ヴァルドニアの闇
おっさん船医、更新しております!
新しく筆者の作品『こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!』を投稿しました。よろしければ、ブクマと評価よろしくお願いします。
馬車の中に案内された俺達はそこでピエール様に頭を下げられた。
「改めて礼を申し上げる。もう一度名を名乗りましょう。ワシの名はピエール・ブニ・コールマン。このヴァルドニアにて右大臣の役職に就いていたものです」
「此方こそ、この国の大臣にあたるピエール様にお会いできて、身に余る光栄でございます」
俺は姿勢を正し、慇懃に礼をした。ピエール様が本当にこの国の大臣なのかは疑っていない。矢が刺さって血がついている服ではあるけれどその服は庶民が着るとは思えないほどに品格があるからだ。
そして何より身に纏う気迫が違う。
幾人もの国を動かす人物に勇者の時に会った俺には分かる国を背負う人だけが纏える気というものがピエール様にはあった。
ただ気になるのは外側の服はそうなのだがその他の身につけている装飾品が一切ない。
「やめてくだされ。命の恩人にそのような態度は取られたくはない。それに右大臣の肩書きももはや過去のもの。今の儂はただの老人に過ぎんよ」
「いえそういう訳には」
「ふむぅ、真面目じゃのう。のう、エルフの嬢ちゃんや。彼はいつもこんな感じなのか?」
「そうなのです。アヤメさんは堅苦しいのです」
「ふむぅ、それはいけませんの。人生は長い。少しは肩の力を抜かんと長続きせんぞ?」
「そうですよアヤメさん。少しぐらい傲慢でいても良いと思うのです。
「ほっほっほ! お嬢ちゃんは優しいのう。
「本当ですか!? え、えへへ〜」
二人揃って笑いあう。
あれ、なんか気にしてるの俺だけ?
アイリスちゃんとピエール様はもう殆ど気にしていない。というかピエール様が好々爺みたくなっている。てか実際そうなんだろうけど。
心配になってくるとキキョウがこっそりと耳打ちしてくる。
「アヤメアヤメ、此方なんでちみっ娘があんなにあっさりと仲良くなってるの? 相手は一国の大臣でしょ? そんな軽々しく触れ合って良い人なの? それとも此方がおかしいの?」
「い、いや……そんなことは無いと思う」
「はっはっは。右大臣以前に儂とて一人の人間。なればこそ、好ましい相手には堅苦しくなく胸襟を開いて話すのです。勿論仮に此処が公の場では困りますが此処には儂らしかおりませんから問題ないでしょうぞ」
茶目っ気たっぷりにウィンクするピエール様に流石の俺も毒気を抜かれ、肩の力を抜く。
「……分かりました。なら少し砕けて話させて貰おうと思います」
「ふむ、是非にそうしてくだされ。様もいりませぬぞ?」
「それは、いえわかった。なら、ピエールさんと呼ばせて貰うよ」
「うむ」
「実は率直に質問したいことがいくつかあります。構わないかな?」
「構いませんとも。命の恩人なのですから出来うる限りの事は答えます」
口調を崩してもピエールさんは全く気にした様子がない。本当に良いらしい。
俺は息を整えて気になっていた事を語りかけた。
「ピエールさんは右大臣と聞いた。何でそんな国の重鎮が、この国の騎士に追われていたんだ?」
「それは私が王に対し反旗を翻したからでしょう」
つまり反逆。
余りにもサラッと答えられたから一瞬変な声が出そうになった。
頼まれたとはいえ助けたのは迂闊だったかと少しばかり脳をかすめる。
「勘違いして貰っては困るが別にピエール様は悪事に手を染め追われたのではない。その逆だ」
「君は?」
「パラシータだ。ピエール様の護衛として此処にいる」
「彼は良い兵士じゃ。王城から逃げる時騎士団相手にも奮戦して儂を守ってくれた。主らが会ったリドルも儂に賛同してくれたんじゃが……そうじゃ、リドルはどうした?」
「彼は、途中灰鱗大蜥蜴に追われて、負傷した毒によって命を落としました。最期まで貴方が希望であると言っていました」
