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雪解け

スウェイ視点です

 寒い。

 冷たい。

 痛い。

 苦しい。


 様々な苦痛が100年振りに此方(こなた)を襲ってくる。

 斬られた所を凍らせたけれども痛みは消えない。いや、それ以上に心の方が混乱して、痛い。


 何であの男は此方(こなた)の技を打ち破れたの?

 勇者が憎いんじゃなかったの?

 なんで?

 なんで?

 どうして『真の勇者』について語る時あんなに嬉しそうに、誇らしげにしていたの?

 わかんない。

 わからない。


 あぁ、思考が定まらない。ぐちゃぐちゃ。めちゃくちゃ。なんでうまくいかないの。なんで? 此方と一緒じゃなかったの? なんで? いつもこんなんばっかり。わからない。どうして? わかんない。嫌だ。わかんない。


 定まらない思考。

 錯乱する心。

 そんな中、此方(こなた)の前には200年前のあの日のことが目の前に浮かんできた。



ーー貴様は出来損ないだ。まさか精霊を操ることができぬとは。


 蔑んだ目で父親が見る。


ーー穢らわしい。どうして、私の娘がこんな。


 母は忌々しげに自分を睨んだ。


ーー瘴気に汚染されて居るとは。我らエルフの恥さらしめ。


 同族であるはずのエルフ達は目の敵のようにこちらを睨んだ。


ーーお前は

ーー貴方は

ーー貴様は


 父が母が姉が皆が皆口を揃えてこう言う。


ーー生まれるべきではなかった


 じゃりっと砂を噛み締めながらも這いずる。


「まだ……よ」

此方(こなた)を認めて』

「まだ……此方(こなた)は負けてない」

『もっと頑張るから』

「負けたら……すべてなくなる。いなくなる。努力する。頑張るから」

『だから』

「だから……だからぁ…」









『「…………おいてかないでぇ」』








 ザッと近付く音がなる。

 此方(こなた)はもはや諦めたような顔で見上げる。

 案の定、剣を片手に男は立っていた。

 あぁ、本当に忌々しい。

 目の前に立つのは燃えるような赤い髪に、強い意志を携えた赤い目。こんな時なのに、諦めを知らないその瞳が、どうしてかとても羨ましくみえた。


「アイリスちゃんから聞いたよ、君はエルフの中でもダークエルフと呼ばれる者であると」

「だから何……笑いに来たの?」

「いいや。ダークエルフはエルフが使えるはずの精霊魔法も使えない存在と聞いた。それは事実だろうか?」

「そうよ…… 此方(こなた)は精霊魔法は使えなかった。だからこそ、此方(こなた)は追い出された」

「だが君は氷を扱える。それは魔王に与えられた力か?」

「はっ、違うわよ。これは此方(こなた)が自らが編み出した力。魔王から与えられたものなんてない」


 捨てられたあの日。

 血の滲むような努力の果てに此方は氷を生み出した。この世界では、魔法を人間は【職業(ジョブ)】だなんてよく分からない力で、技能(スキル)を得て初めて行使出来るようになるけどエルフならば関係ない。

 エルフは先天的に精霊魔法を扱える。

 此方(こなた)はそれを扱えなかった。精霊からは全く受け付けられなかった。だけどエルフ特有の膨大な魔力ならある。


 だからこそ、その魔力を鍛え、扱き、圧し、変質させた。血の滲むような努力と願い、想い。それらが此方の魔力を具現化させ、全てを凍らせる氷を発現させた。

 元々氷を生み出そうと思っていたわけではない。だけど、氷であったということはあの日、此方(こなた)の心が凍ってしまったからだというのはわかった。魔法は、その人の心象によって幾らでも変化するのだから。


 こうして、此方(こなた)は普通のエルフなら不可能な氷という魔法を扱えるに至った。


「そうか……ならなんで魔王軍に?」

「それを貴方に必要があるの?」

「……いや、ない。けど、知りたいんだ」

「知りたい……?」


 変な奴だと思った。

 敵である此方(こなた)のことを知りたいだなんて。

 同時にバカな奴とも思った。


「良いわ。なら教えてあげる。此方はねぇ……全てを壊したかったのよ! 人の営みも、自然も、世界も、全てねぇ! 魔王軍に入ったのはそこの幹部(・・)にスカウトされたからよ。世界の全てを破壊しようって。此方(こなた)はその手を取った。それが全てよ!」


 捨てられたあの日。此方(こなた)は理解した。

 この世は不条理だと。世界は不公平だと。

 誰もが語る優しい世界だなんて存在しない。


 だったら此方(こなた)も奪う側に立ってやろうと思った。この世では強さこそが正しい。強くなければ、何も得られない。


 そう、だからこそ。

 親子の情も。

 仲間の絆も。

 人々の平穏も。


 何もかも、いらない! 知らない! 必要なんてない!

