運命の分かれ道
それは雲一つない月明かりが綺麗な夜だった。
勇者の招待パーティを体調が悪いという名目で途中で抜け出し、俺は一人城の背後にある森の中で鍛錬していた。
此処には煩わしい雑音がない。人の騒めき、媚びる視線、言葉、権力その一切から解放される。
深い森の中からは一際明るい王城が目に見える。民が明日を暮らしも分からない中、あの中では途方も無いほど豪華な催しがされているのだろう。
「ふっ!」
聖剣を振るう。ここには自分以外誰もいない。だから見られる恐れはない。俺は自分の放った剣戟を確かめ、溜息を吐く。
「ああ、また重くなって来た」
聖剣は本来勇者しか扱うことができない。それを俺が扱えるのはひとえに俺が『偽りの勇者』という称号を持っているからだ。
偽であろうと勇者と名がつく以上最低限聖剣を扱えなければならないのだろう。最初の頃はそれこそ聖剣の名に相応しい切れ味と威力を持っていたが最近は段々と鈍のように斬れ味が悪くなってきた。
「【斬撃】…これもダメか。自分にはその力は過ぎたものだってことか? ったく、酷い話だな」
それに加えて、なんとこの頃の俺は技能の殆どが使えなくなってきた。
それを何とか手数と技術でカバーしてきたが、それもキツくなってきた。
聖剣自体の光も段々と弱まってきている。それはつまり、本来の持ち主がそれに相応しい成長を遂げているということ。…ユウが強くなってきているということ。
きっとその時は近い。
「いやぁあぁぁぁっ!!」
そんなことを考えている時、遠くから悲鳴が聞こえた。すぐさま鈍い身体に鞭を打ちその場に向かう。
闇夜を駆け抜け、その先にいたのは鋭く大きな爪を持った狼のようなもの。だがそれを生物だと言うには余りにも異様な雰囲気。
「魔物!!?」
魔王の手先である魔物。
はぐれか、それとも倒し零した奴か。
一人の少女が今にも魔物に切り裂かれようとしているところだった。
その姿があの時のユウと重なった。
気付けば身体はもう動いていた。
「間に合えッ!!」
<グォオォォッッ!!>
少女に向かって振り下ろされた爪を聖剣で受け止める。
聖剣の切れ味が鈍い。身体の動きが重い。技能も使えない。だが…!
ちらりと背後の女の子を見る。彼女は怯えていた。俺が倒れたらこの子に危害が及ぶ。
ここで引くわけにはいかない。
見捨てるわけにはいかない…!
「ず、オォォオォォォォォッっ!!」
声を張り出し、力を込める。聖剣で魔物の爪を押し返し、そのまま態勢を崩した魔物の心臓を聖剣で無理矢理押し込み、力技で破壊する。
魔物は短い苦悶の声を出して倒れた。
「はぁ…! はぁ…! 昔なら簡単に首を刎ねられたのにな…」
技能のない俺では魔物一匹にも必死だ。
うまくいかない身体に鞭を打ち悲鳴をあげた少女に振り返る。
…驚いたな。
助けた少女はエルフだった。月光を反射しキラキラと光る金髪に、作り物めいた美しさ、そして何より目立つ長い耳。どれもが美しい。
ぽかんと俺のことを見ていた彼女は、助かったのだとわかるとお礼を言い始めた。
「た、助けてくれてありがとうございます! あの聖なる光を放つ剣、もしかして貴方は勇者様なのですか?」
彼女の視線は聖剣へと向けられている。聖剣を持つ存在といえば一つしかないだろう。だが、疲れから俺はつい言ってしまった。
「いいや、俺は只の偽物さ。決して本物になれない」
「え?」
ハッとする。しまった本音を漏らしてしまった。直ぐに誤魔化すように笑みを浮かべる。
「何でもないよ。そうさ、僕が勇者フォイル・オースティンだ。無事で良かった。君の名は?」
「えっと、私はアイリスと言うのです。この森の奥にある里に住んでいるエルフで、薬草を取っていたらつい迷ってしまって…そしてあの魔物に…」
「そうか…ならすぐに里に戻った方が良い。さっきの魔物も危険だが、この国はそれ以上に欲深い獣がいる。君みたいに可愛らしい女の子にこの場所は危険だ」
「か、かわっ…うぅぅ」
アイリスちゃんは顔を真っ赤にして俯く。その様子が可愛らしくてつい俺は笑ってしまった。そうするとアイリスちゃんはむっと頰を膨らませてそっぽを向いてしまう。
可愛らしく素直な子だ。
「里まで送って行こう。立てるかい?」
「あ、はい。でも、エルフの里は人を入れてはいけないと長老が」
「なら里の前までにしよう。君を一人にしてまた何かあったら大変だからね」
「むぅ、子供扱いしないで欲しいのです! わたしは貴方よりもお姉さんですよ!」
「そうかそうか。所で飴いるかい?」
「はい! …あっ」
ハッとし、耳まで赤くするアイリスちゃん。俺は笑いながら飴をあげて一緒に並んで歩く。
「全く全く。歳上を揶揄うなんて罰当たりなのです。でもこの甘い飴に免じて許してあげます」
「そうか、ありがとう。流石はお姉さんだ、心に余裕があるね」
「当然です! わたしはそう! お姉さんなんですから! …あの、フォイル様って勇者なんですよね?」
「様って言われるとちょっと恥ずかしいね。別に呼び捨てでも良いよ」
「それは流石に…なら、フォイルさんって呼びます。あの、さっきを言いましたが、わたしを助けてくれてありがとうございます」