「そうか。リドル……」
俺の説明にピエールは上を向き目を瞑る。黙祷しているのだろう。
その様子を沈痛そうに青髪の兵士が見ている。
そういえばエドワードが唯一他の騎士に連携して倒すよう命じた兵士がいた。彼のことか。
パラシータは俺が見ているのに気付くとフンっと顔を背ける。どうやら彼の心象を悪くしてしまったみたいだ。
「話を戻したい。その逆とはどういうことなんだ? 」
「そうですな……アヤメ殿、貴方はこのヴァルドニアに来てどう感じましたか?」
「通ったのはたった一つの町、それも《レイク》だ。ただ、そうだね。町の人が湖に魔魚が出て困っているにも関わらず、国からは何もしてくれないと困ってた」
「それすらも今は表面上に過ぎませぬ。酷いところでは餓死者すら出ています」
「餓死って、今は作物の収穫期だから食べ物も豊富だろう?」
「理由は簡単。王が巻き上げたのです。税として」
食うのに困る程に税をあげる。
民がいなければ国は成り立たないのに明らかに異常だ。
「儂は王に諫言しました。しかし、王は民を顧みる事なく部屋にこもり指令を出すばかりでした。だからこそ、儂は決心したのです。民の為、叛旗を翻そうと。元よりあった反乱軍に打診し、逃亡しました。王はそれを読んでいたのか、騎士団を差し向けてきましたが……。貴方方がおらねば、儂は死んでいたじゃろう。もう一度、お礼申し上げる」
「いや、そんな。俺はあの騎士……リドルさんに頼まれたやっただけだ」
「そうなのですか。……恥を承知でまた頼みがあります。貴方の力を貸してもらいたい。今の我々は人数こそ多いが殆どが戦闘をまともにした事のない者ばかりです。これでは勝てるはずもない。貴族の中にも不満を持つ者がいますが、戦況がどうなるかまで静観するでしょう。だからこそ、儂は貴方の力を貸して欲しいのです。あのエドワード卿を退けた貴方方に。勿論、金は望むだけ用意致します。民のためにどうか」
ピエールさんが頭を下げる。
口調を素にして良いと言ったのは親しみやすさを感じさせて、これから頼む事を頼みやすくしようとする狙いがある事に気付いた。
人は好意を向けられる人物からの頼み事は拒否しにくい。中々の狡猾さだ。流石はこの国の大臣という職に就く方だ。
だが、それとこれは別だ。
魔王軍との戦いと違い、これは人間同士の争いだ。だから慎重になる必要がある。本当なら、受けるべきではないのだろう。嘘を言っている可能性だってある。
だけど俺は……。
「金はいらない」
「は? それは一体」
「勘違いしないで欲しいです。別に断るとかじゃない。俺は虐げられる人がいたら救いたいと思っている。だけど、その時戦うのが人だったら、俺は正義の為とかじゃなく、自らの信念に従って行動する。魔王軍と違って、人同士の戦いはどちらが正しいとは中々見極められないからだ。だけど、俺は今の話を聞いて少なくともピエールさんが本当に民の事を思っていると感じた。だから、力を貸したいと思っている」
「おぉ、ありがとうございまする」
「ただし! 一つ聞きたいことがある。良いか?」
「何なりと」
「本当にこの国の王が暴虐の限りを尽くしているのか? さっきも言ったけど何かしら理由があるとかではないのか?」
「ふむぅ……それは難しいですな。国というのは大なり小なり何かしらの物事の為に後ろめたいことをするでしょう。今回の事もそうだと言われれば儂は完璧に否定することは出来ませぬ。しかし、今の王の所業は余りにも目に余る。民を顧みず重税をかせ、自らは酒宴に耽る。それが真に国の為の措置であるならば儂も苦渋ではありますが納得したでしょう。それで民に重責をかしてしまうとしても最後まで手を汚す覚悟がありまする」
ピエールさんの目はどこまでの真摯だった。
俺は暝目して、判断する。
「わかった。今は貴方に従います。けど条件がある。俺は貴方達に協力すると言ったがもし貴方達の言った内容に偽りがあると感じた時は俺は、いや俺たちは抜けさせてもらう。場合によっては責任として貴方を向こうに突き出す。構わないだろうか?」