 だから奪う!

 そんなものが存在するだなんて認めない! 認めたくない!


 だって、それを認めたら此方(こなた)はーー


「軽蔑した? 侮蔑した? 怒った? 義憤にでも駆られたかしら? なら、その剣で此方を殺しなさい。どうせ、貴方も同じよ。誰も此方(こなた)のことをわからないんだから」

「いいや。俺はアンタを賞賛するよ。素直にすごいと思った。理由も、過程もどうあれ。あれだけの魔法を扱えるまでに()()した君を」

「ーーえ?」


 男の口から語られた言葉に。

 此方(こなた)はポカンと口を開いた。


「アヤメさん!? 相手は魔王軍ですよ!?」

「そうだ。だけど努力だけは人も魔族も関係なく、賞賛に値する。何故ならそれはその人の人生の証だからだ。俺は努力した人を馬鹿にすることはできない。それがたとえ、誰であろうと」


 それは自分が最も欲しかった言葉。

 掛け値ない、()()()()()()()()()()()


 だが自分には喜びよりも困惑が先に来た。


「何よそれ……今更認めた認めないなど関係ないわ。此方と貴方は敵同士。どの道、殺しあうしかない間柄よ」

「あぁ、そうだ。君は魔王軍八戦将『氷霧』のスウェイ・カ・センコだ」

「えぇ。だからこそ、たとえ認めようとも此方(こなた)と貴方は分かり合えないわ」

「そうだ。敵同士であるからだ。だからこそ、そこで提案だ。魔王軍から抜け出す気はないか?」

「は?」

「アヤメさん!?」


 信じられないという調子で叫ぶエルフの声に、目の前の男は振り返ることなくじっと此方を見つめる。


「俺は君を助けたいんだ」

「助けっ……!?」


 かっと頭に血がのぼる。

 何をっ、と言いたかった。

 馬鹿じゃないのっ、と叫びたかった。


「言ったでしょう! 此方は魔王軍が八戦将『氷霧(ひょうむ)』よ! 人も沢山殺したわ! 助ける理由なんてないわ! 頭おかしいんじゃないの!?」

「いいや。俺は救世主(ヒーロー)だから、助けを求める人を見捨てられないんだ」

「はっ、此方(こなた)は助けなど求めていないわ」

「いいや。確かに聞こえたさ」


 男はじっとこちらを見てくる。その目には敵意なんて欠片もない。こんな目、此方(こなた)は知らない。見たことない。


 なんなの。

 一体何なの!?

 何でそんな目で此方を見るの!?

 今まで向けられた軽蔑とも憎しみとも違う瞳。わかんないわかんないわかんない! 


「それにね、君は人を殺したと言っているが俺だってそうさ。俺は人々を騙し、希望を奪った」


 グッと目の前の男は自らの心臓がある辺りを抑えた。

 その表情は苦しげで、痛そうで、それでいて哀しげだった。


「気にするなとは言えない。命を奪うのは等しく悪だから。その十字架は一生背負う必要がある。けれども、それでも。君は本当の意味で魔王軍側に染まっていない。ギリギリで踏み止まっていた。確かに君は確かに街は落とそうとした。だけど、()()()()()()()()()()()()()?」


 ドクンと心臓が跳ねた。

 なんで、と言葉が喉まで出かかった。そんなそぶり見せてないはずなのに。


「初めに使った大技。街の一角を全て凍らせるほどの力でありながら、誰一人として氷になった人はいなかった。建物は全て凍っていたのに」

「それ、は。そう、逃げ惑い絶望する人間を見たかっただけで」

「その後もそうだ。君は連れてきた魔族に兵士の邪魔をするように命じたけど、市民には誰一人手を出させようとはせず、子どもを食べようとした魔族を凍らせた。あれはもしかしなくても助けたんだよね?」

「違う、勝手な行動をした魔族を処罰しただけよ!」

「氷の巨人の時も、壊したのは建物だけ。人的被害はどこにも出ていない。……ちぐはぐなんだよ、君は。全てが妬む、嫉むと言いながら何度もチャンスを与えたりどこか期待している(ふし)も見られた。建物は壊すのに、人は狙わなかった。精々が力を見せつけて、勝てないと分からせた上で逃した。そう、君は(ねた)ましかったんじゃない。君はーー」

