エルフの"花"について
その後、大角カジキを倒した事を《レイク》の人々に告げた。
人々は最初は信じていなかったが、氷漬けになった大角カジキ(キキョウに斜面を凍らせて貰って滑らせて運んだ)を見て大いに喜んだ。
結果、始まったのは祭りだ。
その主役となったのは俺達が狩った大角カジキだ。実は大角カジキは美味しかった。キキョウが心配した泥抜きをしなくても、その身は非常に濃厚で何にしても美味しかった。
その後、飲んだり食べたりして騒いで俺達は宿に戻った。
その日の夜。
宿に泊まった一室で酔いを醒ます為に筋トレをしていた俺の部屋に扉を叩く音が聞こえた。
「アヤメさん、ぼっちについて相談があります」
扉を開けるとアイリスちゃんがそこに居た。
前に二人旅(ジャママ含め)の時は、俺たちは同じ部屋で寝ていた。だが、キキョウが仲間になってからは俺はアイリスちゃんにキキョウと一緒の部屋の方が良いんじゃないかと提案した。
それは女性同士の方が気が楽だと思ったからだ。それになし崩しになっていたとは言え、男女が同じ部屋はマズイだろう。その気はなくても何かしら勘繰られる。特に貞操観念が強いと伝承では言われているエルフなら、可能性は低いがもし他のエルフに見られたら何かしらアイリスちゃんに言われなき誹謗中傷が言わるかもしれない。
それは嫌だった。
だから別部屋にしたのだ。
アイリスちゃんはかなり渋ったけど、俺は何とか言いくるめて二人を同じ部屋にした。以来ずっと二人は同じ部屋だ。
日課になりつつある髪を梳いて欲しいと風呂上がりの時はちょこちょこ来るけど、そうでもないのにこうしてくるのは珍しい。
「アイリスちゃん? 珍しいね、どうしたんだい? キキョウは?」
「今はジャママと一緒に、お風呂に入って貰ってます。大角カジキを倒した礼として無料で入れるように好意でして貰えましたから。それで、中に入って良いですか?」
「あぁ、そうだね。どうぞ」
アイリスちゃんを中に入れる。
彼女の服装は、いつものではなくゆったりとした水色の寝間着だ。これもまた最初の町でアイリスちゃんが選んで買ったものだ。以来、気に入っているらしい。
「それで、来た理由はなんだ? さっき、キキョウについて相談があると言ってたけど、また喧嘩しちゃったのか?」
「違いますよ! いえ、ちょこちょこ揉めるのは否定しませんけど……そうではなくてですね、その……」
「?」
アイリスちゃんは何故か、唇を噛むようにして俯く。何か言いたくないのだろうか。やがて決心したのか顔を上げた。
「アヤメさん、お願いがあります。明日はぼっちと二人で買い物に出かけて貰えませんか?」
「ん? どういうことだ?」
話が読めない。
「そうですね、まず順を追って説明します。アヤメさん、エルフは自然と密接な関係にあるのはご存知ですよね」
「それはね。伝承でも有名だし、前にロメオくんが言っていた『自然の調停者』という俗称も、事実であると認めているし、アイリスちゃんを直接見てもわかるよ」
「あわわっ、そんな真っ直ぐこっちを見ないで下さい。て、照れます。……ごほん、その通りです。エルフと自然は切っては切れない仲。ですが、ぼっちには花がありません」
俺は無言で頷く。
アイリスちゃんは話を続けた。
「正直に言います。エルフにとって花とはかなり重要な意味があります。それは、子を身篭った親が身篭ると同時に名となる花の種に祈りを捧げ続け、生まれると同時に授けられます。人間風に言うと洗礼みたいなものでしょうか? とにかく、それによってわたし達は自然の一部であると強く意識するようになるのです。つまり花とは自己の象徴であり、存在証明であり……こうしてエルフは生涯、由来となった花を身体の一部に身につけ続けて生きていきます。それはつまり、自らの半身と言っても差し支えないのです。ですが、その。ぼっちはダークエルフであり、恐らく名前こそ花のキキョウでありますが、花そのもののキキョウの方は授けられなかったのだと思います。恐らくは親が破棄したのでしょう」
俺はその言葉になるほどと頷いた。
確かにキキョウはアイリスちゃんと違い身体のどこかに花をつけていない。
だが、俺はそれをもう一つの理由のせいだと思っていた。
「キキョウは自らの体質の所為か、植物を身体の何処かにつけると次第に凍り始めて無理だって聞いたのだけれど」