「……えぇ。構いません。そも、偽りはないので何も恐れることがありませぬから」
ピエールは俺の視線から逃れる事なくジッと見つめた。
あぁ、わかってしまうさ。
彼の目を見れば嘘なんてないことを。
くそ。
俺は過去に国を魔王軍から救った。
だけど、その国は民にとって悪政を行う国だったのだ。国が残っても彼らの生活は何も変わらなかった。
その時の事が今も心にへばりついている。
あの時の俺は勇者で、魔王軍と戦う以上の事は出来なかった。それ以上の権限がなかった。
もうあんな思いはしたくない。
だから見逃せないし、見過ごせない。
もし本当にこの国の王が例の国のように民に対して理不尽な虐げをしていると分かった時は。
そしてそれが通常の方法ではもはや取り除くことがが出来ない領域であった時は。
その時は。
「アヤメさん」
アイリスちゃんがそっと、俺の手に自らの小さな手のひらを重ねた。
「難しいことは実際に見てから考えましょう。とにかく今は体を休めるのが先決です。今日はずっととばしてきたのですから
「……あぁ。そうだね」
アイリスちゃんは何も言わずに俺に寄り添ってくれる。
参ったな、どうやら見透かされているっぽい。本当に、この子には敵わない。
「そうだ、追っ手と言えば一つ聞きたいのだけれどあの槍を扱っていた騎士、彼は何者だ? 尋常じゃない程の硬さと技術を持っていたのだけれども」
「エドワード卿の事ですかの? ふむ、そうですな。確かに説明する必要があります」
ピエールは佇まいを直し、真面目な顔になる。
「エドワード・ジェラルド。王直属の騎士にして、エドワード卿が率いるはユサール遊撃騎士団。建国当時から存在する近衛騎士によるヘタイロイ近衛騎士団とは対を成す組織であり、王都から動く事のない近衛騎士団とは違い数多の戦場に現れる事で有名です。前騎士長がエドワード卿を後任として以来、その武勇は留まるところを知りません。一糸乱れず動くその様はまさに鉄壁堅牢。彼がその職に就いてからは一度たりとも王都に反乱軍や反旗を翻そうとした貴族の兵が近づけたらことはありませぬ」
「あの戦い方を見ればわかる。あれは長く培われた技術と洗練された動きだ。あれを突破するのは並の軍では不可能だ」
「左様。彼らの護りを突破出来た者はおりませぬ」
「なら無敵ってこと?」
これまでずっと黙って聞いていたキキョウが質問する。
「いえ、無敵ではありませぬ。こっちがその10倍の兵力を動員し、犠牲覚悟で城へ突撃するか、飢え殺しすれば勝ち目はありますの。因みに今の反乱軍の数は城内兵士の半分にも満ちませぬ。食糧もいっぱいいっぱいじゃ」
「……ねぇそれ実質的に無理だって風に此方には聞こえるんだけど」
「実質、勝てるかどうかかなり際どいのです。一応こちらの反乱に乗じて城からも呼応するように、反乱する兵士とも確約はしたのですが、タイミングを間違えば瞬く間に制圧されるじゃろう……」
「前の団長であれば、まだ手が打てましたのですが……」
「うむ……」
パラシータの言葉に、ピエールさんが眉を潜めて溜息を吐く。
それよりも俺は気にかかった言葉があった。
「前の? ということはエドワードが団長になったのは最近なのか?」
「いえ、既に三年は経過していますが、そうですな。エドワード卿は騎士団の騎士ではありませんでした。元は辞表を出して辞めるところを王が止め、前団長が話し、彼がなったのはとある理由があってのことです」
「辞表? それにとある理由って?」
何やら理由がありそうで俺はつい聞いてしまう。
「彼は元は王族に使える従騎士、元はアメリア・エル・ヴァルドニア様に仕えていたのです」
「アメリア・エル・ヴァルドニア……ですか?」
<ガゥ?>
アイリスちゃんが復唱する。同じくジャママも首をかしげる。
「待ってくれ、ヴァルドニアの姓を持つという事は」
「えぇ。彼女は国王様の娘です。彼女はとても良い王女様でした。右大臣の儂からしても聡明なお方で正にこの国を背負っていける方でした」
