吉報
アヤメのキキョウへの呼び方を「キキョウちゃん→キキョウ」に変更します。
前話の方も後に修正しておきます。
「ごめんなさいアヤメさん」
「ごめんアヤメ」
「あぁ、いや。大丈夫だよ。うん。ただ次からはもう少し俺の体を考慮してくれたら嬉しいかな……」
あの後二人を何とか宥めた俺だけどその頃には服は片方が伸びて、片方が凍ってしまった。
お陰で別の服を着るはめになった。次の街に着いたらもう少し服を買っておこう。
二人は反省しているのか、姉妹のようにシュンと頭を下げている。その後、とりあえず俺の服が犠牲になるような事はなくなった。
俺たちは次の町を目指して歩き始めた。
道のり自体は好調に進めている。
問題があるとしたらちょこちょこ二人は揉めるのだけれど、初日の俺の服を台無しにした負い目からか、そこまで大ゲンカにはなっていない。
「……だから何でアヤメさんに寄りかかろうとしているんですか!」
「別に貴方の許可なんて必要ないわ」
「わたしの方がアヤメさんと先に居たんですよ!?」
「想いの強さに、時間の差なんて関係ないわ。寧ろそんな事でしか優位に立てないなんて貴方、哀れね」
「むぎぎぃぃ……!」
<クォォ〜ン>
てか揉める内容が俺に関してばっかりなのだけど。
この場合どうするのが正解なんだ? どっちに肩入れしても後が怖いから俺は両方を宥めるしかない。
本当なら仲良くしてもらいたい所だが、アイリスちゃんがキキョウに当たりが強いのが俺を傷付けたのが許せないって言っていた。
俺はもう気にしていないのだが、実際俺の傷を癒したアイリスちゃんからすれば、また違うのだろう。
いつか、本当の意味で二人が仲良くなれれば良いんだが。
それにしても夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、ジャママはもはや気にしていない。というか当事者でないからか全く気にせずにアクビしてる。
気ままで良いなぁ、こいつ。
「……そういえば、ジャママ少し大きくなってないか?」
先を歩くジャママは以前より少しばかり大きく見えた。
やっと着いた所は《レイク》という所だ。
この町はヴァルドニアと呼ばれる山岳地帯に周囲を囲まれた国の国境付近に存在する町だ。国境近くだから、ここを通っていく商人がいるのでそれなりに人の往来は多い。
……うん、まぁ。それだけなんだけど。規模もこの前のフィオーレの町の三分の一くらいで、町と呼ばれるのも商人達が休憩できるように宿泊できる場所としての機能を持たせるようにし、人が集まって形成されたからだ。
なので《レイク》は宿泊街として有名だ。
後は近くにあるという湖から取れる魚が名産であるというくらいか。
《レイク》に入ろうとする俺たちだが、ふと気付いた。
「キキョウ、君はそのままで入って大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫よ。此方は他の面々と違って顔が割れてないし。今まで他人不信で全身外套で隠してたのが功を奏したわね」
「そんなどや顔で言われてもこっちとしてはその言葉に心が痛いんだが……。でも可能性は低いと思うがアイリスちゃん以外のエルフに見つかるとかは大丈夫なのか?」
「そうですよ、なんならわたしの仮面貸してあげますよ。はい」
「……え、何これ」
「はんにゃです。要らないですか?」
「いらないわよ! 貴方達は心配しているけど、それも大丈夫よ。ねぇ、何か此方を見て気付いた事はない?」
「え?」
「あっ、わたしみたいに耳が尖ってませんよ! さっきまでは尖ってたのに!」
「あっ、確かに」
どや顔のキキョウの耳は、普通の人みたく丸くなっていた。
「ふふ〜ん、それはこれのおかげね」
キキョウは雪の結晶の形をした耳飾りに触れる。それを外すと元のピンとした耳が露わになる。
「まさか魔法具なのか?」
「正解よアヤメ。"幻影の耳飾り"と言って装着するとこうしてある程度自ら姿を変えることが出来るの。今までは使う機会がなかったけど、持っていて良かったわ。まぁ、僅かとはいえ常に魔力を消費するから寝る時は外すけど」
「へぇ、まるで『水の魔法使い』の【幻の虚像】みたいだね」