「やめろ! それ以上……それ以外何も言うなっ……!」


 いやいやと首を振り、拒絶するも男は止めなかった。


(うらや)ましかったんだろう?」


 ピシリと(こころ)にヒビが入る。


「幸せに暮らす人々が、自分では手に入らなかった光景が羨ましかった」

「……違う」

「誰からも認められず、孤立している中、温かなそんな世界にいる人々が羨ましかった」

「……ちがう! ちがっ、ちがう!!」

「人々をわざと親子連れを狙ったのは、親子愛など存在しないと確かめ、それで自分を慰めるため」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 此方はちがう! 此方は一人でも生きていける!! その為の力だってある!! 何も知らないくせに知ったような口を開くなぁ!」


 嫌々と首を振って魔法を放とうとする手を、男は掴む。

 揺れる此方(こなた)の瞳とは違う、じっとこちらを見据える強い意志を携える赤い瞳。


「何も知らない。そう、だからこそ俺は君を知らなきゃいけない」

「なに、を……」

「冷たい氷だ。まるで全てを拒絶するように。だけど俺にはわかった。その奥にある想いを」

「だめよ……だめ。やめて……言わ、ないで……」

 それを口にされたら自分はもう保てなくなる。

 ◼︎◼︎◼︎◼︎がスウェイでいられなくなる。


 だけど男は口を開き


「君はただーー()()()()()()()()()()()

 パキンと(こころ)が割れた。


「ふっ……ぐ、あ、あぁぁぁ」


 もうだめだった。

 一度溶け出した氷はもう元には戻らない。

 此方(こなた)はグズグズと力なくへたり込み、溢れ出る涙を手で受け止めることなく、何度も地面を力なく叩きつける。


「すてないでっ、ほしかった」

「そうか」

「いっしょにいてくれるだけでよかったのに。ままも、ぱぱも、みんなみんないなくなっちゃった」

「……うん」 

「こなたが、ふつうのエルフにうまれたらすてないでくれた? おいてかないでくれた? わかんない、わかんないよぉ。なんで、かってにいなくなったの? なんで、わかんないよぉ。どうして、どうしてぇ…… だれもいなくて、だれもこたえてくれない。みんな、言ってた。こなたはできそこないだって。だからつよくないといけないとおもってどりょくしたのに。つよくなってもだれもいなくて。こなたよりよわいのにしあわせそうなひとがいて、つらくて、うらやましくて、すべてこおっちゃえばいいっておもって……」


 どうして自分には当たり前の愛がないのか。

 そのことがずっと此方(こなた)の心を(むしば)んでいた。


 だからこそ、普通の家庭の幸せを持っている人が羨ましくて、妬ましくて仕方なかった。

 自分がその普通の幸せを持てないから。知らないから。

 惨めなのがわかってしまうからこそ、妬ましくて嫉ましくて……どうしようもなく悲しかった。


 だから八つ当たりした。

 その幸せを壊してやろうと思った。

 だけどもその度にそれ以上に虚しくて悲しくなった。あの街で親子の再会を見た時にそれはもっと強くなった。当たり前の親子の愛情が羨ましくてしかたなかった。


 本当はわかっていた。

 こんな事しても何の意味もない。

 自分の孤独が癒えることもないって。

 わかっていて、そうするしかなかった。そうじゃないと、もう自分を保てなかった。


 魔王軍の目的なんてどうでも良い。

 八つ当たりなだけで人を傷つけるのも別に好きじゃない。

 だけど、そうじゃないと誰も此方を見てくれない。

 仮初めの居場所として入った場所だけれど、それでもまた孤独に戻るのは嫌だった。一人は嫌だった。


 だけど結局強くなろうと、魔王軍にいようと何も変わらなかった。

 向こうもまた此方(こなた)の力を利用するだけで、此方(こなた)を見てくれなかった。


「いやだよぉ……もうひとりはいやだよぉ……」

「そうだね、一人は寂しくて苦しくて辛い。誰には理解してもらえない痛みはよくわかる。だけど、これからは俺が居る。楽しい思い出をたくさん作ろう。美味しいものもいっぱい食べよう。過去の罪は消えない。だから、君が傷つけた人々を超える人々を救おう」