「はい、わたしもそれは知っています。ですが、何も生きてる花である必要はないのです」
「どういうことだ?」
「造花ならば、身につけることが出来るはずです」
造花。
人工的に造られた花。
「なるほど、つまりアイリスちゃんは」
「はい。此処は国境に近く旅人や色んな商人が訪れる町。そんな彼ら相手に物を売るお店もたくさんあります。僅かですが町を見て回って色んなお土産があるのを見ました。その中には金属で出来た花飾りもありました。だから、それであればぼっちも身につけることが出来ると思うんです」
「なるほど、それは良いアイデアだ」
それならばキキョウも身につける事が出来るだろう。
「だけどアイリスちゃん、どうしてそれを俺に? それなら明日町を歩く時に皆で行って選んだら良いと思うんだが」
その言葉にアイリスちゃんはふるふると首を振る。
「わたしはアヤメさんと違い、ぼっちの過去を詳しくは知りません。聞きましたけど……。アヤメさんほど、あの人を強く信じることも出来ません。でも、わかるのです。200年ずっと一人だった孤独がどれほどかを。わたしには、親が居ました。親からの愛情も、友達との友情もありました。でも、ぼっちには何一つありませんでした。だから、繋がりを持つ事に強い憧れがあるとわたしは今まで一緒に居てわかりました。だから、アヤメさんにどうか目に見える形でぼっちに……キキョウさんに繋がりを与えてあげてください」
「一つ良いだろうか? アイリスちゃんがあげようとは思わなかったのか?」
「無理です。わたしからあげても同情と思われるか、悪ければ侮辱と捉えられる可能性もあるかもしれません。……普段の態度を見てるとその可能性は低いですけど。それに、わたしとはその、ライバルですから」
「ライバル?」
「な、なんでもありません! それでアヤメさん、お願いできますか?」
アイリスちゃんの言葉はどこまでも真摯だった。だとしたら俺が断る理由はない。
キキョウについても、それが彼女にとっての心の支えとなるならば、これ以上良いことはない。
「分かったよ、なら明日キキョウと一緒にデートに行ってくるよ。ここまでアイリスちゃんがお膳立てしてくれたんだ。必ず花飾りをプレゼントしないとね」
「でぇとじゃありません」
「え? いや、だって」
「でぇとじゃないです」
「アイリ」
「ないです」
有無を言わせない口調に俺は頷くことしか出来なかった。
後日、俺とキキョウは《レイク》の町に繰り出していた。
「それでちみっ娘は大丈夫なの? 本当に?」
「あぁ、寝ておくから大丈夫だって。何かあればジャママが吠えて宿の人を呼ぶ。キキョウも聞いただろう?」
「それはそうだけど……」
若干心配そうにするキキョウ。やはり根は良い子なのだろう。
ここにいるのは俺とキキョウだけでアイリスちゃんはいない。普通に考えてアイリスちゃんがいない事をキキョウが訝しまない訳がない。
そこでアイリスちゃんは一計を案じた。
どうもあの日という手でかなりゴリ押しだ。
詳しくは俺も語らない。だって、女の人には誰にもあることだから。
話を戻して俺たちは町の市場に向かっている。
部屋にいるアイリスちゃんの代わり、必要な食料や道具を予め用意しておくという理由で一緒に外に出た。
正直かなり無理があるのではと思ったのだが、それで押し切れた。
「ふぅ〜ん、まぁ、良いわ。ちみっ娘が出来ないことをしておいてあげようじゃない。帰りに赤林檎の一つや二つ買ってあげましょう。アヤメが剥いても良いし、此方が凍らせてシャーベットにしても良いわ。そうすればちみっ娘も泣いて喜んで此方の事を小馬鹿にしないはずよ。この前も、ぽんこつとか言って。失礼だわ」
「そうだね。きっとアイリスちゃんも喜ぶね。キキョウは、何だかんだアイリスちゃんを気にかけているね」
「なっ、そ、そんなんじゃないわ。此方とちみっ娘はライバルよ。そんな普通の人みたいな友情なんて無いわ」
ライバルか。アイリスちゃんも言っていたが何のことだろうか。
……いや、本当はわかっているさ。だけど、俺はそれを自分から言うことはない。
「……それに、あの事もまだ謝っていないし」
「キキョウ?」
「なんでもない。行こ、アヤメ」
「あぁ」
今はただキキョウが楽しめる事を考えよう。
勿論花飾りも忘れずに。俺は目的を達成する為にどうするか昨日考えていた内容を思い出しつつ彼女の隣に並んだ。