「そっちとは違って使い勝手は良くわないわ。装着した部位にしか効果は発生しないし、そもそもこれは耳飾りだから最初から耳ぐらいにしか効果がないわ」
「そうなのか」
意外と範囲は狭いんだな。
もしかしたら俺も顔を変えることも出来るかもと思ったんだが。そうすれば、より正体がバレる可能性が低くなると思ったけど、世の中そううまくはいかないか。そもそも、魔法具もないしな。
キキョウの正体バレという懸念も無くなり、検問を突破した俺たちだけど、その町並みを見てやっぱり宿泊施設が多いという印象を受けた。それ以外はフィオーレの町と特に変わった所はない。
「ふ〜ん。……良くも悪くも普通の町ね。見所がない、って言うのかしら」
「この町について一言がそれですか。失礼なのです」
「ならちみっ娘ならなんて言うのよ」
「……長閑で毎日がほのぼのしていそうな町です。さぞ、お昼寝したら気持ち良さそうです」
「迂遠に田舎って言ってないかしら」
「むぎゅっ、し、しつれいなっ。そんなことはない……はずです?」
<カァウ?>
「なんで疑問系なんだい?」
そんな会話をしながら俺たちは町を歩く。
やはりと言うべきかこの町は宿泊施設が多くあり、商人の馬車或いは鳥車が、宿泊施設に併設された馬車置きに沢山あった。
商人が集まるだけあって町の方も賑やかだ。だが、何かそれだけではないように感じる。
「何だか町が騒がしいね」
「規模が小さいとは言え、町が騒がしいのはいつものことじゃないですか? 特に今は朝なので動く人が多いからそう感じるんだと思いますよ」
「いや、そういった騒がしさじゃなくてだね……。そうだな、この間の《大輪祭》前日の様子に似ている」
「そう言われれば確かに……でも何かあったってあの門番の人言ってませんでしたよ?」
「ねぇ、ちょっと二人とも。あそこを見て。人集りが出来ているわ」
キキョウが指し示す場所には、突貫工事で立てたのかやたらと大きい掲示板の周りに多くの人々が集まっていた。
俺たちもそれを見ようとして近づく。だが人混みが多過ぎて掲示板の内容が見える所まで近付けない。
俺とキキョウですらそれなのだ。アイリスちゃんは身長が足りないので、ぴょんぴょんとジャンプしているけど見えなくてしょんぼりしている。
ジャママに至っては望むべくもない。多分人の足しか見えていない。
諦めて人に聞く事にする。
「一体なんの騒ぎなんですか?」
「何だアンタら知らないのか!?」
「俺たち今この町に来たばっかりなんだよ」
「そうか……実は魔王軍の幹部の一人が討ち取られたらしい!」
「えっ」
もうあの話が町にまで広がったのかと思って若干驚くと同時に背後のキキョウから少しだけ息を飲むのが聞こえた。
俺は少し体を動かしてキキョウを隠すようにしながら話を訊く。
「最近暗い事ばかりだったから、皆湧いているんだ。だからこれだけの人が集まっているんだ!」
「ごめんね、ちょっと道に迷ってさっき山から降りたからそういう情報には疎いんだ。だから何があったのかもっと教えてくれないか?」
「なんだそうなのか? なら教えてやるよ。ーー倒したのは『真の勇者』のユウ・プロターゴニストだって話だ!! 彼はソドォムを襲う魔王軍を退治して『迅雷』と呼ばれる八戦将を討ち取ったんだ!」
てっきり、形は違えど商業都市リッコの事だと思っていただけにその言葉を驚きを持って俺に衝撃を与えた。
『真の勇者』ーーつまりユウが。
俺もグラディウスも勝てなかった『迅雷』のトルデォンを討ち取ったらしい。
「へぇ。そうか……ははっ、そうか!」
やるじゃないか、ユウ。『真の勇者』としての資質は完全に目覚めたらしいな。俺は思わず口元が緩む。やばい、嬉しくてたまらない。
俺はお礼を言ってその場から離れた。そして近くの新聞を売っている少年にお金を払って新聞を貰い、ベンチに座って中身を見る。
見ると確かに見出しに『勇者ユウ・プロターゴニスト、ソドォムの窮地を救い魔王軍幹部を討ち取る!』とでかでかと書いてあった。そこにはあの時と変わらないユウが聖剣を掲げた姿があった。その隣にはメイちゃんもいた。傷ついているけど、元気そうでよかった。
写真を撮れる魔法具なんてそういくつもないのにそれを利用してまで喧伝するとはそれだけ人類にとっては朗報であるということだ。
「アヤメさん嬉しそうですね」