「でした、って言う事はもしかしてその王女様は」
「……亡くなりました。謎の病に侵され身体中の水分が殆ど根こそぎ無くなり、いくら水を飲まそうともその体が元に戻ることなく最後はミイラのようになって……」
キキョウの言葉にピエールさんは沈痛そうな顔をして目を翳る。その様は至って普通の老人のように弱々しいものだった。
「思えばそれからだったのかもしれませぬ。儂と同じ職の左大臣もその後亡くなり、腹心と娘をも失った国王様は消沈していました。それでも私は王ならば立ち直ってくれると思っていたのですが、王が玉座の間に現れた時には」
「豹変したと」
「そういうことになりますな……」
何処か遠くを見る目つきになるピエール。
その目にはどんな情景が、思い出が映っているのだろうか。
「ピエール様」
「あぁ、すまないのパラシータ。……理由は幾らかあるのでしょう。恐らく娘がなくなった事が直接的な原因かもしれません。とにかく、それで主人を失い辞職するエドワード殿を引き止めたのもまた国王様じゃ。その後、国王様は自らの直属の騎士としてあらゆる戦場に彼を投入しました。その腕前を見て、当時のユサール遊撃騎士団の団長が後任として彼を指名し、その類い稀なる指揮と強さを示して、今に至ります」
ピエールさんの言葉を引き継ぐように、パラシータが話す。
「『鉄壁』のエドワード。初めこそ敬意で呼ばれたその名も今や恐怖の象徴としての呼び名として根付いている。奴は実質的な国王の実行部隊だから凡ゆる場所に現れてはその悉くを制圧した」
「……税が重いと嘆く民に対しても例外ではありませんでした。その年は不作で、種もみまでもを持っていかれそうになった民が反乱を起こしたこともありました」
「それだけ聞くとよっぽどそのエドワードって奴は冷酷なのね」
「いえ、そうではありません。寧ろ、恐らく心の内は儂と同じでしょう。民の事を第一に考えております」
「は?」
おかしい。説明に合わない。
ならばなぜ彼は敵としてピエールさんを追ってきたんだ」
「彼は確かに反乱を抑え、数多くの民を捕えました。殆どを殺さずに。ただ……」
「ただ?」
「エドワード卿は真面目過ぎるのです」
その言葉の意味を計りかねる俺だがピエールは咳払いをして理由を教えてくれた。
「真面目が故に国王の命令に対して異議を唱えられない。主に対して仕えるのが騎士の本分であると。よほど、アメリア様を守れなかったのが彼の中で深い楔となったのであろうな。しかし彼自身は今の使命に疑問を抱いているようでした。彼は捕らえた者に対しては温情をかけるように王に進言しております。ただ、王はその要求すら却下してしまうのですが……必然的に民の間ではエドワード卿が悪の象徴であるとされております。エドワード卿が民を殺していると」
「ピエール様、そのような話は私もお聞きした事がありません」
「それはそうじゃ。あの場には限られた者しか居らず、公になることなどなかったのだから。だが、これで儂はもうわかった。もはや王に民を思う気持ちはない。このままでは来年……いや、今年中にも重い税のせいでより多くの餓死者が出る。なればこそ、儂は反乱軍に身を寄せることを決意したのです」
☆
「ねぇ、アヤメ。ちみっ娘」
「何だいキキョウ」
「何ですかぼっち」
馬車が止まり、川で休憩している間に俺たちは少しばかり離れた所で休憩していた。
この後ピエール達は本格的に別の反乱軍に合流するらしい。《レイク》で補給した後、別の町に向かうと。
俺たちは一度こっちで話し合いたいと、彼らから離れた所にいた。
そんな時、キキョウが話しかけてきた。
「此方は見たわ。ちみっ娘が死にかけていたお爺さんを治すのを。あのお爺さんは『治癒師』としての力が卓越しているとか言っていたけどそんな訳ない。だってあのお爺さん、魔力が殆どないもの。……アイリス、貴方は何者なの?」
キキョウは赤い瞳でこちらをじっと見ていた。