改めてアイリスちゃんは頭を下げる。
良いっていってるのに本当にしっかりしている子だ。けど、そこまで言われると俺もちょっと恥ずかしくなってくる。
「本当に気にしなくて良いよ。無力の人々を魔物から守るのは『勇者』である俺の使命だから」
「だけどあんな恐ろしい魔物、わたしは見ただけで腰が抜けてしまいました。人々を守るためとは言え、あんなのに立ち向かえるだなんて…フォイルさんは怖くないんですか?」
怖い。怖い…か。
今尚覚えている、幼い頃に魔獣に襲われた記憶。あれは今だに俺の心に焼き付いている。魔獣も魔物も、恐ろしい。だけども
「そうだね、怖いさ。でも誰かがやらなきゃならない事なんだ。誰かがやらなきゃ…」
そうだ、称号が全てなのだからこれはやらなきゃいけないんだ。
だから俺の『偽りの勇者』としての役割も、俺自身がやらねばならない。
「それに戦う力があるのなら、誰かを救うために使おうと思うのは当然じゃないかい?」
「…そんなこと考えもしませんでした。力があっても自身の身を守るためにしか使おうとしか思いませんでした」
「勿論、それも悪い事じゃ無い。けど、どうしても戦えない人がいてその人を助けることが出来る力があるのならば、俺はその人を助ける為に使いたいんだ。ははっ、ごめんよ。偉そうに語ってしまって」
「いえ、その…凄く立派な事だと思います」
「…そうか。ありがとう」
彼女の言葉に俺は照れたのを誤魔化すように頰を掻いた。
「あの、お聞きしたいんですけど…。あっ、もし失礼ならお答えしなくて良いですっ」
「良いよ。なんだい?」
「えっと、その森の外ってどんな所なんですか? わたし、森の外に出たことなくて…それで、本当は薬草を採取していたんじゃなくて外の世界を見てみたいなってこっそり森の外に出たら魔獣に襲われちゃったんですけど…」
徐々に言葉が小さくなり、ショボンとする。
成る程。あんな所にいたのはそれが理由だったのか。
「ははっ、そうかそうか。それは確かに軽率が過ぎたかも知れないね」
「むぅ。確かにフォイルさんからすればお馬鹿な事をしたと思えるのでしょうけど…」
「いや、わかるよ。俺も昔、若気の至りで夜に村の外に出てしまったことがある。そこで魔獣と遭遇した事とがあった」
「えっ、大丈夫だったんですか!?」
「あぁ、騒ぎを聞きつけた大人達が来てくれてね。あの後かなり怒られたよ」
今となっては懐かしい思い出だ。
あの日から俺は…自分が恥ずかしいと思ったんだ。
口だけじゃなくて、本当に勇者になろうと思った。
まぁ、実際は…っといけない、自虐が過ぎたか。
アイリスちゃんに気付かれていないかと確認すると彼女は俺の顔を見ていた。
「あの、先程俺って…」
「あっ。しまったな、普段は僕とか私とか言っているけどこっちが俺の素なんだよ。けど、それじゃ権力者の方々と会う時に少しね。秘密にしてくれるかな? その代わり、俺が知る限り外の事を教えるよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
それから俺は出来うる限りの事をアイリスちゃんに話した。アイリスちゃんは俺の話に頷き、そして時折目を輝かせた。その反応は見ている俺も楽しかった。
そんな風に会話しながら話して、気付けばあっという間にだった。
「もう着いちゃいました…」
「そうか」
俺からは見えないが、もう此処はエルフの里の近くらしい。幻術か、それとも別の力か。俺には同じ森にしか見えないが、アイリスちゃんにはわかるらしい。
「それじゃあ、此処でお別れだね。もう不用意に里の外に一人で出てきたらダメだよ」
「はい、その、ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくて良いさ。短い間だったけど話せて楽しかったよ」
ニコリと笑うとアイリスちゃんは、ポーとした顔で俺を見た後ワタワタと何かを探すような動作をした。そして何やら髪を触る。
「あ。あの! これ!」
「ん?」
アイリスちゃんの手には一輪の花があった。
「わたしの髪につけていたものです。あの、よく考えたらお礼だけでわたし貴方に何もお返ししていないって思って。でも、その、わたし里の外に出た事がありませんからお金とかは」
「ありがとう、十分だ。君だと思って大切にするよ」
無くなった花飾りの部分の頭を軽く撫でる。サラサラとした心地よい感触だった。アイリスちゃんは気持ちよさそうに身を委ねてくれる。
「それじゃ、元気でね」
名残惜しげに髪から手を離す。
これ以上一緒にいると情が湧いてしまう。
別れを告げ、立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
だけど俺の思いとは裏腹に再び呼び止められる。
「わたしまた貴方に会いたいです! だから絶対に会いに行きますから!」
大声でまた会いたいと叫ぶ彼女。だけど、ごめん。俺はもうここには訪れないし、恐らくその頃には俺はもう…。
だから俺は顔を見られないよう振り返らず、手だけを振ってその場を立ち去った。
アイリスはそんなフォイルの背中をずっとじっと見つめていた。