「わかるかい?」
「はい、ずっとにこにこしています。……その笑顔を浮かべる理由がわたしじゃないのは不満ですけど」
ニマニマとしていた俺はアイリスちゃんの言葉を聞き流す。
そうか、そんなに俺はわかりやすかったのか。
因みに商業都市リッコの事はまだ記事にはなっていなかった。多分直ぐに記事になるけどそれまでに多少離れていれば大丈夫だろう。
「此方の事じゃなかったのね……」
「なんですか、ビビってたのですか?」
「ビビってなんかないわよ!!」
ホッとするキキョウにアイリスちゃんが煽る。キキョウもムキになって否定する。
「でも、確かに位置からしたら商業都市リッコの方が近いからそっちの方だと思っても仕方ないよ。実際『迅雷』が討伐されたのは三週間前だ。情報が届くのに時間がかかったんだろう」
「なるほど、確かにそうですね」
「それにしても討伐されたっていうトルディオ……もといあの生意気なばちばち線香花火ね。意外ね。一応あれでも八戦将じゃ強かったと思うんだけど」
「寧ろ弱い八戦将っているのかい?」
「どうかな。幹部の中には『地蝕』っていう研究肌の変わり者で殆ど自分で戦わない奴もいるし。『水陣』も戦ってるの見たことないわ」
聞けば聞くほどキキョウは他の八戦将に興味がないんだね。というか八戦将達ももしやそれぞれに対して興味が薄いのだろうか。組織人としてそれはどうなんだろうか。
「中でもそうね、『獄炎』はダメ。此方と相性が悪いもの」
「相性?」
「だってあいつ炎を体で燃やすんだもの。氷の此方とは相性最悪」
「炎か……」
確かに氷を扱うキキョウとそれを溶かす炎とでは相性が悪いだろう。『獄炎』の名は確かに俺も聞いたことがある。全てを焼き尽くし、数刻で都市一つを焦土と帰せる程の化け物だと。
俺が知っていた八戦将は『爆風』『迅雷』『氷霧』『豪傑』。そして噂だけの『獄炎』と『砦壁』。
『水陣』と『地蝕』は初めて聞いたな。
そう言えば八戦将の中で一人気になる人物がいた。
「ベシュトレーベンは? あいつはどうなんだい?」
「……どうかな。『獄炎』と同じく戦いたくない奴ツートップなんだけども。此方が会った中では間違いなく最強と言えるくらいの力を持ってるのは間違いないんだけど、正直それがどれくらいか此方には分からないの。だってアイツーー」
ふとキキョウは俺の顔を眺める。そしてジロジロと観察し始めた。え、まだ俺ニヤついてる? 少し口元を拭って見るけど口元はニヤついていない。よかった。
「今思ったけどすこしアヤメに似てるかも」
「え〝っ。いや、俺は彼みたいな力こそ正義! 見たいな感じじゃないと思うんだけども……」
「そうですよ! そのべしゅとれ〜べんとやらがどんなのかわかりませんけどアヤメさんなんかと同列にしないでください! 失礼です」
「貴方それ彼に聞かれたら頭かち割られるわよ……」
プンプンするアイリスちゃんをキキョウが恐れを抱いた目で見る。
確かに鋼のような巨躯にあの豪腕なら片手で卵を割るが如く頭なんて割りそうだ。
「まぁ、良いわ。とにかくベシュトレーベンに関しては出会ったら即、死を覚悟することね。此方でも敵わないもの」
その言葉は俺にとっても驚きだった。
「同じ八戦将なのにか?」
「甘いわアヤメ。同じ幹部だからといって力まで同じ訳じゃないもの。人間だって例え同じ『職業』でも能力まで同じじゃないでしょ?」
「それは、そうだね」
「此方は魔王から権能を授かってないからその差はあるわ。他の連中は殆ど受けているはずだし。トルデォンの雷も、魔王から授かったトルデォン自身の権能よ。だからこそ、奴との戦い関しては逃げ出すしかないわ。それ以外の手段はない。この間もトルデォンと揉めて一触即発までに陥ってたんだから。あそこで戦ったら魔王城が半壊したわ。えぇ、きっと。主に加減なんかしないあの脳筋のせいで」
「君も中々に口悪いね、頭かち割られるんじゃなかったのかい?」
「だ、大丈夫よ。あいつはここにいないんだし。……いないわよね?」
キョロキョロと辺りを見回すキキョウ。その様子がおかしくて軽く笑うとキキョウはむっとした顔でこっちを見てきた。
するとキキョウ以上にむくれたアイリスちゃんが声を上げる。
「むぅ……二人だけで会話しないでください!」
