その時、部屋がノックされヒノハが入ってきた。
「お嬢様、失礼致します。お客様が参られましたのでご報告に参りました」
「客人? 誰ですか?」
「はい、"第3魔獣研究所"の主任である方らしいのですが」
その言葉にリンネは嫌な顔をした。
「"第3魔獣研究所"から? 一体何のようなのでしょう。お父様も今はいらっしゃらないのに」
一人考え込む。
理由はわからない。しかし、放置もできない。
「どの道待たせるのは悪いですわ。ヒノハ通して下さい」
「わかりました」
「リンクル、ランドルフ。頼みますわ」
<バゥン>
「おう、任せときな。気に入らないのは俺も同じだ。奴はどうにもきな臭い」
やがてヒノハに案内され件の男がリンネの部屋に入る。
「これはこれは。セルバンデス卿の御息女のリンネ様。覚えておりますでしょうか。"魔獣研究所"主任のヨゼフ・ドクテゥルでございます。一度パーティで会った事がございますよね?」
「っ。……お久しぶりでございますね、ヨゼフ・ドクテゥル様。本日はどのようなご用件で此方にお出でなさったのですか?」
ヨゼフ・ドクトゥルと名乗った男は、痩せすぎの身体に鷲のように高い鼻に、モノクルを付けていた。身体には真っ白な白衣を身に纏っているが、どちらかと言えば胡散臭い部類の男であった。
リンネは嫌悪を顔に表す事なく、笑みを浮かべる。
「おぉ、見事な礼ですな! 流石はコアストリドット卿の御息女であり、代理であります!いや、何。偶々私用で近くに来たのでご挨拶にとお伺ったまでです。此度は"暗闇に潜む闇鯨"の団員の捕縛おめでとうございます。私どもとしましても、貴重な検体を無闇矢鱈に捕獲する彼らには非常に困っていたのですよ」
(……検体ね。全く反吐が出ますわ)
研究とはその名の通り、魔獣を研究する
調査とは違い、実際に生きている魔獣を使って様々な実験をする。それこそ、命すらも。
無論リンネとて必要性を理解しているが、明らかに魔獣をモノ扱いする目の前の男に辟易していた。
そんなリンネの考えを感じ取ったのか、リンクルがリンネの側に寄る。
「おや、これはこれは"ブルドッグ"の品種の魔犬殿。いやぁ、貴方とも会うのは久々ですねぇ。撫でても?」
<バウ>
「あらら、つれませんなぁ」
拒否するように顔をそっぽ向くリンクルに残念そうに肩を竦める。リンネとしては早く此処にきた理由を知りたかった。
「挨拶もそこそこにして、本題はなんですか?」
「つれないですねぇ。まぁ、良いですか。実の所ですが、コアストリドット様方が捕らえた"暗闇に潜む闇鯨"の搬送は我々にお任せ出来ませんかな?」
「なんですって?」
不躾な申し出にリンネは眉を釣り上げた。
何処から聞きつけたのか、この男はリンネが"暗闇に潜む闇鯨"を捕縛したのを知っていた。
「いや、なに。私の部下達に一度中央にこれまでの研究の報告を差せにいくのですが、その際に共に連れて行くのが都合もコストも良いかと」
「心配なさらずとも此処はわたくし達コアストリドット家が任された領土。彼らはわたくしの領土で裁きます」
「いやはや、彼らの悪行は此処のみならず広範囲にわたります。被害も同様にです。彼らは重罪人。中央で裁くのが筋かと」
「むむっ」
ヨゼフの指摘には一理あった。
"暗闇に潜む闇鯨"の噂は、中央まで届いていた。
「しかし、何も対価を払わずに私が連れて行くのは手柄を奪うようなもの。なら代わりに貴方方が悩んでいるという村を襲う謎の魔獣についてお話ししましょう」
「! 何か知っていますの!?」
「むぅぅん、落ち着くのですぞレディ。はしたないですぞ。こほん、村々を襲う謎の魔獣についてですが、我々とて微かな痕跡と犠牲になった僅かな家畜の状態を確認していました。そぅしてぇ!! とある事に気付いたのです!」
ヨゼフが指を鳴らすと背後にいた研究員達が地図を広げる。
「これは襲われていた地域全体の地図です。こうして襲われた範囲を見ると、おや不思議!! 被害が螺旋を描くようにして広がっているではないですか! それも、どれも人がいる箇所です。次に現れるとすれば此処、温泉が有名なテルネ村の可能性が高いとの結果が我々"第3魔獣研究所"では判断しました!」
「それは、しかし本当にそんなことがありえるのですか?」
「魔獣は素直です! 本能のままに行動する! しからば動きにも感情が乗り、読むことは容易い! 何故なら我々は"第3魔獣研究所"であるからして、常に魔獣達と触れ合っておりますから!!!」
自信満々に胸を張るヨゼフ。
ちらりとリンネは地図を見る。地図に記された位置と村の名称は間違いなくリンネの記憶とも一致していた。他にもリンネの知らない他領の事まで書いてある。
「とはいえ……これはあくまで私の推論。魔獣とて生き物。違った動きをするかもしれません。この話も信用されませんでした。いやはや、仕方ないことではあります。何せ私と私の研究所とて数年前に作られたばかりの新参者。良い感情を抱かれないのは必然! なのでこの申し出を受けるかは貴方に任せます。両者にとって益のある取引を望みますよ」
慇懃に礼をしてリンネを伺うヨゼフ。
リンネは暫し顎に手をあて考え込む。
(正直言って胡散臭いですわ。しかし、既にあちらが地図を見せてまで見解を露わにしたのに断るのも体裁が悪い。ヨゼフ・ドクトゥル。やはり、好きではありませんわ)
お父様がいない以上、あくまでリンネは代理。
この地域ではともかく、中央を含めた権力でいえばヨゼフの方が上なのだ。
「……わかりました。貴方達に任せますわ」
どの道断るのは難しかった。
馬車に乗って屋敷を離れるヨゼフ。
"暗闇に潜む闇鯨"が一時的に放り込まれた牢屋に対しても引き渡しを要請出来る許可状は既にもらった。
「ふぅ、強情な娘ですな」
「主任、お疲れ様です」
「あぁ、ありがとう。やれやれ、相変わらずとっつきにくい娘ですね。終始此方を疑っていましたし、彼女の護衛の獣達には常に威嚇されていましたよ」
態とらしく手を振って疲れたアピールをするヨゼフ。
「聡明な彼女ならば、気付くだろう。そして手を打つはず。それならば良い。丁度私も試したかった所だ。その時は私の作品が相手となりますよ。さて、先ずは処理から始めましょうか」
短編を書きました。最近流行りの幼馴染物です。下記のURLから読めますのでどうぞご覧ください↓
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n7779gb/
よろしければ評価の方よろしくお願いします。