「ひっく……、救う? そんなの本当に此方(こなた)でもなれる……?」

「なれるさ、俺もたった一人の信じてくれる女の子の言葉で救われた。だから俺が君を信じよう。ーーもう君はひとりぼっちじゃないよ」

「ふ、ふあぁぁぁぁ。うわぁぁぁぁぁぁぁん」


 この日、初めて嫉妬の魔女と言われた此方の心の氷が解けた。







 俺は泣き疲れて俺の膝で眠ってしまったスウェイの頭を優しく撫でる。

 そんな横で、アイリスちゃんは屈んで俺の方を見ていた。


「アヤメさん、どうしてスウェイに手を伸ばしたのですか? それに、何やら彼女の過去についても知ってそうな感じですだけど……」

「あぁ。彼女の放った【幻夢(ファンタズム・)氷霧(ホワイト・)(アウト)】。俺はその中で様々な記憶を見た。あれは確かに俺の過去の記憶もあったけど、同時に少しだけ彼女の記憶も紛れてきたんだ。それを彼女を過去と言っていたけど、どちらかと言うとやっぱり幻術に近いかな。人に見せるタイプの。そして多分、無意識に自らの記憶も混じっちゃったんだろうね」


 別に俺は彼女の全ての記憶が見れた訳ではない。

 だがそれでも哀しい、寂しいという感情は痛い程伝わった。

 涙を流したまま眠る様子はあどけない。普通の女性だ。


 きっと今まで一度もあの想いを口にした事はないのだろう。

 強い子だ。けれども悲しい子だ。


「世間から見て魔王軍は悪です。それを助けようだなんて()()のすることではないのです」

「確かに()()ではないだろうね。でも、今の俺は救世主(ヒーロー)だから」


 助けを求める声が聞こえた。

 幼い子どもの声が。

 そんな声が聞こえたら、俺は助けられずにはいられなかった。


「助けを求める人がいた。なら救世主(ヒーロー)が助ける理由なんてそれだけで良いじゃないか。……とは言え、彼女は人類の敵である魔王軍の幹部だ。今ならば容易く殺せる。人類にとってもその方が良いのだろう」


 チャキっと剣を持つ。

 今無防備なスウェイの首を斬る事は簡単だ。

 その方が正しいのも理解している。


「だけど……俺には出来ない。スウェイの過去を、あんな寂しげで悲しい慟哭(どうこく)を聴いてしまったから。わかっているさ。俺の方が間違っているって。それでも俺は、彼女を助けたくなった。辛い過去に、心を閉ざした彼女を救いたいと思ってしまった。こんな甘いことを言っている俺に幻滅したかい?」

「……いいえ、アヤメさんらしいと思うのです」


 アイリスちゃんはいつものように笑いながら俺の側にいた。

 純粋に俺を信じてくれること。

 それがどれだけ嬉しくて、俺の支えになっているのかこの娘は分かっているだろうか。


「あれ?」

 急にふらりと体勢を崩す。

 慌ててぽすんとアイリスちゃんの胸に頭が当たった。

「アヤメさん!?」

「ははは。ずっと休む暇がなくて……さすがにげんか……い……」


 朝から続く激闘に俺の体力はとっくに尽きていた。寒さのせいか、体力の消耗も激しかった。

 (まぶた)が重くなる。眠くなる。それに抗うことはできなかった。


「お疲れ様です、わたしの勇者様」


 眠る前にアイリスちゃんの(ねぎら)う声が聞こえた。








 遠くでは花火が上がる。

 人々がその下で、祭りを謳歌する。楽しげな声が聴こえてくる。


 その遠く離れた場所。

 花火の照らされない森の中で、本当の意味で戦いは終わった。


 勇者と救世主の違いとは一体何か。

 それは例え敵であろうと手を差し伸べられるかではないでしょうか。


 ユウに甘さを捨てろと言いつつも自らも甘さを捨てられない。そんなフォイルです。

 勿論スウェイによって被害にあった人はいます。死ななくとも家を失った人もいます。今回の街の被害も含め、その罪も決して消えません。ただそれでもほんの少し救いがあってもよいのではないでしょうか。勿論その後に、自らの罪と向き合いましょう。


 様々な意見があるでしょうが、彼は彼女を救う道を選びました。もし仮にスウェイが別の魔法を使った時は彼女の過去を知ることなく、フォイルはスウェイの首を刎ねました。

 正に紙一重です。


一先ず、第2章はこれにて終了。

 次回、真の勇者の物語《雷鳴轟く『迅雷』の脅威。》

 ユウ視点での話になります。


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