「あぁ、ごめんね。それにしても魔王軍幹部が倒されたということはこれから魔王軍がどうでるのか未知数だね」
「そうね。だって『爆風』に続いて『迅雷』、此方も合わせたら三人も敗れたんだもの。半数近くやられたんもの。『水陣』が次に何を考えるのかは此方も分からないわ」
「たとえその『水陣』が何か考えてもアヤメさんなら容易く陰謀なんて打ち砕けます!」
「いいや、アイリスちゃん。それは俺の役目じゃない。ユウの役目さ」
世界を救うのは『勇者』だ。
決して俺ではない。だからこの事に関しては静観するつもりだ。『氷霧』ことキキョウの時は偶々彼女が街を襲っている所に鉢合わせたからだ。
本来なら戦うことすら想定していなかった。
勿論、また別の所で魔王軍が人々を襲っていたら迷わず戦う覚悟はある。
するとキキョウが真面目な顔になって、俺の顔を見てくる。
「……ねぇアヤメ、此方は貴方に救われたわ。だけどそれまでに沢山の人々を傷付けて来た。だからいずれその『真の勇者』とやらに殺されても仕方ないと思っているわ」
「それは」
「貴方は此方の事を知ってくれた。でも『勇者』は知らない。知る気もないでしょう? 何故なら魔王軍と勇者は相反する者同士、話し合うことは出来てもわかり合うことは出来ないわ。だけど安心して。その時は此方は貴方達に迷惑をかけないわ。此方自身が決着をつけるから」
「ぼっち……」
確かにキキョウは八戦将として多くの人々を傷つけてきた。死人こそでなくとも国を、街を、故郷を追い出された人はどれほどいるだろうか。そしてそれによって人生を狂わされた人もいるだろう。
もしかしたら、その復讐に現れる人もいるかもしれない。
その時、俺はどうする?
彼女は八戦将として人に危害を加えた。それは変わりない。だが、その過去については同情の余地がある。勿論、だからと言って危害を加えた事に関しては擁護は出来ない。
もし仮に正体がバレた時、庇うのが正解なのだろうか?
だがそれはユウと……そして無辜の民に対して裏切る事になる。
けど、だからといってキキョウを見捨てるのが正義か?
そんな訳がない。
俺は、そんな事の為に彼女に手を伸ばしたんじゃない。
確かにキキョウの考えは間違っていない。
しかし、それは最悪の事態の時だ。
「俺が側にいる。君を死なせなんてしない。何故なら、『氷霧』のスウェイはあの場で死んだ。今ここにいるのは、ただのキキョウだ」
俺はアイリスちゃんに救われた。
俺は本来なら勇者を騙った罪人として死ぬはずだった。
俺も、キキョウも、罪がある。
どちらも罪を犯したというのに、どちらか一方は許されないなんてそれこそ不公平、不条理だ。
俺の心が伝わったのかキキョウは俯いていた顔をこちらに向ける。俺は揺れているキキョウの瞳を真っ直ぐと見つめた。
「馬鹿よ。ばか。アヤメは大馬鹿よ。こんなどうしようもない八つ当たりで人々を不幸にした女にそんな事を言うなんて」
「馬鹿とはひどいなぁ」
「……でもそんなアヤメだから此方は救われたわ。アヤメ、此方も貴方みたいになりたい。此方が不幸にした人以上に、人を救ってみたいと思ってる」
「そうか。なら、一緒に頑張ろうか。辛く、長い道のりだろうとキキョウなら出来るさ」
「うん。信じてくれるアヤメの為にもがんばる」
キキョウの瞳はもう揺れていなかった。
彼女は己の罪と向き合い、これからどうするか決めた。
なら俺はそんな彼女を見守っていこう。そう思った。
「ぬぎぎき……油断ならない相手です……!」
<ガ、ガウガウ……>
見つめ合う両者の隣で一人、アイリスはおおよそ乙女が出さない歯軋り音を鳴らしていた。その様子にジャママも怯える。
キキョウの境遇を考えるにやめろとは言えず見ていた。ただ良い女は広い心を持つものだと慰めつつだが。
アヤメの内心はつゆ知らず、アイリスは嫉妬するのだった。
ーーゴラァムが滅びた事は高度な政治情勢により今だに人々には伝えられなかった。彼らにとって勇者という希望を照らすのが重要であり、不安を招く事を公表するには時期が悪かった。
ただ一部の国や商人はその事を知っていたがやはり、広めることはせず、アヤメも知る由もなかった。
キキョウが嫉妬の魔女がなくなったと思ったら、アイリスが嫉妬の魔女になったの巻。




